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うまくいかない日々の果てに――
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今日は心置きなく、佐々木先輩と一緒に帰れる。そのことを考えただけで、仕事がムダに捗ってしまった。
(夕飯、佐々木先輩とどこかに食べに行っちゃう? この間メモに書いて私から誘ったんだし、お店を急いで見繕わなきゃいけないな)
「松尾、ちょっといいか?」
ウキウキしているところに、応接室から顔を覗かせた千田課長に呼ばれたので、小走りで駆け寄り、中に入った。
「失礼します」
千田課長とふたりきりなことを不思議に思って、首を傾げると、扉を閉めた途端に大きなため息をつく。
「四菱商事は大口取引先だって、わかってるよな?」
「はい、知ってますが……」
千田課長から漂う不穏な空気に、トーンダウンしながら答えた。四菱財閥を資本にして作られた会社という基礎知識や、大きなプロジェクトがあると、必ず名前のあがる会社なので、知らないほうがおかしい。
「じゃあ、忖度っていう意味は?」
「忖度はえっと、相手のことに配慮する、みたいな感じでしょうか」
矢継ぎ早の質問に、たじろぎながら口を開いた。居心地の悪さを肌で感じてしまい、俯きながら体を自然と縮こませてしまう。
「佐々木と別れろなんて言わないが、息子さんのことについて、もう少しだけ忖度しろって話。松尾の態度ひとつで、仕事がやりにくくなることくらい、言わなくてもわかれよ」
「そんな……」
「佐々木と付き合うくらいだ、松尾ってメンクイなんだろ。しかもここで逢ったときに、息子さんのことに見惚れていたしな。あんなイケメンとは、滅多に付き合うことはもうないと思うけど」
「…………」
確かにまじまじとガン見してしまったゆえに、どうにも反論できなかった。
「少しだけでいい、相手をしてほしい。寝ろなんて言わないから」
「なっ!?」
千田課長の信じられないセリフに、俯かせていた顔をあげた。怒りで頭がプッツンして、言ってはいけないことを口にしそうになる。
(嫌ですって言いたいのに。こんなことを無理強いさせる会社なら、とっととおさらばしたいくらいなのに)
そう考える一方で、佐々木先輩の顔がまぶたの裏に浮かんできた。
「今日は定時で帰れ。外で息子さんが待ってることになってる」
「一緒に帰る……」
佐々木先輩と帰る約束したのに――。
「そうだ、待たせることが申し訳ないから、美味いものでも食べに行けばいいんじゃないか。きっと、なんでも奢って貰えるだろうさ」
「…………」
「松尾、嫌そうな顔して、息子さんに逢うなよ。いいな? 佐々木には俺から言っておく」
しつこいくらいに念押しするなり、千田課長は先に応接室から出て行った。
ここに来る前に考えていた、佐々木先輩と一緒に帰ることが楽しみすぎて、信じられないくらいに心が弾んでいたのに、今は真っ黒いペンキに塗られたみたいに暗くなっていた。
「せっかく、一緒に帰れると思ったのに……」
ポツリとこぼしたセリフが、静寂の中に溶け込み、弾んだ心と同じように、一瞬でなくなったのだった。
今日は心置きなく、佐々木先輩と一緒に帰れる。そのことを考えただけで、仕事がムダに捗ってしまった。
(夕飯、佐々木先輩とどこかに食べに行っちゃう? この間メモに書いて私から誘ったんだし、お店を急いで見繕わなきゃいけないな)
「松尾、ちょっといいか?」
ウキウキしているところに、応接室から顔を覗かせた千田課長に呼ばれたので、小走りで駆け寄り、中に入った。
「失礼します」
千田課長とふたりきりなことを不思議に思って、首を傾げると、扉を閉めた途端に大きなため息をつく。
「四菱商事は大口取引先だって、わかってるよな?」
「はい、知ってますが……」
千田課長から漂う不穏な空気に、トーンダウンしながら答えた。四菱財閥を資本にして作られた会社という基礎知識や、大きなプロジェクトがあると、必ず名前のあがる会社なので、知らないほうがおかしい。
「じゃあ、忖度っていう意味は?」
「忖度はえっと、相手のことに配慮する、みたいな感じでしょうか」
矢継ぎ早の質問に、たじろぎながら口を開いた。居心地の悪さを肌で感じてしまい、俯きながら体を自然と縮こませてしまう。
「佐々木と別れろなんて言わないが、息子さんのことについて、もう少しだけ忖度しろって話。松尾の態度ひとつで、仕事がやりにくくなることくらい、言わなくてもわかれよ」
「そんな……」
「佐々木と付き合うくらいだ、松尾ってメンクイなんだろ。しかもここで逢ったときに、息子さんのことに見惚れていたしな。あんなイケメンとは、滅多に付き合うことはもうないと思うけど」
「…………」
確かにまじまじとガン見してしまったゆえに、どうにも反論できなかった。
「少しだけでいい、相手をしてほしい。寝ろなんて言わないから」
「なっ!?」
千田課長の信じられないセリフに、俯かせていた顔をあげた。怒りで頭がプッツンして、言ってはいけないことを口にしそうになる。
(嫌ですって言いたいのに。こんなことを無理強いさせる会社なら、とっととおさらばしたいくらいなのに)
そう考える一方で、佐々木先輩の顔がまぶたの裏に浮かんできた。
「今日は定時で帰れ。外で息子さんが待ってることになってる」
「一緒に帰る……」
佐々木先輩と帰る約束したのに――。
「そうだ、待たせることが申し訳ないから、美味いものでも食べに行けばいいんじゃないか。きっと、なんでも奢って貰えるだろうさ」
「…………」
「松尾、嫌そうな顔して、息子さんに逢うなよ。いいな? 佐々木には俺から言っておく」
しつこいくらいに念押しするなり、千田課長は先に応接室から出て行った。
ここに来る前に考えていた、佐々木先輩と一緒に帰ることが楽しみすぎて、信じられないくらいに心が弾んでいたのに、今は真っ黒いペンキに塗られたみたいに暗くなっていた。
「せっかく、一緒に帰れると思ったのに……」
ポツリとこぼしたセリフが、静寂の中に溶け込み、弾んだ心と同じように、一瞬でなくなったのだった。
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