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大阪はほんまええとこやでぇ!(2023年リライト)
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住んでいる地域がいくら違ったとしても、同じ日本人ならトラブルなく過ごせるだろう。外国に行くわけでもないし、その地域の人を何度もテレビで見ている。大丈夫だ。なんの問題もない。。
そう思っていた。
「東京ってめっちゃすごいんやろぉ?」
「ちょぉ、そんなんどぉでもええねん。自分らマクドのことマックって言うんやろ?」
「なあな、標準語喋んのってしんどない?」
「ちょおお前らうっさいって。転校生喋られへんなっとるやん」
僕がこれまで生きてきた中で、こんなに囲まれた経験はなかった。机の周りに人だかりができるだけでなく、廊下に面した窓からは、僕を見に来た沢山の生徒の顔で埋め尽くされている。
聖徳太子でもあるまいし、こんなに一気に話しかけられても答えることなどできない。
朝の朝礼で僕を紹介した若い担任の教師は、それを止めるわけでもなく、隙あらば自分もなか質問してやろうと、黒板の前に立って僕を見ている。
ここへ来たのは間違いだったのだろうか?
言ってしまえばよくある話だ。親の仕事の関係で、僕は違う高校へと転入することになった。高校生ともなれば一人暮らしができるのではないか、と父親は言ったが、母親は心配なのだろう、僕になんの話もせずに勝手に転入の手続きをしてしまったのだ。東京から大阪へ。
東京に住んでいる人間は、基本的に大阪のことを知らない。知らない上に興味もない。テレビで見るぐらいの情報しかない。関西弁というものを喋り、会話は勝手に漫才になり、お笑いにうるさく、料理は薄味。
不安はあったものの、離れてしまう東京に寂しいという感情はなかった。元々静かな性格だったせいか、友達と呼べる存在もいなかったし、別に生まれた街に思い出などもない。その点では気楽だったといえよう。
1時間目の授業が始まるチャイムが鳴り、ようやく質問攻めから開放された。数学の授業。僕は教科書とノートを開き、教師が入ってくるのを待っていた。
「なあなあ、転校生」
隣に座っていた坊主の男子生徒が小声で僕に話しかけてきた。初日から問題を起こすのはまずいのでそれに答える。
「何?」
「頭ええん?」
「頭、ええ?」
「そう、だから、頭ええの?」
意味がわからない。テレビで聞く関西弁はもっとわかりやすかったはずだ。脳がフリーズしてしまい、何度も聞き返してしまった。
「だから、賢いん?」
なるほど。頭ええ、という言葉は頭が賢いのか、という言葉のようだ。覚えておこう。英語を日本語に、日本語を英語に翻訳するように、方言と標準語を翻訳するソフトや辞典があればいいのにと思った。作れば絶対売れると思う。
「まあ、そこそこかな?」
「ほんま? ほなテストの時見せてな」
カ、カンニングですか……と声を出そうとした瞬間、教師が入ってきた。初老のあまりやる気のなさそうな教師。起立、礼の合図もなく、教卓に立った教師が教科書を開いた。
「なあ先生、今日転校生来とんやで!」
クラスの誰かが大声で言った。その瞬間僕へ好奇の視線が突き刺さった。授業が始まれば終わるはずだと思っていた。
が、違った。
「ほんまかー。どっから来たんや」
言いながら初老の教師は教科書を閉じ、教卓の横に立てかけられていたパイプ椅子を広げ、そこへ座った。仕方なく僕は答える。
「と、東京です」
「おー、東京か。あそこはええとこよなぁ」
「え、先生東京行ったことあんの?」
「あるわけないやろ。テレビで見ただけや」
「なんじゃそれ!」
わはははは、という笑い声が教室に響いた。何のことかわからない僕は、シャープペンシルを握り締めたままぽかんとしていた。その間も、教師と生徒の会話は続いていた。
「ほな授業するかぁ、ほんまはしたないけどな」
あと15分で終わるというところで、ようやく授業が始まった。そこで、僕以外誰も教科書とノートを開いていないことに気づいた。スマホを触る者、漫画を読む者、音楽プレイヤーで音楽を聞く者、タブレットで動画を観る者、弁当を食べる者、化粧をする者、喋る者……。
「授業なんかええやん、東京の話してもらおおや。転校生に」
背筋が寒くなった。大勢の前でなにかを発表した経験などない。今までできるだけ目立たずに生きてきた。そもそも東京について話せることなどない。
ボケとツッコミの文化で笑いにうるさい人たちの前でつまらない東京話をしたところで、盛り上がることもない。
僕が話し始めるのをじっと待っている視線を浴びながら、ようやくひねり出した言葉が「……別に、ないです」だった。
しまった! 白ける! 初日から嫌われてしまうともう挽回するチャンスはない。運良くいじめられたことはなかったが、これがいじめの引き金になる可能性が高い、ということはわかる。。
「別にないことあらへんやろぉ」
一人の生徒の声で、またどっと笑いが起きた。
「なんやあるやん。東京と言えばぁ。ハチ公とか、秋葉原とか」「メイド喫茶やろ!」「そんなん大阪にもあるやん」「ほな東京はなにがあんねん」「せやな……芸能人!」「そんなん大阪にもおるやん」「吉本の芸人ばっかりやろ」「ほな東京はなにがあんねん」「ああ、なでも味噌付けるんやろ?」「それ名古屋やん」「ウチ、たこ焼きにだしつけて食べるで!」「それは明石焼きやろ」……。
いくら待ってもその会話が終わることはなく、いつの間にか初老の教師は消えていた。そこで授業の時間が終わったことに気づいた。休み時間になると僕はまた人だかりにもみくちゃにされた。
「なあなあ、芸人で誰が好き?」
「えっ? さんまとか?」
「普通やな!」
「ちょお、関西弁喋ってみてよ」
「えっ? 儲かりまっか……?」
「ぼちぼちでんなあ!」
わはははは。
「ウチ、ジャニーズの山田涼介のファンやねんけど、転校生君はおーたことある?」
「いや、会ったことないよ」
「俺あるで。ファミレスやろ」
「それデニーズや! ていうか大阪に全然ないやろ!」
わはははは。
「東京の人もお好み焼きにソースかけるん?」
「それ全国や!」
わはははは。
「俺今から標準語喋るわ!」
「イントネーションがもうちゃうねん!」
わはははは。
「ファミリーマートをファミマって言うんやろ!」
「それも全国や!」
わはははは。
「バスは降りる時に金払うんや。あと捨てることをほかすって言うんや。しまうことをなおすとも言うで。文化が全然違うんや。だからどっちがええかではなくどっちもええんやで」
「いきなり出てくなやウィキペディア!」
わはははは。
帰る頃にはへとへとになっていた。学校へ行くだけでこんなに疲れてしまうのだろうか。
家に帰ると母親が心配そうな顔で「どうだった?」と聞いてきたので、僕は作り笑いをしながら「めっちゃおもろかったで! オカンもはよ馴染めたええな!」と言った。
そう思っていた。
「東京ってめっちゃすごいんやろぉ?」
「ちょぉ、そんなんどぉでもええねん。自分らマクドのことマックって言うんやろ?」
「なあな、標準語喋んのってしんどない?」
「ちょおお前らうっさいって。転校生喋られへんなっとるやん」
僕がこれまで生きてきた中で、こんなに囲まれた経験はなかった。机の周りに人だかりができるだけでなく、廊下に面した窓からは、僕を見に来た沢山の生徒の顔で埋め尽くされている。
聖徳太子でもあるまいし、こんなに一気に話しかけられても答えることなどできない。
朝の朝礼で僕を紹介した若い担任の教師は、それを止めるわけでもなく、隙あらば自分もなか質問してやろうと、黒板の前に立って僕を見ている。
ここへ来たのは間違いだったのだろうか?
言ってしまえばよくある話だ。親の仕事の関係で、僕は違う高校へと転入することになった。高校生ともなれば一人暮らしができるのではないか、と父親は言ったが、母親は心配なのだろう、僕になんの話もせずに勝手に転入の手続きをしてしまったのだ。東京から大阪へ。
東京に住んでいる人間は、基本的に大阪のことを知らない。知らない上に興味もない。テレビで見るぐらいの情報しかない。関西弁というものを喋り、会話は勝手に漫才になり、お笑いにうるさく、料理は薄味。
不安はあったものの、離れてしまう東京に寂しいという感情はなかった。元々静かな性格だったせいか、友達と呼べる存在もいなかったし、別に生まれた街に思い出などもない。その点では気楽だったといえよう。
1時間目の授業が始まるチャイムが鳴り、ようやく質問攻めから開放された。数学の授業。僕は教科書とノートを開き、教師が入ってくるのを待っていた。
「なあなあ、転校生」
隣に座っていた坊主の男子生徒が小声で僕に話しかけてきた。初日から問題を起こすのはまずいのでそれに答える。
「何?」
「頭ええん?」
「頭、ええ?」
「そう、だから、頭ええの?」
意味がわからない。テレビで聞く関西弁はもっとわかりやすかったはずだ。脳がフリーズしてしまい、何度も聞き返してしまった。
「だから、賢いん?」
なるほど。頭ええ、という言葉は頭が賢いのか、という言葉のようだ。覚えておこう。英語を日本語に、日本語を英語に翻訳するように、方言と標準語を翻訳するソフトや辞典があればいいのにと思った。作れば絶対売れると思う。
「まあ、そこそこかな?」
「ほんま? ほなテストの時見せてな」
カ、カンニングですか……と声を出そうとした瞬間、教師が入ってきた。初老のあまりやる気のなさそうな教師。起立、礼の合図もなく、教卓に立った教師が教科書を開いた。
「なあ先生、今日転校生来とんやで!」
クラスの誰かが大声で言った。その瞬間僕へ好奇の視線が突き刺さった。授業が始まれば終わるはずだと思っていた。
が、違った。
「ほんまかー。どっから来たんや」
言いながら初老の教師は教科書を閉じ、教卓の横に立てかけられていたパイプ椅子を広げ、そこへ座った。仕方なく僕は答える。
「と、東京です」
「おー、東京か。あそこはええとこよなぁ」
「え、先生東京行ったことあんの?」
「あるわけないやろ。テレビで見ただけや」
「なんじゃそれ!」
わはははは、という笑い声が教室に響いた。何のことかわからない僕は、シャープペンシルを握り締めたままぽかんとしていた。その間も、教師と生徒の会話は続いていた。
「ほな授業するかぁ、ほんまはしたないけどな」
あと15分で終わるというところで、ようやく授業が始まった。そこで、僕以外誰も教科書とノートを開いていないことに気づいた。スマホを触る者、漫画を読む者、音楽プレイヤーで音楽を聞く者、タブレットで動画を観る者、弁当を食べる者、化粧をする者、喋る者……。
「授業なんかええやん、東京の話してもらおおや。転校生に」
背筋が寒くなった。大勢の前でなにかを発表した経験などない。今までできるだけ目立たずに生きてきた。そもそも東京について話せることなどない。
ボケとツッコミの文化で笑いにうるさい人たちの前でつまらない東京話をしたところで、盛り上がることもない。
僕が話し始めるのをじっと待っている視線を浴びながら、ようやくひねり出した言葉が「……別に、ないです」だった。
しまった! 白ける! 初日から嫌われてしまうともう挽回するチャンスはない。運良くいじめられたことはなかったが、これがいじめの引き金になる可能性が高い、ということはわかる。。
「別にないことあらへんやろぉ」
一人の生徒の声で、またどっと笑いが起きた。
「なんやあるやん。東京と言えばぁ。ハチ公とか、秋葉原とか」「メイド喫茶やろ!」「そんなん大阪にもあるやん」「ほな東京はなにがあんねん」「せやな……芸能人!」「そんなん大阪にもおるやん」「吉本の芸人ばっかりやろ」「ほな東京はなにがあんねん」「ああ、なでも味噌付けるんやろ?」「それ名古屋やん」「ウチ、たこ焼きにだしつけて食べるで!」「それは明石焼きやろ」……。
いくら待ってもその会話が終わることはなく、いつの間にか初老の教師は消えていた。そこで授業の時間が終わったことに気づいた。休み時間になると僕はまた人だかりにもみくちゃにされた。
「なあなあ、芸人で誰が好き?」
「えっ? さんまとか?」
「普通やな!」
「ちょお、関西弁喋ってみてよ」
「えっ? 儲かりまっか……?」
「ぼちぼちでんなあ!」
わはははは。
「ウチ、ジャニーズの山田涼介のファンやねんけど、転校生君はおーたことある?」
「いや、会ったことないよ」
「俺あるで。ファミレスやろ」
「それデニーズや! ていうか大阪に全然ないやろ!」
わはははは。
「東京の人もお好み焼きにソースかけるん?」
「それ全国や!」
わはははは。
「俺今から標準語喋るわ!」
「イントネーションがもうちゃうねん!」
わはははは。
「ファミリーマートをファミマって言うんやろ!」
「それも全国や!」
わはははは。
「バスは降りる時に金払うんや。あと捨てることをほかすって言うんや。しまうことをなおすとも言うで。文化が全然違うんや。だからどっちがええかではなくどっちもええんやで」
「いきなり出てくなやウィキペディア!」
わはははは。
帰る頃にはへとへとになっていた。学校へ行くだけでこんなに疲れてしまうのだろうか。
家に帰ると母親が心配そうな顔で「どうだった?」と聞いてきたので、僕は作り笑いをしながら「めっちゃおもろかったで! オカンもはよ馴染めたええな!」と言った。
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