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処刑前夜。
王宮の地下にある、最も静かな牢。
昼も夜もない空間で、リヴィアは床に座り、ただ火の灯りを見つめていた。
魔力を抑える首輪。
鉄の格子。
濡れた石の壁。
そして、足音。
彼女は顔を上げない。
入ってきたのが誰か、最初からわかっていたように。
「……リヴィア」
しばらく沈黙が続く。
彼女は、何も答えない。
私を見ない。
ただ、静かにそこにいる。
「……君を、助ける方法を、探した。探して、探して──。
でも、私は、君を……私は国王なのに君を助ける術を持たない」
その声すら、返事を得られない。
やがて彼女が、小さくつぶやく。
「……お願い。王として来ないで」
それだけだった。
私は言葉を失い、ただそこに立ち尽くす。
赦してほしいわけでもない。
けれど、その一言が──
王冠よりも、剣よりも、重く、深く、心に突き刺さる。
沈黙。
ふたりの間にあったはずの何かが、もう完全に消えた気がした。
「……明日、君は……」
私の言葉が続く前に、リヴィアは初めて私を見た。
静かに。ゆっくりと。
それは慈しみでも怒りでもなく、ただ──
「処刑されるのね」
それだけを言って、また目を伏せる。
もう、彼女に語ることなど何もなかった。
◇
処刑の当日。
私は“王”として、その場には立ち会わなかった。
会えば、取り返しのつかないことをしていたかもしれない。
それがわかっていたからだ。
後悔することが、最初から決まっている選択だった。
……なのに、私は選んでしまった。
彼女を、守ることより。
彼女と、逃げることより。
彼女を、この世界に残すことより──
私は、“王としての正しさ”を取った。
あとで、処刑を見届けた者から、こう聞かされた。
彼女は、最後に笑ったのだという。
「……あなたが、生きていてくれてよかった」
そう伝えてと言って、微笑んだのだと。
そのとき、私は、声もなく嗤った。
救いになどならないと、思った。
この言葉は、私の魂に、一生消えない傷を刻むためにある。
彼女は、私を許してなどいない。
あれは、“許したふり”をしただけだ。
私はそれを理解している。
だから私は、生きる。
死んではならない。
──私の命は、彼女によって延命された。
ならば、私は彼女の死を背負い、この世界で生きていくべきなのだ。
今日もまた、夜が来る。
あの笑顔を思い出して、私はひとり、口を閉ざす。
もはや涙すら、出てこない。
愛していた。
愛していたのに──私は、彼女を殺した。
殺すしかなかった。
◇
王宮の玉座の間には、今日も多くの者がひれ伏している。
祝福の言葉、忠誠の誓い、拍手、演奏──
王としてのセイランは、すべてに静かに頷き、応えていた。
だが、誰も知らない。
この王が、夜に目を閉じるたび、地の底に落ちていくことを。
彼女が処刑されてから、五年が経った。
王宮内も安定を取り戻した。
“よき王”と呼ばれることも増えた。
だが──
「……誰も、君の名を知らない」
セイランは執務室で、ふと机の引き出しを開ける。
奥に、小さな布がある。
あの日、彼女が彼を助けたとき、額に巻いていた包帯の端切れ。
一度も洗っていない。
血と灰の匂いが、まだ微かに残っていた。
「君の死は、正しかったか?
