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番外編
ミキ
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アイツとのゲンナリするやり取りと忘れ物を奪取したあとで、遠方にある現場に戻る。
(今回の大学生で四人目か。俺が本社に戻るまであと一年。また若い男を2,3人くらい作るんだろうな)
平静を装いながら出勤した俺に、後輩が気づいて駆け寄ってくる。丸縁メガネが印象的な後輩の顔は、とてもかわいらしく見えるため、癒し系な見た目と柔らかい物腰は社内でも人気があった。
「木暮先輩、お疲れ様です。ご自宅どうでした? ゆっくりできましたか?」
まるで子犬が散歩してほしそうな顔と称しても違わない顔を見て、つられるようにほほ笑む。アイツにこれだけの愛想があれば、自然と会話が弾むだろうに。
「お疲れ。今回休みが取れたのは、おまえが影で頑張ってくれたおかげだ。ありがと、ゆっくりできたよ」
「そんなことないです。木暮先輩の心配事が少しでもなくなればいいなと思いまして。ゆっくりできてよかったですね」
俺を気遣う後輩の声が耳に届いた瞬間、小さなため息をついてしまった。
「木暮先輩のその顔、もしかして奥さんまた――」
「ああ。俺が帰ったのを見計らって、自宅でよろしくヤってた」
「酷い……。木暮先輩は奥さんのために早く本社に戻れるように、こんなに頑張ってるのに」
「ハハッ、仕事は目に見えないからな」
「それと奥さんを愛してるって意思表示、ちゃんとしてきましたか?」
後輩の丸縁メガネのレンズ越しの瞳が、俺の心を見透かすように突き刺さる。
「意思表示って、あ~……。好きだの惚れてるみたいな言葉を言えってやつか」
「奥さんに浮気されても別れないのは、ひとえに愛しているからでしょ? 最低限それくらい言ってあげるとか、愛情があるっていう態度を示さなきゃ、ずっと浮気されます」
「三城が好きだよ」
「俺に言うんじゃなくて、奥さんに言ってあげないと。資産家令嬢の奥さんを俺のATMなんて言ってる時点で、愛情疑われるのに」
アイツとの出逢いは、アイツの実家を取り壊す現場――つまりお客様だった。ご両親が亡くなったので屋敷を取り壊し、残った資産でアパート経営がしたいと相談を受け、話をしているうちに、次第に惹かれてしまった。
お互い意識してデートにいたったときも、沈黙ばかりで話なんて盛りあがらず、静まり返った時間ばかりだったが。
(黙ったまま俺の腕に自分の腕を絡めて、体を寄り添わせるアイツがかわいくて、しょうがなかったんだ)
その妙な沈黙すら愛おしく感じて、すごく幸せだった。結婚してもこの幸せが、長く続くと思ったのに――。
「木暮先輩、寡黙な亭主関白は好かれませんよ。そういう不器用なところは、学生時代を一緒に過ごして知ってるから、かわいいなって思いますけど、奥さんとの付き合いは短いんだから、わかっていないでしょ?」
「俺のことをかわいいなんていうのは、三城くらいだ。変わったヤツだな」
俺を心配する後輩の頭を、手荒に撫でてやる。
「とにかく次に帰るときに向けて、俺にいっぱい告ってみてください。慣れちゃえば、どうってことありませんよ」
「はいはい、わかったわかった。三城のそういう優しいところ、大好きだよ」
好きな人の前で素直になれない、不器用な自分が大嫌いだった。なんとかしたいのに、どうにもならない俺の想いを知らずに、アイツはふたたび違う男と関係を持つ。
俺が変われば、アイツも変わるんだろうか――。
気落ちする俺を後輩が心配そうに眺めていることすら、このときは気づけずにいたのだった。
(今回の大学生で四人目か。俺が本社に戻るまであと一年。また若い男を2,3人くらい作るんだろうな)
平静を装いながら出勤した俺に、後輩が気づいて駆け寄ってくる。丸縁メガネが印象的な後輩の顔は、とてもかわいらしく見えるため、癒し系な見た目と柔らかい物腰は社内でも人気があった。
「木暮先輩、お疲れ様です。ご自宅どうでした? ゆっくりできましたか?」
まるで子犬が散歩してほしそうな顔と称しても違わない顔を見て、つられるようにほほ笑む。アイツにこれだけの愛想があれば、自然と会話が弾むだろうに。
「お疲れ。今回休みが取れたのは、おまえが影で頑張ってくれたおかげだ。ありがと、ゆっくりできたよ」
「そんなことないです。木暮先輩の心配事が少しでもなくなればいいなと思いまして。ゆっくりできてよかったですね」
俺を気遣う後輩の声が耳に届いた瞬間、小さなため息をついてしまった。
「木暮先輩のその顔、もしかして奥さんまた――」
「ああ。俺が帰ったのを見計らって、自宅でよろしくヤってた」
「酷い……。木暮先輩は奥さんのために早く本社に戻れるように、こんなに頑張ってるのに」
「ハハッ、仕事は目に見えないからな」
「それと奥さんを愛してるって意思表示、ちゃんとしてきましたか?」
後輩の丸縁メガネのレンズ越しの瞳が、俺の心を見透かすように突き刺さる。
「意思表示って、あ~……。好きだの惚れてるみたいな言葉を言えってやつか」
「奥さんに浮気されても別れないのは、ひとえに愛しているからでしょ? 最低限それくらい言ってあげるとか、愛情があるっていう態度を示さなきゃ、ずっと浮気されます」
「三城が好きだよ」
「俺に言うんじゃなくて、奥さんに言ってあげないと。資産家令嬢の奥さんを俺のATMなんて言ってる時点で、愛情疑われるのに」
アイツとの出逢いは、アイツの実家を取り壊す現場――つまりお客様だった。ご両親が亡くなったので屋敷を取り壊し、残った資産でアパート経営がしたいと相談を受け、話をしているうちに、次第に惹かれてしまった。
お互い意識してデートにいたったときも、沈黙ばかりで話なんて盛りあがらず、静まり返った時間ばかりだったが。
(黙ったまま俺の腕に自分の腕を絡めて、体を寄り添わせるアイツがかわいくて、しょうがなかったんだ)
その妙な沈黙すら愛おしく感じて、すごく幸せだった。結婚してもこの幸せが、長く続くと思ったのに――。
「木暮先輩、寡黙な亭主関白は好かれませんよ。そういう不器用なところは、学生時代を一緒に過ごして知ってるから、かわいいなって思いますけど、奥さんとの付き合いは短いんだから、わかっていないでしょ?」
「俺のことをかわいいなんていうのは、三城くらいだ。変わったヤツだな」
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「とにかく次に帰るときに向けて、俺にいっぱい告ってみてください。慣れちゃえば、どうってことありませんよ」
「はいはい、わかったわかった。三城のそういう優しいところ、大好きだよ」
好きな人の前で素直になれない、不器用な自分が大嫌いだった。なんとかしたいのに、どうにもならない俺の想いを知らずに、アイツはふたたび違う男と関係を持つ。
俺が変われば、アイツも変わるんだろうか――。
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