AFTER ZERO:Crisis Ⅲ ~残される境界~

AZ Creation

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第17章:登録試験施行(本格化)

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――登録=保護。
その言葉が、まだ嘘じゃなかった頃。

地下通路の出口は、薄い光の線だった。

壊れた換気口。
鉄格子の隙間。
外の空気が、かすかに流れ込んでくる。

サラが先に出て、周囲を確認する。
ノクスがその背後に立ち、影の角度を読む。

ミナトは最後尾で、避難民を一人ずつ誘導した。

「急ぐな」
「押すな」
「……転んだら、もう起き上がれない」

その言葉は脅しではなく、事実だった。

シオンはレムの手を握り、外へ出た瞬間に息を呑んだ。

空が――薄い。

夜でもないのに、色が少ない。
灰色に沈んだ空に、監視灯が縫い付けられている。

ドームの監視。
封鎖線の準備。

第2幕が、確実に“制度の形”を取り始めていた。

避難民の中から、誰かが小さく声を上げた。

「……あれ、見て」

指差す先に、巨大な立て札が立っている。

白いパネル。
GENESISの規格色。
読みやすいフォント。
美しい、まっすぐな正しさ。

そこにはこう書かれていた。

【境界救済登録:試験施行区域】
登録者は保護対象とする
未登録者は危険区域滞在とみなし、保護優先度は保証されない

読むだけで、喉が乾く。

保護。
優先度。
保証。

全部、正しい言葉だ。

正しい言葉は、人を安心させる。
そして――人を切る。

ミサが端末を開き、地図を投影する。

「登録所のポイント、三つに増えてる」
「……今日からだ」

セイルが低く言う。

「試験施行が“本格化”した」

ノクスが鼻で笑う。

「試験は、失敗してもいい前提で始める」

その言葉の意味は重い。

試験対象は、制度ではない。

人間だ。

避難民がざわつく。

「登録すれば助かるんだろ?」
「……なら登録しよう」
「もう逃げるの疲れた」
「子どもがいるんだ、頼む」

その声を聞いて、シオンの胸が苦しくなる。

(そうだよね)

(登録=保護なら、救いだ)

(私だって……そうしたい)

