人魚姫は鬼畜な王子様を短剣で刺さない

楓子(かえでこ)

文字の大きさ
5 / 39
本編

5。告白

しおりを挟む
 講義後の夕暮れ時。
 先輩たちはみんな帰っていった。本来ならわたしも一緒に帰宅するけれど、図書館に寄るからと言って一人残った。
 そして再び研究室に向かう……

 研究室のドアを開けると、築島先生は定位置でパソコンに向かっていた。
 ドアの開け閉めの音で、先生はこちらに気が付いているはずだ。しかし微塵も反応を示さず、作業を続けていた。

 なにも言われない……
 ”忘れ物か”とか、”なぜ戻ってきたか”とか。
 聞かれないことがむしろ不自然さを醸し出した。

「先生……合宿の飲み会の後は、部屋まで送ってくださって、ありがとうございました」
「どういたしまして」

 先生はわたしと目を合わせずに、間髪入れずにそう言った。
 静かな研究室で、カタカタと先生のタイピング音だけが響く。わたしは次になんて言ったらいいか迷った。

「それで? こんなに時間が経った後で言いたいのは、ただの礼か?」

 一区切り打ち終わったとき、先生はようやく作業の手を止めて、こちらを見た。その目はひどく挑発的に見えた。
 いつもの先生じゃない……
 やっぱり、夢ではなかったんだ。

「先生……」

 なんで——
 いや、違う。

「……抱いてください」

 この間はなんであんなことをしたのか——きっと理由は簡単だ。先生が男性で、わたしが女性だから。それ以上の理由なんてないのだろう。わたしも無防備だった。

 築島先生は、無駄な会話を好まない。
 だったら、分かり切ったやり取りをするより、自分の結論から言おう。
 あの晩のことがすべて現実だった上で、責めたいわけではないのだ。恨んでいるわけでもない。恨むには、それ以前に培われた尊敬の念が強すぎた。
 いまの身体の状況を考えると——またしてもらいたいのだ。

「いきなりどうした」

 先生は、わたしの目をじっと見据えたまま、そう言い放った。
 負けちゃだめだ。そう思ったけど、なんか気恥ずかしくなって、わたしの方から視線を外してしまった。

「身体がうずうずして……どうしたらいいか、わからないから……」

 わたしはうつむいた。
 人は恥ずかしいと、下を向いてしまうらしい。

「今日来なければ、呼び出すつもりだった……」

 再び正面を見たとき、先生は眼鏡を外していた。テーブルにあった眼鏡拭きで丁寧にその曇りをぬぐい、ケースに閉まう。

「でも、来るとは思っていた。きみは自分で処理できそうにないから」

 そして先生は椅子を引いて立ち上がると、こちらへ歩んだ。
 ごくりと唾を飲む。
 先生はゆっくり近づいてきて、わたしの周りを一周した。

「あの晩、ほとんど意識のないきみに、僕は何をしたと思う?」

 ゾクっとする。深みのある独特の声。
 ああ、やっぱり、あの声は先生のものだったんだ……
 先生が真後ろに立った。

「僕が欲しいか」
「ほしい、です……」
「なら、色々と覚えなくてはならない」
「なんでも、おぼえます」

 背後でシニカルな笑い声がする。

「そうだな……きみは優秀な生徒だから」


 * * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...