それとも──
最初に死ぬべきだったのは、私の方だったか……」
答えは、どこにもなかった。
リヴィアの墓はない。
魔術師として罪を問われた少女の名など、国史には一行も載っていない。
そして、彼女の姿は、
私の夢にも──一度も現れなかった。
(なぜだ、リヴィア……
なぜ、夢の中くらい、私を赦してくれない)
ある夜、私は小さく笑った。
「ああ、そうか。
君は、怒ってすらいなかったんだな。
何も言わずに、何も残さずに──
私の中に、“永遠に終わらない問い”だけを置いていった」
王宮の地下にある、最も静かな牢。
昼も夜もない空間で、リヴィアは床に座り、ただ火の灯りを見つめていた。
魔力を抑える首輪。
鉄の格子。
濡れた石の壁。
そして、足音。
彼女は顔を上げない。
入ってきたのが誰か、最初からわかっていたように。
「……リヴィア」
しばらく沈黙が続く。
彼女は、何も答えない。
私を見ない。
ただ、静かにそこにいる。
「……君を、助ける方法を、探した。探して、探して──。
でも、私は、君を……私は国王なのに君を助ける術を持たない」
その声すら、返事を得られない。
やがて彼女が、小さくつぶやく。
「……お願い。王として来ないで」
それだけだった。
私は言葉を失い、ただそこに立ち尽くす。
赦してほしいわけでもない。
けれど、その一言が──
王冠よりも、剣よりも、重く、深く、心に突き刺さる。
沈黙。
ふたりの間にあったはずの何かが、もう完全に消えた気がした。
「……明日、君は……」
私の言葉が続く前に、リヴィアは初めて私を見た。
静かに。ゆっくりと。
それは慈しみでも怒りでもなく、ただ──
「処刑されるのね」
それだけを言って、また目を伏せる。
もう、彼女に語ることなど何もなかった。
◇
処刑の当日。
私は“王”として、その場には立ち会わなかった。
会えば、取り返しのつかないことをしていたかもしれない。
それがわかっていたからだ。
後悔することが、最初から決まっている選択だった。
……なのに、私は選んでしまった。
彼女を、守ることより。
彼女と、逃げることより。
彼女を、この世界に残すことより──
私は、“王としての正しさ”を取った。
あとで、処刑を見届けた者から、こう聞かされた。
彼女は、最後に笑ったのだという。
「……あなたが、生きていてくれてよかった」
そう伝えてと言って、微笑んだのだと。
そのとき、私は、声もなく嗤った。
救いになどならないと、思った。
この言葉は、私の魂に、一生消えない傷を刻むためにある。
彼女は、私を許してなどいない。
あれは、“許したふり”をしただけだ。
私はそれを理解している。
だから私は、生きる。
死んではならない。
──私の命は、彼女によって延命された。
ならば、私は彼女の死を背負い、この世界で生きていくべきなのだ。
今日もまた、夜が来る。
あの笑顔を思い出して、私はひとり、口を閉ざす。
もはや涙すら、出てこない。
愛していた。
愛していたのに──私は、彼女を殺した。
殺すしかなかった。
◇
王宮の玉座の間には、今日も多くの者がひれ伏している。
祝福の言葉、忠誠の誓い、拍手、演奏──
王としてのセイランは、すべてに静かに頷き、応えていた。
だが、誰も知らない。
この王が、夜に目を閉じるたび、地の底に落ちていくことを。
彼女が処刑されてから、五年が経った。
王宮内も安定を取り戻した。
“よき王”と呼ばれることも増えた。
だが──
「……誰も、君の名を知らない」
セイランは執務室で、ふと机の引き出しを開ける。
奥に、小さな布がある。
あの日、彼女が彼を助けたとき、額に巻いていた包帯の端切れ。
一度も洗っていない。
血と灰の匂いが、まだ微かに残っていた。
「君の死は、正しかったか?
それとも──
最初に死ぬべきだったのは、私の方だったか……」
答えは、どこにもなかった。
リヴィアの墓はない。
魔術師として罪を問われた少女の名など、国史には一行も載っていない。
そして、彼女の姿は、
私の夢にも──一度も現れなかった。
(なぜだ、リヴィア……
なぜ、夢の中くらい、私を赦してくれない)
ある夜、私は小さく笑った。
「ああ、そうか。
君は、怒ってすらいなかったんだな。
何も言わずに、何も残さずに──
私の中に、“永遠に終わらない問い”だけを置いていった」
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