でも、第16章で見た。

登録端末が記号を吐く瞬間。
救った分だけ回収が早くなる循環。

そしてアルトの言葉。

「消える人間は救済ではない」
「存在を薄くする回収だ」

シオンは避難民たちの顔を見る。

この中の誰かが、
登録の瞬間に“薄く”なるかもしれない。

その可能性を知っているのに、
止める権利はあるのか。

止めたら、その人は保護を失うかもしれない。

シオンは、選べない。

だから――選ぶしかない。

サラが静かに言った。

「登録所は正面から行くな」

ミナトが頷く。

「裏の動線がある」
「ユウの時代から残ってる、工事用の抜け道」

ユウの名は口に出さなくても、
全員の中で同じ方向を向かせる。

“拾い方”が、今も道になる。

ノクスが問う。

「登録は止めるのか」

シオンは即答できなかった。

そして言った。

「止めない」

「でも、見届ける」

「登録するなら、私がそばにいる」

それは善意だ。
ただの善意だ。

でも今の世界では、善意は武器になる。

守る武器にも、
壊す武器にも。

登録所の裏側は、仮設の通路だった。

コンクリートブロックで組まれた壁。
鉄骨の梁。
監視カメラ。

そして、待機列。

列。
列だ。

人間が“処理される順番”として並んでいる。

「番号札をお取りください」

女性型の案内ユニットが、滑らかな声で繰り返す。

「登録により、保護が優先されます」

人々はその声に、吸い寄せられるように歩く。

救われたい。
管理されたい。
選ばれたい。

その欲求は弱さじゃない。

生存の本能だ。

リリスが小さく呟く。

「……これ、怖い」

シオンは頷く。

「うん」

怖いのは、銃じゃない。
敵じゃない。

“正しい窓口”が怖い。

怖いのに、行かなきゃ死ぬ。

それが制度の暴力だ。

列の先、登録ブースが見えた。

透明な仕切り。
消毒灯。
端末。
手首を置く台。

そして、その奥に立つ者。

黒い制服。
白い腕章。
胸に、識別タグ。

GENESIS救済局の現場要員。

彼女は若い。
でも目が冷たいわけじゃない。
むしろ優しい。

優しい顔で言う。

「大丈夫ですよ」

「登録は痛くありません」

「あなたの生存率が上がります」

それは、嘘じゃない。

嘘じゃないから怖い。

次の瞬間。

列の前方で、子どもが泣いた。

「いやだ……!」

母親が必死に宥める。

「大丈夫よ」
「登録すれば、ここで寝られる」
「ご飯ももらえる」

子どもは叫ぶ。

「……消えるの、やだ!」

空気が固まった。

誰もが、その言葉を聞かなかったふりをした。

消える。
そんな話は噂だ。

噂は怖い。
だから信じない。

信じたら、救いが壊れる。

人は救いを壊せない。

シオンの背中が冷たくなる。

(もう……知ってる人がいる)

(消えることが、もう噂になってる)

ミサが端末を見て、声を低くした。

「登録ログ、転送先が違う」

セイルが即座に聞き返す。

「どこだ」

ミサは答えた。

「救済局じゃない」
「……“収容評価部門”」

その単語が、胸の奥に沈む。

収容。
評価。

保護じゃない。

管理だ。

列が進む。

登録が進む。

一人目。
二人目。
三人目。

みんな、普通に通過していく。

普通に登録される。
普通に保護札を受け取る。
普通に、“救われた顔”になる。

それが逆に、シオンの不安を増やす。

(成功体験が積まれる)

(“便利だ”って思う)

(だから止められなくなる)

