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番外編
自立するために3
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社長である父さんを支持してくれるたくさんの社員のおかげで、今回の危機をなんとか脱したことを知った。だがあくまで、今回はということだろう。
「白鳥、なにを迷うことがあるの? 貴方、一人息子なんでしょ? お父さんを助けたいとは思わないの?」
「俺が中三の頃、進路に迷ったときに父さんが言ったんです。ウチの会社のことは気にせずに、おまえのやりたいことを仕事にしなさいって」
「当時は会社経営の苦労を、息子に背負わせたくないという、父親の気持ちがあったからでしょうね」
副編集長はファイルで俺の頭を軽く叩いた。
「美羽ちゃんが困ったときは、迷わず助けたアンタが、どうして父親が困ってるときに手を貸さないのかしら?」
「俺は会社経営なんて、なにも知りません。カメラをいじることしか知らない俺が、まったく違う職種に就くことに、不安を感じるに決まっ」
「ふざけんじゃねぇぞ、クソが!」
オネェ語から一転、いきなり素に戻った副編集長の一喝が俺の鼓膜に突き刺さる。ビビって、思わず後退りしてしまった。
「白鳥テメェ、今のセリフを美羽ちゃんの前でも言えるのか?」
「へっ? 美羽姉の前で……」
「カッコつけのおまえのことだ、口が裂けても言えないだろうな」
言い淀んだ途端に図星を突かれて、口を噤むしかない。
「美羽ちゃんの前で言ったら、今の俺よりも怒るだろう。『学くん、なに考えてるの! お父さんのことを見捨てるの? そんな学くんなんて大嫌い、別れる!』って絶対に言われる」
途中、声を変えて美羽姉を演じる副編集長の器用さは別として、俺がやろうとしていることが間違っているのはわかった。今回のことを知らなかったことにして、このままカメラマンの仕事を続けることを――。
「新入社員で会社に入社するときは、誰だってゼロからのスタートだろ。なにを恐がってるんだ」
副編集長は、ふたたび俺の頭をファイルで叩く。
「ここで働いたことは、けして無にならない。職種が違っていても、つながるところがあるものさ。特に苦労している最中に、そのことに気づける。誰がおまえを育てた?」
「副編集長です」
「そうだ、この俺が鍛えてやったんだ。決めなきゃいけないところで決めきれない不器用さはあるが、それでも最後まで諦めずに頑張ることのできる男だろ。もっと自分を信じてみろ」
ファイルで何度も軽く叩いていた腕が大きく振りあげられて、最後にバシッと強く叩かれた。
「しょうがねぇな。動けない白鳥に変わって、俺が背中を押してやる」
にこやかに副編集長は告げるなり、スラックスのポケットからスマホを取り出して、どこかに電話した。俺の頭を叩いたファイルを開き、「もしもし」といつものオネェ語で呟く。
「わたくし、文藝冬秋副編集長の臥龍岡と申します。社長さんとお話したくてお電話しました。え? 要件ですかぁ? 社内で大々的におこなわれた、兄弟喧嘩についてですぅ♡」
呆気にとられている俺を尻目に、副編集長はどこか楽しげにアポをとる。社内のお家騒動を聞いたら、普通は取り次ぎされないと思ったのに、なぜか副編集長の電話が続いた。
「もしもし、冴木社長さん。はじめまして~! わたくし、文藝冬秋副編集長の臥龍岡と申しまぁす。いえいえ、息子さんにはこちらがとーってもお世話になってますって!」
ファイルを机に置き、フリーにした手でなにもない空中を叩く仕草をする副編集長は、チラリと俺の顔を見た。
「その息子さんに、今回のことを取材させたいと思いまして。ぜひとも、お時間いただけないでしょうか?」
(副編集長、俺と父さんを対面させて直接話をさせようと、わざわざ電話してくれたのか!?)
「わかりました。今日の午後三時にお伺いします。もちろんきちんとした服装で行かせますので、ええ、それでは失礼いたします。ありがとうございました!」
そしてスマホをタップして会話を終了させた副編集長が、俺にビシッと指を差す。
「聞いたわね。今日の午後三時までに頭の先から足先まで、きちんと身なりを整えなさい。まずは髪の毛をストレートにして短くカット、それが終わったらスーツを着用すること! これが今日のおまえの仕事だ、行ってこい!」
こうして強引に送り出された俺は、副編集長の命令どおりの格好で父さんの会社に行き、いろんな話を直接聞いた。
その話をしっかり耳にしたことで覚悟が決まり、俺はカメラマンを辞めることを決意した。これから先は父さんのことを支えるために、まずは勉強をしに行かなければならなかったのだった。
「白鳥、なにを迷うことがあるの? 貴方、一人息子なんでしょ? お父さんを助けたいとは思わないの?」
「俺が中三の頃、進路に迷ったときに父さんが言ったんです。ウチの会社のことは気にせずに、おまえのやりたいことを仕事にしなさいって」
「当時は会社経営の苦労を、息子に背負わせたくないという、父親の気持ちがあったからでしょうね」
副編集長はファイルで俺の頭を軽く叩いた。
「美羽ちゃんが困ったときは、迷わず助けたアンタが、どうして父親が困ってるときに手を貸さないのかしら?」
「俺は会社経営なんて、なにも知りません。カメラをいじることしか知らない俺が、まったく違う職種に就くことに、不安を感じるに決まっ」
「ふざけんじゃねぇぞ、クソが!」
オネェ語から一転、いきなり素に戻った副編集長の一喝が俺の鼓膜に突き刺さる。ビビって、思わず後退りしてしまった。
「白鳥テメェ、今のセリフを美羽ちゃんの前でも言えるのか?」
「へっ? 美羽姉の前で……」
「カッコつけのおまえのことだ、口が裂けても言えないだろうな」
言い淀んだ途端に図星を突かれて、口を噤むしかない。
「美羽ちゃんの前で言ったら、今の俺よりも怒るだろう。『学くん、なに考えてるの! お父さんのことを見捨てるの? そんな学くんなんて大嫌い、別れる!』って絶対に言われる」
途中、声を変えて美羽姉を演じる副編集長の器用さは別として、俺がやろうとしていることが間違っているのはわかった。今回のことを知らなかったことにして、このままカメラマンの仕事を続けることを――。
「新入社員で会社に入社するときは、誰だってゼロからのスタートだろ。なにを恐がってるんだ」
副編集長は、ふたたび俺の頭をファイルで叩く。
「ここで働いたことは、けして無にならない。職種が違っていても、つながるところがあるものさ。特に苦労している最中に、そのことに気づける。誰がおまえを育てた?」
「副編集長です」
「そうだ、この俺が鍛えてやったんだ。決めなきゃいけないところで決めきれない不器用さはあるが、それでも最後まで諦めずに頑張ることのできる男だろ。もっと自分を信じてみろ」
ファイルで何度も軽く叩いていた腕が大きく振りあげられて、最後にバシッと強く叩かれた。
「しょうがねぇな。動けない白鳥に変わって、俺が背中を押してやる」
にこやかに副編集長は告げるなり、スラックスのポケットからスマホを取り出して、どこかに電話した。俺の頭を叩いたファイルを開き、「もしもし」といつものオネェ語で呟く。
「わたくし、文藝冬秋副編集長の臥龍岡と申します。社長さんとお話したくてお電話しました。え? 要件ですかぁ? 社内で大々的におこなわれた、兄弟喧嘩についてですぅ♡」
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そしてスマホをタップして会話を終了させた副編集長が、俺にビシッと指を差す。
「聞いたわね。今日の午後三時までに頭の先から足先まで、きちんと身なりを整えなさい。まずは髪の毛をストレートにして短くカット、それが終わったらスーツを着用すること! これが今日のおまえの仕事だ、行ってこい!」
こうして強引に送り出された俺は、副編集長の命令どおりの格好で父さんの会社に行き、いろんな話を直接聞いた。
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