ピロトークを聴きながら

相沢蒼依

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ピロトーク:郁也さんと周防さん⑤

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***

 困った――手を出したい衝動にかられてしまう。

「この角度で、ゆっくり……」

 涼一が果敢に挑むべく、息を飲みながら手元を見た。

「ああっ、もう!」

 ハラハラとドキドキが一緒に、襲ってきてうずうずする。

 思わず声を上げる俺をジロリと睨んできても、それすら可愛いと思ってしまう自分。どんだけ涼一に、熱を上げてるんだか――

「黙ってて、血を見たいの?」

「見たくない、見たくない!」

「全部僕がするんだから、手出し無用だよ。つぅか寝ててほしいんだけど、一応病人なんだから」

 低い声で唸るように注意をしてくれるのだが、俺の方がプロなんだ。口を出したくなるのは当然のこと。

「分かってるんだけどさ、何ていうか、こう、力み過ぎだって。リラックスしたほうが、滑るように入れられるし」

「しょうがないだろ、マトモにやるのは、中学生以来なんだから。それ以降は危ないからって、誰も相手にしてくれなかったし」

 不機嫌に輪がどんどん重なっていくので、集中力が途切れ、当然手元のものも、すごいことになっていく。

「顔は可愛いクセに、やること雑だよなぁ」

 俺は憐れに千切りされた、まな板の上にあるキャベツを、そっと摘んでみた。千切りというか、万切りというか……

「そこら辺にある雑草を、むしり取ってきたみたいだ。七夕の飾りに、こんなのあったような気が――」

「しょうがないだろ! 初心者なんだ。見た目は残念だけど、調味料はきちんと量って、味付けするから大丈夫だよ」

 見た目だって結構、大事なのにな。コッソリため息をついて、涼一の背後に回った。ひしひしと一生懸命さが、伝わってくる。しかも俺のために、頑張って作ってくれているのだ。

