【完結】私を殺したあなたと、あなたを殺した私

ノエル

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2 リヴィア視点

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初めて会った日のことを、よく覚えている。

あの人は、街の片隅で倒れていた。
夜の帳が下りかけた、帰り道。
私は灯籠の光を頼りに歩いていて──ほんの偶然、彼を見つけた。

血の匂いと、焦げたような魔力の残滓。
誰かに襲われたのだと、すぐにわかった。

貴族の服を着ていたけれど、身分を語ることはなかった。
それでも私は、迷わず彼を自分の部屋に運んだ。

「どうして助けたのかって?」
私は視線を落とした。
寂しかったからーー本音は言わなかった。

「だって……」

それに、あのとき、私にはどうしても、彼を放っておけなかったのだ。

「名は?」

熱が下がり始めたころ、彼がそう聞いた。
無愛想で、ぶっきらぼうで。
でもその声には、かすかに迷いがあった。

「私はリヴィア。あなたは?」

彼は少し間をおいて、目をそらすように言った。

「……名乗るほどの者じゃない」

「ふうん。じゃあ、呼び名どうしようか」

勝手に椅子を引き寄せて、彼の隣に座ったとき。
彼は一瞬、驚いたように目を見開いた。
そんな顔を見るのは、後にも先にもそれが最初だった。

そして私は思ったのだ。
この人も、きっとひどく孤独なんだって。

小さな部屋で、静かに日々は過ぎていった。

彼はほとんど口を開かなかったけれど、
夜になると、窓辺で黙って星を見上げていた。

私はその隣に座りながら、思っていた。

──この時間が、ずっと続けばいいのに、と。

それが、最初の願いだった。





彼は、何も語らなかった。

名前も、過去も、なぜ傷ついていたのかも。
私はそれを責めなかった。
問い詰めたところで、彼はきっと答えないだろうと、最初からわかっていた。

だから、私は代わりに話した。
私の名前、育った孤児院の話、拾った猫の話、
魔法に憧れて、本を盗み読みした話。

「……文字を読めるのか」

そう呟いた彼の目に、わずかに驚きが浮かんだ。

「うん。変かな?」

「……いや」

「貴族の世界では、平民が文字を読んだら怒られるの?」

「本を読むのはいいが、魔法を使ったら罰される」
彼はそれ以上、何も答えなかった。
その沈黙が、答えよりもずっと重く感じられた。

それでも、私たちの時間は静かに流れていった。

ある日、私は魔法を見せた。
火を灯す魔法。ほんの小さな火種だったけれど、
それを見た彼は、なぜか目を逸らした。

「あなたにも魔法、使えるんでしょう?」

「……そうだ」

「教えてくれたらいいのに」

「……教えない」

「どうして?」

「君が、それを使えることがばれたら──君は捕まって処刑される」

それが初めて、彼の声に怒りが混じった瞬間だった。

私は、何も言い返せなかった。
ただ、胸の奥が痛んだ。

そんなに私のことを心配してくれる人は、
それまで一人もいなかったから。

その夜、私は彼に聞いた。

「あなた、何者なの?」

彼は少しだけ、考えるように天井を見上げて──
それから、ゆっくりと、こう答えた。

「ただの……何者でもない人間だよ」

「じゃあ、私と同じね?」

「ああ、そうだ」

そのときの彼の顔を、私は今でも覚えている。
月明かりの中で、ほんのわずか、口元が緩んでいた。

きっと、それは微笑みだった。

──あの人が初めて、私に向けてくれた。

たった一度きりの、笑顔だった。





季節が、ひとつ変わった。

彼がうちに来てからずいぶん経ったころ、
私はある日、ふと思ってしまったのだ。

──このまま、ずっと彼と暮らせたらいいのに、と。

彼は、朝になれば外に出て、夜に戻ってきた。
身分を隠して働いているのだろうか。どこに行っているのか、私は聞かなかった。

けれど、帰ってきて最初に目を向けるのはいつも私で、
「ただいま」も言わないくせに、椅子の背もたれにそっと手をかけていた。

言葉ではない何かで、
彼はいつも、ここに“戻ってきて”くれていた。

その日は、雨だった。

私は小さなミスで魔力を暴走させて、指先を少し焼いてしまった。
ほんの切り傷だ。それでも彼は、何も言わずに私の手を取って、
じっと、見つめていた。

薬を塗る手が、震えていた。

「……痛かったか」

「平気。ほら、もう大丈夫」

「……二度とするな。魔法を……使うな。見つかったらどうするんだ」

「心配してくれるの?」

「……当然だ」

私は笑ってしまった。
彼がそんなふうに怒るのは、とてもめずらしかったから。

そして、つい、言ってしまった。

「じゃあ、ずっとそばにいてよ。
私が魔法なんか使わなくて済むくらい、
あなたが、ずっと守ってくれたらいいのに」

沈黙。

その一瞬の静けさに、私は何かが変わる音を聞いた気がした。

彼は私の手を放さなかった。
そのまま、目を見つめてきた。

──まっすぐに。

その瞳の奥に、言葉よりも深い何かがあった。

「……そうしよう」

「え?」

「君が望むなら、そうしよう。……どれほど罪深い願いでも、私が叶える」

その夜、彼は初めて私に触れた。
燃えるように熱い指先だった。
それでも私は、少しも怖くなかった。

けれど、幸福は長くは続かなかった。

数日後。
町に、王宮の紋章を掲げた馬車が入った。

何気なく耳にした言葉に、私は凍りついた。

「逃げた王太子の捜索だそうだ。情報を提供した者には、褒賞金が出るとか」

──そのとき、すべてが、繋がった。

家に戻ってきた彼に、私は言った。

「ねえ……あなた、本当は誰なの?」

彼は一言だけ、こう答えた。

「……もう、逃げられない」

その夜、彼はひとりで出ていった。

「すぐ戻る」とも、「待っていろ」とも言わなかった。

ただ、扉の前で一度だけ振り返り──
まるで、もう二度と戻らないことを知っているような目で、私を見つめた。

私は、その瞳を最後に見た。

そして、彼は二度と帰ってこなかった。



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