30 / 83
act:意外な展開
8
しおりを挟む
***
その日鎌田先輩は昨日同様出張だったらしく、顔を合わせられなかった。いつも通り私は仕事を終えて、会社をあとにする。
「あのライブハウス、ちょっと距離があるんだよな」
自宅に帰って着替えをしていたら、開演時間に間に合わない。意を決してこの間のように、スーツ姿で行くことにした。
「――上司命令、か」
一緒に仕事をしてきて、言われたのは初めてである。どんだけ自分勝手な上司なんだか。
ちょっとだけ笑いながら、急ぎ足で大通りを歩いた。
頭に浮かんでくるのは鮮やかに仕事をこなしている姿だったり、昨日の会議中のみんなの前で、堂々とレクチャーしている姿だったり。だけど遠かったな――自分と鎌田先輩との席の距離が、何となく今の状態を表しているように思えた。
普段私のことをガミガミ叱っていたのに(叱られるような仕事しかしていないのも悪いけど)昨日突然抱きしめられて、すっごくドキドキした。だから考えれば考えるほど謎だったりする。
足取りが重いままいろいろと考えていたら、ライブハウス前に来ていた。
ライブはもう始まっているらしく、外まで歓声が聞こえてくる。
「悩んでいても始まらない、上司命令って言われてるし。これは仕事なのよ」
思いきって、店の中へと足を踏み入れてみた。前回と同じく満員御礼のライブハウス。観客の間を縫うように歩いて、後ろの方の空いてるところからステージを眺めた。
スポットライトの中にいるメンバー全員がこの間見たラフな格好じゃなく、なぜかスーツ姿で演奏していた。観客達はみんなノリノリで、曲に合わせて踊っていたり、何かを振り回したりと大盛況だった。
「すごいな……」
ステージ上の鎌田先輩の姿に釘付けになる。一番後ろから見ているせいだろうか。会議の時のような距離感を覚えた。
すごく遠い――その距離感にしんみりと感傷的になっていたら、鎌田先輩とバッチリ目が合った。
次の瞬間、突然拳を突き上げたと思ったらピースサインをする。アップテンポな曲が、フェードアウトで終わってしまった。
いきなりのことに観客達はざわめき始めた、当然だ。あんなにノリノリだったんだから。
鎌田先輩はステージの中央に立ち、マイクを握りしめて静かに話を始めた。
「突然曲を終わらせてしまい、申し訳ないです。実は告白したい人が、今ここに来たんです」
そう言うと観客の中で「いやぁ」と叫んでいる女の人が、何人かいた。
「メロディラインは完成していたのですが、まだ一番しか歌詞ができていなくて……。本当は全てを完成させてから、彼女を呼ぶつもりでした」
そう言って、私をじっと見つめる。
「だけど自分の気持ちをどうしても抑えられなくなってしまい、彼女をここに呼びました。聞いてください、Clumsy Love」
ドラムもベースも演奏することはなく、ギターと鎌田先輩のふたりだけで、スローテンポな曲が始まった。
彩りのない毎日の中で 君に出会った
君と接していくうちに 周りの景色が鮮やかな色彩に変わる
追われる仕事を放り出し 追いかける恋愛
そんな不器用な日々の中で 君をどんどん好きになる
頼りないところや勝気な瞳 全部好きさ
――愛してる
歌にしなければ伝えられない 君への気持ち
こんな臆病な俺でもいいかい?
優しいメロディと歌詞が、じわりと心の中に沁み込んできた。
――鎌田先輩が私のことを好き?
気がついたら涙が流れていた。驚きすぎて思わず、ライブハウスを飛び出してしまったのである。
両想い……だけど私には鎌田先輩は勿体ない。不相応だよ――そう思ってしまったのだった。
その日鎌田先輩は昨日同様出張だったらしく、顔を合わせられなかった。いつも通り私は仕事を終えて、会社をあとにする。
「あのライブハウス、ちょっと距離があるんだよな」
自宅に帰って着替えをしていたら、開演時間に間に合わない。意を決してこの間のように、スーツ姿で行くことにした。
「――上司命令、か」
一緒に仕事をしてきて、言われたのは初めてである。どんだけ自分勝手な上司なんだか。
ちょっとだけ笑いながら、急ぎ足で大通りを歩いた。
頭に浮かんでくるのは鮮やかに仕事をこなしている姿だったり、昨日の会議中のみんなの前で、堂々とレクチャーしている姿だったり。だけど遠かったな――自分と鎌田先輩との席の距離が、何となく今の状態を表しているように思えた。
普段私のことをガミガミ叱っていたのに(叱られるような仕事しかしていないのも悪いけど)昨日突然抱きしめられて、すっごくドキドキした。だから考えれば考えるほど謎だったりする。
足取りが重いままいろいろと考えていたら、ライブハウス前に来ていた。
ライブはもう始まっているらしく、外まで歓声が聞こえてくる。
「悩んでいても始まらない、上司命令って言われてるし。これは仕事なのよ」
思いきって、店の中へと足を踏み入れてみた。前回と同じく満員御礼のライブハウス。観客の間を縫うように歩いて、後ろの方の空いてるところからステージを眺めた。
スポットライトの中にいるメンバー全員がこの間見たラフな格好じゃなく、なぜかスーツ姿で演奏していた。観客達はみんなノリノリで、曲に合わせて踊っていたり、何かを振り回したりと大盛況だった。
「すごいな……」
ステージ上の鎌田先輩の姿に釘付けになる。一番後ろから見ているせいだろうか。会議の時のような距離感を覚えた。
すごく遠い――その距離感にしんみりと感傷的になっていたら、鎌田先輩とバッチリ目が合った。
次の瞬間、突然拳を突き上げたと思ったらピースサインをする。アップテンポな曲が、フェードアウトで終わってしまった。
いきなりのことに観客達はざわめき始めた、当然だ。あんなにノリノリだったんだから。
鎌田先輩はステージの中央に立ち、マイクを握りしめて静かに話を始めた。
「突然曲を終わらせてしまい、申し訳ないです。実は告白したい人が、今ここに来たんです」
そう言うと観客の中で「いやぁ」と叫んでいる女の人が、何人かいた。
「メロディラインは完成していたのですが、まだ一番しか歌詞ができていなくて……。本当は全てを完成させてから、彼女を呼ぶつもりでした」
そう言って、私をじっと見つめる。
「だけど自分の気持ちをどうしても抑えられなくなってしまい、彼女をここに呼びました。聞いてください、Clumsy Love」
ドラムもベースも演奏することはなく、ギターと鎌田先輩のふたりだけで、スローテンポな曲が始まった。
彩りのない毎日の中で 君に出会った
君と接していくうちに 周りの景色が鮮やかな色彩に変わる
追われる仕事を放り出し 追いかける恋愛
そんな不器用な日々の中で 君をどんどん好きになる
頼りないところや勝気な瞳 全部好きさ
――愛してる
歌にしなければ伝えられない 君への気持ち
こんな臆病な俺でもいいかい?
優しいメロディと歌詞が、じわりと心の中に沁み込んできた。
――鎌田先輩が私のことを好き?
気がついたら涙が流れていた。驚きすぎて思わず、ライブハウスを飛び出してしまったのである。
両想い……だけど私には鎌田先輩は勿体ない。不相応だよ――そう思ってしまったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる