ドS上司の意外な一面

相沢蒼依

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新婚生活危機編

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 オイラの名前は八朔、つい最近兄ちゃのお家で居候することになった猫である。

 一度目は公園で出会い、そのままお別れしたのだけれど、街のパトロールをしていた最中にまた出会った。そのことに運命を感じたのか兄ちゃが、

『うちにきますか?』

 そう言ってきたのでとりあえず返事をしたら、居候することが決まったのである。

 外猫から内猫、つまり飼い猫になってからの生活は快適だった。まずゴハンの心配をしなくていい! 美味しいゴハンが、確実に腹の中に入るのである。お腹が空きすぎてフラフラしながら、餌を探す必要がないのは幸せである。

 二つ目は暖かい寝床が確保されてること! 寒さに震えつつ他の猫が来ないか緊張しながら、寝なくて済むのである。これも至福のひととき――飼い猫って、パラダイスなんだにゃと思っていたのに……

「正仁さん、美味しいですか?」

 お仕事から帰ってきた兄ちゃと姉ちゃ。晩ゴハンを食べて、まったりしていた兄ちゃに姉ちゃが何かを手渡した。ついでにオイラのゴハン入れにも、何かを入れてくれる。

「八朔にはバレンタインのチョコがあげられないから、このチーズで我慢してね」

 いえいえチーズは大好物ですよ。

 オイラは喜んで、細かく切られたチーズをガツガツと食べた。兄ちゃも嬉しそうな顔をして、いそいそと箱を開けて茶色いモノを口に運ぶ。

 多分オイラ達は、同じような顔をしていたんだろう。姉ちゃは指をさして、クスクス笑っていた。

 口の中でとろけるチーズの美味しさに幸せを感じてるとき、ピンポーンと大きな音がした。誰かが家に来た合図だ。

(誰が来ても、オイラには関係ないもんね)

 すっかり油断して、チーズに舌鼓を打ってる最中だった。突然、背後から抱きかかえられる。

「にゃ、にゃん!?」(何をする!?)

「はっちぃ、元気にしてたかい? 俺はもう、ズタボロなんだよぅ」

 言いながらソイツは何故か、オイラを首に巻き付ける。オイラが明らかに迷惑げにしているのに微笑みながら、兄ちゃと姉ちゃは見て見ぬフリをした。助けてほしいのにっ。

「に゛、にゃ~」(いや~)

 抗議してもコイツは何のその。怒りに震えるオイラの体に、すりすりと頬擦りしてきた。

「はっちは優しいねぇ。それに比べて叶ときたら、今日はバレンタインだっていうのに、チョコくれないんだよ」

 それがどうした、オイラに関係にゃいじゃないか!

 鎌田さん家の飼い猫になって良いこともあれば、我慢しなければならないこともある。所詮、居候の身なのでしょうがないのだが。

 まず一つはコイツ、兄ちゃの友達のけん坊と呼ばれている人間が、非常に苦手である。兄ちゃや姉ちゃはオイラの様子を見て、抱っこしたり行動してくれるのに、コイツに至ってはそんなの吹っ飛ばして、やりたい放題なのだ。

 時には『高い高い、低い低い』や今のように自分の首に巻き付けてみたり。予想外の行動するもんだから、オイラ自身も対処に困ったりする。一応兄ちゃの友達らしいので、足蹴にするワケにもいかず。

 ううっ、気を遣うにゃ。

 至福のひとときが一変、地獄のひとときになった。オイラは不機嫌丸出しで、眉間にふかぁいシワを寄せてみせる。

「なんだよ。はっちったら、まさやんみたいな顔してさ。やっぱり飼い主に似ちゃうって、ホントなんだね」

「なぁにが似てるって? けん坊くん」

 兄ちゃはオイラ達に近づきながら不敵な笑み(片側の口角をあげる例の笑み)を浮かべながら、右手を差し出した。

 コイツは不思議顔のまま、兄ちゃの右手に自分の左手を乗せた。野良猫のときに街で見かけていた、飼い犬がご主人様にする『お手』のようだ。

 信じられないと思いつつ呆れ顔で兄ちゃを見たら、同じように呆れ顔をしながら大きなため息をつく。

 以心伝心だにゃ。

「けん坊くん、先月頼んだ見積書、そろそろ出来てないと困るんですがね。年度末でこれからお互い忙しくなる前に、提出して頂きたいのですが?」

「ひっ! 忘れて……」

「はい? 何だって!?」

 目を吊り上げて睨み付ける、兄ちゃの顔の怖いこと。オイラが怒られてるワケじゃないのに、何故かコイツと一緒に体を縮こませた。

「今月末までに仕上げないと、どうなるか分かってるよな?」

 目の奥には明らかな殺気があり、今にも殺られそうな勢いである。オイラと一緒にプルプル震えながら、首を縦に激しく振る。

「分かってまする! 急いで今月末までには、何としてでも仕上げるからっ」

「山田さん、頑張って下さいね。いつも正仁さんがお世話になってます。はいチョコどうぞ」

「う……ひーちゃん有り難う」

 緊張感溢れまくりの空気に、突如姉ちゃが乱入して和やかな空気になった。和やかになったのは、兄ちゃ以外なんだけど。

 デレッとしてるコイツを睨んだまま、不機嫌丸出しな状態。理由は猫であるオイラにも、分かりすぎるくらい分かる。好きなモノは、独り占めしたいもんね。

 不意に姉ちゃがスマホと呼ばれるモノを、目の前に出した。

「このメール、読んでもらえますか?」

「ひーちゃんのスマホにきた、メールを読むの?」

「実はこれ、山田さん宛てにきたメールなんですよ。ホント愛されてますね」

 手渡しながら嬉しそうに微笑む姉ちゃ。変な顔をしながらコイツは、スマホを手に取り読み上げる。つか、いい加減オイラを襟巻き代わりにするのを、早く止めて欲しいにゃ。

「賢一へ。賢一の事だから私からチョコが貰えない愚痴を、まさやん君家で言ってるだろうと思い、ひとみちゃんにメールしました。仕事で使うカバンの中身を片付けないと、絶対に困るわよって三日前に言ってあったのに、予想通り片付けなかったのね。きちんとしていれば、底にあるチョコが見つかるはずだから」

「ほほぅ。けん坊のカバンは小学校低学年のランドセル並みに、中身が汚いのか。それじゃあ俺の仕事も、放り出す結果になったのは、それが原因――」

 兄ちゃが文句を言ってる最中に、オイラを肩に乗せたまま玄関にダッシュ。しゃがみこんで、カバンをガサガサ漁っていると――

「あった、お宝発見!」

 左手には姉ちゃから貰った箱を、右手には今見つけたばかりの箱を嬉しそうに持ち上げ、両手を上げて万歳をする。

「八朔、おいで」

 兄ちゃが背後から、オイラに声をかけた。振り返ると意味深に微笑んでいる。

「んにゃ!」

 返事をしながら、しゃがみこんでるコイツを足場にして勢いをつけ、兄ちゃの腕の中へジャンプ。今まで拘束された分のストレスをぶつけるべく、後頭部を蹴ることを忘れないにゃ。

「痛っ、はっち酷いじゃないか~」

「八朔良く出来ました、ホントに賢い猫ですね」

 言いながら、オイラの頭を優しく撫でてくれた。大好きな兄ちゃに褒められると、嬉しくてノドが鳴ってしまうゴロゴロ。

「はっちの性格が悪いのは、絶対まさやんのせいだよな」

 蹴られた後頭部を撫でながら、恨めしそうにオイラ達を見上げる。

「俺の仕事を忘れたペナルティ。八朔の一蹴りで済んで、感謝して欲しいくらいだ」

 鋭い殺気を放ちながらコイツを睨む。もっと何かしら、やれば良かったかにゃ?

 兄ちゃの顔を見上げると、いつもの優しい笑みを浮かべて、オイラと視線を合わせた。

「ああ……その慈愛の眼差しを俺に向けてくれたら、サクサクっと仕事が捗るだろうに」

 羨ましそうな顔してオイラ達を見ると、立ち上がっていそいそと靴を履いた。

 「まったく。他の人間が俺との仕事忘れたら即契約解除のトコを、待ってる時点で優しさを感じてもらわないといけないんだぞ。何が慈愛の眼差しだよ」

「有り難うまさやん、お騒がせしました。ひーちゃん待たね」

 呆れ顔の兄ちゃとオイラ、ちょっと後ろで楽しそうに微笑んでいる姉ちゃに向かって、ブンブン右手を振る。

 今日だけじゃなく毎回コイツは騒々しく入って来て、オイラを弄り倒してから、来た時同様に騒々しく帰って行くんだ。

 これからもこれが続くと思うと、ゲッソリしてしまいそうなオイラ。しかしコレ以上に厄介事が起ころうとは、このとき誰も思っていなかった。
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