55 / 83
白熱する選挙戦に、この想いを込めて――
6
しおりを挟む
***
あれから稜と口をきかずに一瞬だけ視線を合わせ、直ぐに背中を向けてしまった。なにか話しかけたかったのに、どこか悲壮感を漂わせる彼の眼差しが、俺から言葉を奪ってしまったから。
しかも二階堂からの宣戦布告で、心中穏やかじゃいられないというのに、ぷいっと顔を背けられてしまい……。
(もしかしたら、さっきの女性とのやり取りで、どこか気に入らないところが稜にあったのかもしれない)
普通に対処していたつもりだったけど、稜の中でなにか思うことがあったから、あんなふうに態度に表しているのかもしれないな。
普段、他人には出さないようにしている稜の心中を察し、揉めるのを覚悟であとで聞いてみようと思った。
「すみませんが片付けが終了次第、これからのことについて、会議をしたいと思っております。皆さん、帰る前に一度集まっていただけませんか?」
書類を傍らに置きながらパソコンを操作しつつ、皆に向かって話しかけてきた二階堂に、あちこちから返事がなされる。
「明日からがんばらないといけないから、さっさと作業終わらせてさ、はじめの話をしっかりと聞いて、とっとと帰りましょう!」
士気をあげるように声を出した稜。黙々と事務所内部を作っていた人たちに、それぞれ笑みが零れた。
相変わらず、盛り上げることに関しては誰にも負けない――本来なら俺も、こういうのをしなければならないのだけれど、どうにも照れくささが手伝ってしまい、声をかけることすら出来ないんだ。
見習わなければと考えていたら、背中を叩かれる感触に振り返った。
「秘書さん、ちょっといいですか?」
乱雑に置かれたたくさんのファイルを、立ったまま整理していた俺に、少しだけ背の低い二階堂が、メガネを光らせながら見上げてくる。手には、俺が作った書類が握りしめられていた。
「はい、なんでしょうか?」
さっきのやり取りがあるせいで、無機質な声で返してしまった。稜のためにここはもう少し、友好的な態度をとらなければならないというのに。
「作っていただいたこの書類なんですが、内容に古いものがありましたので、こちらで差し替えさせていただきました。秘書さんの目で、きちんと確認してもらえますか?」
ばさりと無造作に手渡されたせいで、恐々とそれを受け取る。
傍にあった椅子を引き寄せ、改めて書類と向き合い、差し替えたというものをチェックしていった。
「これは――」
差し替えたといったから、ほんの数枚かと思っていたのに実際、かなりの枚数が差し替えられていて、感嘆の声をあげるしかない。
「秘書さんの中では、一ヶ月前や一週間前はつい最近かもしれませんが、僕の中では過去の産物になるんです。情報は新しいものへと、常に変化していますからね」
「君……いつの間に、こんな数を調べあげた? 前回の選挙戦と平行しながら、調べたというのか?」
そこには有権者が稜に対する意識調査やら、その他の情報が多く印刷されていた。
「実際、無駄になる可能性もありますが、仕事を頼まれる可能性のある候補について、一応下調べくらいするんです。勝敗が必ず、そこに表れますから」
二階堂は銀縁のメガネを押し上げて、今さらなにを言ってくれるんだという表情を、ありありと浮かべる。
自分としては初めての中、手探りで今回のことを調べていたから、抜けがあったり情報が古いのは仕方ないと、言いわけができた。でもそれをしたくなかったのは、稜の為にならないと思ったから。
彼が勝つために、きっちりやることをしなければならないと、改めて考えさせられた。
「君がいてくれて、本当に助かった。これからも、なにかあったら――」
「書類関係は僕が作りますので、秘書さんはどうか邪魔にならないところで、作業していただけると助かります」
俺の言葉を断ち切るように二階堂は言い放ち、ぺこりと一礼をして足早に去って行く。
(稜の恋人である俺と、一切手を組む気はないといったところなのか……)
奥歯を噛みしめ、視線を手渡された書類に再び落とした。
選挙プランナーとしての手腕が、ぎゅっと詰まっているそれに、敵わないなと思わされたけど、仕事は仕事として負けを認めざるを得ない。しかし、プライベートは別物だ。
(稜を俺から奪うだと!? そんなこと、簡単にさせてたまるか――)
この選挙戦を乗り切るために、秘書として恋人として自分のできることを精一杯しつつ、二階堂からきっちりと稜をガードしてやる。これまで築き上げてきたふたりの想いがあれば、どんなことでも乗り越えられるはずだ。
そう思いながら事務所内にいる稜を捜したら、上座にいる二階堂と顔を突き合わせ、書類を覗き込んでいた。
「お隣いいですか? 相田さん」
眉をひそめた瞬間に話しかけられたので、慌てて真顔に戻し、声の主を確認。さっき、荷物の移動を頼んできた女性だった。
俺が書類をチェックしてる間に片付けが終わったらしく、空いている席がどんどん埋まっている状態だから、話しかけられたのか――稜の機嫌がまた悪くなる恐れがあるが、この様子を見て仕方ないと思ってくれることを願うしかないな。
「どうぞ……」
「私はウグイス嬢として、わかりやすく喋るだけに専念すればいいけど、相田さんはたくさんお仕事があって大変そうですね」
座りながら書類に指を差し、ほほ笑みかけてくる。曖昧に頷いて机に向き合い、ペンを使って重要そうな文章にマーカーした。こうすれば、話しかけにくいだろう。
