64 / 126
恋愛クライシス 一ノ瀬成臣の場合
11
しおりを挟む
☆☆☆
家に帰ると、誰かが待っている幸せなんて、味わうことがないと思ってた。
「おかえりなさい、一ノ瀬くん。ご飯作っておいたよ」
部屋に漂う料理の匂いと、人がいるあたたかみ。今まで無機質なものばかりに囲まれていた空間とは思えない雰囲気が、そこにあって。
「幸恵さん、ありがとうございます」
それを噛みしめるたびに、心が満たされていくのを感じることができた。
「大好きな一ノ瀬くんのお世話ができると思うと、なんだか嬉しいの」
帰ったばかりの俺にぎゅっと抱きつき、満面の笑みでほほ笑む彼女に、迷うことなく細身の体に腕を回してキスをした。
「明日は泊まりの仕事なので、帰ることができないのが寂しいです」
「それはちょうどよかった。ウチの人が一週間ほど、こっちに帰ってくるの」
「旦那さんが帰ってくる……」
幸恵さんを抱きしめる腕に、自然と力がこもった。
「当然離婚の話し合いをしようと思うけど。ほかにもあの人に求められたら、応じなきゃいけないのよね」
物憂いな表情を見せる幸恵さんを間近で眺めているから、語気を強めて告げてしまう。
「そんなの嫌です。この家に逃げればいい」
「そういうわけにもいかないわ。話し合いをしなきゃいけないですもの」
俺のワガママに、幸恵さんは首を横に振った。
「だったら俺も、その話し合いに参加――」
「一ノ瀬くんは、まだ顔を出さないで。これは夫婦でしなきゃいけないことだから」
ピシャリと言い放たれたせいで、これ以上なにも言えなくなってしまった。
「一ノ瀬くんってば妬いてるの?」
「妬いてます。それに不甲斐ない自分がすごく嫌です」
「かわいい、そんな一ノ瀬くんが大好きよ」
旦那さんに手を出される彼女を見るだけで、ムダに嫉妬に駆られた。早く自分だけのものにしたくて堪らなくなる。不倫はいけないことだとわかっていたのに、好きという想いがどうにも自重できなくて、幸恵さんに夢中になる要因だったのかもしれない。
「成臣に好きな人ができた、だと!?」
互いの仕事がすれ違って、なかなか逢う機会に恵まれなかったアキラと飲むことが叶ったのは、幸恵さんと付き合って半年くらい過ぎた頃だった。
似たような仕事をしてるせいで、顔を会わせることはあまりなかったが、LINEでちょこちょこやり取りをかわしていた。しかしながら自身のプライベートを文字で告げることができず、顔を突き合せて知らせることに、内心ほっとする。
「アキラ、付き合ってる彼女と結婚したいと考えてるんだ」
「はぁあ? 結婚!? 仕事のし過ぎで、ついに頭のネジが外れたのか?」
「俺が誰かを好きになっちゃ駄目なのかよ」
アキラは小さい目を大きく見開き、アホ面丸出しで俺を見つめる。
「だってさ、これまでのおまえの行動を見てるからこそ、本気になる相手がこのタイミングで出るとは、予想外過ぎたんだ」
「アキラの予想も、あてにはならないもんだな」
「おかしい、滅多に外れることはないのに。ちなみに相手は、どんな人なんだよ?」
テーブルに身を乗り出して訊ねられたせいで、少しだけ言いにくくなってしまう。
「10歳上、アパートの大家……」
「嘘だろ、おい。てっきり歳下のかわいい系で、成臣が守ってあげたくなるような、可憐なコのイメージが崩れてしまっただろ!」
「またしても外したな」
「仕事をしたことで、人生観でも変わったのか? 年上なんて眼中になかっただろ。俺はどの年代でもオールオッケーだけど」
「アキラの間口の広さもどうかと思う」
心底呆れながら言うと、アキラは身振り手振りで説明する。
「それぞれの年代ならではの、いいところや素敵な部分があるんだって。成臣がそれに気づくとは、仕事で審美眼が養われたというのか?」
あっけらかんとカラカラ笑うアキラに、思いきって告げる。嫌な真実を伝えるには、いい雰囲気だった。
「あとさ、その……彼女人妻なんだ」
「はい、ギルティ! おまえ、慰謝料請求されるぞ」
ビシッと指を差しながら告げられたセリフに、声のトーンを落として現状を教える。