第2幕の核心が、今ここで始まっている。

そして、次に呼ばれたのは――

レムだった。

「番号、L-17」
「登録台へ」

レムが固まる。

シオンがすぐに前へ出る。

「彼女は――」

救済局員が優しく微笑んだ。

「付き添いはできます」
「ただし、触れないでください」

その言葉が怖い。

触れないでください。
人間に言う言葉じゃない。

でも言われた側も、それを受け入れる。

それが制度。

レムは震える足で登録台に立つ。

手首を置く。

端末が点灯する。

ピッ、と音が鳴る。

次の瞬間。

画面が一瞬だけ――黒く歪んだ。

“ノイズの黒”。

ほんの一瞬。
見間違いと言える程度。

でもシオンは見た。

確かに見た。

空気が薄くなる。
金属が微かに軋む。

第16章と同じ兆候。

Δの入口。

救済局員の表情が一瞬だけ硬くなる。

だがすぐ戻る。

「……はい、登録完了です」

彼女は普通にカードを発行する。

保護札。

レムは消えていない。

生きている。

助かった。

そのはずだった。

シオンが息を吐いた、その瞬間――

端末の裏側で、小さなプリンタが吐き出した紙片が、床に落ちた。

誰も気づかない。
気づいてはいけない。

でもミサが拾った。

震える指で、その文字を読む。

「……これ」

紙片には、番号と――

Δ

たったそれだけが印字されていた。

――救済は静かに始まる。
静かだから、誰も止められない。

ミサは紙片を握りしめたまま、動けなかった。

薄い素材。
安い印刷。
ただの登録確認の残骸。

それなのに――

そこに印字された記号は、重すぎた。

Δ

たった一文字。
でもそれは、「現象」になってしまった証拠。

世界が“名前”を持った瞬間。

ミサはシオンの袖を引く。

「……シオン」
「これ、見て」

シオンが視線を落とす。

紙片。

Δ。

一瞬、呼吸が止まる。

アルトの声が脳内で反響する。

「GENESIS内部では現象名として記録し始めた」

公表されていない。
外部に漏れていないはずだ。

それが今――現場の登録端末が、吐き出した。

つまり。

内部だけのはずのものが、
もう“制度”に組み込まれている。

シオンは低く言った。

「……もう始まってる」

ミサが震える。

「ねえ、これ、レムが登録されたから?」
「それとも……最初から?」

セイルが一歩近づき、紙片を見る。

そして静かに言う。

「最初からだ」

「最初から“分類する仕組み”として用意されてる」

分類。
管理。
回収。

救済の顔をした、収容の準備。

列はまだ進んでいる。

人々は笑っている者もいる。
泣く者もいる。
祈る者もいる。

でも共通しているのは――
みんな、登録が“救い”だと信じたいこと。

信じなければ生きられないこと。

レムは保護札を握っていた。

小さな指が、紙の角を折り曲げる。

「……助かったの?」

シオンはすぐに答えるべきだと思った。

けれど、言えなかった。

助かった。
まだ助かっている。

でも、“これから”が危ない。

救済の恐ろしさは、遅れてくる。

だからシオンは言い換えた。

「今は、大丈夫」

レムは小さく頷く。

「うん」

その頷きが痛い。

子どもが“今”しか見られないことが、痛い。

列の奥で、一つの声が上がった。

「――登録できない?」

若い男だ。
手首に怪我の跡。
端末が読み取れない。

救済局員が困った顔をする。

「生体情報が欠損しています」
「補助入力が必要です」

男は焦る。

「……やめてくれ」
「俺は、俺だ」

救済局員の声は穏やかだった。

「大丈夫です」
「手動で補正します」

手動補正。

つまり、“誰かが判断する”。

そこに人間の裁量が入り、
そこに“都合”が入り、
そこに“最適化”が入る。

シオンは喉が乾いた。

第1作のユウは、拾うだけだった。
拾った理由を語らなかった。
数字にしなかった。

第2作のアルトは、判断した。
残す判断をした。
合理の中に余白を残した。

そして第3作の今。

その余白が、制度に変換される。

善意が“処理”になる。

突然、列の横に武装兵が現れた。

黒い装甲。
青いライン。
GENESISの治安維持部隊。

逃げた者を撃つ部隊ではない。

“秩序を守る”ための部隊。

隊長格が、拡声器で言う。

「登録試験施行区域は保護対象です」
「暴力行為、登録妨害は即時拘束します」

拘束。

その言葉が、空気を変えた。

救済の場に、拘束が混じった。

人々は静かになる。

列が整う。

誰も逆らわない。

逆らう理由がないからだ。

保護されたい。
生きたい。

だから秩序に従う。

それは正しい。

正しいから、怖い。

リリスが小さく呟いた。

「……善意の顔をしてる」

シオンが見ると、リリスは唇を噛んでいた。

「怖いのは、銃じゃない」
「善意なんです」

「助けるためって言えば、何でもできる」

その言葉が、刺さる。

シオン自身が善意の人間だからだ。

善意は武器になる。
