[完]異世界銭湯

三園 七詩

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1.銭湯

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「はい、マキちゃんよろしく」

「いらっしゃい、源さんはい鍵ね!」

番台に立つ一人娘のマキは手なれた様子でお金を受け取るとお釣りと鍵を渡した。

マキは下町にある『ふくまるの湯』の一人娘で、仕事が休みの日は番台に立ち店番をしている。

マキの家族は二代目のおじいちゃんと三代目のマキ父、母の四人家族。
あっ!それと看板猫のふくとまる。

銭湯の前に捨てられていて銭湯の名前を取ってつけた猫達だ。

風呂炊きはおじいちゃんと父の役目、番台は空いてる人が入っており、おばあちゃんが生きてる時はおばあちゃんが開店から閉店まで座っていたが亡き今私もたまに手伝うようになり座っていた。

開店は夕方の四時から今日も早速座っていると常連の源さんが一番に来店した。

「やっぱりここに入って一日をしめないと駄目だな!」

源さんは脱衣所のいつものロッカーに服を綺麗に畳んでしまうとタオルを腰に巻いてガラガラと扉を開ける。

中に入ってすぐ横にある掛け湯の桶を掴んで体を洗い流す音がする。

それを皮切りに他の常連客達が店に来店してきた。

みんなそれぞれ自分のルーティンがあるのかいつも決まった行動をする。

自分専用のシャンプーや石鹸を持ってくる人もいれば何も持たずに来る人。

最後に必ずコーヒー牛乳を二本飲む人。

体を念入りに洗って湯船に浸かり、水風呂、サウナを何回も繰り返す人…

銭湯には自分の時間、空間流れを楽しむ人が訪れる。

そしてどのみんなもリラックスした様子で帰っていく、私はその顔を見るのが好きだった。

馴染みの客から物珍しく来る人、自宅のお風呂の調子が悪くて来る人。

銭湯を訪れる理由も様々だがふくまるの湯はみんなを受け入れた。

すごい儲けは出ないものの、まぁまぁ充実した毎日を送っていた。

そしてそれはずっと続くと思っていた…

異変が起きたのは一年前、ふくまるの湯と同じ地区に今時話題のスーパー銭湯が出来てしまった。

そこはお風呂は何種類も備え付けられ、サウナやマッサージ施設、飲食スペースに休憩所には漫画や子供が遊べるコーナーもあり、少し休んだらまたお風呂に入ったり出来て一日中遊べるようになっていた。

当然最新設備で綺麗な店内、若い人や流行りもの好きな人はオープンすると同時に押し寄せた。

最初は物珍しいものだから…しばらくすれば客は戻ってくる。

そう思っていたが一年経った今、客は半分ほどになっていた。


「最近、源さん来ないね」

いつも開店と同時に来ていた源さんはここしばらく姿を見せていない。

「この前スーパー銭湯にお孫さんと楽しそうに行くところを見たよ」

そんな事を聞いた数日後、おじいちゃんとお父さんがボイラー室で話しているのを聞いてしまった。

「そろそろここもたたむ時が来たかもしれんな…」

「そうだな、残念だがこのままだと税金も払えなくなる。俺は何処か就職するよ…」

「すまんな、せっかく継いでくれたのに」

おじいちゃんは寂しそうに積んである薪をゴツゴツした手で撫でた。

私はあのおじいちゃんのゴツゴツした働き者の手が好きだった…

私の前では明るく強気な二人の姿に見てはいけないものだと感じてそっと扉を閉じてその場を離れた。

その後も最後の足掻きとチラシを作ったりSNSで紹介したりしたが効果は薄かった。

二人の会話を聞いた夜から二ヶ月後の夜、私は父と母に呼び出された。

「マキ、気がついてるかも知らないけど…ふくまるの湯をたたむことにした」

思っていた通りの言葉だったが実際言われるとやはり悲しい。

「そう…」

「やはりこのまま続けていくのは難しくてね。お前も手伝ってくれるようになってたのにすまないが…」

「いいよ、それでどうするの?」

私は極力平気そうな顔をした。

「じいさんはこのまま引退で、俺と母さんは働きに出るよ」

「わかった、私も仕事増やすね」

「すまんな…」

父のガックリと肩を落とす様子に私は何も言えなかった。

閉店は1ヶ月後と決めて私は新たな仕事を探す為に携帯を開きながらベッドに横になる。

今日は銭湯の定休日なのでゆっくりと休めと言われたのだ…

いつもならそんな日はゆっくりネットサーフィンをするのに中々指は動かない。

いつの間にか画面は真っ黒になり上を向く自分の顔が写る。

その顔は歪み涙を流していた。

次の日私は普通に起きると毎日の習慣の様に銭湯に向かう。

銭湯は家の隣に建っており家の中から移動する事もできる。

掃除は閉店の後に済ませているがお湯を入れる前にも洗い残しがないか確認したがら軽く掃除をする。

サッと水をかけて椅子や桶を用意して脱衣所の掃除をしているとお母さんが家の方から慌てた様子で声をかけてきた。

「マキ、マキー」

「はーい!何ー?」

掃除を途中にして私は銭湯の出入りから出て家へと向かおうとした。

そして一歩外に出ると言葉を失う…

本来ならそこは車がギリギリすれ違えれる道路に向かいに民家が数軒建ち並ぶよくある下町の風景のはず。

だがそこには見たことも無い石や木で出来た家が並び道路は舗装されてない。

「マキ…」

声に横を向くと母が目をまん丸にして私の名前を呼んでいた。

「お母さん、ここどこ?」

「わかんない」

お母さんは私の顔をみてハハッと笑った。
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