塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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12話 塔の魔術師と禁術の継承者

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「俺はお前を見くびっていたみたいだ」

「え……」

「面白そう、楽しそうという思いで俺に弟子入りをして、禁術を受け継ぎたいのだと考えていた。お前の抱く真剣な心に向き合おうとしなかった俺が悪かった」

 謝罪をするとアゼリアが涙に濡れた顔を上げた。

「それじゃあ、禁術は私に受け継がせてくれるの?」

「そうだな……。お前が第一の候補者だ。でも、継がせるのは今じゃない。もう少しだけ後のことだ」

 禁術の候補者はアゼリアが相応しい。それはもう認めざるを得ないことだった。
 だが、今すぐに受け渡すという話ではない。

「それはやっぱり、私が駄目駄目だから?」

「まあ、それも半分ある。禁術を渡した翌日にアリシュランドが沈んだら笑えないからな」

「ひどい! そんなことしないわ!」

 ぶすっとふくれっ面をするアゼリアを眺めながら言葉を続ける。

「もう半分は、お前が心配なんだアゼリア。禁術を持つということはあらゆる危険をその身に宿すということでもある。だからこそ安易に継がせられない」

「エ、エーティアちゃん……! そんな風に思ってくれたのぉ」

 ふくれっ面はすぐに崩れて、また大粒の涙を零し始めた。

「私、不死の魔術を考えるからそれ使ってよぉ。やっぱり私より先に死んだら嫌だよー。ずっとずっと私を見ててよエーティアちゃん!」

「お前が言うと冗談に聞こえないのだが」

 本気で不死の魔術をあみだしてくる気がする。

「冗談じゃないもん。本気だもん」

「それは、勘弁してくれ」

 流石に何百年どころか何千年も生きていたくはない。

 俺はアゼリアとの関りを通して、師匠の思いを知ってしまった。それはむしょうに胸を掻きむしりたくなる思いだった。ズキズキとした痛みを伴うような。

「今日のところは終わりにしよう。少し考えたいことができた」

 俺の様子がおかしくなったことに気付いたのか、アゼリアは素直に従った。

「う、うん。分かったわ、また……来てもいい?」

「ああ」

 ちらちらとこちらを何度か振り返りながら、帰って行った。
 そしてアゼリアの姿が見えなくなってから、深く長いため息を吐いた。重くなった頭を項垂れさせる。

「エーティア様っ」

 傍にいたフレンがすかさず俺の手を握る。エギルも驚き、耳をピンッと立てた。

「どうされたのですか……何かお辛いことがありましたか」

「頼む、ソファのところへ連れて行ってくれ」

「はい!」

 フレンに抱えられてソファへと連れて行かれて、腰を下ろしてからもフレンの胸に顔を埋めたままじっと耐えた。
 無理に聞き出すことはせず、フレンは俺が口を開くのを待ってくれていた。

「禁術の継承が、これほどの重みを伴うものだとは思わなかった……」

 やがて心が少しずつ落ち着いていくと、ぽつぽつとフレンとエギルに向かって語り出した。

 禁術を渡す相手が、縁も情もない相手であれば事は簡単だっただろう。
 あっさりと受け渡すことができる。

 しかし、相手を大切に思えばこそ、この禁術を受け継がせるのにためらいが生まれるのだ。
 渡せない、渡したくないと―――。

 どうして師匠がいつまでも俺に禁術を渡さなかったのか。
 その理由を今更ながら知ったのだ。
 俺を禁術の継承者にして、危険な目に遭わせたくなかったのだと。

「それなのに俺は、あの人が自分の名誉のために最期のその時まで禁術を所持し続けたのだと思い込んでいた。あの人はきっと俺のことを愚かな弟子だと思っていることだろうな」

 背中に回っていたフレンの腕に力がこもった。

「エーティア様、それは違います。あなたのお師匠様はエーティア様のことを大切に思っていたはずです。この塔にある絵本がそれを物語っています」

 フレンの言葉に顔を上げる。

「子供に絵本を与える時、何を考えながらその本を選ぶでしょうか。その子のためになるものを選ぶ、俺はそう思います。エギルと共にここの絵本は全て読みました。時には厳しい教訓が書かれていることもありましたが、そのほとんどがやさしくて温かい物語ばかりでした」

「ぼく、ここの絵本どれも大好きですっ! 読むとふわふわって心があったかくなるです。あ、もちろんエーティアさまの選んでくれた絵本もとっても面白くて大好きですっ! どれもぼくの宝物です」

 膝の上に乗ってきたエギルが必死に訴えかけてくる。
 俺がエギルに贈った絵本は、学びになるものが多い。
 色々なことに興味を示すエギルの知識を増やすために、今のエギルに相応しいと思うものを厳選して選んだ。それらの本を選んだ時、確かに俺はエギルのためを思っていた。

「本棚を見れば所持者の人物像が分かると言われています。推察するにあなたのお師匠様はやさしくて温かい方だと思います。そんな方がエーティア様のことを愚かな弟子だと扱っていたはずはありません」

 そうだ、あの人はそういう人だった。
 なるべく考えまいとしていた記憶が、フレンの言葉によって少しずつ開かれていく。

「俺、あの人のことを、過去を見てみたいと思う。どうして俺がここの塔であの人と暮らすことになったのか……知りたい」

 純血の白き翼の一族だった俺が、どうしてこの塔で暮らすことになったのか。
 本来背中にあるはずの翼がない理由。
 自分自身に関していくつもの疑問があった。

 そしてそれらは過去を見れば理由が判明するはずだ。

「だけど、少し怖い。知らなければ良かったと後悔するかもしれない」

 過去を見ることで飛び出してくるのは残酷な真実かもしれない。
 過去など知らなくても生きていける。師匠のことはただひと時共に過ごしただけの間柄。実際俺はそう思って生きてきた。

「今更知ったところで……師匠はもういないのだから、どうなるわけでもないことも分かっている」

「それでもあなたが今この時、お師匠様との過去を知りたいと思ったことには意味があると思います。たとえ辛い真実が飛び込んで来たとしても、何がどうなっても、あなたの傍には俺とエギルがついています。だから恐れないでください」

 こちらを見つめるフレンとエギルの瞳には温かな光が宿っていた。

「エギル、お前も……いいのか?」

「はいです! ぼくが前にお母さんのことを知りたかった時、エーティアさまとフレンさまが一緒にいてくれて嬉しかったです。だから今度はぼく達がエーティアさまの傍にいるです!」

「そうだったな……」

 俺達はこれまでにいくつもの困難を乗り越えて来た。フレンとエギルがいれば怖くない、そう思える。

「よし、過去を見るぞ。全てを知るために」

「はい!」

 フレンとエギルに寄り添って、過去を見るための球体を魔術で作り出した。そこに映像を映し出すのだ。
 ただし、日付の指定を正確にしなければ、見たい場面を映し出すことはできない。

「俺が知りたいのはこの塔に来た日のことだが……、正確な日付は覚えていないんだ。だから大体の目星をつけて映像を見て、そこから再び過去に遡っていくしかない」

 キリのいいところで百五十年前の映像を映し出してみる。場所は俺達の今いるリビングを指定してみた。
 すると、魔術の球に映像が出てきた。

「あっ、可愛い子が映ったです!」

 エギルが可愛い子だと騒いだのは、紛れもなく子供だった頃の俺自身だった。
 今よりもずっと背が低くて、背中の辺りまで髪の毛を伸ばした、つまらなそうな顔をした子供。年齢は十歳ぐらいか……?
 フレンが赤くなった顔を覆って震え出した。

「何て……可愛いのでしょうか。この頃のエーティア様は髪の毛が長かったのですね」

「そういえばそうだったな。髪の毛にも魔力は宿るらしくて、伸ばしていた時期だった」

 手入れが面倒だから今は短く切っているが、この頃は師匠が櫛を入れて手入れをしてくれていたので任せていた。

『エーティア、今戻ったよ』

 魔術球には柔和な笑みを浮かべた老人がリビングへと入って来た姿が映し出される。
 随分と久しぶりに見る師匠の姿に、懐かしさのような何とも言い様のない気持ちが込み上げてきた。

『今日の本の市は大盛況だったよ。エーティア、せっかくだからお前も来れば良かったのに』

『ここにある本を読んでいればそれでいい。外へ行く必要性を感じないな』

 子供の俺は読んでいる本から顔を上げて、そっけなく言葉を返した。
 この頃にはもう俺は魔術師としてそれなりの力を持っていた。それに加えて容姿が目立つようで、外を歩けば「エーティア様」と周りが騒ぐので、積極的に外出したくないと思っていた。

『またそんな難しい本ばかり読んで。絵本を買ってきたんだ。後で一緒に読もう』

『はぁ。師匠、何度言えば分かるんだ。俺は絵本を読む子供ではない。そんなに読みたければそいつに読んでやればいい』

 そう言って子供は師匠の肩に乗っている使い魔カラスに視線を向ける。
 するとカラスは嘴をくわっと開いた。

『コラーッ、子供のくせに本当にかわいくない奴だなっ。ご主人様がせっかくお前のために本を買って来たって言うのに』

『別に頼んでないが』

『何だとーっ!』

 カラスは師匠の使い魔だ。けっこう口やかましくて、生意気な鳥だったと記憶している。名前は……何だったろうか、思い出せない。

『まあまあ、そんなに怒ってやるな。私がエーティアのことを子供扱いしすぎてしまったようだ。お前がここに来たのはついこの前のようで、まだまだ小さな子供のように思ってしまったが、子供の成長は本当にあっという間だなぁ』

 しみじみと師匠がつぶやく。

 長寿である白き翼の一族だが、幼い頃は人間と変わらぬ成長速度で年齢を重ねていたように思う。成人まではあっという間に成長するが、そこから年を重ねるのがゆっくりとなるのだ。
 師匠にとっては俺の成長がとても早く感じられるらしい。

 そして師匠の俺を見つめる瞳にドキリとした。
 そこにあるのは温かで穏やかな……そう、まるで親が子供を見つめる時の瞳だった。こんな穏やかな瞳で師匠は俺を見守ってくれていたのだ。
 あの時は分からなかったことが、今なら分かる。

 早くも過去を見たことを後悔しそうになる。

 やはり…今更こんなことを知っても……。

 次の場面を探そうとする手を止めようとすると、フレンの温かな手の感触を思い出した。そうだ、こんなところで止まっているわけにはいかない。

「よし、俺がこの塔にやって来たおおよその目星がついた。ここからもう少しさかのぼってみる」

 いくつか場面を切り替えて見ていって、そしてとうとう探していた過去――俺がここへやって来た日にたどり着いた。




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