【完結】私を殺したあなたと、あなたを殺した私

ノエル

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静かな夜。

「夜が来るたびに思うんだ。
君がいた世界は、あんなにも優しかったのにと」


薄暗い執務室に、ペンを置く音だけが響く。
今日もまた、数十枚の書類に印を押した。

誰かが喜び、誰かが不満を口にする。だがそんな声さえ、今の自分には届かない。

窓の外では、王都の灯が揺れている。
この国は今日も平和で、人々は眠りにつく。

それでいい。
それだけで、いいはずだった。


──君さえ、ここにいてくれたなら。

椅子から立ち上がり、カーテンを引く。
夜の気配がそっと入り込む。
冷たい空気が頬に触れるたび、思い出すのは、かつて愛した女性の指先だった。

熱を帯びていて、でもどこか儚げで……まるで幻だったような。

鏡の前に立つ。
映る自分の顔は、相変わらずだ。
感情がない。そう言われてきた顔だ。
けれど君だけは笑いかけてくれた。そんな私を見て、心から。

──だから私も、笑えるようになった。
君のいない世界でも。

それが、生きていくということなのだと。
それが、君を殺してまで選んだ「正しさ」の代償なのだと。

だから私は今日も、生きている。
君がいない、この世界で。





誰もいないはずの部屋で、私はつい目を向けてしまう。
あの椅子。あの家にあった椅子だ。あの部屋から、もらってきたんだ。
あそこに、君が座っていた。
今は君の飼っていた猫のミラが丸くなって眠っている。

窓辺の席を気に入っていた君は、毎晩そこで本を読んでいた。
難しい言葉に眉をひそめながら、それでもめげずに読み進めて、
そして時折、こちらに目を向けて──にこっと、笑う。


その笑顔を向けられるたびに、どうしようもなく嬉しかった。
君は私を“王子”として扱わなかった。
“ただの恋人”として、私を見ていた。

それがどれほど救いだったかを、
私は失ってからしか、理解できなかった。

暖炉に火を入れる気にはなれなかった。
この冷たさすら、君がいないという事実を際立たせてくれるからだ。
ぬくもりなど、もう要らない。
君のいないこの場所で、私はただ生きる。

──君がいたら、笑うだろうか。

「また、暗い部屋で拗ねてるんですね」

君の声が、耳の奥に残っている。
もう何度目の幻聴だろう。
けれど私は、それにすがる。
君の存在が、私の罪の形をしているのだから。

──この罪を、生きて償うしかない。

私はまた机に戻る。
積まれた書類に、黙って印を押す。

やらねばならぬことは、山ほどある。
国を治める王として。
君の命と引き換えに選んだ、この未来の中で。

それでも、思ってしまうのだ。

──君が生きていてくれたなら、と。

この想いが、誰にも届かないことを、私はよく知っている。
だからせめて、自分に言い聞かせるように、今日もこうつぶやく。

「……君がいない世界でも、生きていく」

「……生きるしかないんだよ、私は」


猫のミラが目を開けて私を見た。

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