闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

文字の大きさ
2 / 154

闇-2

しおりを挟む
 ツキヨは黒髪、黒い瞳に生まれたことに卑下することはなかった。
 鏡を見るたびそれが母の血を継いでいるということが実感できる。母は黒髪、黒い瞳というよりも黒に限りなく近い焦げ茶色の髪と同色の瞳だった。それゆえに、周囲から疎まれることはなかった。
 母は遠い遠い東の国から来た人の末裔で、その一族に代々伝わる不思議な器具を使い布を織っていた。それはこの国では見ないような文様も入れることができて時間があると趣味として織っていた。
あの布は、どこへ行ってしまったのだろうか。

 日も暮れて使用人口から屋敷へ入り、厨房へ向かうと料理長のダンと料理人のルルーがいた。
 ルルーがツキヨの手を取り「あぁ。ツキヨお嬢様、こんな手が冷たい。…風邪をひかれてしまいますよ。今すぐ、温かいスープをご用意しますね」と優しく声をかける。
「ルルー、お嬢様って呼ぶとルルーがマリアンナ様に叱られてしまいます。私はもう使用人でここにいられればいいのです」
「さぁ、嬢ちゃま、今夜はダン特製の鶏肉のスープだ!温まりますよ」とダンがほかほかと湯気があがるスープと黒パンを手に声をかけた。
「ダンまで…呼び方はマリアンナ様に気づかれないように気をつけて。
ダンの料理は最高なのだからマリアンナ様の怒りに触れてしまったら…また…」
 以前のカトレア家には住み込みのメイドや使用人、庭師、料理人、馬番がたくさんいた。
彼らの技術力やマナーは当然だが素晴らしく、そして優しく、親切でツキヨもよく可愛がられ、そして時には悪戯をして叱られたりまるで大家族のようだった。
ここで働くことは領内でもちょっとしたステータスでもあったし、都合で他領地へ彼らが引っ越しをしてもその技術ゆえに「仕事に困ることもなく元気に暮らしている」と時々手紙が届いた。
 ところが、マリアンナたちが来てから3人とも「このメイドは私に似合わない髪形にしか結わない」「使用人がイヤリングの片方を盗んだ」「こんな雑草みたいな花を植えるなんて男爵家の恥よ!」「嫌いなものを料理に混ぜるなんて嫌がらせよ!」「あなた、馬臭いから屋敷に入らないようにしなさい」と毎日毎日不平不満を撒き散らし続け「ご主人様、私はもう耐えられません」と泣きながら辞めていった。
 現在は住み込みのメイドはおらず、通いのメイドが数名と辞めた庭師の小屋にすむ使用人としてツキヨがいて、料理人は住み込みのダンとルルーと通いの手伝い、馬番はツキヨと元々マルセルが馬が好きなため世話をしている。
 だが、マルセルが馬の世話をしたらマリアンナは一週間は会わない。

 厨房の隅の木製のテーブルでダンたちと食事を囲みながら話をしているとルルーが思い出したかのようにツキヨに話しかけてきた。
「そういえば、お嬢様。最近、この領地だけではないそうですが10代の娘が何人も人攫いにあっていると聞きまして…今、奥様のせいで髪が短くなってしまって男の子のようですが、どうぞお気を付けなさいまし」
「おう、それは俺も聞きましたぜ。何でも昼夜関係なく連れ去られて行方知らずになるとか」
「人攫いなんて、恐ろしいわね。
でも、今の私はどうみてもダンの息子といっても間違えられないくらい男の子にしかみられないから大丈夫よ」

 ツキヨはマリアンナの指示で髪は肩よりも短く、庭仕事や馬の手入れをしているときは父のマルセルが「すまない、すまない。父さんが不甲斐なくて…ツキヨには苦労をさせて。今頃、オリエは泣いているかもしれない」と泣きながら謝る中「固めにできている糸でしっかりと織ったので破れにくいのよ」と言っていた母の布でできたズボンを渡してきた。
 確かに、不甲斐無い父かもしれないが馬の手入れをしているときが唯一のコミュニケーションができ、折を見て干した果物やお菓子、手鏡や絹のハンカチなどを渡してきた。
 父も苦しいのだろう。ツキヨは優しい父を責めることはできなかった。

 そして、その大切なズボンをはいて作業をすることが多く一見すると新入りの若い男の庭師などにしか見えない。
「お嬢様、おふざけにならずに。とにかく、屋敷内は安心ですけど市場へ行かれたりするときはよくよくお気を付けくださいね」
「はーい」
「嬢ちゃま、そのお返事はいけませんな」
「あ、えへ。ごめんなさい。でも、二人の言う通り気をつけます」
 ツキヨもにっこりと返事をした。

 しばらくして、通いのメイドがダイニングルームで食事を終えた食器を下げに戻ってきたため、食事を手早く終わらせ、3人で片付けを始めた。
 メイドは無表情で「お疲れ様でした」とお仕着せのエプロンを脱ぎながら裏口から出て行った。

 片付けが終わるとダンから湯を木桶にもらい「おやすみなさい」と挨拶をして屋敷裏の小屋へツキヨは帰った。
 小屋は平屋で窓が二つと炊事可能な小さめの暖炉がある。
あとは使い込まれた椅子とテーブル、ガタつくベッドと薄い布団、衣類などをしまっている長櫃だけだった。

 木桶の入っている少し熱い湯に長布を浸して顔や手足、体を拭う。それだけ、長布はすぐに黒くなる。
濯いで何度か拭い、最後にちょうど良くなった湯へ足を浸す。
「ふぅ。これだけでも気持ちいい。明日は残り湯でいいから湯につかり、髪を洗いたいな」

 木桶を片づけて、寝支度を整え薄い布団へもぐり、明日のささやかな希望を夢に見た。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

辺境伯と幼妻の秘め事

睡眠不足
恋愛
 父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。  途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。 *元の話を読まなくても全く問題ありません。 *15歳で成人となる世界です。 *異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。 *なかなか本番にいきません

追放された王女は、冷徹公爵に甘く囲われる

vllam40591
恋愛
第三王女エリシアは、魔力も才覚もない「出来損ない」として、 婚約破棄と同時に国外追放を言い渡された。 王家に不要とされ、すべてを失った彼女を保護したのは、 王家と距離を置く冷徹無比の公爵――ルシアン・ヴァルグレイヴ。 「返すつもりだった。最初は」 そう告げられながら、公爵邸で始まったのは 優しいが自由のない、“保護”という名の生活だった。 外出は許可制。 面会も制限され、 夜ごと注がれるのは、触れない視線と逃げ場のない距離。 一方、エリシアを追放した王家は、 彼女の価値に気づき始め、奪い返そうと動き出す。 ――出来損ないだったはずの王女を、 誰よりも手放せなくなったのは、冷徹公爵だった。 これは、捨てられた王女が 檻ごと選ばれ、甘く囲われていく物語。

国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉

はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。 ★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください ◆出会い編あらすじ 毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。 ◆登場人物 佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動 天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味 お読みいただきありがとうございます! ★番外編はこちらに集約してます。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517 ★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

処理中です...