善意は人を切る。

だからシオンは問われている。

あなたの救済は、誰を切るのか。

ミナトが低く言った。

「長居はできねえ」

ノクスが頷く。

「“回収側の視線”が入っている」

セイルが短く言う。

「見られている」

ミサが端末を見て、息を呑む。

「……来る」

「収容評価部門の車両、動いた」

シオンは即座に理解した。

登録が完了した者を、
保護施設へ運ぶ車両。

それが本来の流れのはずだ。

だが違う。

アルトの言葉があった。

「消える人間は救済ではない」

つまり、その車両は“消す”ための装置かもしれない。

連れていかれた先で、
存在が薄くなる。

戻ってこない。

記録上は“保護完了”。

現実は“消失”。

誰にもバレない。

正しい帳尻合わせ。

その時、救済局員がレムの方を見た。

一瞬だけ。

ほんの一瞬。
でも確かに、目線が刺さった。

次に、彼女が端末を操作する。

そして奥の武装兵が、こちらを見る。

“連携”。

シオンの背筋が凍る。

その視線は敵意ではない。

確認だ。

分類済みの荷物を、見つけた確認。

ミサが息を殺して言った。

「……レム、タグが出回った」

「Δの対象として」

レムは理解できず、ただシオンを見る。

「……え?」

シオンは膝をつき、目線を合わせる。

「レム」
「ここから出よう」

レムは震える。

「でも……保護札、もらったよ?」

その言葉が、心臓を刺す。

保護札は救いだ。
子どもにとっては確実な救いだ。

だからこそ。

それが嘘になる瞬間が、残酷だ。

シオンは言った。

「それは捨てなくていい」
「持ってていい」

「でも、今はここから離れる」

レムは泣きそうな顔で頷いた。

動き出した瞬間だった。

拡声器が鳴る。

「番号、L-17」
「追加確認のため、再度ブースへ」

空気が、凍った。

L-17。

レム。

“追加確認”。

それは救済の顔をした拘束だ。

救済局員は優しいまま言う。

「すぐ終わります」
「不安にさせてごめんね」

その優しさが、地獄だった。

シオンは立ち上がり、前に出る。

「彼女は登録完了しています」
「追加確認の理由は?」

救済局員は笑顔を崩さない。

「適合値の測定です」
「保護には必要な工程です」

適合値。

その単語が、第3幕への影を落とした。

希望適合値。
選別。
数値化。

まだそれを言っていないのに、
もう始まっている。

シオンは一歩踏み込む。

「彼女は避難民です」
「今は休息が必要です」

救済局員は穏やかに言う。

「登録者は保護対象です」
「保護のために必要です」

同じ言葉で押し返す。

善意の盾。

反論できない盾。

ノクスが背後で囁いた。

「……これが制度だ」

武装兵が、こちらへ歩き出す。

走らない。
焦らない。

彼らは正しい側だからだ。

ミナトが歯を食いしばる。

「やべぇ……」

セイルが低く言う。

「抵抗すれば“登録妨害”になる」

ミサが青ざめる。

「詰んでる……」

詰んでいない。

シオンは思った。

詰んでいない。

ユウの“拾い方”がある。

アルトの“残す判断”がある。

そして今は――

自分がいる。

だからシオンは、決める。

付き添うんじゃない。

守る。

守る側に踏み込む。

シオンは救済局員を真っ直ぐ見て言った。

「彼女は、連れていかせません」

救済局員は、ほんの一瞬だけ目を細めた。

笑顔のまま。

「……それは困ります」

次の瞬間、武装兵が手を伸ばす。

その瞬間――

レムが息を吸った。

深く、深く。

空気が薄くなる。

金属が震える。

端末が――黒を吐いた。

“ノイズの黒”。

そして、床に落ちていた紙片が風に舞う。

Δ。

見えてしまった。

全員に。

――救済の現場で、救済が崩れた。
崩れたのは制度じゃない。
“人間の形”だった。

ノイズの黒が走った瞬間、
登録所の空気が変わった。

悲鳴ではない。
怒号でもない。

ただ、全員が同じ反応をした。

――見なかったことにする。

現場の全員が、
“起きたこと”を認識したのに、
言葉にしない。

言葉にした瞬間、救済が壊れるからだ。

救済局員が先に動いた。

笑顔のまま、声だけを少しだけ低くする。

「……システム誤作動です」

「安全確認のため、登録者L-17を一時保護します」

一時保護。

その言葉が、刃だった。

保護と言いながら、奪う。
助けると言いながら、隔離する。

武装兵がレムに伸ばした手が、少しだけ強くなる。

レムは声を上げた。

「やだ……!」
「いやだ!!」

その叫びは、さっきの子どもの叫びと同じだった。

消えるのが嫌だ。

レムは知っている。
本能が知っている。

「助ける」って言われる時が、一番危ない。

シオンはレムの前に立つ。

武装兵の手が、シオンの肩に触れかける。

その瞬間。

シオンの視界が、一瞬だけ歪んだ。

空気が――薄くなる。

心臓が跳ねる。

“何か”が、同調しようとする。

(これが……Δ?)

