サイコペインター・不知火 灯

AZ Creation

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第三十二話 未来を売る者

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 展示スペースの空気は、少しずつ緩んでいた。

 照明を落とし、パネルの角度を変え、観客の立ち位置が分散すると、場の圧力は目に見えて薄くなる。同じ絵が掛かっているのに、支配力が違う。

 構図は、人を導く。

 逆に言えば、構図を崩せば導線は解ける。

 灯は壁際から全体を眺めていた。
 正面に立たない。中心に入らない。未来描画の癖がある者は、無意識に“中心点”を取ってしまう。そこに立つと観測が始まる。

「未来は弱まりました」

 灯が言う。

「再現性が落ちた」

 景が補足する。

「もう連鎖は起きません」

 東堂は腕を組んだまま展示を見ている。

「だが妙だな」

「何がです」

「この展示、売れている」

 灯は視線を向けた。

「売れている?」

「予約が入っている。複製販売だ」

 嫌な予感がした。

 受付カウンターの横に、小さな価格表があった。

【事故予測ドローイング・複製版】

 サイズ別に価格がついている。

 灯は喉の奥が冷たくなった。

「未来を……売っている」

「正確には、予測を商品化している」

 景は冷静に言う。

「だが内容は模写だ」

「未来線ではありません」

「だが構図は抽出されている」

 そこが危険だった。

 未来そのものではなく、未来を起こしやすい構図。

 再現誘導図。

「作者は誰ですか」

 東堂が受付に聞いた。

「“レン”という名前で活動されています」

「本名は」

「非公開です」

 よくある話だ。

 だが灯の背中の感覚がざわつく。

 匿名の未来模写。
 構図抽出。
 再現誘導。

 これは偶然ではない。

「来ます」

 灯が言った。

「何が」

「作者の意図」

 描画圧が立ち上がる。

 対象は“絵の背後にいる思考”。

 人物ではない。
 意図だ。

「ここで描きます」

 景は少しだけ位置をずらした。

「干渉を避けます」

 同時描画でも重ならない距離。

 灯の線は、展示室ではなく、作業机から始まった。

 散らかったデスク。
 トレース紙。
 ライトテーブル。

 その上に置かれた元絵。

 灯の未来スケッチのコピー。

 さらに上からなぞる手。

 人物の感情線だけを抜き取っている。

 “怖さ”の線だけを。

 次のカット。

 別の紙。

 そこに再配置される破片構図。

 安全余白が消されている。

 危険角度だけが強調される。

 線が止まる。

「……抽出編集しています」

 一方、景の紙には別の絵が出ていた。

 ネットワーク図。

 販売サイト。
 注文履歴。
 配送先分布。

 事故多発地点と重なっている。

「構図を売っている」

 景が言う。

「未来ではなく」

「事故を起こしやすい配置を」

 灯は続きが来るのを感じた。

 再び線が動く。

 人物。

 若い男。

 目の下に疲労線。
 机にかじりつく姿勢。

 壁に貼られたメモ。

【人は未来を欲しがる】

 さらに別のメモ。

【当たる必要はない】

 最後の一枚。

【信じれば動く】

 灯はペンを離した。

「思想です」

「予測ではなく誘導」

 景が言う。

 東堂が低く言った。

「つまり、こういうことか」

 机を指で叩く。

「未来を当てているんじゃない」

「はい」

「未来を作っている」

 灯は頷いた。

「構図で」

 展示室の空気が少し重くなった。

 見えないが、圧が戻ってきている。

 模倣犯はまだ描き続けている。

 どこかで。

「会う必要があります」

 灯が言った。

「直接」

 景も同意した。

「観測対象にする」

「人物として」

「はい」

 未来を真似する者ではなく、
 未来を利用する者。

 次の段階へ入る。
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