人魚姫は鬼畜な王子様を短剣で刺さない

楓子(かえでこ)

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番外編

2。心地よい日中

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 樹木の紅葉がゆらゆらと落ちる、風のない穏やかな朝。
 キッチンからは卵とミルクのいいにおいが漂い、湯を注いだ紅茶からはふわっと湯気が立った。築島はフライパンの火を止めると、出来立てのホットミールをプレートに載せてテーブルに置き、寝室に彼女を起こしに行った。

「蛍、朝だぞ」
 ベッドにうつ伏せになる彼女を軽く揺らす。
「起きないと」
「んっ……」
「もう九時だ」
「……ねむいの」
「フレンチトーストが冷める」
「…………たべる」
 やっと気が引けたか。
 しかし、食べると言った割には起き上がらない。再度覗くと、
「だっこぉ……」
 両手を広げられた。
 寝転がる彼女を抱き上げる。
「まず顔を洗って、歯を磨いて……」
 彼女を連れてバスルームに移動しようとしたが、腕の中からスースー寝息が聞こえる。
「……食後でいいか」
 そういって、築島は蛍を抱えたままリビングに移動した。
 
 先ほど支度を整えたテーブルの席に着く。
 新聞を読むのだし、受動的なニュースはいらないのだが、音がした方が蛍も起きるだろう。築島は低めの音量でテレビをつけた。
 リビングの優しい空間には、一日の天気を伝えるニュースの音、外の小鳥が鳴く声、また食器同士が触れるわずかな響きがBGMのように流れる。

 朝食の間も、蛍は築島の右腿の上に乗っていた。
 築島は背筋をまっすぐに座り、自分の食事をしながら、蛍にも食べさせ、新聞に目を通す。
 こんな休日の朝を迎えるのも、すっかり慣れてしまった。

 なぜこうも甘えを受け入れているかというと、蛍が”傷を癒したい”といったから。
 交際前に例の誤解があり、蛍曰くそれは、”死ぬほど辛かった”そうだ。そしてその傷を、いま存分に甘えることで回復させているらしい。
 別にその誤解は、築島に非があったものではないが、特に甘えられて困ることが思いつかないので許している。

「ほら」
 フレンチトーストを一口大に切ってフォークで差し、彼女の口元に持っていくと、蛍はぱくりと頬張り、モゴモゴと口を動かした。

「甘くておいしい」
「そうか」
 そうやって食事を続ける間に起きてきたらしい。
 彼女はミルクティーに手を伸ばし、自分で飲み始めた。


 * * *


 食事を終え、片付けを済ませる。
 蛍は顔を洗ったり着替えたりと朝の準備を終えた。この頃になるともうすっかり起きていて、彼女は築島の仕事に付き合った。

 調剤室で、先生の隣りに立つ。
 あれをとってくれ、これをとってくれ、と言われ、その度に蛍はさっと差し出した。先生の家にある薬の瓶の配列はもう覚えた。
 助手になったみたいで嬉しい。ありがとうなと言われ、頭をポンポンされると、もっと嬉しい。

「さてと、」
 蛍ははっとした。
「先生……学会用の資料を作らなくていいの?」
 これは先週から気になっていたことだ。
 学会まで一週間を切ったのに、蛍が見る限り、彼はそれに必要な資料作りに手をつけていない。今日も午前中はずっと調合だったし、これからも何だか違うことをしようとしている。

「気分ではない」
 やはり、先生はやる気がなさそうだ。
 自分の任務は当日に先生を連れて行くことで、資料の手伝いではないのだが、資料ができていなくて結果的に行かれなかったら、それもアウトだろう。
 ここは何としても作ってもらわねば。

「ちょうど、昨日届いたジェネリックの同等性を評価したいと思ってたんだ」
「先に学会のやつを終わらせちゃおう?」
「また今度にする」
「でも、終わったら何をしてもいいから、先に、」
「本当か? きみの乳首に洗濯挟みをつけて引っ張ってもいいか?」
「……」
「赤く腫れ上がるところが見たい」

 ふぇーん……
 なんで急に薬学から離れるのぉ。
 蛍が愛情の形は人それぞれだと受け入れたら、結果、先生は素直な嗜虐主義者サディストになりました。

 痛いのは嫌だ。
 でも嫌がったら駄目だ、先生はエスカレートする。
 そうだ……なら逆に、賛成したらいいんじゃない? こっちが乗り気だったら、先生は冷めるんじゃないか。

「はいっ、どうぞ! 」
「ありがとう」

 えっ……
 どういうこと……
 なぜか彼女の想定の方向には進まなかった。


 * * *
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