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act2:虎視眈々
②
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小1時間ほど店の説明を聞き、その後あっさりと解放された。帰り際に――
「レインくん、クマってさ背中を向けて逃げると、追いかける習性があるんだよ」
下半身の事情で早く帰りたかったというのに、またしてもクマの話を持ちだした大倉さん。自分がクマに似てるって客に言われたのを、どんだけアピールしたいんだ?
渋々顔だけで振り返り、立ち止まって話を聞いてやった。
「あからさまに逃げるなら、突進して追いかけてあげる。こうやって」
間を置かずに背中に抱きつき、触れるだけのキスをするなんて。
「ばっ、なに考えてんだよ!! 人目のあるトコで!」
某繁華街よろしくネオンや街灯が光り輝いているので、大柄の男が抱き合ってるのは奇異に映るだろう。体にまとわりついてる腕を、慌てて振り解いた。
「大丈夫だよ。みんな酔っ払っているせいで、夢を見てるんだと思い込むから」
「勘弁してくれよ、おい……」
「おやすみのキスしたかったんだ。大好きな君に」
「そんなこと言われても困るし、されても困る」
毅然とした態度で言ったら、ふっと寂しげな表情を浮かべやがって左手で俺のTシャツの裾を掴む。いい知れぬその雰囲気に、うっと言葉を詰まらせてしまった。
「……ノンケのレインくんにしたら、ただの迷惑行為だっていうのは分かる。でも俺は君を好きになった。コンビニでバイト情報誌を真剣な顔して読んでる姿に、心を奪われてしまったんだ」
「はあ?」
生活がかかっていたから、かなり必死になって読んでいたのは確かだけど、それを見て好きになるとか、やっぱ頭がおかしいとしか言えない。
「だから君に声をかけた。かけずにはいられなくって……。その後いろいろ話をして、直接この手に触れてレインくんの体温(ぬくもり)を感じたら、もっともっと欲しくなってしまった」
「……恋人と別れたばっかで、肌寂しいだけじゃねぇのかよ……です」
吐き捨てるように言うと、「へぇ」なんて間の抜けた返事をした。
「日サロの店長に聞いたのか。あの人、無駄におしゃべりだから。でも安心してくれ、ソイツとは身体だけの関係だったんだ」
(……そんな説明いらねぇのに。困った顔して弁解するなよ)
「別にどうだっていいよ、そんなもん。俺には関係ないから」
「そんなの、イヤに決まってるじゃないか。好きな君にだけは、誤解されたくないんだ。お願いだ」
「だったら俺からもお願いします。これ以上の距離を縮めようとしないでくれ。アンタは店長で俺は従業員。それで終わりにしてくれ、頼みます」
Tシャツの裾を掴んでる大倉さんの手を外して、さっさと背中を向けてやった。マジで変な関係はゴメンだって思ったから。
それなのに――
「キビキビと働く君の姿を、つい目で追ってしまうな。どうしてくれる?」
「お客様に向ける素敵な笑顔、俺にも向けてほしい」
「好きだよ、レインくん」
等など、仕事中すれ違いざまに告げられ、困り果てる俺を楽しげに見つめてくる大倉さん。
慣れない接客業をこなすべく必死こいてるところに、こんな変なことばかり言われたんじゃ、落ち着いて仕事ができるワケねぇよ。
なぁんて、強く言いわけがしたい。
しかも問題はそれだけじゃなくこの職場、今まで働いてきた中でも最悪と言っていいんじゃないだろうか。何故か従業員同士で牽制し合い、ギスギスした雰囲気をそこかしこに漂わせていた。
その理由は現在ナンバーワンが不在だからこそ、みんながそれを狙っているからだとバカな俺でも分かったのだが。
そんな状況なのに店長として口を挟まず、俺ばっかに声をかけまくるとか何をやってんだって言ってやりたい。
先輩方にこき使われながら大倉さんには言い寄られる毎日に、とうとう我慢の限界が来たとき、思わずそれを口を出してしまったのだった。
「レインくん、クマってさ背中を向けて逃げると、追いかける習性があるんだよ」
下半身の事情で早く帰りたかったというのに、またしてもクマの話を持ちだした大倉さん。自分がクマに似てるって客に言われたのを、どんだけアピールしたいんだ?
渋々顔だけで振り返り、立ち止まって話を聞いてやった。
「あからさまに逃げるなら、突進して追いかけてあげる。こうやって」
間を置かずに背中に抱きつき、触れるだけのキスをするなんて。
「ばっ、なに考えてんだよ!! 人目のあるトコで!」
某繁華街よろしくネオンや街灯が光り輝いているので、大柄の男が抱き合ってるのは奇異に映るだろう。体にまとわりついてる腕を、慌てて振り解いた。
「大丈夫だよ。みんな酔っ払っているせいで、夢を見てるんだと思い込むから」
「勘弁してくれよ、おい……」
「おやすみのキスしたかったんだ。大好きな君に」
「そんなこと言われても困るし、されても困る」
毅然とした態度で言ったら、ふっと寂しげな表情を浮かべやがって左手で俺のTシャツの裾を掴む。いい知れぬその雰囲気に、うっと言葉を詰まらせてしまった。
「……ノンケのレインくんにしたら、ただの迷惑行為だっていうのは分かる。でも俺は君を好きになった。コンビニでバイト情報誌を真剣な顔して読んでる姿に、心を奪われてしまったんだ」
「はあ?」
生活がかかっていたから、かなり必死になって読んでいたのは確かだけど、それを見て好きになるとか、やっぱ頭がおかしいとしか言えない。
「だから君に声をかけた。かけずにはいられなくって……。その後いろいろ話をして、直接この手に触れてレインくんの体温(ぬくもり)を感じたら、もっともっと欲しくなってしまった」
「……恋人と別れたばっかで、肌寂しいだけじゃねぇのかよ……です」
吐き捨てるように言うと、「へぇ」なんて間の抜けた返事をした。
「日サロの店長に聞いたのか。あの人、無駄におしゃべりだから。でも安心してくれ、ソイツとは身体だけの関係だったんだ」
(……そんな説明いらねぇのに。困った顔して弁解するなよ)
「別にどうだっていいよ、そんなもん。俺には関係ないから」
「そんなの、イヤに決まってるじゃないか。好きな君にだけは、誤解されたくないんだ。お願いだ」
「だったら俺からもお願いします。これ以上の距離を縮めようとしないでくれ。アンタは店長で俺は従業員。それで終わりにしてくれ、頼みます」
Tシャツの裾を掴んでる大倉さんの手を外して、さっさと背中を向けてやった。マジで変な関係はゴメンだって思ったから。
それなのに――
「キビキビと働く君の姿を、つい目で追ってしまうな。どうしてくれる?」
「お客様に向ける素敵な笑顔、俺にも向けてほしい」
「好きだよ、レインくん」
等など、仕事中すれ違いざまに告げられ、困り果てる俺を楽しげに見つめてくる大倉さん。
慣れない接客業をこなすべく必死こいてるところに、こんな変なことばかり言われたんじゃ、落ち着いて仕事ができるワケねぇよ。
なぁんて、強く言いわけがしたい。
しかも問題はそれだけじゃなくこの職場、今まで働いてきた中でも最悪と言っていいんじゃないだろうか。何故か従業員同士で牽制し合い、ギスギスした雰囲気をそこかしこに漂わせていた。
その理由は現在ナンバーワンが不在だからこそ、みんながそれを狙っているからだとバカな俺でも分かったのだが。
そんな状況なのに店長として口を挟まず、俺ばっかに声をかけまくるとか何をやってんだって言ってやりたい。
先輩方にこき使われながら大倉さんには言い寄られる毎日に、とうとう我慢の限界が来たとき、思わずそれを口を出してしまったのだった。
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