塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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12話 塔の魔術師と禁術の継承者

6(完)

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「師匠……」

 目を開け、目の前の球体を信じられない気持ちで眺める。
 そこには師匠とその肩に乗ったカラスが、球体越しにこちらを見ているではないか。
 師匠と視線が合い、その瞳が柔和に細められた。

「やあ、エーティア。久しぶりだね。随分と大きくなって、それから雰囲気が変わったみたいだなぁ」

 まさか、こちらの様子が見えているのか。
 そんな馬鹿な。

 俺の魔術では過去を見ることはできても、会話を交わすことなどできるはずがないというのに。
 驚愕のあまり口をパクパクと開け閉めさせる。

「ご主人様―、エーティアが驚いてるぞ。こんな表情初めて見るなぁ。しかも良く見ると泣いてたのか? 目が真っ赤だぞ。びっくりだなー」

 カラスの指摘に顔に血が昇る。

「うるさいぞ、バカラス。これは一体どういうことなんだ。師匠、説明してくれ」

 これは明らかに俺の魔術ではない。ということは、こんなことを仕掛けたのは師匠に違いない。

「ふふ、君の想像通りだよ。私達が会話を交わせるのは私が施した魔術によるものだ。どうやら君達は私達の生きている時より百五十年ほど後の時代のようだ。私が思っていたよりもずっと早く繋がったみたいだね」

 どうやら師匠達が生きていた頃、この魔術を使っていたようだ。
 当然ながら当時の俺はそのことを知らなかった。未来の俺と会話を交わしたことを師匠達は隠していた訳だ。

「この魔術を発動させるためにはある条件を付けていたんだ。どんな条件かというと『君が過去を知ろうとした時』だよ。自身の過去を知ろうとしなければ、私達とこうして会話を交わすこともなかったわけだ」

「俺が過去を見る魔術を使ったから……師匠達と会話を交わせるようになったということなのか」

「ああ、そうだ。ただしこれは一度きりのもの。君達にとってはすでに死者となっている私達と会話するのはあまり良くないことだからね。今回は特別というわけさ」

 師匠はナイショ話でもするかのように、人差し指を唇へと押し当てる。それから「実は……」と言葉を続けた。

「少し前から音声だけは繋がっていてね。君達のやり取りは聞こえていたんだ。エーティア、君はとても良き理解者達を得たようだ。そのことをとても嬉しく思う」

 何と、こちらの会話は少し前から聞かれていたらしい。
 決まりが悪くて恥ずかしくなってくる。

「お初にお目にかかります。俺はフレンと申します。そしてこの子が……」

「エギルですっ!」

 二人が姿勢を正して自己紹介を始めた。

「エギルは俺の使い魔で、フレンは俺の……は、伴侶になる者だ。これから結婚式をするんだ」

 二人を師匠達の前で紹介するのは、何だか照れくさくて、さらに恥ずかしくなってきた。

「本当か!? エーティアが結婚。そりゃあすごいな! あー、残念。結婚式、見たかったな。きっとご馳走もいっぱい出てくるんだろうなー」

 カラスが嘴をくわっと開けた。

「そうか。君の雰囲気がとても柔らかくなったのは彼らのお陰だね。二人共、これからもエーティアのことをお願いするよ」

「はい、お任せください」

「はいですっ!」

 二人の返事に師匠の瞳は柔らかく細まって、目元のしわが深くなった。

「さて、エーティア。この魔術もそう長くは持たない。我々が会話を交わせるのもあと少しだ。今のうちに私に聞いておきたいことはあるかな?」

 聞きたいことはもちろんたくさんある。
 一番聞いておきたかったことはこれだ。

「……師匠は俺を疎ましく思っていなかったのか? 昔の俺は随分とひどい態度ばかりを取っていた」

 フレンはああ言っていたけれど、他でもない本人の口から心のうちを聞きたいと思ったのだ。

「私の心はフレン君が全てエーティアに伝えてくれた。すまなく思う必要などないんだ。それに……私だって君に全ての事実を伝えることをせずに申し訳なく思っている」

「全ての事実……」

「ああ。あの頃のエーティアはとても幼くて、自分の身に起こった出来事を何も覚えていなかった。それを利用してご両親の最期について伝えられなかった」

「俺が純血の白き翼の一族であることも……?」

「ああそうか、君はそのこともすでに知っているんだね」

 確かに俺は師匠に偽りの事実を教えられていた。自分の素性を、白き翼の一族の血を引いている『人間』だと。

「どうしてそんなことをしたのか尋ねてもいいか?」

「ああ、君には知る権利がある。私はね、どうしても君に憎しみの感情を抱いて欲しくなかったんだ。ご両親が人間に殺されたと知ったら、深い悲しみに囚われて彼らを憎んでいたかもしれない。だけど憎しみに目を向けるのではなく、偏りのない心で彼らを知って欲しいと思ったんだ」

「なるほど。それなら成功だと思うぞ。彼らはどうしようもなく悪い奴もいれば、どうしようもなくいい奴もいる。俺はそのことを知っている」

 両親の翼と命を奪った奴らに対しては許せないという気持ちはある。だが、だからといって人間全てを憎むという気持ちにはならない。

 師匠は嘘をついたが、嘘は人を欺くためだけに使われるわけではない。
 その者のためを思って事実を伝えられない……そうした気持ちも俺はすでに理解している。

「師匠が俺に本当のことを言わなかったのは、それが必要なことだったからだ」

「そうか。君はたくさんのことを学んできたようだね」

 温かな眼差しを向けられて、申し訳ない気持ちが込み上げてきた。俺は師匠にどうしても謝らなければならないことがある。

「師匠には謝らなければいけないことがあるんだ。俺はあなたからもらった魔力を失ってしまった」

「ああ、魔王に奪われてしまった魔力のことか……。そのことなら気にしなくてもいい。あれは君にあげたものなのだから」

 師匠の言葉に違和感を覚える。

「ん? 何で師匠がそのことを知っているんだ」

 師匠は魔王復活も、俺が勇者の仲間に選ばれたことも知らないはずなのに。
 こちらの指摘に、師匠はしまったという表情を浮かべて口元を押さえた。
 まさか……。

「もしかして度々こちらの様子を見ていたのか?」

「あー、もう。ご主人様ったら。エーティアにナイショにしとくはずだったのにバレちゃったじゃないか」

 カラスが呆れ返った声を出して、師匠は失敗を誤魔化すように頭を掻いた。

「はは。どうしてもエーティアのことが気になって仕方がなくてね。君が幸せになるまではと何度か未来を見せてもらったよ。魔術師って生き物はどうしても魔術が使えると……使ってしまうものだなぁ」

「はぁ、まったく…。それにしても師匠はすごい魔術師だったんだな。俺は本当に師匠のことを何も知らなかった」

 未来を見て、さらに会話を交わせるようにするなど自分にはとても考えつかない魔術だ。
 ましてや大部分の魔力を俺に譲り渡した後の状態だというのに。
 それがどれほどすごいものか、今ならよく分かる。

「ふふ。こう見えて私はとてもすごい魔術師だったんだよ。面倒ごとになるから世間には隠していたけれどね。出来ないことは何もない、そう思っていた。だからこそ傲慢に生きてしまった。知らず知らずにうちにたくさんの人を傷つけてしまっていたかもしれない」

 自分が知っている師匠からはとても考えられないが、本人が言うのならそうなのだろう。

「だけどエーティアが私の魔力をもらってくれたから、自分の手で成し遂げることを覚えて、些細なことに達成感を味わい、楽しいと思う心を得ることができたんだ。昔の自分より今の自分の方が好きだと素直に言える。君のお陰だよ」

「でも、師匠。俺はあなたがくれたやさしさに少しも応えることができなかった」

「そんなことはない。私は知っているよ、君がとてもやさしい性格だということを。いつも禁術を手放して自分に寄こせと言っていたのは、私の身を心配してくれていたからだろう?」

