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タイカの願い1
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「あぁ~っ! 畜生、面倒くせぇ!!」
隣町の長であるタイカは、ここ連日続く忙しさに声を上げた。
「どいつもこいつも、カエデの奴がいなくなって、ピーピー、ギャーギャー言いやがって……!」
長年のライバルであったカエデが寿命により消えてしまってから一ヶ月が経った。
あれから平和であったはずの領地の状況が一転した。 長がユキからカエデに代替わりした時の――否、それ以上の混乱がこの町に住まう霊達の間で 巻き起こっていた。
カエデが消滅してからというもの、森では不穏な空気が漂い、いさかいが起こるようになってしまったのだ。
唯一の救いは、カエデの補佐であったシキの涙から、新たな精霊(チビ)カエデが生まれたことである。 彼女は幼いながらも長に匹敵する程の力の持ち主だった。
まるでカエデの生まれ変わりのような、絢爛たる力――だが、彼女は生まれたばかりで幼く、長として立つには問題がある。そこで、苦悩の末に、長老達はタイカの力を借りることにした。
(チビ)カエデが長として立派に器になるまで、タイカが森を治める――というところまでは良かった。 早くもタイカはそれを了承したことを後悔し始めている。
「こんなに忙しいなんて、聞いてねぇぞ……」
長老達に頼まれたのは、一時的な代理長と、揉め事の鎮圧だけと聞いていた。 確かに、タイカの仕事はその二つのみだった。 代理長はまだとしても、その揉め事の鎮圧が、タイカには最も不得手とする分野なのである。
元々、タイカもカエデと同じく、涙から生まれた。ただしタイカの場合、怒りの涙からだ。 精霊は生まれる出自によって性質はずいぶん変わってくる。 涙は涙でも、そこに込められる感情によって、生まれる精霊はおしとやかにもなるし、わんぱくにもなる。 また、涙を流した本人の性格に容姿や性格が似たりと、様々だ。
怒りの涙から生まれたタイカに、とても仲介役が務まるとは思えない。かえって悪化させるだけだ。 了承した自分も自分だが、それを提案した長老達もどうかと思う。
タイカが頭を抱えていると、自分の補佐がためらいがちに話かけて来た。
「あの……タイカ様」
「あぁ? 何だよ」
最近のタイカはひどく不機嫌で、補佐を見上げた姿は長というよりは、どこかのチンピラに見える。
補佐は悲鳴を上げそうになるのをこらえて、おずおずと口を開く。
「その……カエデ様の葬儀について、長老方から至急来るようにと、言伝を頼まれまして……」
「あぁ……分かった。すぐ行く」
いつものように素っ気なく頷いて、補佐を下がらせると、連日の騒動があったとは思えないほどの 静けさが残った。
「やっと奴の葬儀か……」
呟いて、ため息をつく。
ここ一ヶ月、霊達の不安を鎮めることに追われ、カエデの葬儀がずっと先延ばしになっていた。 本来精霊には人間のように葬儀をする慣習はないのだが、霊達の強い要望により、行われることになったのだ。 森の端にはかつて長だったユキの墓もひっそりとある。 カエデの墓はその隣に造られる予定だ。
(――正直、あの野郎がいなくなったなんて、まだ信じられねぇけどな……)
数十年間、ずっと敵として戦っていた相手がいなくなるなど、タイカには受け入れがたいことだった。
カエデは常に自分の前に立ちはだかり続ける存在でなければならないのだ。 背を向けて、手の届かない人物になってはならないのだ。
(そういや、奴と会ったのは、ちょうどこの時季だったな……)
タイカは瞳を閉じ、数十年前の記憶を掘り返し始めた。
------------------------------------------------------------
数十年前、タイカは生まれた瞬間から闘いを好んだ。 相手が自分にちょっかいを出して来れば返り討ちにし、また、強そうな相手がいれば、決闘を申し込んでは 完膚なきまで叩きのめす。そういう生活を送っていた。
当時の長には幾度呼び出しをくらったか分からない。それくらいの問題児だったのだ。 だがある時、その長が力を失くし、消滅した。
自分を叱る長さえいなければ、タイカに最早怖いものなどなかった。 それどころか、自分が長になってやろう――そう思い始めた。
長になるためには、まず力は必要不可欠だ。 そこでタイカは日本中を回り、各地の長に勝負を申し込んだ。 負けた長には署名してもらい、それらの何枚かを町の長老に突きつけた。
深刻な人材不足に陥っていた町は、性格など考えている暇はなく、タイカを次代の長として認めてしまったのだ。 全てはタイカの狙い通りとなった。 これで誰も自分には逆らえない。自分より強い者など、いるはずもないのだ。
