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番外編
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♡♡♡
車から降りた途端に、「お茶くらい飲んでいってください!」と松尾に言われたため、何の気なしに自宅にお邪魔したのだが――。
(今の俺の精神状態じゃ、ふたりきりになったら間違いなく松尾に手を出す。綾瀬川に激しく嫉妬しているせいで、自重できないだろうな……)
「松尾、ここに来て早々なんだけど、買い物行ってくる」
玄関で靴を脱いで一歩踏み出した瞬間に、松尾に提案してしまった。しかもまともに顔が見れなくて、俯いたまま切り出すとか、格好悪いと思われる。
「買い物?」
このまま顔をあげて松尾を見てしまったら、俺の中にある嫌な感情を晒しそうだった。それを誤魔化すべく、まくし立てるように喋る。
「ああ。その間にシャワーを浴びたらいい。シャワーよりも風呂に入ったほうがリラックスするかもな、うん」
慌てて脱ぎたての靴を慌ただしく履き、松尾が玄関に置いた鍵を手にして、逃げるように飛び出す。そして忘れないように、しっかり外から鍵をかけた。
ポケットに入れてるスマホを取り出して、地図アプリを起動し、周囲のお店を探してみる。
「徒歩5分のところにコンビニと、その先にスーパーがあるな」
さくさく歩きながら、夕飯のメニューを考える。揚げ物が好きな松尾に食べさせるなら、なにが喜ぶだろうかと悩むことすら楽しかった。そうやって別なことを考えることに集中して、自分の欲望を後回しにしたのである。もちろんこれは調理中も同様で、めちゃくちゃ集中して作りこんだ。
おかげで松尾が風呂からあがっても、普通に接することができたのに――。
「それなら佐々木先輩だって、私の名前を言ってみてくださいよ」
松尾に名前で呼ぶことをねだったら、上目遣いで俺を見つめながらねだられてしまった。形勢逆転するとは思ってもいなかったので、心の準備ができていない。
「うわっ、そうやって切り返してくるなんて、松尾ってば意地悪な彼女!」
「ほらほら早く、言ってみてくださいってば!」
頬の熱を感じながら顔を横に背けて、思い出したように手を叩いた。
「あ、ヤバい~。揚げ物から目を離しちゃいけないんだった!」
下手すぎる小芝居を披露して、キッチンに向かいかけたとき。
「しゅん……しゅんやさ、んっ!」
背後からかけられた松尾の声に、なんとも言えない恥ずかしさが体を包み込む。名前を呼ばれたからには、俺も呼ばねばならないだろう。
「な、なんだ、松っ…え、ぇ笑美ぃ?」
振り返りながらたどたどしくであったが、ちゃんと名前を呼んだというのに、松尾の顔色はいつもどおりで、正直ショックだったのはここだけの話だ。
「揚げ物が焦げてるかもです」
その言葉に鼻で焦げた匂いを嗅ぎながら、慌ててコンロに近づき、フライパンの中を覗き込む。濃い目の茶色の塊がぷかぷか油に浮いている様子は、地獄絵図までいかないが、いい感じに食欲が削がれるものだった。
「ゲッ! あー、いい感じにきつね色になってる……」
菜箸で摘みあげて、松尾にから揚げを見せたら、苦笑いを浮かべながら口を開く。
「カリカリに揚がって、美味しそうですね……」
「この揚げ具合が、笑美に対する気持ちとリンクしているということで、きつね色のは俺が食べる」
実にさりげなく松尾の名前を告げることができたし、自分の想いをうまく表現できて満足している俺に、容赦ないおねだりがなされるなんて、思いもしなかった。
「俊哉さん、きつね色のそれ、たくさんあるなら私も食べたいな」
摘まんでいたから揚げが、油の中に勝手にダイブする。松尾に対する気持ちがたくさんあるから揚げを食べたいなんて、それってつまり、俺を食べたいと言ってるのか!?