「別に……そんなことは」

 あの時の自分は果たしてそんなことを考えていただろうか。

「それは君が気付いていなかっただけだ。私は君が塔に来てくれてとても幸せだったよ」

 俺がいて幸せだったと師匠は言う。
 胸が熱くなって震える。

 師匠が生きている間にその言葉に何かを返せたら良かったのにな。
 だけど、まだ遅くはない。伝えられることがある。

「俺に魔力を与えてくれて、命を繋いでくれてありがとう。師匠の魔力には何度も助けられたよ。あの力があったからここまで来られたんだ。俺は今、とても幸せだ」

 素直に今思っていることを師匠に伝えた。

「そうか、うん。そう言ってもらえてとても嬉しい」

「俺は未熟だから、面倒なことは嫌いだし、やりたくないと思ってしまう。今だってフレンやエギルと静かに暮らしていたい。だけど、目の前で困っている者ぐらいは進んで助けられるようになりたいと思う。師匠が、俺にしてくれたように」

 いきなり変わるのは無理だから、少しずつそういう自分になれたらいい。

 まずは、アゼリアの弟子入りを正式に認めようと思った。
 俺が少しずつ変わったように、アゼリアも変わっている。本人が変わりたいと強く希望しているのだから、これからもっといい方向に変わっていくのだろう。

 そして、師匠から受け継いだ禁術を、いつかはあいつに渡そうと思う。もちろん、あいつがもっとしっかりとしてからだが……。

 師匠はやさしく微笑んで頷いた。

「私よりもずっと早く、大切なことに気付いた君なら大丈夫だよ。大きくなった君といつまでも話していたいが、もう時間だ」

 この再会の終わりを師匠によって告げられる。
 こっそり度々こちらの様子を眺めていたという師匠だが、こうして直接会話を交わせるのはこれが最後なのだろう。一度きりと言っていたので師匠から接触してくることはない、そんな気がしている。

 別れの気配に自分が落ち込んでいると思ったのか、フレンとエギルが寄り添ってくる。
 二人の心配はありがたいが、辛いとは思っていないのだ。
 だってそうだろう。
 もう会うことはないと思っていた人達に、こうして会えたのだから。

「エーティア、元気でいろよ。お前のこと生意気な奴だと思ってたけど嫌いじゃなかったぞ!」

 カラスが別れの挨拶をしてきたので、それにこくっと頷いた。
 俺も同じだ。生意気な鳥だったけれど、嫌いだと思ったことはなかった。

「元気でな、師匠、カラス。またいつか」

 さようならは言わないでおく。
 魔術っていうものは、いつだって俺の予想を超えてくる。
 師匠の魔力の核はすでにないのに、俺の中にはいまだ師匠のくれた攻撃系の魔術を使う能力が残っているように。説明のつかないことはいっぱいあるのだ。

 だからいつか何かの拍子に時空が繋がって、また再会するなんてこともあるかもしれないだろう?
 俺の考えを理解したのか師匠は頷いた。

「そうだね。またいつか、素敵な言葉だ。エーティア、フレン君、エギル君。またいつか!」

 ゆらゆらと魔術の球の映像が揺れて……そして、今度こそ何も映さなくなった。



 魔術の球を消して、ふうっとため息を吐く。
 膝の上のエギルがこちらを見上げてくる。

「エーティアさま。元気出してくださいです。えっと、えっと、ぼくのとっておきのニンジン食べるですか? 綺麗なオレンジ色のが甘くておいしいからそれをあげるです!」

 自分が大好きなニンジンをくれるらしい。しかも一番美味しいものを。エギルにだいぶ気を使われているみたいで、ふっと笑みがこぼれた。
 平気だ、という意味を込めてエギルのふわふわの背中を撫でた。

「魔術というものは本当にすごい力ですね。亡くなってしまったお師匠様とも会話を交わせるのですから。俺にはあの方がエーティア様のご家族のように思えました。だから、こうして挨拶ができて良かったです」

「家族……」

 フレンの発した家族、という言葉に驚く。

「はい。お二人の間には温かな絆を感じました。たとえ血は繋がっていなくとも、それはもう家族と言っていい間柄だと思います」

「そうか……。俺には家族がいないと思っていたが、そうではなかったのだな」

 瞼の裏側がやけに熱く感じられる。
 あの人は俺にとって師匠というだけでなく、家族でもあったのだ。

「そしてこれからは俺もあなたの家族になります。家族としてあなたを支え、ずっと傍にいます」

「ああ。頼んだぞ」

 それを聞いてエギルが途端にそわそわし出した。そして遠慮がちに口を開く。

「ぼ、……ぼくも家族ですか? あっ、でもぼくにはお母さんがいるからお二人の家族じゃないですか?」

 不安げな視線をフレンと俺に向けてくる。フレンが口元の笑みを深くした。

「もちろん、俺はエギルのことも家族だと思っているよ。家族は何人いてもいいと思わないかい?」

 エギルの目が輝きだす。

「はいっ、思うです! いっぱい家族がいると、いっぱい幸せな感じがするです! じゃあぼくはエーティアさまとフレンさまとも家族ですぅ」

 俺とフレンとエギルは家族か。それはいいな。
 そこでハッと気付く。

「む、しまったぞ。俺は結局師匠とカラスの名を知らないままだった」

 会話を交わせるうちにせめて名前ぐらい聞き出しておけば良かった。正直それどころじゃないことばかりですっかり失念していた。

「禁術の継承者として師匠の名は残っていただろうか……。いや、しかし、継承者であることすら世間には秘密にしていたような気がしたな。駄目だ……思い出せない」

 頭を抱えてうーん、と唸っていると、フレンが「大丈夫ですよ」と穏やかな声を出した。

「あれほど素晴らしい魔術師であるお師匠様なのですから、どこかに記録が残されていると思います」

「だが、師匠はその力を世間には隠していたと言っていたが……」

 それに対してフレンはくすっと笑った。

「魔術師というものは、ついその力を使ってみたくなる性分、なのでしょう? 強大すぎる力は隠そうとしても、全ては隠しきれないのではないでしょうか。必ずアリシュランドの書物のどこかにお師匠様の名前が残っていると俺は思います」

 フレンがそう言うと、そんな気がしてくる。

「それは、そうかもしれない……。魔術師の性分か、確かにそれはあるな」

 新しく覚えた魔術などはつい使ってみたくなる。
 魔術師として抑えきれない衝動だ。

 俺よりも、ずっと力が強い師匠の魔術だ。痕跡はどこかに残されているのかもしれない。
 あの人、案外うっかりしているところがあるからな。
 力を隠していたと言いつつ、普通に使っていた可能性はある。

「お師匠様の姿を知っているのはエーティア様だけではなく、俺とエギルもです。三人でお師匠様の名前を探してみるというのはいかがですか?」

「楽しそうですっ!」

 エギルが興味津々という感じでヒゲをピクピクさせた。

「アリシュランドの書物から師匠の名前を見つける、か。それはなかなか骨が折れそうだが悪くはない。面白そうだ」

 フレンは俺の興味を引くのが絶妙に上手い。
 要は魔術が使われたと思われる事件などを見つければいいのだろう。

 これまで魔術書以外に興味はほとんどなかったが、魔術が絡んでいるとなれば話は別だ。そういう視点から本を読むのは新鮮味があって楽しそうだ。

 俺には師匠に繋いでもらった命があって、そこにさらにフレンの魔力も加わって、それはまだ途切れることなく自分の中にある。時間はいっぱいあるということだ。
 フレンとエギルと共に師匠の痕跡を追いかけるというのも悪くない。

「師匠の名前、きっと見つけてみせるぞ」

 魔術とは、俺にとってはなくてはならないもの。

 その思いは今でも変わっていない。
 だけど、今はそこに新たに追加されたものがある。

 魔術とは俺と師匠を繋ぐ絆。

 そして、幸せを運んできてくれるものだ。




END

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