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中編
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「アティス、アティス、鳥型に戻ってるよ!」
オルカの叫び声でパチッと目を開けた。
布が頭に被さっていて、重い!
もぞもぞしながら何とか布山から抜け出す。
どうやら寝ている間に鳥に戻ってしまったみたいだ。長いこと人間の姿ではいられないのかも。
もう傍にいられないのは残念だけど、レギウスを驚かせたらいけないから、そっと離れて木の上のオルカの元へと戻った。
「ここから見てたけど、色々と大変そうだったねアティス」
「うん、でもね、少しだけ仲良くなれた気がするんだ。遠くから見ているだけだったらきっとこうはいかなかったと思う。レギウスはやっぱりとてもやさしい人だったよ」
「そっかぁ、良かったねぇ」
「うん!」
いつか自由自在に人間の姿になって、オルカみたいにおしゃべりができるようになったらレギウスに僕が鳥獣人であることを伝えようと思っている。
木の上から見守っていると、起きたレギウスは焦ったように辺りを見回していた。
もしかしたら僕を探してくれているのかもしれない。そうだったら少し悪いことをしてしまった。
鳥へと戻ってしまったことで、借りていたにも関わらず脱ぎ捨てるような形になってしまった服をレギウスは拾って、不思議そうに首を傾げていた。
そのうちレギウスの仲間達三人が彼の所に集まってきて、何か話し出した。
「何て話しているのかな?」
「ふむふむ、えーっとね。アティスのことを話しているみたい。不思議な子が昨夜来て、朝になったら消えてしまったって。セイレイだったのかもしれないってレギウスは言ってるよ」
「セイレイって精霊のこと?」
「僕達は鳥獣人なのにねぇ。セイレイと間違えるなんて失礼しちゃう!」
オルカは頬を膨らませて怒っているけれど、僕はちょっとだけ嬉しい。
精霊は木や水などに宿る存在のことだ。まれに実体化して姿を現すこともある。
僕は見たことがないけれど、とても美しい姿をしているって言われているから、レギウスから見た僕がそんな風に映っていたのなら嬉しいなと思ったのだ。
人間の姿に少しの間だけなれた僕だったけど、その後はどんなに頑張っても人化することはできなかった。
あれは奇跡みたいなものだったのかな。
またレギウスと人間の姿になって会いたいと思っているけれど、それはとても難しそうだ。
恩返しをできる日はまだまだ来そうにない。
でも、鳥の姿でだってレギウスの姿を眺めていられるから僕は充分満足で幸せだ。
今日も今日とてオルカと一緒に木の上からレギウスを眺めている。
すると、何とレギウスがこちらに向かって歩いてきたのだ。
「えっ、え、どうして⁉」
どうしてレギウスがこっちに向かってくるの?
驚きすぎて羽毛がぶわっと膨らむ。
カチン、と体を固まらせてレギウスを見ていると、その口元が動いた。
『………』
レギウスが何かをしゃべって、隣にいたオルカがいきなり怒り出した。
『ツガイ、ちがう! カンチガイ。レギウスのバカ、バカッタレ!』
ギャーギャー叫びながら翼をバタつかせて激怒している。
オルカは怒ると攻撃的なところがあるから、このままだとレギウスをくちばしでつっつきまわしてしまうかもしれない。
「落ち着いて、オルカ。一体どうしたの。どうしてそんなに怒っているの」
「だってレギウスったら僕達のことをツガイだと勘違いしてるんだよ。お前達はいつも一緒にいるが夫婦なのか? なーんて聞いてきたんだから」
「えええっ」
僕とオルカが夫婦だなんてあるはずがない。
友達同士だし、求愛の儀式だってしていない。
オルカとはいつも一緒にいるからツガイだと勘違いされてしまったのかも。
レギウスに僕達の存在が認識されていたことにも驚いたけど、それ以上にツガイだと誤解されてしまったことに驚いている。
「安心して。ちゃんと違うよって言って誤解を解いておいたから。レギウスも勘違いしてすまないって謝ってる」
「そっかぁ。良かった」
正直ほっとした。何だか胸がキュウッとなっていたから。
どうしてかな。レギウスには僕とオルカがツガイだなんて誤解して欲しくないと思うんだ。
それから時々だけど、レギウスがこちらを見ていることが増えた。
僕がじっとレギウスを見ていると、顔を上げてこちらを見つめ返してくる。
黒い瞳とぱっちり目が合うと、僕の胸はソワソワ落ち着かない気持ちになる。
レギウスがオルカに話しかけて、オルカがそれに答える。
オルカを通じてレギウスのことをたくさん知ることができるようになったけれど、少しだけ寂しい気持ちがした。
だって、僕、本当は……自分でレギウスとおしゃべりしたいと思っているから。オルカみたいに。
どうしたらオルカみたいになれるかなぁ。
夜中にこっそりと「レギウス」って名前を呼ぶ練習をしているけど、やっぱり上手くいかない。
『れき』
『れきーしゅ』
ああ、駄目だ。全然上達しない。
***
それからもレギウスの旅についていく日々を送った。
少しずつだけど僕もレギウスの言葉が理解できるようになってきた。言葉を聞き逃すまいと耳を澄まして聞いているせいかな。
ただし「こんにちは」とか「ありがとう」とか簡単な言葉に限るけど。
しゃべるのは相変わらず上達してないけど、言葉の意味ぐらいなら何となく分かる。
そんなある日のこと、レギウスからオルカを通じて驚くべきことが伝えられた。
「お前達はそろそろ自分の住処へ帰れ、だって。レギウスがそう言ってる」
「ええっ! ど、どうして。どうしてそんなことを言うの」
うろたえる僕に対してオルカが申し訳なさそうな顔をする。
「あのね、もうすぐレギウス達の旅の目的である魔王城が近くなってきたんだって。魔王は知ってるよね? とても危険な存在だって」
「う、うん」
魔王はこの世界を支配しようとしていて、魔物達を手先として操るとても悪い存在。暴れまわる魔物達は僕達にとっても脅威だ。そしてその魔王を倒すためにレギウス達勇者が旅に出ているのも知ってる。
「魔王城の近くはとても強い魔物がいっぱいいるから、僕達がついていくと危ないんだって。レギウスは心配してくれているんだよ」
「そう…なんだ……」
恩返しをしたいという思いは伝えていないけれど、僕達がレギウスの旅についていっているのはもう彼に知られていることだ。
レギウスの旅にこれ以上ついていけないのはとても悲しいことだけど、それは仕方がないことだとも理解できる。
レギウスはとてもやさしい人だから、僕達が危ない目にあったらきっと傷つく。
恩返しどころか足を引っ張ることにもなりかねない。
それだけは嫌だなぁって思う。
「……分かった。僕は村に戻るよ。レギウスにそう伝えて。オルカも、ここまでついてきてくれて本当にありがとうね」
「それはいいんだよ。だって僕は君の友達だからね。でも、アティス、本当に大丈夫……?」
「うん、大丈夫だよ。大丈夫……」
そう言ってみたものの、目が熱くなって、ポトポトと涙が落ちてきた。
もうここでレギウスとお別れだと思うと、悲しくてたまらなくなってきたのだ。
本当は最後までついて行きたかったなぁ。
止めようとしても涙が全然止まらないや。
「ごめん、オルカ。明日になったら帰るから、今日だけはここにいてもいいかな?」
「うんっ。僕もそれでいいと思うよ」
やさしいオルカは心の整理をつけたいと思う僕の気持ちを尊重してくれた。
レギウスのことを考えながらうとうとと眠っていると、ふいに鼻をついた嫌な匂いに目を覚ますことになる。
ここから少し離れたところの森に瘴気が立ち込めていた。
「オ、オルカ目を覚まして!」
慌てて隣で眠っているオルカを起こす。目を覚ましたオルカも森の様子を見てびっくりする。
「え、これってどういうことなの⁉」
「僕にも分からない。それにレギウス達もいないよ。もしかしてあの瘴気のところにいるのかな」
あそこにレギウスがいたら……居ても立っても居られなくて、瘴気の方へと飛び立つ。
「待ってよ、アティス、危ないよっ!」
「少しだけ様子を見てくる。オルカはここで待っていて!」
瘴気の立ち昇る辺りへと近づくと、そこには案の定レギウスがいて、魔物の群れに囲まれていた。
仲間達の姿は近くにない。戦っている途中でバラバラになってしまったのかもしれない。
怪我をしているのか血が服ににじんでいる。
ああ、そんな……!
このままだとレギウスが死んでしまう。何とかしなければ。
僕は上空からレギウスが逃げられる道を探す。
すぐ近くに崖に囲まれた細い道がある。うん、あそこなら!
『れきうしゅ!』
レギウスの注意を引くために名前を呼んだ。
上手く発音できなくてもいい。今はレギウスに気付いてさえもらえれば。
下にいるレギウスの注意がこちらに向いた。ついてきて、と誘導するように飛ぶ。
レギウスと共に細い道に入ると、大きな体の魔物達は追跡を諦めたようだ。
残った魔物を片づけて剣を鞘に収めたレギウスが『……、ありがとう』とお礼を言った。
ありがとうはもう僕にも理解できる言葉だ。
良かった、少しはこの人の力になれたのかも。
だけどそのまま力を失ったようにレギウスの体が地面へと崩れ落ちた。
『れきうしゅ、れきうしゅ!』
どんなに呼び掛けても、レギウスが答えることはない。
嫌だ、レギウス。こんなところで死んだら駄目だよ!
レギウスの怪我の手当てをしなくちゃ。
必死でそう考えていたら、僕の体はまた人型へと変わっていた。この間と違うのは服をきちんと着ていること。きっと人間の服の仕組みを理解できるようになったからだ。
「アティスー!」
その時、空からオルカが降りて来た。僕を心配してついてきてくれたみたいだ。
「わっ、レギウス怪我をしているみたいだね。この先に洞窟があったからそこで手当てをしよう。頑張って運べる? 僕はすぐに薬草を摘んで来るから」
オルカはすぐに状況を把握して、その上で薬草も摘んできてくれるという。
僕一人だったら心細かったからとても助かる。
レギウスを運ぶのは任せて、という意味を込めてこくんと頷いた。
オルカが飛び立つのと同時にレギウスの体を支えた。
やらなくちゃ、と思うと案外力が出るみたい。僕よりずっと体の大きなレギウスを背中に乗せて洞窟まで歩いた。
「はぁ、はぁ……っ」
流石に洞窟に着く頃には息も切れて、足もガクガクと震えた。でも休んでいるわけにはいかない。
薬草はオルカが摘んでくれているから、レギウスの体を拭くための布の準備だ。
近くの水場へと行って布を水に浸した。
布は自分の体からにゅにゅーっと出したマントを切って使う。
このマント、幸いなことに体から切り離しても布の状態のままだった。もしかしたら羽に戻ってしまうかも、と思っていたけどそうはならなかった。
どういう仕組みになっているのかは分からないけれど、今はとても助かる。
鳥体に戻った時に切った部分が禿げているかもしれないけれど、その時はその時だ。
マントを切ったナイフはレギウスのものを借りた。
洞窟に戻ると、すでにオルカがいて、薬草をくちばしで突いてすり潰してくれている。本当に仕事が早い。
薬草のことは全てオルカに任せて、僕はレギウスの服を脱がしていき、濡れた布で丁寧に血を拭う。
最後にすり潰した薬草を傷口に当てた。
怪我自体は思っていたより酷くはなかったけれど、それより問題は瘴気をいっぱい吸い込んでしまったことだ。
瘴気を大量に吸ってしまうと怪我の治りが遅くなったり、意識が戻らなくなってしまったりする。
『れき! れき!』
レギウスの意識が深く沈んで戻って来られなくなってしまわないように、手を握って名前を呼びかけ続ける。
この間よりも人型に慣れたお陰で、声が出せるようになっていた。そうして何度か呼び続けていると意識を失っていたレギウスの瞼がかすかに震え、持ち上がる。
『れきうしゅ』
ぼんやりとした瞳でこちらを見上げてくる。
『お前は……』
握った手にきゅっと一瞬だけ力が入ったけれど、すぐにまた意識を失ってしまった。
『れき!』
夜になるとレギウスの熱が上がってきた。呼吸が荒くて熱い。
「怪我と瘴気の影響だね、きっと。汗を拭ってあげるといいよ」
僕はもう一度水場に行って、にゅにゅーっとマントを出して、同じように布を作った。水に浸した布で丁寧にレギウスの体を拭っていく。
でも、今度は小刻みにレギウスの体が震えていることに気付いた。
もしかして、寒いのかもしれない。
熱が上がりすぎると、体が寒くなったみたいに感じることがある。そういう状態に陥っているのかも。
『れき』
だったら僕が温めてあげる。
にゅにゅーっと三度目のマントを作る。今度はふわふわで厚みのある生地だ。それをレギウスの体にかけて、自分はその隣に潜り込んだ。
体をくっつけていると温かいというのはこの間分かったからね。
自分の熱をレギウスに分けてあげるんだ。大きな体をしっかりと抱き締めた。
一瞬だけ嫌がるように眉間にしわが刻まれる。
『れき、いいこ』
大丈夫だよ、という意味を込めて声を掛けた。
『いいこだね。かわいいね』という言葉は、人間からよく掛けられていたから覚えていた。たぶんいい意味で使う言葉に違いない。
僕がしゃべれるのはレギウスの名前と、いくつかの単語ぐらい。
少しでもレギウスを安心させられるように、覚えた単語を混ぜながら語り掛ける。
『いいこね、かわいいね』
すると安心したのかレギウスの眉間のしわは消えて、代わりにぎゅっと抱き返された。
早く良くなりますように。
いつも頑張っているレギウスがこれ以上苦しい思いをしませんように。
僕はそれだけを祈り続けた。
オルカの叫び声でパチッと目を開けた。
布が頭に被さっていて、重い!
もぞもぞしながら何とか布山から抜け出す。
どうやら寝ている間に鳥に戻ってしまったみたいだ。長いこと人間の姿ではいられないのかも。
もう傍にいられないのは残念だけど、レギウスを驚かせたらいけないから、そっと離れて木の上のオルカの元へと戻った。
「ここから見てたけど、色々と大変そうだったねアティス」
「うん、でもね、少しだけ仲良くなれた気がするんだ。遠くから見ているだけだったらきっとこうはいかなかったと思う。レギウスはやっぱりとてもやさしい人だったよ」
「そっかぁ、良かったねぇ」
「うん!」
いつか自由自在に人間の姿になって、オルカみたいにおしゃべりができるようになったらレギウスに僕が鳥獣人であることを伝えようと思っている。
木の上から見守っていると、起きたレギウスは焦ったように辺りを見回していた。
もしかしたら僕を探してくれているのかもしれない。そうだったら少し悪いことをしてしまった。
鳥へと戻ってしまったことで、借りていたにも関わらず脱ぎ捨てるような形になってしまった服をレギウスは拾って、不思議そうに首を傾げていた。
そのうちレギウスの仲間達三人が彼の所に集まってきて、何か話し出した。
「何て話しているのかな?」
「ふむふむ、えーっとね。アティスのことを話しているみたい。不思議な子が昨夜来て、朝になったら消えてしまったって。セイレイだったのかもしれないってレギウスは言ってるよ」
「セイレイって精霊のこと?」
「僕達は鳥獣人なのにねぇ。セイレイと間違えるなんて失礼しちゃう!」
オルカは頬を膨らませて怒っているけれど、僕はちょっとだけ嬉しい。
精霊は木や水などに宿る存在のことだ。まれに実体化して姿を現すこともある。
僕は見たことがないけれど、とても美しい姿をしているって言われているから、レギウスから見た僕がそんな風に映っていたのなら嬉しいなと思ったのだ。
人間の姿に少しの間だけなれた僕だったけど、その後はどんなに頑張っても人化することはできなかった。
あれは奇跡みたいなものだったのかな。
またレギウスと人間の姿になって会いたいと思っているけれど、それはとても難しそうだ。
恩返しをできる日はまだまだ来そうにない。
でも、鳥の姿でだってレギウスの姿を眺めていられるから僕は充分満足で幸せだ。
今日も今日とてオルカと一緒に木の上からレギウスを眺めている。
すると、何とレギウスがこちらに向かって歩いてきたのだ。
「えっ、え、どうして⁉」
どうしてレギウスがこっちに向かってくるの?
驚きすぎて羽毛がぶわっと膨らむ。
カチン、と体を固まらせてレギウスを見ていると、その口元が動いた。
『………』
レギウスが何かをしゃべって、隣にいたオルカがいきなり怒り出した。
『ツガイ、ちがう! カンチガイ。レギウスのバカ、バカッタレ!』
ギャーギャー叫びながら翼をバタつかせて激怒している。
オルカは怒ると攻撃的なところがあるから、このままだとレギウスをくちばしでつっつきまわしてしまうかもしれない。
「落ち着いて、オルカ。一体どうしたの。どうしてそんなに怒っているの」
「だってレギウスったら僕達のことをツガイだと勘違いしてるんだよ。お前達はいつも一緒にいるが夫婦なのか? なーんて聞いてきたんだから」
「えええっ」
僕とオルカが夫婦だなんてあるはずがない。
友達同士だし、求愛の儀式だってしていない。
オルカとはいつも一緒にいるからツガイだと勘違いされてしまったのかも。
レギウスに僕達の存在が認識されていたことにも驚いたけど、それ以上にツガイだと誤解されてしまったことに驚いている。
「安心して。ちゃんと違うよって言って誤解を解いておいたから。レギウスも勘違いしてすまないって謝ってる」
「そっかぁ。良かった」
正直ほっとした。何だか胸がキュウッとなっていたから。
どうしてかな。レギウスには僕とオルカがツガイだなんて誤解して欲しくないと思うんだ。
それから時々だけど、レギウスがこちらを見ていることが増えた。
僕がじっとレギウスを見ていると、顔を上げてこちらを見つめ返してくる。
黒い瞳とぱっちり目が合うと、僕の胸はソワソワ落ち着かない気持ちになる。
レギウスがオルカに話しかけて、オルカがそれに答える。
オルカを通じてレギウスのことをたくさん知ることができるようになったけれど、少しだけ寂しい気持ちがした。
だって、僕、本当は……自分でレギウスとおしゃべりしたいと思っているから。オルカみたいに。
どうしたらオルカみたいになれるかなぁ。
夜中にこっそりと「レギウス」って名前を呼ぶ練習をしているけど、やっぱり上手くいかない。
『れき』
『れきーしゅ』
ああ、駄目だ。全然上達しない。
***
それからもレギウスの旅についていく日々を送った。
少しずつだけど僕もレギウスの言葉が理解できるようになってきた。言葉を聞き逃すまいと耳を澄まして聞いているせいかな。
ただし「こんにちは」とか「ありがとう」とか簡単な言葉に限るけど。
しゃべるのは相変わらず上達してないけど、言葉の意味ぐらいなら何となく分かる。
そんなある日のこと、レギウスからオルカを通じて驚くべきことが伝えられた。
「お前達はそろそろ自分の住処へ帰れ、だって。レギウスがそう言ってる」
「ええっ! ど、どうして。どうしてそんなことを言うの」
うろたえる僕に対してオルカが申し訳なさそうな顔をする。
「あのね、もうすぐレギウス達の旅の目的である魔王城が近くなってきたんだって。魔王は知ってるよね? とても危険な存在だって」
「う、うん」
魔王はこの世界を支配しようとしていて、魔物達を手先として操るとても悪い存在。暴れまわる魔物達は僕達にとっても脅威だ。そしてその魔王を倒すためにレギウス達勇者が旅に出ているのも知ってる。
「魔王城の近くはとても強い魔物がいっぱいいるから、僕達がついていくと危ないんだって。レギウスは心配してくれているんだよ」
「そう…なんだ……」
恩返しをしたいという思いは伝えていないけれど、僕達がレギウスの旅についていっているのはもう彼に知られていることだ。
レギウスの旅にこれ以上ついていけないのはとても悲しいことだけど、それは仕方がないことだとも理解できる。
レギウスはとてもやさしい人だから、僕達が危ない目にあったらきっと傷つく。
恩返しどころか足を引っ張ることにもなりかねない。
それだけは嫌だなぁって思う。
「……分かった。僕は村に戻るよ。レギウスにそう伝えて。オルカも、ここまでついてきてくれて本当にありがとうね」
「それはいいんだよ。だって僕は君の友達だからね。でも、アティス、本当に大丈夫……?」
「うん、大丈夫だよ。大丈夫……」
そう言ってみたものの、目が熱くなって、ポトポトと涙が落ちてきた。
もうここでレギウスとお別れだと思うと、悲しくてたまらなくなってきたのだ。
本当は最後までついて行きたかったなぁ。
止めようとしても涙が全然止まらないや。
「ごめん、オルカ。明日になったら帰るから、今日だけはここにいてもいいかな?」
「うんっ。僕もそれでいいと思うよ」
やさしいオルカは心の整理をつけたいと思う僕の気持ちを尊重してくれた。
レギウスのことを考えながらうとうとと眠っていると、ふいに鼻をついた嫌な匂いに目を覚ますことになる。
ここから少し離れたところの森に瘴気が立ち込めていた。
「オ、オルカ目を覚まして!」
慌てて隣で眠っているオルカを起こす。目を覚ましたオルカも森の様子を見てびっくりする。
「え、これってどういうことなの⁉」
「僕にも分からない。それにレギウス達もいないよ。もしかしてあの瘴気のところにいるのかな」
あそこにレギウスがいたら……居ても立っても居られなくて、瘴気の方へと飛び立つ。
「待ってよ、アティス、危ないよっ!」
「少しだけ様子を見てくる。オルカはここで待っていて!」
瘴気の立ち昇る辺りへと近づくと、そこには案の定レギウスがいて、魔物の群れに囲まれていた。
仲間達の姿は近くにない。戦っている途中でバラバラになってしまったのかもしれない。
怪我をしているのか血が服ににじんでいる。
ああ、そんな……!
このままだとレギウスが死んでしまう。何とかしなければ。
僕は上空からレギウスが逃げられる道を探す。
すぐ近くに崖に囲まれた細い道がある。うん、あそこなら!
『れきうしゅ!』
レギウスの注意を引くために名前を呼んだ。
上手く発音できなくてもいい。今はレギウスに気付いてさえもらえれば。
下にいるレギウスの注意がこちらに向いた。ついてきて、と誘導するように飛ぶ。
レギウスと共に細い道に入ると、大きな体の魔物達は追跡を諦めたようだ。
残った魔物を片づけて剣を鞘に収めたレギウスが『……、ありがとう』とお礼を言った。
ありがとうはもう僕にも理解できる言葉だ。
良かった、少しはこの人の力になれたのかも。
だけどそのまま力を失ったようにレギウスの体が地面へと崩れ落ちた。
『れきうしゅ、れきうしゅ!』
どんなに呼び掛けても、レギウスが答えることはない。
嫌だ、レギウス。こんなところで死んだら駄目だよ!
レギウスの怪我の手当てをしなくちゃ。
必死でそう考えていたら、僕の体はまた人型へと変わっていた。この間と違うのは服をきちんと着ていること。きっと人間の服の仕組みを理解できるようになったからだ。
「アティスー!」
その時、空からオルカが降りて来た。僕を心配してついてきてくれたみたいだ。
「わっ、レギウス怪我をしているみたいだね。この先に洞窟があったからそこで手当てをしよう。頑張って運べる? 僕はすぐに薬草を摘んで来るから」
オルカはすぐに状況を把握して、その上で薬草も摘んできてくれるという。
僕一人だったら心細かったからとても助かる。
レギウスを運ぶのは任せて、という意味を込めてこくんと頷いた。
オルカが飛び立つのと同時にレギウスの体を支えた。
やらなくちゃ、と思うと案外力が出るみたい。僕よりずっと体の大きなレギウスを背中に乗せて洞窟まで歩いた。
「はぁ、はぁ……っ」
流石に洞窟に着く頃には息も切れて、足もガクガクと震えた。でも休んでいるわけにはいかない。
薬草はオルカが摘んでくれているから、レギウスの体を拭くための布の準備だ。
近くの水場へと行って布を水に浸した。
布は自分の体からにゅにゅーっと出したマントを切って使う。
このマント、幸いなことに体から切り離しても布の状態のままだった。もしかしたら羽に戻ってしまうかも、と思っていたけどそうはならなかった。
どういう仕組みになっているのかは分からないけれど、今はとても助かる。
鳥体に戻った時に切った部分が禿げているかもしれないけれど、その時はその時だ。
マントを切ったナイフはレギウスのものを借りた。
洞窟に戻ると、すでにオルカがいて、薬草をくちばしで突いてすり潰してくれている。本当に仕事が早い。
薬草のことは全てオルカに任せて、僕はレギウスの服を脱がしていき、濡れた布で丁寧に血を拭う。
最後にすり潰した薬草を傷口に当てた。
怪我自体は思っていたより酷くはなかったけれど、それより問題は瘴気をいっぱい吸い込んでしまったことだ。
瘴気を大量に吸ってしまうと怪我の治りが遅くなったり、意識が戻らなくなってしまったりする。
『れき! れき!』
レギウスの意識が深く沈んで戻って来られなくなってしまわないように、手を握って名前を呼びかけ続ける。
この間よりも人型に慣れたお陰で、声が出せるようになっていた。そうして何度か呼び続けていると意識を失っていたレギウスの瞼がかすかに震え、持ち上がる。
『れきうしゅ』
ぼんやりとした瞳でこちらを見上げてくる。
『お前は……』
握った手にきゅっと一瞬だけ力が入ったけれど、すぐにまた意識を失ってしまった。
『れき!』
夜になるとレギウスの熱が上がってきた。呼吸が荒くて熱い。
「怪我と瘴気の影響だね、きっと。汗を拭ってあげるといいよ」
僕はもう一度水場に行って、にゅにゅーっとマントを出して、同じように布を作った。水に浸した布で丁寧にレギウスの体を拭っていく。
でも、今度は小刻みにレギウスの体が震えていることに気付いた。
もしかして、寒いのかもしれない。
熱が上がりすぎると、体が寒くなったみたいに感じることがある。そういう状態に陥っているのかも。
『れき』
だったら僕が温めてあげる。
にゅにゅーっと三度目のマントを作る。今度はふわふわで厚みのある生地だ。それをレギウスの体にかけて、自分はその隣に潜り込んだ。
体をくっつけていると温かいというのはこの間分かったからね。
自分の熱をレギウスに分けてあげるんだ。大きな体をしっかりと抱き締めた。
一瞬だけ嫌がるように眉間にしわが刻まれる。
『れき、いいこ』
大丈夫だよ、という意味を込めて声を掛けた。
『いいこだね。かわいいね』という言葉は、人間からよく掛けられていたから覚えていた。たぶんいい意味で使う言葉に違いない。
僕がしゃべれるのはレギウスの名前と、いくつかの単語ぐらい。
少しでもレギウスを安心させられるように、覚えた単語を混ぜながら語り掛ける。
『いいこね、かわいいね』
すると安心したのかレギウスの眉間のしわは消えて、代わりにぎゅっと抱き返された。
早く良くなりますように。
いつも頑張っているレギウスがこれ以上苦しい思いをしませんように。
僕はそれだけを祈り続けた。
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王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。
きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。
えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m
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