「ンンンっ! だだだ駄目だ、これは俺専用。笑美は美味しそうなほうを食べてくれ」
さっきからずっと松尾に翻弄されっぱなしで、顔の赤みが全然引かない状態を、指を差して大笑いされることは悪くないだろう。今日あった悲しい出来事から、少しでも目を逸らすことができるのなら、恥ずかしい姿を晒してもかまわないと思った。
車から降りた途端に、「お茶くらい飲んでいってください!」と松尾に言われたため、何の気なしに自宅にお邪魔したのだが――。
(今の俺の精神状態じゃ、ふたりきりになったら間違いなく松尾に手を出す。綾瀬川に激しく嫉妬しているせいで、自重できないだろうな……)
「松尾、ここに来て早々なんだけど、買い物行ってくる」
玄関で靴を脱いで一歩踏み出した瞬間に、松尾に提案してしまった。しかもまともに顔が見れなくて、俯いたまま切り出すとか、格好悪いと思われる。
「買い物?」
このまま顔をあげて松尾を見てしまったら、俺の中にある嫌な感情を晒しそうだった。それを誤魔化すべく、まくし立てるように喋る。
「ああ。その間にシャワーを浴びたらいい。シャワーよりも風呂に入ったほうがリラックスするかもな、うん」
慌てて脱ぎたての靴を慌ただしく履き、松尾が玄関に置いた鍵を手にして、逃げるように飛び出す。そして忘れないように、しっかり外から鍵をかけた。
ポケットに入れてるスマホを取り出して、地図アプリを起動し、周囲のお店を探してみる。
「徒歩5分のところにコンビニと、その先にスーパーがあるな」
さくさく歩きながら、夕飯のメニューを考える。揚げ物が好きな松尾に食べさせるなら、なにが喜ぶだろうかと悩むことすら楽しかった。そうやって別なことを考えることに集中して、自分の欲望を後回しにしたのである。もちろんこれは調理中も同様で、めちゃくちゃ集中して作りこんだ。
おかげで松尾が風呂からあがっても、普通に接することができたのに――。
「それなら佐々木先輩だって、私の名前を言ってみてくださいよ」
松尾に名前で呼ぶことをねだったら、上目遣いで俺を見つめながらねだられてしまった。形勢逆転するとは思ってもいなかったので、心の準備ができていない。
「うわっ、そうやって切り返してくるなんて、松尾ってば意地悪な彼女!」
「ほらほら早く、言ってみてくださいってば!」
頬の熱を感じながら顔を横に背けて、思い出したように手を叩いた。
「あ、ヤバい~。揚げ物から目を離しちゃいけないんだった!」
下手すぎる小芝居を披露して、キッチンに向かいかけたとき。
「しゅん……しゅんやさ、んっ!」
背後からかけられた松尾の声に、なんとも言えない恥ずかしさが体を包み込む。名前を呼ばれたからには、俺も呼ばねばならないだろう。
「な、なんだ、松っ…え、ぇ笑美ぃ?」
振り返りながらたどたどしくであったが、ちゃんと名前を呼んだというのに、松尾の顔色はいつもどおりで、正直ショックだったのはここだけの話だ。
「揚げ物が焦げてるかもです」
その言葉に鼻で焦げた匂いを嗅ぎながら、慌ててコンロに近づき、フライパンの中を覗き込む。濃い目の茶色の塊がぷかぷか油に浮いている様子は、地獄絵図までいかないが、いい感じに食欲が削がれるものだった。
「ゲッ! あー、いい感じにきつね色になってる……」
菜箸で摘みあげて、松尾にから揚げを見せたら、苦笑いを浮かべながら口を開く。
「カリカリに揚がって、美味しそうですね……」
「この揚げ具合が、笑美に対する気持ちとリンクしているということで、きつね色のは俺が食べる」
実にさりげなく松尾の名前を告げることができたし、自分の想いをうまく表現できて満足している俺に、容赦ないおねだりがなされるなんて、思いもしなかった。
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摘まんでいたから揚げが、油の中に勝手にダイブする。松尾に対する気持ちがたくさんあるから揚げを食べたいなんて、それってつまり、俺を食べたいと言ってるのか!?
「ンンンっ! だだだ駄目だ、これは俺専用。笑美は美味しそうなほうを食べてくれ」
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