あれから稜と口をきかずに一瞬だけ視線を合わせ、直ぐに背中を向けてしまった。なにか話しかけたかったのに、どこか悲壮感を漂わせる彼の眼差しが、俺から言葉を奪ってしまったから。
しかも二階堂からの宣戦布告で、心中穏やかじゃいられないというのに、ぷいっと顔を背けられてしまい……。
(もしかしたら、さっきの女性とのやり取りで、どこか気に入らないところが稜にあったのかもしれない)
普通に対処していたつもりだったけど、稜の中でなにか思うことがあったから、あんなふうに態度に表しているのかもしれないな。
普段、他人には出さないようにしている稜の心中を察し、揉めるのを覚悟であとで聞いてみようと思った。
「すみませんが片付けが終了次第、これからのことについて、会議をしたいと思っております。皆さん、帰る前に一度集まっていただけませんか?」
書類を傍らに置きながらパソコンを操作しつつ、皆に向かって話しかけてきた二階堂に、あちこちから返事がなされる。
「明日からがんばらないといけないから、さっさと作業終わらせてさ、はじめの話をしっかりと聞いて、とっとと帰りましょう!」
士気をあげるように声を出した稜。黙々と事務所内部を作っていた人たちに、それぞれ笑みが零れた。
相変わらず、盛り上げることに関しては誰にも負けない――本来なら俺も、こういうのをしなければならないのだけれど、どうにも照れくささが手伝ってしまい、声をかけることすら出来ないんだ。
見習わなければと考えていたら、背中を叩かれる感触に振り返った。
「秘書さん、ちょっといいですか?」
乱雑に置かれたたくさんのファイルを、立ったまま整理していた俺に、少しだけ背の低い二階堂が、メガネを光らせながら見上げてくる。手には、俺が作った書類が握りしめられていた。
「はい、なんでしょうか?」
さっきのやり取りがあるせいで、無機質な声で返してしまった。稜のためにここはもう少し、友好的な態度をとらなければならないというのに。
「作っていただいたこの書類なんですが、内容に古いものがありましたので、こちらで差し替えさせていただきました。秘書さんの目で、きちんと確認してもらえますか?」
ばさりと無造作に手渡されたせいで、恐々とそれを受け取る。
傍にあった椅子を引き寄せ、改めて書類と向き合い、差し替えたというものをチェックしていった。
「これは――」
差し替えたといったから、ほんの数枚かと思っていたのに実際、かなりの枚数が差し替えられていて、感嘆の声をあげるしかない。
「秘書さんの中では、一ヶ月前や一週間前はつい最近かもしれませんが、僕の中では過去の産物になるんです。情報は新しいものへと、常に変化していますからね」
「君……いつの間に、こんな数を調べあげた? 前回の選挙戦と平行しながら、調べたというのか?」
そこには有権者が稜に対する意識調査やら、その他の情報が多く印刷されていた。
「実際、無駄になる可能性もありますが、仕事を頼まれる可能性のある候補について、一応下調べくらいするんです。勝敗が必ず、そこに表れますから」
二階堂は銀縁のメガネを押し上げて、今さらなにを言ってくれるんだという表情を、ありありと浮かべる。
自分としては初めての中、手探りで今回のことを調べていたから、抜けがあったり情報が古いのは仕方ないと、言いわけができた。でもそれをしたくなかったのは、稜の為にならないと思ったから。
彼が勝つために、きっちりやることをしなければならないと、改めて考えさせられた。
「君がいてくれて、本当に助かった。これからも、なにかあったら――」
「書類関係は僕が作りますので、秘書さんはどうか邪魔にならないところで、作業していただけると助かります」
俺の言葉を断ち切るように二階堂は言い放ち、ぺこりと一礼をして足早に去って行く。
(稜の恋人である俺と、一切手を組む気はないといったところなのか……)
奥歯を噛みしめ、視線を手渡された書類に再び落とした。
選挙プランナーとしての手腕が、ぎゅっと詰まっているそれに、敵わないなと思わされたけど、仕事は仕事として負けを認めざるを得ない。しかし、プライベートは別物だ。
(稜を俺から奪うだと!? そんなこと、簡単にさせてたまるか――)
この選挙戦を乗り切るために、秘書として恋人として自分のできることを精一杯しつつ、二階堂からきっちりと稜をガードしてやる。これまで築き上げてきたふたりの想いがあれば、どんなことでも乗り越えられるはずだ。
そう思いながら事務所内にいる稜を捜したら、上座にいる二階堂と顔を突き合わせ、書類を覗き込んでいた。
「お隣いいですか? 相田さん」
眉をひそめた瞬間に話しかけられたので、慌てて真顔に戻し、声の主を確認。さっき、荷物の移動を頼んできた女性だった。
俺が書類をチェックしてる間に片付けが終わったらしく、空いている席がどんどん埋まっている状態だから、話しかけられたのか――稜の機嫌がまた悪くなる恐れがあるが、この様子を見て仕方ないと思ってくれることを願うしかないな。
「どうぞ……」
「私はウグイス嬢として、わかりやすく喋るだけに専念すればいいけど、相田さんはたくさんお仕事があって大変そうですね」
座りながら書類に指を差し、ほほ笑みかけてくる。曖昧に頷いて机に向き合い、ペンを使って重要そうな文章にマーカーした。こうすれば、話しかけにくいだろう。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる