純愛カタルシス💞純愛クライシス

相沢蒼依

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番外編

夏祭り

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『今月の給料が出たら、美羽姉に似合う浴衣を買ってあげる!』

 という学くんからの突然の申し出に、かなり驚きながら首を縦に振った。なんでも学くんが私を好きになったキッカケが、夏祭りだったそう。正直なにがあったのかを、まったく覚えていないのがつらい……。

 私が覚えていないくらいだから、本当に何気ないことだと思えど、それがなんであったのかを聞くに聞けなかった。

 前回買物したのは、学くんに復讐を手伝ってもらう関係で、普段着を買ってあげたとき以来。今度は私の買物に行くということで、学くんはムダに張り切っていた。

 お店でたくさんの浴衣を前にして、私以上に目移りしながら、両手で頭を抱えて激しく悩みつつも、気になったものを手に取り、私の体にきちんと当てて、それはそれは丁寧に選んでくれた。

「くそぅ、この紺色の浴衣に、さっき見た浴衣の花柄模様があれば完璧なのに……」

「だったら、店員さんに聞いてみようよ」

「いや、もしかしたら、もっといいのがあるかもしれない。俺が見つける!」

 自分の普段着を選ぶときは、ものの5分で終わった学くんが、私の浴衣を選ぶだけで1時間以上の時間をかけてる姿に、思わず笑みがこぼれた。

 こうして念入りに選んでもらった浴衣を着付けして、学くんと並んで夏祭りの屋台に足を運ぶ。もちろん、はぐれないように手を繋いだ。

 学くんが小さいときは、こうして手を繋いで夏祭りの会場を歩いたのを、懐かしく思い出していると。

「美羽姉きれい……」

「学くん、何度も同じことを言わないで。恥ずかしいよ」

「俺は事実を言ってるだけだし。すごく似合ってる」

 並んで歩いているというのに、わざわざ前屈みになって私を見ようとする学くんに、危ないよって何度も注意した。

(それにしても繋いだ手のしっとり感、学くんの手汗がすごいことになってるけど、緊張しているように見えないし、蒸し暑いとはいえ、そこまで暑い感じでもないのに――)

 手から伝わってくる学くんの汗の様子を不思議に思いながら、口を開く。

「もう少ししたら花火大会がはじまるけど、このまま屋台を突っ切って、花火が見えるところに行く?」

 まじまじと見つめる学くんの視線に困惑しながら、なんとか話題を提供した。

「子どもの頃は、屋台のすべてに顔を出してワクワクしていたのに、今は見たいものがないもんなぁ。買い食いはあとにして、美羽姉の意見に同意する」

「ふふっ、落ち着きのない学くんの手を離さないようにするのに、苦労したのを覚えてるよ」

 ひょいとそれを持ちあげたら、ぎゅっと私の手を握りしめる。

「俺もしっかり覚えてる。いつまで経っても俺をちびっこ扱いする美羽姉を、わざと困らせたんだ」

 持ちあげた手を見ながら告げる学くんの顔は、どこか懐かしそうな感じに見えた。

「どうして困らせたの?」

「大好きな美羽姉に、かまってほしかったから」

「なにそれ?」

「好きな女子にイジワルする、男子の複雑な気持ちみたいなもんかな」

 握りしめる私の手を引っ張って、学くんに近づけた瞬間に、ドンッという大きな花火の音が聞こえた。

「学くんごめんね。私が着付けに時間がかかっちゃったから」

 そのせいで、約束の時間に遅れてしまった。

「俺のために綺麗に身支度を整えてくれたのに、文句なんて言わないよ。それに花火が見える場所はすぐそこなんだから、焦らなくてもいい」

 私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる学くんの優しさが嬉しくて、ほほ笑みながら見上げたタイミングだった。

「あ、ここでちょっとだけ待ってて」

 遠くを見渡した学くんが、ポケットに入れてるスマホを取り出して告げた。

「わかった」

「絶対に動かないで待ってて。すぐに戻るから!」

 そこは大きな外灯の下なので、学くんが言ったとおりに突っ立って待っていたら、私自身がライトアップされているので、すぐに目視できる場所だった。

 足早に見渡した場所に走っていく背中を、ぼんやりと眺める。さっき学くんが言ったセリフの『ここで待ってて』は、私がよく使った言葉だった。落ち着きのない彼の手を取りながら、お目当ての屋台に行くために言い聞かせたセリフだったのに、それを学くんに使われるとは。

「そういえば学くんが高学年になってから、一緒に行ったお祭りでも言われたことがあったような?」

 何年生なのかは思い出せないけど、そこまで小さかった記憶もない。だけどさっきのように、なにかに気を取られた学くんが、私に待つように言って、ちょっと離れた屋台で買い物をした。

