純愛カタルシス💞純愛クライシス

相沢蒼依

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恋愛クライシス 一ノ瀬成臣の場合

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 その日は久しぶりのオフで、自宅にてカメラの手入れに勤しんだ貴重な日でもあった。だから記憶に残ってる。

 鼻歌まじりに手を動かしている室内に、インターフォンの音が響く。宅配かなと思いながら腰をあげ、漫然とした気分でドアスコープを覗くと、目元を拭いながら顔を俯かせている幸恵さんが、なぜかそこに立ってた。

 慌てて扉を開けたら、俺に飛び込んでくる小さな体。勢いよく飛びつかれたのでぐらついたが、なんとか踏ん張った。

「幸恵さん、どうしたんですか?」

「旦那に……離婚を切り出したら、平手打ちされて」

 腰を屈めて顔を覗き込む。片方の頬が、少しだけ赤くなっているように見えなくもない。幸恵さんが泣いているせいで顔全部が赤くて、平手打ちされた証拠がハッキリしなかったが、泣いてる女性をそのままにできなかった。

「とりあえず中に入ってください。落ち着くまでお茶でも飲んだらいいですよ」

 肩を抱き寄せて中に促し、テーブルの前に座るように案内した。お茶を淹れるために、その場から離れようとした俺のTシャツの裾を、幸恵さんが素早く掴む。

「一ノ瀬くん、そばにいて欲しい……」

「あー、はい」

 引っ張られた裾をそのままに、幸恵さんの目の前に座り込んだ。

「幸恵さん、とりあえず涙を拭いませんか? ティッシュ取ってきます」

 なにを言って慰めたらいいのかすら困惑し、あたふたしながら目についたことを口にする。鼻をすすって頷いてくれたので、掴まれた裾の手をやんわり外し、数歩先に置いてあったボックスティッシュを持って、ふたたび幸恵さんの前に座った。

「どうぞ、これで涙を拭ってください」

「一ノ瀬くんに拭われたい」

 幸恵さんに強請られるとは思わなかったので、持っていたボックスティッシュを落としてしまった。

「おぉお俺が幸恵さんの涙を……拭うのは、ちょっと」

 戸惑いまくりの俺を、涙に濡れた瞳が捉えたと思ったら。

「ちょっ、わっ!」

 音もなく幸恵さんが俺に飛びつき、ぎゅっと縋りついた。

「傷ついてる私を優しくしないなんて、一ノ瀬くんはイジワルね」

「幸恵さん、落ち着いてください。一旦離れましょう、ね?」

(こんなところを幸恵さんの旦那さんが見たら、絶対に誤解されてしまう!)

「一ノ瀬くんはやっぱり、年下のかわいいコがいいのかしら」

 さっきまで泣いていたとは思えない落ち着いた声が、俺の耳元で聞こえた。

「へっ?」

「10コ上の私なんて、醜いおばさんよね」

 今まで年下とばかり付き合ってきたので、年上の女性の褒め方がイマイチわからず、「そんなことないですよ、ええ」なんて間の抜けた返事をしてしまった。

「旦那に離婚を切り出した理由、教えてあげようか?」

 言いながら俺の顔の前に、幸恵さんが移動する。

「もともと旦那の仕事のせいで、お互い冷めていたところもあったの。そこにアナタ、一ノ瀬くんが現れた」

 言い終えてからなぜか頭を撫でられてしまい、告げられたセリフと幸恵さんの行為の意味がわかりかねたので撫でる手を掴み、「やめてください」と拒否した。

 俺に拒否されてもなんのその。目の前にある顔はさっきまでの泣き顔じゃなく、どこか色っぽさを感じるような妖艶さを漂わせる。

「大学生のときの一ノ瀬くんは、いろんな女のコと付き合ったり、別れたりをしていたよね」

「まぁあまり長続きしないというか、フランクな付き合いばかりしてました」

「私ならアナタを、本気にさせることができるわよ」

 避ける間もなく近づいた幸恵さん。熱い吐息を首筋に感じたと思ったのもつかの間、ちゅっと音の鳴るキスをされた。首筋の皮膚が薄いせいか、幸恵さんの柔らかい唇の感触を覚えてしまい、変な気分になる。

「待ってください。幸恵さんは既婚者じゃないですか。そういうの駄目です!」

 残ってる理性を総動員して、細身の体を引き離そうとしてるのに、幸恵さんの手が俺の下半身に触れ、その力を削ぐような行為がなされた。

「くっ!」

「ずっと一ノ瀬くんを見てたの。好きよ、我慢できないくらいに」

「旦那さん以外にっ…こんなことし、ちゃ、ううっ……」

「もういいの、あの人とは別れるんだから。これからは一ノ瀬くんだけよ。もっと気持ちよくしてあげる。だから身をまかせて」

「別れる――」

 その言葉がなけなしの俺の理性を、一気に崩した。そのまま幸恵さんに押し倒されて唇を奪われ、なし崩し的に深い関係になってしまった。だがこのときは、まだ深みに嵌ることはないと思った。

 本人がいつかは別れると言っても、現在進行形で相手は人妻――正式に離婚するまでは好きになってはいけない人だと、頭ではわかっていたのに、幸恵さんに尽くされながら甘やかされているうちに、気づいたら彼女なしではいられなくなってしまったのである。
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