ヒアソビ ~定年教師と蕾たち~

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第三話

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「うん? ああ、なるほど。私も好きですよ、甘口」

 私はそう言って、スパイシーさが売りの辛口カレーと星をモチーフにした少年の描かれた甘口カレーをそれぞれ両手に持って悩んでる少女から甘口の方を取り上げ、カゴに入れた。少し驚いた顔をして振り向く少女。名を佐々木愛梨。元教え子になる。

 振り向いた愛梨の顔が紅潮していくのが分かる。そして、その可愛らしいほっぺも膨らんでいった。う~、と恨みがましい声が聞こえてきそうだ。

 その後、しばらくの間、手に持った辛口とカゴの中の甘口を交互に見やり、泣きそうな顔をこちらに向けてきた。

「じゃあ、今回は甘口で、次の時に一緒に辛口に挑戦しよう」

 愛梨の頭を撫でながら、思いついた案を伝える。すると、彼女はふんっ、ふんっ、と頷き、笑顔になった。

「というわけで、それは今度、一緒に来た時に買うから、返却してきなさい」

 カレールウを商品棚に戻そうとする愛梨の後姿を眺める。同年代の中でも軽く頭一つ届かない彼女の身長では、あっさりとはいかない高さだったようで、背伸びしながら手を伸ばしていた。

「……っ」

 ここで手を出すと、怒る。それもかなり。なので、必死に堪えなくてはならない。私は子供がいないが、いたらこんな心境になるのかと夢想してしまう。

 愛梨が、棚に商品を戻した。小さくガッツポーズをして、こちらを見てくる。目が合うと、フフンッと鼻を鳴らすようにニヤりと笑った。きっと、私は親バカになっただろう。

「買い忘れはないかい?」

尋ねると、愛梨はカゴの中を覗き込んでから、頷く。

「なら、会計を済ませてしまおうか」

 レジに並んでいる間、愛梨はあのカレールウの裏面を熱心に見ていた。おそらく、作り方を確認しているのだろう。

 会計の順番が来ると、愛梨はハッとした顔をして、カレールウをカゴに戻した。

 会計はカードで済まし、レジ袋に買ったものを詰め込んでいく。

 愛梨が私の持つレジ袋に手を伸ばす仕草を見せるので、一緒に持つことにした。片方ずつ手提げ部分を持つ感じだ。

「重くないか?」

 私の目を見てから、首を横に振る愛梨。足取りも軽く、口角も上がっているし、ご機嫌なご様子。

 自宅に着く直前、愛梨は荷物を私に押し付けると、一足先に玄関を上がった。そして、少し待つようにジェスチャーを残して玄関のドアを閉めた。

「ただいま」

 玄関のカギが中から開く音が聞こえたので、私は帰宅した。

扉を開けるとそこには、エプロンの姿の愛梨が三つ指ついて控えていた。

今日も新妻ごっこが幕を開ける。
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