塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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12話 塔の魔術師と禁術の継承者

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 カラスがギャアギャアと騒ぐ声が聞こえる。何かただならぬことが起きているようで、その声の元に映像を合わせる。
 寝室が映し出された。現在は俺の寝室に変わっているが、かつては師匠の寝室だった場所だ。

 ベッドの上には血まみれの幼い子供――俺が横たわっていた。
 青白い顔でぐったりとしている。
 それを見たエギルが足をバタバタとさせて悲鳴を上げた。

「ぴえっ、この子、エーティアさまですっ。いっぱい怪我してるです。死んじゃうですぅ! ヤダヤダ、死んだらヤダです!」

 騒ぐエギルの背中を落ち着かせるためにさすった。

「落ち着けエギル、これは過去の出来事だ。大体ここで死んでいたら今俺は生きていないだろう?」

「あっ、それもそうですね」

 エギルはようやくそれが過去であることを思い出したようで、バタバタさせていた足を止めた。

「酷い怪我です……。このような小さなエーティア様が……さぞやお辛かったことでしょう」

 まるで自分自身が痛みを負ったかのようにフレンの顔が辛そうに歪む。

「安心しろ。俺はこの時のことを、負った痛みさえ覚えていない。全ては過去のことだ」

 しかし一体過去の自分の身に何が起きたのか。俺の気持ちを代弁するように映像の中のカラスが師匠に問い掛けた。

『ご主人様、この子どうしたんだ!? 何でこんなにひどい怪我をしているんだ!』

『この子は白き翼の一族だ。どうやら翼を目当てに里が襲撃されたらしい』

 師匠が詳しく説明せずとも、カラスは白き翼の一族の事情をよく知っているようだ。横を向いて寝ている子供の背中側に回った。

『あっ、本当だ。この子の背中、翼が千切れているぞ』

 背中にある翼の半分は切り取られ、残り半分の翼がかろうじて繋がっているという状態だ。

『ああ、そうだ。この子はあともう少しで翼が切り取られてしまうところを、ご両親によって逃がされたのだと思う』

『ええっ、それじゃあこの子の両親は?』

 師匠は悲し気に頭を振った。

『私が偶然駆け付けた時には、もう……』

 師匠の言葉はそこで終わっていたが、後に続く言葉の想像はついた。息絶えていた、と。
 両親の記憶は一切ないというのに、胸を強く叩かれたかのような衝撃に襲われる。

 ああ、俺にも肉親への情はあったのか。
 そんなことをぼんやり思う。

『そんな。可哀想になぁ……こんなちっちゃいのに。でも、この子ももうこんな怪我じゃあ助からないのかな。せっかく生き残ったのになぁ』

 カラスが目からポロポロと涙を零した。

『そうだね。翼を失った白き翼の一族は生きられない。このまま何もしなければ命を落とすことになるだろう』

 師匠は顎に手を当てて考え込む。

『もしかして、何か方法があるのか!?』

『ああ、試してみようと思う。こんな小さな子が無残に命を奪われていいはずはないからね』

 ここまで傷ついた体を助ける方法があるというのか!?
 治癒の術を使ったとしても、死に至るほどの酷い傷を治すことはできないというのに。

『それってどんな方法なの?』

 カラスが尋ねた。

『この子の残った翼を体の中に溶け込ませるんだ。私の魔力を媒介にしてね』

 師匠の体から光が溢れ、それが手の平に集まっていく。

『でも、それって大丈夫なのか!?』

『大丈夫というのは、魔力の反発が起こらないかということかい?』

 師匠は額に汗を浮かべながらも、穏やかな口調でカラスの疑問に答えている。

『う、うん。それもあるけど』

『もちろんそれは起こる。自分の魔力以外のものが自分の体の中に入って来るのだから。だけど、まったく受け入れられないわけではないと思うよ。私の魔力の半分は白き翼の一族のものだから。この子にも馴染むはずだ』

 師匠の言葉に目を見開く。それが意味するところは、師匠が人間と白き翼の一族の混血であるということだ。

「まさか師匠が白き翼の一族の血を引いていたとは……」

 だから白き翼の一族のことに詳しかったのか。
 そして今、映像に映る師匠の手の平には、薄青く光る丸い玉が生まれていた。
 あれは……魔力の核だ。とても見覚えのあるもの。

「待て。それは……」

 俺は恐ろしい事実に気付いた。

「止めてくれ! それは師匠の魔力じゃないか! それを渡したらあなたは……!」

 止めたところで、これはすでに起きた過去の出来事。過去は変わらない。それなのに、叫ばずにいられなかったのだ。

 師匠はためらうそぶりもなく、その丸い玉を幼い俺の翼の付け根へと押し込んだ。
 その瞬間、白い翼は青い光の粒子となり、魔力の核と共に小さな体の中へと溶け込んでいった。

『う、うううっ』

 幼い体がベッドの上で跳ねあがる。
 魔力の反発が起こっているのだ。

 師匠の魔力に含まれているのは白き魔力だけではない。様々な属性の魔力がこもっていて、それは元々の俺にはなかったもの。だからどうしても強い反発が起こる。
 師匠は子供の俺の体を押さえて、ベッドから転がり落ちないよう見守り続けた。

『反発はあるが、上手くいっているみたいだね。私の力を元に光の翼が形作られこの子の中で再生されている。この子は必ず助かるよ』

 どうして純血の白き翼の一族の俺が治癒だけでなく、全属性の魔術を使いこなすことができるのか、その理由を知った。

「俺の中にあったのは、師匠から受け継いだ魔力だったんだ」

 そしてその魔力はすでに俺の中にはない。
 魔王に核ごと奪われて、フレンの手で破壊してもらったからだ。

『ご主人様ぁ。ご主人様の魔力、すごく減っちゃったみたいだ。この子にあげたから、これってもう永遠に元に戻らないんだろ?』

 カラスがおろおろしながら師匠に問い掛けた。

『ああ、そうだよ。相談もなしに決めてしまってすまないね。私の魔力が減ったから君も体が少し辛くなっているんじゃないかい』

『うん、でも、ヘーキだ。全部をこの子にあげたってわけじゃないんだろうから。これぐらいなら問題ないよ。でもさ、どうして見ず知らずの子に魔力をあげちゃったんだよ?』

 カラスの疑問はもっともなことだった。
 俺もそれが知りたい。どうして師匠は魔術師にとって何よりも大切な魔力を、見ず知らずの者に譲ることができたのか。
 師匠は穏やかに笑って答えた。

『私はもう充分長いこと生きたからね。未来ある小さな子の命を繋ぐことの方がよほど大事というものだよ。ただ、少しだけ気がかりなこともある』

 その表情が憂いを帯びた。

『私の大きすぎる魔力はこの子から努力や感動、そういった人らしい感情を奪っていくことだろう。かつての私がそうだったようにね。本来この子の持つ気質を消してしまうことを申し訳なく思う』

 自分に出来ないことは何もない。何でもできる力を持つ自分は随分と傲慢に生きていたと師匠は語った。

『ようやくそういう生き方が良くないと思い至ったのは、自分が年老いて、君という友人を得てからのことだよ。だから私は昔できなかった分、人にやさしくしたいと思っている。この子に魔力を受け渡すのもその一環なんだよ』

『そっか。この子は、ご主人様の魔力で性格が変わっちゃうのかぁ。大きい魔力って大変なんだな』

『ああ。でも私は随分と長く時間がかかってしまったけれど、この子は私よりもずっと賢い顔をしている。自分にとって大切な存在を得ればすぐにでも気付けるはずだよ』

『ふーん…。いつかそういう存在が、この子にできたらいいな』

 師匠とカラスは、魔力の反発によって気絶するようにして眠ってしまった子供の俺をじっと見ていた。
 くにゃくにゃと映像が揺れて……そこで過去見は終了した。



 過去を見なければ良かったとは思わない。
 だけど、この過去を目の当たりにして俺はどうしていいのか分からなかった。

「こんなことがあったなんて。そんなことも知らず、俺は……」

 魔力を俺に受け渡してくれた師匠に対して、自分は一体何を思っていた?
 自分の能力より師匠の能力は劣っていると……そう思っていたはずだ。

「俺は失礼なことばかり師匠に対して思っていた。それに、俺に魔力を渡さなければもっと長生きもできたかもしれない。どうしてもっと早くに……師匠が生きている間に気付けなかったのか」

 後悔ばかりが胸に募っていき、涙が流れる。

「こんなの……全てが遅すぎた。俺は愚かだった……」

 地下の部屋を片付けたことを後悔していたフレンは、もしかしたら気が付いていたのかもしれない。
 俺がこんな風に後悔する日が来ることを。
 大切なことに気付くのはいつだって失ってからだ。それでは遅いというのに。

 流れた涙を指で拭われる。
 フレンだった。

「いいえエーティア様、それは違います。真実に気付くのは今この時でなければならなかったんです」

 それは単なる慰めの言葉ではなく、事実を伝えるかのようにフレンは告げてきた。

「百五十年前には俺とエギルは生まれてもいませんでした。塔に残され悲しみに暮れるあなたの涙を拭うこともできません。今はエーティア様とエギルがいるから温かい場所だと分かっていますが、初めてこの塔を訪れた時は、静かすぎて人の気配もなく少し恐ろしい場所だと思いました。そんなところにあなたを長いこと一人にしなくて良かった」

「フレン……」

「本来のあなたの気質は繊細でやさしい方。お師匠様の大きすぎる魔力はあなたの感情を鈍らせていたかもしれませんが、同時にその心を守ってもいたのです」

 師匠とカラスが逝ってしまった日、人というものはあっけなく死んでしまうものだと理解した。
 俺は泣くこともなかったけれど、その代わりに心にぽかりと穴が開いたような気持ちを抱いた。
 彼らのことを考えると胸に開いた穴が広がっていくようで、それが嫌でそれ以上彼らのことを考えることを止めた。

 その後も短い人間の生に触れる度、虚しく感じた。あっという間に消えていく彼らの名前など覚えても仕方がないと、長いことそう思っていた。

 そういう考えが変わったのは、魔力を失って、フレンに出会い、仲間達との関係性が変化してからだ。
 百年以上もの間、塔で一人過ごしていた時のことは、もう今では遠い彼方の出来事のようだ。フレンとエギルと過ごすことが当たり前すぎて、以前までどのように暮らしていたのか……あまり思い出せない気がするのだ。

 エギルがいたこと、俺が魔力を失ったこと、フレンがここへ来たこと、アゼリアの弟子入り、そのどれが欠けても駄目だった。
 それらが重なった今のタイミングだったから、俺は師匠のことを知ろうと思えた。だから遅くはない、今で良かったのだとフレンは言う。

「エーティアさま。ぼく達がいるですっ! だから元気出してくださいです!」

 膝の上のエギルが抱き着いてきた。胸の中に温かさが落ちてくる。

「ありがとうエギル、ありがとうフレン。お前達がいてくれて本当に良かった」

 この塔の中で一人でないことに心を慰められた。


 と、そこで過去の映像を映し出していた魔術の球体が異常な動きをし始めた。
 くるくると回り出すと、急に光り出したのだ!
 もちろん俺はこんな指示を出していない。

「な、何だ!?」

 眩しくて目を閉じていると、「エーティア」と俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
 それはとても懐かしい声だった……。
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