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本編
27。帰り道
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ゼミの飲み会は平和に楽しく終わった。
先輩たちのほとんどは二次会に行くと言ったけれど、わたしは先生の家に行きたかったし、一次会で帰ることにした。お店を出る前に、先ほど買ったカップケーキをちらりと覗く。よしよし、形はくずれていない。
お疲れ様でしたと言って別れ、帰宅組の英里香さん、華さん、高山くんと駅に向かって歩き出した。
「今日は、あんまり酔わずにすみましたね」
「先輩たちの前で暴れられないしね~」
わたしもごく薄いカクテルしか飲んでないし、失態を見せずに済んだ。いろんな人の話が聞けたし、進路の視野が広がって良かったな。
ただやっぱりM1の先輩は誰もいらっしゃらなかった。
「それにしても、M1の先輩ってあんまり来られないですよね」
「ああ」
先輩たちは訳あり顏で目を合わせた。
もしかして、なんかまずいこと聞いちゃったかな。
「いや、隠すほどのことじゃないんだ」
高山くんが手を顔の前で降った。
「二年前にね、うちのM1の先輩が交通事故で亡くなってるの。車にはねられて」
「蛍ちゃんはまだ入学もしてないときのことだから、知らないよね」
「先輩たちはむしろ仲良かったくらいなんだけど、そういうことあると、やっぱり集まりづらくなっちゃうんじゃないかな」
そうだったのか……
「それに……築島先生が、その事故にあった津軽先輩のことが好きだったらしくって」
えっ。
「それ、わたしも聞いたことあります」
先生に好きな人……
それは、聞いて楽しい話ではない。
でももちろん、先生にそういう人がいてもおかしくないよね……
その人は、死んでしまったのか。
「噂程度だから当時は信じてなかったんだけど、築島先生、その先輩の携帯を肩身として持っててさ」
「あー! もしかして研究室にあるやつですか? これなんですかって聞くと、”学生の忘れ物だ”って言いますよね」
「そう、それ。まだ大事そうに持ってるよね」
わたしは息を飲んだ。
それは、わたしも知っていた。
* * *
「ちょっと、そんな憶測ばかりで話すのはよくないよ」
「はいはーい」
「高山はお堅いな」
先生に好きな人がいたのと、先生がまだその人のことが好きなのとでは、話は天と地ほど違う。わたしは動揺した。
英里香さんたちがいう携帯電話は、わたしも見たことがあった。引き出しにしまい込まれていたわけでも、部屋の片隅に放置されてたわけでもなく。先生が毎日使うデスクの上に置いてあった。
心が揺れる。ということは、先生はまだ……
いや、何かの誤解かもしれない。
噂はただの噂で、先生がその先輩の携帯を持っている理由は、別のところにあるのかもしれない。もしかしたら、機種やケースが同じというだけで、そもそも先輩の携帯じゃないかもしれない。
その可能性だってあるし、わたしはそう思いたかった。
「英里香さん、わたしたち地下鉄だからこっちですよ」
「おっ。じゃあお疲れー!」
英里香さんと華さんとは道が別れて、わたしは高山くんと二人でJRに向かった。
わたしは必死で、何かの間違いだという考えを正当化させようとしていた。
「なんか、嫌な感じするよね、築島先生がひとりの生徒に特別な感情があったって聞くと」
「えっ? ああ……えっと……そう、ですね」
わたしが落ち込んでいるのが伝わってしまったのか、高山くんは話し出した。
「でも英里香ちゃんと華ちゃんは、恋愛ごとが好きだから何でも関連させちゃうけれど、僕は築島先生にそういう感情があったとは思ってないよ。なんていうか、津軽先輩は頑張り屋さんって感じだったから、少しだけ他の生徒より気を配ってたんじゃないかなぁ」
高山君は、そうフォローしてくれた。
「あ。そういえば、蛍ちゃん、ちょっと津軽先輩に似てるよ」
えっ?
「それに蛍ちゃんも頑張り屋さんだし。だからじゃないかなぁ。築島先生が蛍ちゃんに厳しくするのは……重ねちゃうっていうか、先輩の分までがんばってほしいっていうか」
ニテル? 似てる?
”って蛍ちゃんからしたら迷惑な話だよね、勝手に先輩の分まで期待されちゃ”
高山くんの次の発言が、かすれて聞こえるほど、意識がぼやけた。
でも、じゃあ、もしかして……
「高山くん……その先輩って、どういう風に事故にあったか、知ってますか?」
「え? えっと、大学の校門の前で撥ねられたんだよね。加害者のドライバーは、雨の日の夜で視界が悪かったと言ってたし、事故であることは間違いないはずだよ。ただ、先輩が何でそんな遅い時間まで大学にいたのかは知らないな……直前まで築島先生の研究室にいたみたいだけど」
ダカラ。
だから、じゃないか。
”なんでそんなこと知りたいの?”
昨日、わたしが飛び出して行って、先生があんなに怒ったのは。
その事故と同じ、雨の日の夜だったから……
”蛍ちゃん?”
