短編集 ほころび

奈越 三郎

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小さな魚の物語

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 小さな魚が歌をうたっています。そこに巨大な魚がやって来ました。小さな魚は、あの巨大な魚は俺の歌を気に入って、だから追いかけてくるのだと思いました。小さな魚は追ってくる大きな魚から逃げ始めました。それは、そう簡単に、自分の歌を聴いてもらっちゃ困ると考えたからです。

 小さな魚は歌をうたいながら、大きな魚から逃げていきます。大きな魚も追いかけてきます。いや、大きな魚は追いかけてくるのではなく、一緒に行進しようとしているのだと、小さな魚は思いました。そう考えて、小さな魚はとっても良い気分になりました。

 夜の海の行進です。小さな魚は即興で作った歌をうたいながら、ついてくる大きな魚と泳ぎます。小さな魚はなんだかとっても面白くなってきました。自分より大きな魚が、普段なら相手にしないはずの小さな魚と、一緒に行進しているのです。小さな魚は、誰かにこの事を自慢したくなりました。

 しかし、いつもは一緒に泳いでいるはずの仲間の姿がありません。小さな魚はどうやら仲間とはぐれてしまったようです。しかし、小さな魚は寂しくありませんでした。なぜなら、小さな魚より何倍も大きい魚と、一緒に行進しているからです。

 小さな魚は、俺は大きな魚を従えるほどの歌唱力を備えているのだとうぬぼれました。だから振り返って、大きな魚に向かって、俺の歌は上手だろと言いました。しかし、大きな魚は何も答えません。大きな魚は口を大きく開けました。そして小さな魚にがぶりと噛みつきました。小さな魚は息絶えました。

 海がまた静かになりました。
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