『これ、美羽姉にやるよ』

 そう言って手渡してくれたものは、色とりどりの石があしらわれた星型のネックレスだった。

「これを私に?」

 私よりも少しだけ背の低い彼を驚きながら見下ろすと、寝癖のある頭を搔いて顔を横に逸らす。

『ホントは指輪ゴニョゴニョ……サイズわかんないし』

「うん?」

『美羽姉、そういう洒落たものが好きだったよなぁって』

 夜目でもわかるくらいに赤くなった顔を隠す感じで俯いて、ほかにもなにかを呟く学くんの頭を撫でてあげる。

「学くんも、女のコに気を遣う年頃になったんだねぇ。大人になったなぁ」

『――早く大人になりたい』

 上目遣いで私を見る視線は、不満そうな感じに見てとれる。子ども扱いしないでくれと、無言で言ってるのかもしれない。まだ小学生なのにね。

「大人になるには、たくさん勉強しなきゃ駄目だよ」

『たくさん勉強して偉くなったら、美羽姉褒めてくれる?』

「褒めるほめる。学くんが偉くなったら、お嫁さんになろうかな。そしたら玉の輿にのれるしね!」

 そこまでの流れをしっかりと思い出し、自分のやらかしにガックリと項垂れた。私に恋愛感情がまったくないとはいえ、無責任にもほどがあるセリフの数々に、額に手を当てて反省した。

「ねぇねぇお姉さん、大丈夫? 具合が悪いの?」

 気がついたら見知らぬ若い男性ふたりがニヤニヤしながら、私を見下ろす至近距離で立っていた。声をかけてくれと言わんばかりの目立つところで、学くんを待っていたせいで、面倒くさいことになってしまったと言ったところか。

「もうすぐ連れが来るので大丈夫です」

「ツレって友達? 2対2でちょうどいいじゃん!」

「友達じゃなく彼氏ですけど」

「またまたぁ。こんな寂しいところに彼女を放置して、マジで酷い彼氏じゃね?」

「すみません、その酷い彼氏ですけど、俺の彼女になにか?」

 いつもより低い声で現れた学くん。外灯の明かりが半分くらいしか当たっていない上に、声をかけた男性たちよりも背が高いので、妙な迫力があった。

「ゲッ、マジで彼氏だったのかよ……」

 そそくさと退散する男性たちに、あっかんべーをしたら、肩を抱き寄せられた。

「美羽姉ごめん。怖かっただろ?」

「全然、平気だったよ」

 キョトンとして答えたら、目の前でげんなりした面持ちになった学くん。

「もしかして、誘われ慣れてるとか?」

「まさか! うまいことあしらってる間に、学くんが戻ってくると思っていたから、ああやって冷静に受け答えしていたんだよ」

 思っていたことを口にしただけなのに、学くんは私をぎゅっと抱きしめた。

「なんだよ、その絶大な信頼。俺がもっと遅れたりしたら、危ない目に遭ったかもしれないのに」

 抱きしめられたおかげで、学くんの胸元に顔を寄せているので、彼の心配している気持ちが耳に聞こえてきて、私までドキドキしてしまう。遠くで打ち上げられる花火の音よりも、学くんの早い心音がすごく大きな音として伝わってきて、本当に心地よかった。

「それでも絶対に、学くんは私を助けてくれるのがわかってる。そうでしょ?」

 顔をあげながら、学くんの首に両腕をかけた。

「美羽こんな目立つところでキス……したいとか、どうして」

 学くんは私の引っ張る腕の力にちょっとだけ抗って、視線を彷徨わせる。

「待ってる間、寂しかったから。それにみんな花火に夢中になってるし、私たちなんて目に入らないよ」

「ヤバ、そんな顔して言われたら、キス以上のコトをしちゃうかも?」

「え?」

「だって俺の選んだ浴衣を色っぽく着こなしてる時点で、手を出したくてたまらなかったんだぞ。理性を必死になって折りたたんでいるのに、美羽姉のイジワル!」

 掠めとるような触れるキスだけして、強引に私の腕を外し、さっさと手を繋いで目的地に向かって引っ張って歩く。それでも私に歩幅を合わせてくれるところは、本当に優しい。

「学くん……」

「美羽姉、覚悟しておくんだぞ。花火大会が終わったら、俺たちの夏祭りの本番だから」

「夏祭りの本番?」

「無自覚で俺を煽ってること、全然わかってないだろ。そういうところが好きなんだけどさ」

 学くんの言ってることがさっぱりわからなかったのだけれど、花火大会が終わって、学くんのマンションに一緒に帰ることで、夏祭りの本番の意味をあらためて思い知り、オオカミになった学くんに食べられてしまったのだった。

 愛でたし・愛でたし?
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