 じーん。゚(●'ω'o)゚。うるうる

「思い出すなぁ。初めて俺ン家へ泊まりに来たときに、ニンジンの皮、剥いてくれたことを」

 勢い余って自分の手の皮をピーラーで、剥いちゃったんだよな。

「あの頃と今とじゃ、僕だって進化してるんだ。バカにしないでよ」

「してないって。ほらほら思い出せ。素直に俺に教わって成功させた、あの気持ちを」

「大げさな……」

 振り返って睨みを利かす涼一に、千切りを教えるべく手を取った。鼻腔をくすぐる石鹸の香りや体温が、じわりと伝わってきて頬が熱くなる。

 だのに――

「悪いんだけどもうキャベツは、必要ないから。指導の必要ナッシング! お願いだから、郁也さんは病人らしく、寝ててほしいんだってば」

 いつもなら文句を言いつつも、傍にいることを許してくれるのに、今回はやけにしつこいくらい、寝ろ寝ろコール。

 確かに俺は病人だが、周防の注射と涼一のナニから元気をチャージしたので、アンテナはビンビンなワケで。

 でもそれを何とかしようとしたら、絶対に怒られるのが、目に見えるからひたすらガマンをし、せめて傍にいたいって思っているのだ。

「――大人しくしてるから、傍にいるのもダメか?」

 涼一に添えていた手を離して、ぎゅっと後ろから抱きついてみた。今まで忙しくして、構ってやれなかった分、少しでも傍にいたい――

 しかも、ひとりで寝るのは寂しいし。

 すりりと重なった頬をすり寄せて、寂しさをこれでもかとアピール。

「どんなこと言われても、僕は揺るがないからね。郁也さんはちゃんと、風邪が治るまで寝ててください!」

 乱暴に包丁を台所に置くと、身体に回した腕を、べりべりと剥がしていく。ああ、せっかくの抱擁が――

「そんな顔してもダメだから。ご飯が出来たら呼んであげるし、それまで寝室に行っててよ。気になって、作れないじゃないか」

 何かおかしい――ここまで押してやると途中折れて、困った人だなぁ、もぅ。とか、しょうがないなぁ郁也さん。

 などなど言った後に、自ら抱きついてくれたのに、それすらなく見事に拒否られてる。やっぱ相当、あれが堪えたのか。

「――周防に言われたこと、気にしてるのか?」

 窺うように訊ねてみると、瞳を一瞬だけ揺らし瞼を伏せた。

「違うよ……」

「アイツの言ったことなら気にするな。俺はお前が、一生懸命にやってる姿を見てるワケだし」

 俺の言葉に何故か、下唇を噛む。

「それでも結果は、郁也さんが寝込んでしまったことに、変わりはないから。一生懸命さも思いやりも、きっと足りなかったんだよ」
 
 静かに告げたセリフが、胸の中にじわりと広がっていった。

「涼一……」

 俺って結構、愛されてるよな。

「確かにちょっとだけ、周防さんの言葉は心に響いちゃったけど。それよりも、負けたくないって思ったんだ」

「何が?」

「郁也さんを想う気持ち。僕が一番だからね」

「お、おぅ」

 鼻息を荒くして言ってくれたのだが、愛の告白というよりも、気持ちを理解させようと、説得しているように感じる。

 突然、どうしたんだ?

「他の人に目移りしないで、僕だけを見ててよ。料理とか家事全般はあまりこなせないけど、頼りにしてほしいし」

「目移りするかよ。それに頼りにしてるって、すっげぇ助かってる」

「……それだけ?」

 自分の中では結構気持ちを伝えた、つもりだったのだが。

 涼一は、じと目で俺を見上げる。その視線が冷凍庫から放出される、冷気並みに冷たかった。

「え――何だ?」
 
 思わず、質問を質問で返してしまう。何が足りないというのだろう?

「郁也さんここはもっと、愛情表現すべきとこだよ。俺の一番は勿論、お前だよとか、周防よりも好きだとかさ」

「ちょっと待て。どうしてそこで、周防が出てくるんだ?」

「(; ̄д ̄)ハァ↓↓」

「何だよ、その顔は……」

 もしかして涼一は、勘違いしているんじゃないのだろうか。

「言っておくが周防のことは、ただの親友として、大事に思ってるだけだぞ」

「周防さんといて、ムラムラしたとかなかったの? あれだけ綺麗な人なのに」

「友達に対してお前は、ムラムラしたことがあったか?」

 綺麗であろうとなかろうと、周防は大事な友達なので、そういう対象ではない。

「ありません」

「だろ? そういうことだ。なので清い関係を続けてい――」

 言葉とは裏腹に、一瞬過ぎった周防とのキスシーン。

 あれは酔った勢いで間違って襲ってしまった、大学時代の出来事だ。周防の柔らかい唇が、俺の唇を包み込み……(そのときの内容は最後の恋に、克明に掲載しております)

「どうしたの?」

「いっ、いやいや、何でもない」

「――顔、すっごく赤いよ」

「(〃゚д゚;A アセアセ・・・」

 ヤバイ、このことがバレたら、否定が肯定に変わってしまう!

「昔……ふたりの間に、何かあったんでしょ?」

「ないない、何もないって」

「じゃあどうして、顔を赤くしてるのさ?」

 昔犯してしまった過ちを、尋問されてる犯人の気分。故に、キッチンが取調室になっている。可愛い顔して、ズバズバと痛いトコを突いてくるな。

「あ~いやぁ、熱がまた上がってきたのかも。あははは……」

 ムダに聡い、彼氏を持つと大変だ。

「――次の新作、三角関係を書いてみようかな。幼馴染とクラスメートに板ばさみされる、どっちつかずの男の話……」

 腕を組んでこっちを見ながら言った涼一に、俺も少し考える。

「それって、ありきたり過ぎる王道話じゃないか」

「郁也さんの口から王道というセリフが、聞けるとは思わなかったよ。へえぇ――」

「だって、そうだと思ったから指摘したんだけど」

「担当編集者としては、あり難いけどね。恋人としては最低」

 ムスッとしながら俺の背中を押し出して、キッチンから寝室に、わざわざ導いていく。

「最低って、何でだよ?」

「鈍感な彼氏を持つと、本当に苦労させられる。しかも肝心なトコ、ちゃっかり濁すしさ」

 そこは濁さないと、ヤバイと思ったからなんだが……

 困り果てる俺の背中を、思いっきりドンッと押して、ベッドに突き飛ばした。

「頼むから大人しく寝ててよ。寝ながら今までの会話、じっくり考えてみればいいんだ」

「おい――」

 吐き捨てるように言って、身を翻した涼一の背中に何となくだけど、分からず屋の恋人って言葉が、浮かんでいるように見えてしまった。

 さっきの王道話を小説化するなら、このタイトルに決まりだなと思ったのだけれど、さっきの話のどこを、どう考えればいいのか分からず、途方にくれたのは言うまでもない。
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