6 / 9
6 リヴィア視点
しおりを挟む
夜だった。
月が高く、空はやけに静かで、世界が何も語ろうとしない夜だった。
私は眠れずにいた。
理由はない。ただ、胸の奥がざわついて、何もかもが薄皮一枚ぶん違って見えた。
部屋の中、ミラの寝息、風の音──それらすべてが、なにかを呼び覚まそうとしていた。
気づけば私は、椅子の上でうずくまり、膝に額を押しつけていた。
──その姿勢。
あの日も、私はこうしていた。
冷たい石の床の上で、火の灯りを見つめながら。
『……王として、来ないで』
誰かの声が、私の中で響いた。
それは──私の声だった。
次の瞬間、脳の奥が焼けるような衝撃に襲われた。
「っ、あ──!」
私の中に、私ではない“記憶”が一気に流れ込んできた。
牢。
処刑。
火あぶりの命令書。
無言で背を向ける王。
──いや、セイラン。
私が愛したあの人が、
私を殺すことを選んだ。
「やめて……」
声にならない声が喉から漏れる。
浮かぶ。映る。止まらない。
私の処刑書類の、最後の一筆。
顔も上げずに、「これが正しさだ」と呟いた、あの声。
火あぶりにされた時の、あの火の熱さ。
みんなの怒声。
私が──
彼を助けたせいで、死んだ。
彼を信じたせいで、殺された。
私は、殺された。
「リヴィア?」
そのとき、扉がノックもなく開いた。
セイランだった。
どうして来たの。
今だけは来ないで。
私、あなたに優しくできない。
「どうした……顔が、苦しそうだ」
「……思い出したのよ」
「何を?」
「全部よ。あなたが……私を殺したこと」
彼の顔から、色が消えた。
「……そうか」
沈黙が落ちる。
私の中には今、涙も怒りも入り混じっていた。
でも一番強かったのは、やり場のない拒絶だった。
「私……あなたを助けた。血まみれで倒れてたあなたを、家に連れて帰って、看病して。……ずっと、守りたかった。なのに……」
私は唇を噛む。
言葉が、あまりにも重すぎて、喉が痛くなる。
「あなたは私を殺したのよ」
「……あのとき、私には……」
「“王として”しか動けなかった。そう言いたいのよね」
彼は黙る。
それが答えだった。
私は笑った。
それは喜びでも皮肉でもなく、ただ、空っぽな笑みだった。
「いいの。わかってる。あなたは王だったから。私ひとりの命より、国を選んだのよね」
「……君のことを、今も忘れたことはない」
「でも、私の命にはサインした」
ぴたり、と彼が息を呑む音がした。
「その紙にサインする手は、震えなかったでしょ。
それが──本当に悲しい」
私は立ち上がる。
セイランの目を見つめる。
その奥にあるのは、罪の意識と後悔。けれど、もう遅い。
「私は、あなたを……もう、愛せない。
あなたのせいで、私は全身を火に焼かれて死んだのよ」
セイランの唇が微かに動く。けれど、何も言わない。
彼は王だった。
そして私の命に、印を押した人だった。
それは事実で、覆せない。
それが、どれだけの理由だったとしても──
私は、赦せなかった。
「……私はここで暮らせない。ここを出ていくわ。もうあなたに会いたくないから」
背を向ける。
私の中の何かが、きしむ音を立てて崩れた。
けれど、それでもいい。
これは、もう自分ではコントロールできない怒りなのだから。
「君は出ていかなくていい。ここは君の家だ。私はもうここへは来ない」
そして、彼は部屋を出た。
セイランの足音は、遠ざかっていった。
──それでいいのよ。
今の私は、あなたを愛せない。
自分を殺した人を愛するなんて無理よ。
それだけは、どうしても、どうしても、許せないの。
月が高く、空はやけに静かで、世界が何も語ろうとしない夜だった。
私は眠れずにいた。
理由はない。ただ、胸の奥がざわついて、何もかもが薄皮一枚ぶん違って見えた。
部屋の中、ミラの寝息、風の音──それらすべてが、なにかを呼び覚まそうとしていた。
気づけば私は、椅子の上でうずくまり、膝に額を押しつけていた。
──その姿勢。
あの日も、私はこうしていた。
冷たい石の床の上で、火の灯りを見つめながら。
『……王として、来ないで』
誰かの声が、私の中で響いた。
それは──私の声だった。
次の瞬間、脳の奥が焼けるような衝撃に襲われた。
「っ、あ──!」
私の中に、私ではない“記憶”が一気に流れ込んできた。
牢。
処刑。
火あぶりの命令書。
無言で背を向ける王。
──いや、セイラン。
私が愛したあの人が、
私を殺すことを選んだ。
「やめて……」
声にならない声が喉から漏れる。
浮かぶ。映る。止まらない。
私の処刑書類の、最後の一筆。
顔も上げずに、「これが正しさだ」と呟いた、あの声。
火あぶりにされた時の、あの火の熱さ。
みんなの怒声。
私が──
彼を助けたせいで、死んだ。
彼を信じたせいで、殺された。
私は、殺された。
「リヴィア?」
そのとき、扉がノックもなく開いた。
セイランだった。
どうして来たの。
今だけは来ないで。
私、あなたに優しくできない。
「どうした……顔が、苦しそうだ」
「……思い出したのよ」
「何を?」
「全部よ。あなたが……私を殺したこと」
彼の顔から、色が消えた。
