欲しがり男はこの世のすべてを所望する!

相沢蒼依

文字の大きさ
45 / 83
番外編

act0:【愛執】愛するものにのめり込みすぎて心が離れられないこと

しおりを挟む
 さっき室長から渡された大判の茶封筒を手に、地下二階にある自分の部署に向かうべく、階段を下りていく。

 稜が所属していた前の事務所が会社に圧力をかけてくれたおかげで、遠くの支店か関連企業に出向する予定だったのに、銀行の本店に残ることができた。

『すげぇ事件起こしてくれたよな、まったく。ウチの銀行のいい恥晒しだぜ。いっそのこと、相田が刺されて死ねばよかったのに』

 そんなふうに噂されていることを知っているし、もっと酷い言葉で罵られているのも、自然と耳に入ってきた。同じ職場に勤める者として、俺の存在は気味の悪いものとして受けとられて、当然のことだと思う。

 それに職場だけじゃない。俺の実家や親戚関係すべてに、迷惑が掛かってしまった。報道関係者が一斉に押しかけたせいで、迷惑をかけてしまったんだ。

 コンクリートに反響する靴音を聞きながら地下二階に辿り着き、一番奥にある扉に手をかける。【お客様相談センター対策室】という真新しいプレートを見やり、微苦笑しつつ中に入った。

 地下二階なので、当然窓がない。だだっ広い空間に、普段使われない物が入っている段ボールが四隅に山積みとなっていて、空いたスペースに机が一つだけポツンと置かれている職場は、正直気が楽だった。

 銀行内ではどこに行っても、好奇の目に晒されてしまうから――。

 俺の今の立場は、お客様相談センター対策室室長補佐という、どこか偉そうな肩書になっている。センターに入る全国からの電話の内容を吟味し、それをまとめ上げて俺の上司にあたる、室長に手渡すというのが仕事なのだが。

 そのまとめあげた書類に、上司がきちんと目を通しているのかわからない。結果になって返ってこない上に、それ以上の仕事を求められない。意味があるのかわからない仕事を、穴倉のような場所で淡々と行う毎日に、飽きが来ないと言えば嘘になる。

 銀行が俺を依願退職させるべく、こんな場所に閉じ込めているのもわかっている。だがそんな理由で、辞めるわけにはいかない。挫けるわけにはいかないんだ。

 こんな俺を愛してくれる人が、傍で応援しているのだから。

「……っと、稜に頼まれたモーニングコールの時間を忘れないように、アラームをかけておかないと。窓からの景色がないだけで、時間の感覚がおかしくなっているし」

 くたびれた椅子に腰かけたら、ギギッという今にも壊れそうな音が耳に入ってきた。これが壊れた暁には、同じフロアの物置から探さなければならないだろう。

 俺が壊れずにいるのは、恋人である稜のおかげだ。彼のことを想うだけで、強くなれる自分がいる。どんな目で見られようが噂話をされても、平気でいられる。

 そんなことを考えながら上着からスマホを取り出し、予定の時間よりも早めにアラームをかけた。最近疲れているのか寝起きが悪くて、なかなか起きないのを計算に入れた。

 例のお昼の情報番組に出てから、蜜に群がる蟻のように稜の争奪戦が、たくさんの事務所でおこなわれたのを彼から直接聞いた。

『とにかく規則が緩いトコと、克巳さんと付き合っても、文句を言わないトコに決めるんだ♪』

 周りの熱気もなんのその。のん気に言い放った彼が決めたところは、事務所を立ち上げて、まだ半年しか経っていないところだった。

「君にまつわるトラブルを考えると、古くから経営している事務所の方が、なにかと手慣れていると思う。どうしてそこを選んだ?」
『それはね、俺のことを一番欲しそうにしていたから。確かに克巳さんの言う通り、昔からある事務所はいろんなところと繋がりがあったり、便利な点は多いと思うんだ。それでも俺はそういう繋がりよりも、自分で新しいところを開拓したり、改革したいなって考えたから』

 ワクワク顔の稜のセリフに、眉をひそめてしまう。”改革”という言葉が今までの彼の行動の中には、なさそうなものに感じた。むしろ、かき回して混乱させたりするのに。

『ゲイ能人表明した俺だから、できることがたくさんあるでしょ。性の悩みを持つ人の声を、もっと知って欲しいと思っているんだ。理解しろとは言わないまでも、ちょっとだけでいいから、心を傾けてほしくて。キズついているんだよってことを……』

 君はもしかして、俺の立場を知っている!? だから、こんなことを言ったんじゃないだろうか。

『克巳さん、アホ面してる場合じゃないよ。夢は大きく、国会議員って言ったら笑えちゃうかな?』
「は? なにを言って……」

『だって、俺はアナタと結婚したいんだもん。家族じゃないとダメなことって、結構あるでしょ? 例えば……俺が危篤になった場合、家族以外の面会はできないし、死んじゃったら棺の遠くから、出棺を見守ることになるんだよ。愛する人の一大事に立ち会えないのは、どうしても嫌だ』

 熱く言い切った稜の目は、本気そのものだった。

「それで憲法を変えてやろうと、国会に殴り込みをかける気なのか」

 まるで結婚したさに、決闘を申し込みに行くみたいに思えてならない。

『そうさ! 目指すは結婚だけど同性でも、婚姻に近いなにかを認めてもらえたらいいなあって。いいアイデアでしょ?』

 ――アイデアの枠を大きく超えている……とは言えない。

 いたずらっ子みたいな稜の笑顔を思い出しただけで、孤立無援なこの場所でも頑張ろうって思える。

(俺だけの綺麗な華でいてほしいというのは、ワガママなのかもしれないけれど、それでも……)

『克巳さん、覚えていてほしいんだ。どんなにテレビでバカやっていても、頭ン中にはいつもアナタがいるんだよ。カメラ目線で、レンズを見ているその先にアナタの目があることを、感じているんだからね。克巳さんだけを、俺は見つめているから』

 この言葉を聞いて以来、テレビに映る稜の視線と絡んでいるんだと思うことができた。俺たちの間は、いろんなものによって隔てられているけど、彼の瞳の奥に俺を求めるなにかがあることを、見つけられたんだ。

 それがわかった瞬間、稜が欲しくて堪らなくなる――。

(職場でこんなことを考えちゃダメだな。しっかりしなければ!)

 彼の夢の手助けをしたい。そう思えるからこそ、なにが何でも頑張ろうって決めた。ここで課せられた問題をこなさないと、次の苦難に立ち向かえそうにないから。

 もっと大きな難題を乗り越えるために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

ひとりも、ふたりも

鈴川真白
BL
ひとりで落ち着く時間も、ふたりでいる楽しい時間も両方ほしい 1人を謳歌するマイペース × 1人になりたいエセ陽キャ

処理中です...