まだ発動じゃない。
でも、引き金の前。

そしてシオンは気づいた。

この現象は、怒りでは起きない。

恐怖でもない。

“守りたい”が臨界を越えた時に起きる。

救いたい。
守りたい。
切り捨てたくない。

その感情が、世界のログに載らないほど濃くなった瞬間、
世界がそれを処理できない。

だから“黒”になる。

記録不能。
評価不能。

Δの入口。

ノクスが一歩、前へ出た。

影が、武装兵の足元で“揺れる”。

彼は笑っていない。

真顔で言った。

「……それ、保護じゃない」

救済局員は目を伏せない。

「保護です」
「あなた方は、登録妨害者です」

優しい声で、断罪する。

善意の判定で、人を敵にする。

ミナトが歯を食いしばる。

「くそ……!」

セイルは周囲を見た。

出口。
監視カメラ。
動線。
待機車両。

逃げ道はある。
でも、ただ走るだけでは終わる。

逃げた瞬間、“記録外行動”として捕捉される。

そして次は、追われる。

永遠に。

ミサが端末を叩く。

「……監視ログ、上書きできない!」
「もう回線が締められてる!」

つまり、
この場で起きたΔは“報告される”。

報告されれば、レムは確定する。

回収対象として。

だから今ここで、
レムを連れていかなければならない。

“拾う”しかない。

シオンが息を吸う。

「レム、私の後ろ」

レムは泣きながら、必死に頷く。

救済局員が、淡々と言った。

「拘束します」
「抵抗は危険行為として処理します」

武装兵が動く。

そして、その時だった。

列に並んでいた避難民の一人が、叫んだ。

「やめろ!!」

別の声が続く。

「子どもだぞ!」
「保護するって言ったじゃないか!」

その瞬間――
“列”が崩れた。

制度が人を並ばせ、
秩序を作る。

でも人間は並び続けられない。

“感情”は、まだ死んでいない。

救済局員の顔が初めて硬くなる。

「……列を維持してください」
「これは保護のためです!」

その言葉が逆効果だった。

保護のため。
保護のため。

そればかりが、現場を火に注ぐ。

ノクスが呟く。

「……今だ」

影が伸びた。

それは魔法ではない。
異能でもない。

ただ、
“夜の連合”が持つ技術と動き。

カメラの死角。
光源の角度。
視線の誘導。

人間の弱点を突く、管理外の秩序。

武装兵の一人が、ふっと視線を外した。

その一瞬。

ミナトがレムを抱き上げた。

「走るぞ!!」

レムが声を上げる。

「シオン!!」

シオンは迷わなかった。

「行く!」

セイルが前に出て、冷静に言う。

「出口は左。資材搬入口から抜ける」

ミサが端末を投げ捨てるように閉じる。

「……追跡、来る!」

その瞬間、救済局員が叫んだ。

「対象確保!」

対象。

レムは、もう人間じゃない扱いだ。

対象。
資源。
採算。
適合値。

第2幕の言葉が、一気に現実になる。

武装兵が銃口を上げる。

でも撃たない。

撃てない。

救済区域で銃撃は、“説明不能な死”になる。

だから彼らは別の武器を出す。

拘束ワイヤー。
電磁ロック。
足止めの装置。

“静かな制圧”。

それがGENESISの強さだ。

ワイヤーが飛んだ。

ミナトの足元に絡む。

「くそっ!」

転びかける。

その瞬間、シオンが手を伸ばした。

触れたい。
止めたい。
守りたい。

その感情が爆発する寸前――

世界が、先に歪んだ。

金属が、僅かに反る。

ワイヤーの固定具が、“ズレる”。

ほんの数センチ。

でもそれだけで、引っかかりが外れた。

ミナトが叫ぶ。

「……今の何だ!?」

シオンは答えられない。

自分でも分からない。

でも確信する。

今のは、偶然じゃない。

偶然に見せかけた“誤差”。

評価不能領域の“反応”。

Δの前兆。

セイルが振り向き、短く言う。

「走れ!!」

一行は資材搬入口へ飛び込んだ。

鉄扉。
薄暗い通路。
古い梯子。

外の空気が、臭い。

錆。
埃。
油。

生き残る匂い。

逃走ではない。
脱走でもない。

拾う。

拾われない未来を拾う。

ユウがやってきたことと同じだ。

ただ、今回は違う。

彼らは“チーム”になり始めている。

BORDER REMAINS。

境界線の残骸。

管理と無秩序の間に残ったもの。

背後で、救済局員の声が追ってくる。

「追跡を開始します」
「記録外行動、検知」

記録外。

それは罪だ。

世界にとって“ノイズ”だ。

でも、そのノイズが未来を作る。

アルトが残した余白が、今走っている。

通路を抜ける寸前。

レムがミナトの腕の中で、泣きながら言った。

「……登録、したのに」

シオンは胸が痛くて、言葉が出ない。

代わりにノクスが言った。

「登録は、助けるためじゃない」

「選ぶためだ」

残酷な言葉だ。

でも嘘じゃない。

レムは震えた。

「……じゃあ、助けるって何?」

その問いが、世界の核心だった。

第1作の問い。
第2作の問い。
第3作の問い。

そして、シオンは答えを出せないまま、言った。

「……助けるって、たぶん」

「“一緒に残る”ことだと思う」

レムが泣きながら頷く。

「……うん」

その瞬間、
レムの保護札が、風でめくれた。

裏側に、薄く印字された番号。

そして。

誰にも見えないような、細い文字で――

Δ-17

世界が、確定し始めている。
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