「……そうか」
沈黙が落ちる。
私の中には今、涙も怒りも入り混じっていた。
でも一番強かったのは、やり場のない拒絶だった。
「私……あなたを助けた。血まみれで倒れてたあなたを、家に連れて帰って、看病して。……ずっと、守りたかった。なのに……」
私は唇を噛む。
言葉が、あまりにも重すぎて、喉が痛くなる。
「あなたは私を殺したのよ」
「……あのとき、私には……」
「“王として”しか動けなかった。そう言いたいのよね」
彼は黙る。
それが答えだった。
私は笑った。
それは喜びでも皮肉でもなく、ただ、空っぽな笑みだった。
「いいの。わかってる。あなたは王だったから。私ひとりの命より、国を選んだのよね」
「……君のことを、今も忘れたことはない」
「でも、私の命にはサインした」
ぴたり、と彼が息を呑む音がした。
「その紙にサインする手は、震えなかったでしょ。
それが──本当に悲しい」
私は立ち上がる。
セイランの目を見つめる。
その奥にあるのは、罪の意識と後悔。けれど、もう遅い。
「私は、あなたを……もう、愛せない。
あなたのせいで、私は全身を火に焼かれて死んだのよ」
セイランの唇が微かに動く。けれど、何も言わない。
彼は王だった。
そして私の命に、印を押した人だった。
それは事実で、覆せない。
それが、どれだけの理由だったとしても──
私は、赦せなかった。
「……私はここで暮らせない。ここを出ていくわ。もうあなたに会いたくないから」
背を向ける。
私の中の何かが、きしむ音を立てて崩れた。
けれど、それでもいい。
これは、もう自分ではコントロールできない怒りなのだから。
「君は出ていかなくていい。ここは君の家だ。私はもうここへは来ない」
そして、彼は部屋を出た。
セイランの足音は、遠ざかっていった。
──それでいいのよ。
今の私は、あなたを愛せない。
自分を殺した人を愛するなんて無理よ。
それだけは、どうしても、どうしても、許せないの。
30
あなたにおすすめの小説
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
婚約破棄の日の夜に
夕景あき
恋愛
公爵令嬢ロージーは卒業パーティの日、金髪碧眼の第一王子に婚約破棄を言い渡された。第一王子の腕には、平民のティアラ嬢が抱かれていた。
ロージーが身に覚えのない罪で、第一王子に糾弾されたその時、守ってくれたのは第二王子だった。
そんな婚約破棄騒動があった日の夜に、どんでん返しが待っていた·····
疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど
くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。
貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。
【完結】この地獄のような楽園に祝福を
おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。
だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと……
「必ず迎えに来るよ」
そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。
でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。
ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。
フィル、貴方と共に生きたいの。
※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。
※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。
※本編+おまけ数話。
婚約者に好きな人がいると言われ、スパダリ幼馴染にのりかえることにした
みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり――――――
🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)
【短編】記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで
夕凪ゆな
恋愛
ある雪の降る日の朝、ヴァロア伯爵家のリディアのもとに、信じられない報せが届いた。
それは、愛する婚約者、ジェイドが遠征先で負傷し、危篤であるという報せだった。
「戻ったら式を挙げよう。君の花嫁姿が、今から楽しみだ」
そう言って、結婚の誓いを残していったジェイドが、今、命を落とそうとしている。
その事実を受け入れることができないリディアは、ジェイドの命を救おうと、禁忌魔法に手を染めた。
王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる