人魚姫は鬼畜な王子様を短剣で刺さない

楓子(かえでこ)

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本編

23。ー夜

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 水族館は大満足だった。
 ペンギンが集団でよちよち歩くのも、五色のクラゲがぷくぷく泳ぐのも可愛かった。床がガラス張りで、下でもお魚が泳いでいる部屋は、本当に海の中みたいだった。
 それにお魚と一緒に光のお花が泳いでいたり、ロボットが品種や生息地の解説してくれたり、わたしが前に来た時よりもハイテクになっていた。

 でも、こんなに楽しかったのは、やっぱり先生と一緒だったから。
 築島先生とこんなにお喋りしたのは初めてで。お互いの家族の話なんかしていると、すごく距離が近づいたみたいで、わたしの心はずっと静かに踊っていた。

 水族館を出てからは、天気がいいから海浜公園をお散歩した。実際の海の潮風が気持ちいい。そしてちょうど夕日が落ちる頃、ドライブがてら遠くのレストランに連れてきてもらった。

 着いた先はフランス料理のお店。
 わたしは次々出てくる料理をもぐもぐと食べた。美味しくてほっぺたが落ちそうだ。

「今日は楽しかったな」
「そうか」
「一日が終わっちゃうのが寂しいくらいだよ」
「またいつでも行けばいいだろう」
 
 先生は、また連れて行ってくれるのか。
 そう思うと、顔が綻んでしまう。

「明日はね、ゼミの先輩たちと飲み会があるんだ」
「そういえば、皆そんなことを言っていたな」
「それも楽しみなんだぁ」
「ゼミ飲みがそんなにか」
「うーんとね、その前に英里香さんと華さんとお出掛けするの! そっちがメインかな」
「また妙なこと吹き込まれるなよ」
「みょうなことって?」
「彼女たちの言うこと全般。真に受けるな。一考するに留めておけ」
「ふーん?」
 ウェーターさんが最後のお皿を下げてくれた。
 ああ、とにかくお腹いっぱいだ。まんぷく、満腹。

「あ、もちろん先輩たちとの飲み会も楽しみだよ。修士の人とお話しする機会なんて滅多にないし」
「まあ、適当に進路の参考にするといい」
「うん! だけどね、またM1の先輩の出席率が悪いんだ。わたし、M1の先輩なんて、当時のゼミ長にしか会ったことないよ。それ以上の先輩たちは来てくださるのに……なんでだろうね?」

 先生は答えなかった。知っているようでも、知らないようでもあったけど、先生はわたしの質問に答えたり答えなかったりする。
 だけどそんなことは一瞬でどうでも良くなった。

 十種類以上のホールケーキが、ワゴンに乗って運ばれてきたから。
 好きなだけ選んでいいと言われ、舞い上がる。先生はもちろん知っていたみたいで、わたしは先生がこのお店に連れてきてくれた理由がわかった。


 * * *


 雨が、降ってきた……
 帰りの車の中、水滴がフロントミラーを濡らし、先生はワイパーをつけた。降ってきたのが夜でよかったな。

「先生は、なんで製薬の道に進もうと思ったの?」
 わたしは前々から気になっていたことを聞いてみた。

「毒と毒を合わせる過程が興味深かったからだ」
「?」
「ひとつの毒は、ただの毒だろう。だけど特定の毒同士を合わせると”薬”という名の正義に早変わる——それが面白かったからだ」
「ど、く……」
 先生はちらりとわたしを見た。

「何を不思議がる。現在普及している薬の三分の二は、化学毒物だろう」
「……」
 確かに薬は人工的なものだ。でも、

「でも……副作用が強かったとしても、薬によって病気が緩和して、救われている人は多いよ?」

「そもそもその病気を生み出しているのが、薬だろう。人間、普通に生きていれば、そんな大層な病気にはかからない。多少の病源菌が体内に入っても、身体は勝手に治す。人間には自然治癒力が備わっているからね。クシャミや咳が身体に入った有害物質を出してくれるし、熱は体内のウイルスを殺してくれる。そして頭痛や胃痛は、これから回復するから寝ていろ・食べるなというサイン……」

 だ、め。

「だけどその自然な反応自体を”悪”ということにし、クシャミや咳、頭痛や胃痛を止める薬物を体内に取り込ませる。一時はその”痛み”が止まるから、”薬”のおかげだと思うわけだ。その代償として——ちょっとずつ体内に蓄積した毒が、将来大病として現れるだろうが、一般人にそんな因果関係の証明はできない。
 痛みは本来、悪いものじゃない。休んでいろという身体からの信号——それを悪者にして儲けているのが、いまの製薬業だ。きみもよく覚えておけ」

 やめて。

「まったく、よく出来ているよ。子供には病気になったら病院に行くものと教え込み、薬を飲まなかったらひどい目にあったという話をテレビで放映し、痛みにすぐに効くという宣伝を流しまくる」

 たとえ、事実でも。

「人工的な病気に溢れた社会と、ちょっとした痛みに堪えられない薬漬けの国民を大量に作って、病院と僕たちのような製薬関係者が儲ける——完璧なシステムだな」

 築島先生の口からだけは、聞きたくなかった……


 * * *
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