もうわたしには、誤解という可能性にすがることができなかった。
* * *
先輩たちのほとんどは二次会に行くと言ったけれど、わたしは先生の家に行きたかったし、一次会で帰ることにした。お店を出る前に、先ほど買ったカップケーキをちらりと覗く。よしよし、形はくずれていない。
お疲れ様でしたと言って別れ、帰宅組の英里香さん、華さん、高山くんと駅に向かって歩き出した。
「今日は、あんまり酔わずにすみましたね」
「先輩たちの前で暴れられないしね~」
わたしもごく薄いカクテルしか飲んでないし、失態を見せずに済んだ。いろんな人の話が聞けたし、進路の視野が広がって良かったな。
ただやっぱりM1の先輩は誰もいらっしゃらなかった。
「それにしても、M1の先輩ってあんまり来られないですよね」
「ああ」
先輩たちは訳あり顏で目を合わせた。
もしかして、なんかまずいこと聞いちゃったかな。
「いや、隠すほどのことじゃないんだ」
高山くんが手を顔の前で降った。
「二年前にね、うちのM1の先輩が交通事故で亡くなってるの。車にはねられて」
「蛍ちゃんはまだ入学もしてないときのことだから、知らないよね」
「先輩たちはむしろ仲良かったくらいなんだけど、そういうことあると、やっぱり集まりづらくなっちゃうんじゃないかな」
そうだったのか……
「それに……築島先生が、その事故にあった津軽先輩のことが好きだったらしくって」
えっ。
「それ、わたしも聞いたことあります」
先生に好きな人……
それは、聞いて楽しい話ではない。
でももちろん、先生にそういう人がいてもおかしくないよね……
その人は、死んでしまったのか。
「噂程度だから当時は信じてなかったんだけど、築島先生、その先輩の携帯を肩身として持っててさ」
「あー! もしかして研究室にあるやつですか? これなんですかって聞くと、”学生の忘れ物だ”って言いますよね」
「そう、それ。まだ大事そうに持ってるよね」
わたしは息を飲んだ。
それは、わたしも知っていた。
* * *
「ちょっと、そんな憶測ばかりで話すのはよくないよ」
「はいはーい」
「高山はお堅いな」
先生に好きな人がいたのと、先生がまだその人のことが好きなのとでは、話は天と地ほど違う。わたしは動揺した。
英里香さんたちがいう携帯電話は、わたしも見たことがあった。引き出しにしまい込まれていたわけでも、部屋の片隅に放置されてたわけでもなく。先生が毎日使うデスクの上に置いてあった。
心が揺れる。ということは、先生はまだ……
いや、何かの誤解かもしれない。
噂はただの噂で、先生がその先輩の携帯を持っている理由は、別のところにあるのかもしれない。もしかしたら、機種やケースが同じというだけで、そもそも先輩の携帯じゃないかもしれない。
その可能性だってあるし、わたしはそう思いたかった。
「英里香さん、わたしたち地下鉄だからこっちですよ」
「おっ。じゃあお疲れー!」
英里香さんと華さんとは道が別れて、わたしは高山くんと二人でJRに向かった。
わたしは必死で、何かの間違いだという考えを正当化させようとしていた。
「なんか、嫌な感じするよね、築島先生がひとりの生徒に特別な感情があったって聞くと」
「えっ? ああ……えっと……そう、ですね」
わたしが落ち込んでいるのが伝わってしまったのか、高山くんは話し出した。
「でも英里香ちゃんと華ちゃんは、恋愛ごとが好きだから何でも関連させちゃうけれど、僕は築島先生にそういう感情があったとは思ってないよ。なんていうか、津軽先輩は頑張り屋さんって感じだったから、少しだけ他の生徒より気を配ってたんじゃないかなぁ」
高山君は、そうフォローしてくれた。
「あ。そういえば、蛍ちゃん、ちょっと津軽先輩に似てるよ」
えっ?
「それに蛍ちゃんも頑張り屋さんだし。だからじゃないかなぁ。築島先生が蛍ちゃんに厳しくするのは……重ねちゃうっていうか、先輩の分までがんばってほしいっていうか」
ニテル? 似てる?
”って蛍ちゃんからしたら迷惑な話だよね、勝手に先輩の分まで期待されちゃ”
高山くんの次の発言が、かすれて聞こえるほど、意識がぼやけた。
でも、じゃあ、もしかして……
「高山くん……その先輩って、どういう風に事故にあったか、知ってますか?」
「え? えっと、大学の校門の前で撥ねられたんだよね。加害者のドライバーは、雨の日の夜で視界が悪かったと言ってたし、事故であることは間違いないはずだよ。ただ、先輩が何でそんな遅い時間まで大学にいたのかは知らないな……直前まで築島先生の研究室にいたみたいだけど」
ダカラ。
だから、じゃないか。
”なんでそんなこと知りたいの?”
昨日、わたしが飛び出して行って、先生があんなに怒ったのは。
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