純愛カタルシス💞純愛クライシス

相沢蒼依

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番外編

文藝冬秋編集長 伊達誠一9

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(伊達編集長は、いろんな顔をもってるんだな。その中でもやっぱり、笑ってる顔が一番素敵かも)

「なぁ付き合うって話したの、覚えてる?」

「へっ?」

「やっぱりか。とりあえず――」

 伊達編集長は大きな手で私の前髪に触れて、額をあらわにさせると、そこに唇をゆっくり押しつけた。額の皮膚から、伊達編集長の唇の柔らかい感触が直に伝わり、あまりの衝撃に首を掴んでいた両手を、意味なく空中で上下させた。

「これからよろしくということで、住所を教えてくれ」

 ゴンッ!

 端正な顔から距離をとろうとしたら、窓ガラスに頭を強打させてしまった。

「おいおい、ドアウィンドウ大丈夫かよ?」

 なぜか私の心配よりも、車の心配をする。と見せかけて、打ちつけた私の頭にきちんと手を当てて撫でてくれた。

「伊達編集長~っ……」

(どうしよう。この人、本当に一筋縄ではいかない。心が翻弄されっぱなしで、いつもの自分じゃいられない!)

「いきなり困らせて悪かったな。とりあえずふたりきりのときは、編集長呼びはやめるか。臥龍岡ながおかになんて呼ばれてるんだ?」

 訊ねながらも、ずっと私の頭を優しく撫でてくれる。

「さっちゃんです」

「ふーん。だったら俺は、サヨって呼ぶことにする」

 テキパキと物事を決めていくスピードが速すぎて、頭がついていかない。

「それでサヨ、住所を教えてくれ」

 伊達編集長は、痛めた私の頭を撫でていた手の人差し指でリズムをとるように頭をぽんぽんしてから、やんわりと外した。そしてその手でナビを手早く操作し、ふたたび私を見つめる。

「サヨ、住所!」

「は、はい! あのですね――」

 背筋を伸ばして住所を教えると、伊達編集長は手際よくそれを打ち込み、案内を開始すると同時にシートベルトを締めて、車が出発した。私も慌ててシートベルトを締める。

「それでサヨ、俺のことはなんて呼ぶんだ?」

 ワクワクしてる様子が、なんとなく雰囲気で伝わった。それに応えるべく、呼びたい名前を口に出せばいいのだけれど。

「そ、それじゃあ伊達さんで……」

「本当に、それでいいんだな?」

「いいです、それで」

 とてもじゃないけど、いろんな意味で恐れ多くて、名前呼びなんてできない!

「顔が思いっきり不満そうだけど?」

「そっ、そんなこと!」

「出てる出てる。名前で呼んでみたいって、顔に書いてある」

「伊達編集長は車を運転しているのに、私の顔なんてまじまじと見ることができないじゃないですか」

 それを確認するように隣を見たら、チラッと一瞬だけ横目で私を見下ろす。自信満々な感じが、まなざしに表れているのを悟った。

「見えないと思うだろ? でもな、サイドミラーにばっちり映っているとしたら?」

 その言葉で慌てて、助手席側のサイドミラーに視線を注いだ。すると本当に、私の顔が映っているという!

「あ……」

「サヨ、遠慮することはない」

 短いセリフなのに、やけに耳に残った。とても優しい響きに導かれるように、彼の名前を呟く。

「誠一、さん」

「ハハッ、よくできました」

 目の前の信号がタイミングよく赤に変わり、伊達編集長の大きな手が、ふたたび私の頭を撫でる。

「サヨはよくやってると思う。会社の問題児たちをまとめあげるだけでも骨が折れるのに、苦労を感じさせずに頑張ってるよな」

「あ、ありがとうございます……」

「しかも素直。だから簡単に騙される!」

 語尾で私の額を軽くデコピンした伊達編集長の左手が、ハンドルを握った。信号が青に変わり、車がゆっくり走り出す。

「騙される?」

 デコピンされてた額を撫でながら訊ねた私に、伊達編集長のやけに明るい声が続く。

「サイドミラーにサヨの顔が映っていたら、サイドミラーの意味がないだろ?」

「あっ!」

 言われてみたら、確かにそうだった。車内にいる私がミラーに映っていたら、左右の安全確認ができない。

「つまり俺の位置からは、サヨの顔は映っていないというわけ。きちんと左外側の景色が映ってる」

「しっかり騙されました」

 普段車を運転していないことが、これでバレてしまっただろう。免許を持っているけど、ペーパードライバーだったりする。

「それと今日編集部に俺が乗り込んで、サヨを拉致ったことも作戦だからな」

「え? あれが作戦?」

 またまた明かされるタネに、疑問符が頭の中に浮かびまくった。

「文藝冬秋のこわ~い編集長が自分たちの上司を叱る姿は、めちゃくちゃ奇異に映っているハズなんだ。やっぱり若い女だから弱いよなって。だから間違いなく明日から部下たちは、サヨを見下した態度で接するだろうな」

 そのことを予想しながら、私を攫った伊達編集長の横顔を、食い入るように見つめてしまった。大好きなこの人の期待に応えたいと、自然に思える強い自分がいる。
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