サイコペインター・不知火 灯

AZ Creation

文字の大きさ
15 / 21

第十五話 収束装置

しおりを挟む
 それは、装置と呼ぶには、あまりに静かなものだった。

 巨大な機械も、複雑な配線もない。
 ただ、白い壁と、整然とした間隔。
 人が集まり、視線が交差するための空間。

 ——展示。

 東堂恒一は、展示側の動きを追う中で、その本質に気づき始めていた。

「装置は……人間だな」

 三嶋恒一郎は、報告書から目を離さずに言った。

「人の目。
 期待。
 解釈。
 それらを集めて、未来を固める」

 展示室は、単なる結果ではない。
 **未来を一点に収束させるための“場”**だ。

「つまり、彼女がいなくても」

 東堂が言う。

「誰かが“予測”を始めれば、
 似た現象は起きる」

「そうだ」

 三嶋は、短く頷いた。

「不知火灯は、触媒に過ぎない」

 その言い方に、東堂は小さく眉をひそめた。

 一方、灯は、すでに都心を離れていた。

 電車を乗り継ぎ、
 海沿いの小さな町へ。

 観光地でもなく、
 再開発の予定もない。

 ——未来が、集まりにくい場所。

 古いアパートの一室。
 畳の匂い。
 波の音が、かすかに届く。

 段ボールを一つだけ開け、
 最低限の生活用品を出す。

 スケッチブックは、
 まだ箱の中だ。

 夜、テレビをつけると、
 展示に関する噂が、ネットニュースとして流れていた。

「未来予測アート」
「未然防止プロジェクト」

 言葉が、軽い。

 灯は、テレビを消した。

 ——私がいなくても、回る。

 それが、少しだけ救いだった。

 だが、同時に、
 展示側は、別の“核”を探している。

 それを、灯は感じていた。

 翌日、港の近くを歩いていると、
 小さなギャラリーを見つけた。

 地元の子どもたちの絵が、
 無邪気に並んでいる。

 未来も、意味も、ない。

 灯は、足を止めた。

 胸の奥が、静かだった。

 ——来ない。

 それだけで、十分だった。

 同じ頃、都心では、
 展示側が新しい展示を始めていた。

 予測の精度は、落ちている。
 だが、数が増えた。

 断片的な未来。
 曖昧な警告。

 人々は、自分に都合のいい部分だけを信じる。

「収束が、弱い」

 観測者の一人が言った。

「核が、足りない」

 別の声。

「——不知火灯だ」

 名前が出た瞬間、
 空気が変わる。

「彼女は、もう描かない」

「だからこそ、象徴になる」

 描かない未来。
 見せない未来。

 それは、逆説的に、
 最も強い“意味”を持つ。

 その夜、灯は、波打ち際に立っていた。

 街灯は少なく、
 月の光だけが、水面を照らす。

 スケッチブックを、初めて箱から出した。

 ——描かない、と決めたはずだった。

 だが、海を見ていると、
 胸の奥が、少しだけ冷える。

 誰かが、ここへ来る。

 未来ではなく、
 現在として。

 灯は、鉛筆を持たなかった。

 ただ、目を閉じる。

 波の音。
 風の匂い。

 未来は、
 まだ、固まっていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?

あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。 「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...