完全にタイカは天狗になっていた。
――しかしその鼻は、簡単にへし折られることになるのである。
隣町の長であるタイカは、ここ連日続く忙しさに声を上げた。
「どいつもこいつも、カエデの奴がいなくなって、ピーピー、ギャーギャー言いやがって……!」
長年のライバルであったカエデが寿命により消えてしまってから一ヶ月が経った。
あれから平和であったはずの領地の状況が一転した。 長がユキからカエデに代替わりした時の――否、それ以上の混乱がこの町に住まう霊達の間で 巻き起こっていた。
カエデが消滅してからというもの、森では不穏な空気が漂い、いさかいが起こるようになってしまったのだ。
唯一の救いは、カエデの補佐であったシキの涙から、新たな精霊(チビ)カエデが生まれたことである。 彼女は幼いながらも長に匹敵する程の力の持ち主だった。
まるでカエデの生まれ変わりのような、絢爛たる力――だが、彼女は生まれたばかりで幼く、長として立つには問題がある。そこで、苦悩の末に、長老達はタイカの力を借りることにした。
(チビ)カエデが長として立派に器になるまで、タイカが森を治める――というところまでは良かった。 早くもタイカはそれを了承したことを後悔し始めている。
「こんなに忙しいなんて、聞いてねぇぞ……」
長老達に頼まれたのは、一時的な代理長と、揉め事の鎮圧だけと聞いていた。 確かに、タイカの仕事はその二つのみだった。 代理長はまだとしても、その揉め事の鎮圧が、タイカには最も不得手とする分野なのである。
元々、タイカもカエデと同じく、涙から生まれた。ただしタイカの場合、怒りの涙からだ。 精霊は生まれる出自によって性質はずいぶん変わってくる。 涙は涙でも、そこに込められる感情によって、生まれる精霊はおしとやかにもなるし、わんぱくにもなる。 また、涙を流した本人の性格に容姿や性格が似たりと、様々だ。
怒りの涙から生まれたタイカに、とても仲介役が務まるとは思えない。かえって悪化させるだけだ。 了承した自分も自分だが、それを提案した長老達もどうかと思う。
タイカが頭を抱えていると、自分の補佐がためらいがちに話かけて来た。
「あの……タイカ様」
「あぁ? 何だよ」
最近のタイカはひどく不機嫌で、補佐を見上げた姿は長というよりは、どこかのチンピラに見える。
補佐は悲鳴を上げそうになるのをこらえて、おずおずと口を開く。
「その……カエデ様の葬儀について、長老方から至急来るようにと、言伝を頼まれまして……」
「あぁ……分かった。すぐ行く」
いつものように素っ気なく頷いて、補佐を下がらせると、連日の騒動があったとは思えないほどの 静けさが残った。
「やっと奴の葬儀か……」
呟いて、ため息をつく。
ここ一ヶ月、霊達の不安を鎮めることに追われ、カエデの葬儀がずっと先延ばしになっていた。 本来精霊には人間のように葬儀をする慣習はないのだが、霊達の強い要望により、行われることになったのだ。 森の端にはかつて長だったユキの墓もひっそりとある。 カエデの墓はその隣に造られる予定だ。
(――正直、あの野郎がいなくなったなんて、まだ信じられねぇけどな……)
数十年間、ずっと敵として戦っていた相手がいなくなるなど、タイカには受け入れがたいことだった。
カエデは常に自分の前に立ちはだかり続ける存在でなければならないのだ。 背を向けて、手の届かない人物になってはならないのだ。
(そういや、奴と会ったのは、ちょうどこの時季だったな……)
タイカは瞳を閉じ、数十年前の記憶を掘り返し始めた。
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数十年前、タイカは生まれた瞬間から闘いを好んだ。 相手が自分にちょっかいを出して来れば返り討ちにし、また、強そうな相手がいれば、決闘を申し込んでは 完膚なきまで叩きのめす。そういう生活を送っていた。
当時の長には幾度呼び出しをくらったか分からない。それくらいの問題児だったのだ。 だがある時、その長が力を失くし、消滅した。
自分を叱る長さえいなければ、タイカに最早怖いものなどなかった。 それどころか、自分が長になってやろう――そう思い始めた。
長になるためには、まず力は必要不可欠だ。 そこでタイカは日本中を回り、各地の長に勝負を申し込んだ。 負けた長には署名してもらい、それらの何枚かを町の長老に突きつけた。
深刻な人材不足に陥っていた町は、性格など考えている暇はなく、タイカを次代の長として認めてしまったのだ。 全てはタイカの狙い通りとなった。 これで誰も自分には逆らえない。自分より強い者など、いるはずもないのだ。
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