家に帰ると、誰かが待っている幸せなんて、味わうことがないと思ってた。
「おかえりなさい、一ノ瀬くん。ご飯作っておいたよ」
部屋に漂う料理の匂いと、人がいるあたたかみ。今まで無機質なものばかりに囲まれていた空間とは思えない雰囲気が、そこにあって。
「幸恵さん、ありがとうございます」
それを噛みしめるたびに、心が満たされていくのを感じることができた。
「大好きな一ノ瀬くんのお世話ができると思うと、なんだか嬉しいの」
帰ったばかりの俺にぎゅっと抱きつき、満面の笑みでほほ笑む彼女に、迷うことなく細身の体に腕を回してキスをした。
「明日は泊まりの仕事なので、帰ることができないのが寂しいです」
「それはちょうどよかった。ウチの人が一週間ほど、こっちに帰ってくるの」
「旦那さんが帰ってくる……」
幸恵さんを抱きしめる腕に、自然と力がこもった。
「当然離婚の話し合いをしようと思うけど。ほかにもあの人に求められたら、応じなきゃいけないのよね」
物憂いな表情を見せる幸恵さんを間近で眺めているから、語気を強めて告げてしまう。
「そんなの嫌です。この家に逃げればいい」
「そういうわけにもいかないわ。話し合いをしなきゃいけないですもの」
俺のワガママに、幸恵さんは首を横に振った。
「だったら俺も、その話し合いに参加――」
「一ノ瀬くんは、まだ顔を出さないで。これは夫婦でしなきゃいけないことだから」
ピシャリと言い放たれたせいで、これ以上なにも言えなくなってしまった。
「一ノ瀬くんってば妬いてるの?」
「妬いてます。それに不甲斐ない自分がすごく嫌です」
「かわいい、そんな一ノ瀬くんが大好きよ」
旦那さんに手を出される彼女を見るだけで、ムダに嫉妬に駆られた。早く自分だけのものにしたくて堪らなくなる。不倫はいけないことだとわかっていたのに、好きという想いがどうにも自重できなくて、幸恵さんに夢中になる要因だったのかもしれない。
「成臣に好きな人ができた、だと!?」
互いの仕事がすれ違って、なかなか逢う機会に恵まれなかったアキラと飲むことが叶ったのは、幸恵さんと付き合って半年くらい過ぎた頃だった。
似たような仕事をしてるせいで、顔を会わせることはあまりなかったが、LINEでちょこちょこやり取りをかわしていた。しかしながら自身のプライベートを文字で告げることができず、顔を突き合せて知らせることに、内心ほっとする。
「アキラ、付き合ってる彼女と結婚したいと考えてるんだ」
「はぁあ? 結婚!? 仕事のし過ぎで、ついに頭のネジが外れたのか?」
「俺が誰かを好きになっちゃ駄目なのかよ」
アキラは小さい目を大きく見開き、アホ面丸出しで俺を見つめる。
「だってさ、これまでのおまえの行動を見てるからこそ、本気になる相手がこのタイミングで出るとは、予想外過ぎたんだ」
「アキラの予想も、あてにはならないもんだな」
「おかしい、滅多に外れることはないのに。ちなみに相手は、どんな人なんだよ?」
テーブルに身を乗り出して訊ねられたせいで、少しだけ言いにくくなってしまう。
「10歳上、アパートの大家……」
「嘘だろ、おい。てっきり歳下のかわいい系で、成臣が守ってあげたくなるような、可憐なコのイメージが崩れてしまっただろ!」
「またしても外したな」
「仕事をしたことで、人生観でも変わったのか? 年上なんて眼中になかっただろ。俺はどの年代でもオールオッケーだけど」
「アキラの間口の広さもどうかと思う」
心底呆れながら言うと、アキラは身振り手振りで説明する。
「それぞれの年代ならではの、いいところや素敵な部分があるんだって。成臣がそれに気づくとは、仕事で審美眼が養われたというのか?」
あっけらかんとカラカラ笑うアキラに、思いきって告げる。嫌な真実を伝えるには、いい雰囲気だった。
「あとさ、その……彼女人妻なんだ」
「はい、ギルティ! おまえ、慰謝料請求されるぞ」
ビシッと指を差しながら告げられたセリフに、声のトーンを落として現状を教える。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる