AFTER ZERO:Crisis Ⅳ ~定義される歪み~

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第5章|落下点

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落ちた。

落ちたはずなのに――

着地の衝撃が、無かった。

身体が地面に触れた感覚だけが遅れてくる。
音が遅れて届く。
呼吸が遅れて胸に入る。

まるで世界が、
“結果だけ”を後から貼り付けている。

シオンは膝をつき、少年を抱きしめたまま息を吐いた。

「……ここ、どこ……?」

視界は暗い。
だけど完全な闇じゃない。

薄い青。

遠くに、光の筋が走っている。
配線の光ではない。
雷でもない。

“裂け目の残光”。

アルトが頭を押さえながら立ち上がった。

「……空間が揺れてる」

「ここは……管理の座標が通らない」

ユウが周囲を見て、短く言った。

「評価不能領域に近い」

ノクスは、ふっと笑った。

「ようこそ。
“世界の裏側”へ」

シオンは眉を寄せる。

「世界の裏側……?」

ノクスは軽い調子のまま、でも目だけは真剣だった。

「GENESISが地図から消してる場所だ」

「登録できない」

「監視できない」

「ログが残らない」

「――だから、救助も存在しないことになる」

アルトが噛みしめるように呟く。

「……ここなら追跡は……」

ノクスは即答した。

「される」

アルトが顔を上げた。

「え?」

ノクスは肩をすくめる。

「追跡できないはずなのに、追跡される」

「それが今の戦争だ」

「ラザルは“正しい結果”を作る」

「ヴェルナーは“例外”を消す」

「そして遺物核は、裂け目を増幅する」

「――つまり」

ノクスは暗闇を指差した。

「こっちに落ちたのは偶然じゃない」

「“落ちる結果”が成立してる」

背筋が冷える。

シオンは抱えている少年の顔を見た。

レムは目を開けている。
でも焦点が合っていない。

まるで、世界に接続し直す途中みたいに。

「レム……大丈夫?」

少年はかすれた声で言った。

「……うん」

「でも……ここ、嫌い」

「ここにいると……ぼく、なくなる」

アルトが息を呑んだ。

「……存在揺らぎが強まる」

「触媒が臨界に近い」

ユウが低く言った。

「つまり俺たちも暴発しやすい」

シオンの喉が乾いた。

Δは便利じゃない。
制御できない。
代償がある。
強くならない。

それでも――
この場所では、勝手に発生する頻度が上がる。

“裂け目が濃い”。

それが直感でわかった。

その瞬間。

――キィン。

耳の奥で金属音が鳴った。

いや、金属じゃない。

空間そのものが
擦れる音。

シオンの背筋が粟立つ。

来る。

Δが発生する。

けれど今は、助けたいだけじゃない。
守りたいだけじゃない。

“落ちた結果”を繋ぎ直さないと、
全員がここで終わる。

シオンは息を吸い、静かに言った。

「……Δ:希望収束(セイヴ・ライン)」

瞬間――
足元の床が崩れかける。

見えない穴が開いていた。

だが崩れない。

崩れない未来が残った。

“救える未来”が一本残る。

その代償として、
胸の奥に、冷たい重さが沈む。

救えない未来がまた一つ、確定した。

シオンはその痛みを飲み込み、顔を上げた。

「……この場所、危険すぎる」

ノクスが笑う。

「だから落下点だ」

アルトが突然、顔をしかめた。

「……来る」

ユウが振り向く。

「何が」

アルトは歯を食いしばった。

「“正しさ”が来る」

空気が、硬くなる。

ここは追跡不能なはずなのに。
管理は通らないはずなのに。

それでも――
“結果”だけが現れる。

暗闇の向こうに、
整いすぎた足音が響いた。

カチ、カチ、カチ。

規則正しい。

人間の足音じゃない。
訓練された執行官の足音。

そして声が落ちる。

「例外を検知。削除対象に指定」

ヴェルナー。

シオンは息を呑んだ。

「……ここまで来るの?」

ノクスが唇を歪める。

「来る。
管理が通らないなら、“管理そのものを持ち込む”」

ヴェルナーの姿が闇の中に浮かぶ。

装甲は軽い。
だが目だけが冷たい。

そして彼の周囲には、
黒い小型ドローンが浮いていた。

“削除”のための目。

アルトが一歩前へ出た。

「……こいつはやばい」

「俺のΔすら、例外扱いで消される可能性がある」

ヴェルナーが淡々と言う。

「Δは異常ではない。
管理されるべき誤差である」

「例外は削除する」

シオンの背筋が凍った。

敵は理解している。
Δを“事故”ではなく、“管理項目”として扱う。

そして――
削除対象にする。

ユウが低く言った。

「逃げる」

アルトが即座に言う。

「無理だ。
逃げ道ごと消される」

ノクスが笑った。

「なら逆だ」

「逃げ道を消される前に、
“逃げた結果”を成立させる」

ユウが目を細める。

「拾うしかない」

シオンが少年を抱え直す。

レムは小さく震えていた。

「……ぼく、だめかも」

シオンは首を振る。

「だめじゃない。
あなたはここにいる」

言葉が、嘘みたいに薄い。

でも言うしかない。

ユウが床を見た。

拾えるもの。
拾える道。

だがこの空間は、裂け目が濃い。

拾えれば大きい。
でも代償も大きい。

アルトが息を吸う。

「……俺が先に壊す」

ユウが見る。

「自分も壊れるぞ」

アルトは笑った。

「もう壊れてる」

アルトの喉が震え、宣言が落ちる。

「……Δ:評価崩壊(ゼロ・ジャッジ)」

瞬間。

ヴェルナーの周囲のドローンが一斉に揺れた。

敵をロックするはずの機械が、
“ロックする判断”に辿り着かない。

ただし――

ヴェルナー本人は止まらない。

彼の目が、アルトを真っ直ぐ捉えた。

「判断不能? なら削除するだけだ」

次の瞬間。

アルトの身体が、一瞬だけ薄くなった。

シオンが叫ぶ。

「アルト!?」

消えるわけじゃない。

存在が “例外扱い” された。

ユウが歯を食いしばる。

「……切除(エクセプション・デリート)」

ノクスが小さく舌打ちした。

「やっぱり持ってるな。
“Δを消すΔ”」

アルトは膝をつき、苦しそうに息を吐く。

「……俺のΔを使うほど、俺が消される」

それが最悪だった。

戦うほど弱くなる。

使うほど削除される。

シオンの胸がざわついた。

救える未来が、狭まっていく。

来る。

また裂ける。

ユウが叫んだ。

「……拾う!」

ユウは“来る”感覚を掴む。
裂け目を感じた瞬間――宣言する。

「……Δ:拾遺干渉(リクレイム)!!」

闇の床が、一瞬だけ光った。

道が現れる。

いや、道じゃない。

“道だったもの”を拾った。

崩壊前に使われていた避難用トンネル。
地図から消えた通路。

そこへ繋がる裂け目。

ノクスが笑う。

「行け!!」

シオンは少年を抱えて走った。

ユウがアルトを支える。

だが次の瞬間――

レムが悲鳴も出せず震えた。

輪郭が消えかける。

代償。

拾った代償は、少年に直撃した。

シオンが息を吸い、宣言する。

「……Δ:希望収束(セイヴ・ライン)!」

少年の輪郭が戻る。

しかしその瞬間、シオンの中で
“救えない未来”がはっきりと形を持った。

それは視界の端に、影として残る。

――誰かが、死ぬ。

救えない未来が確定した。

まだ分からない。
誰が。
どこで。
どうやって。

でも確定だけは、残った。

シオンは唇を噛み、走り続ける。

背後でヴェルナーの声が響く。

「例外を削除する。
逃走ルートを削除する」

通路の入口が、消えかける。

ユウが叫ぶ。

「急げ!!」

アルトがかすれた声で言った。

「……シオン」

シオンが振り向く。

アルトの目が揺れている。

判断が薄い。
存在が薄い。

それでもアルトは言った。

「……俺は次に使ったら、消えるかもしれない」

シオンは一瞬だけ、息が止まった。

救える未来が残るほど、
救えない未来が確定する。

そして今――
それが現実になろうとしている。

シオンは震える声で言った。

「……消えない」

「あなたを救う未来を残す」

アルトは苦しそうに笑った。

「……それが一番怖い」

通路に滑り込んだ瞬間、
背後の裂け目が閉じた。

闇が戻る。

音が消える。

しばらく走って、ようやく全員が止まった。

息が荒い。
心臓が痛い。
レムが小さく震えている。

ノクスが笑った。

「よし。落下点は越えた」

シオンが顔を上げる。

「……落下点?」

ノクスは静かに言った。

「ここが分岐だ」

「このまま逃げ続ければ、
Δは“追われる理由”になる」

「戦えば、
Δは“世界を裂く武器”になる」

アルトが低く言う。

「……俺たちはもう、戻れない」

ユウが短く言った。

「戻る気もない」

シオンは少年を抱きしめ、息を吐いた。

救える未来が残った。
でも救えない未来が、確定した。

それでも――
まだ歩ける。

まだ残せる。

シオンは静かに宣言するように言った。

「私たちは、Δを“定義させないまま”残す」

ノクスが笑った。

「やっと言ったな。
それが勝ち筋だ」

通路は長い。

地面は乾いているのに、足音だけが濡れて聞こえる。
壁は金属なのに、触れると冷たくない。

――ここは世界の裏側。
現実の“材質”がズレている。

シオンはレムを抱えたまま走り続けていた。

少年の体温が、一定じゃない。
暖かくなったと思えば、急に冷える。

そして時々、腕の中が――軽くなる。

輪郭が薄くなる。

消えかける。

「……レム」

シオンが名前を呼ぶたび、少年は頷く。
だが頷きが遅れる。

反応が遅い。

まるで世界からの返事を、
毎回“取り寄せている”みたいだった。

ユウが先頭で止まった。

手を上げる。

「音」

全員が息を殺す。

遠くから、かすかな金属音が響く。

カチ……カチ……カチ……

規則正しい。

ヴェルナーの足音ではない。
もっと軽い。

もっと速い。

ノクスが舌打ちした。

「追ってきてる」

アルトが苦しそうに笑う。

「……例外切除だけじゃない」

「増援だ」

シオンが心臓を押さえる。

救えない未来の影が、胸の中で広がっている。

“誰かが死ぬ”。

その確定が消えない。

そして今、その影が――

アルトに触れそうだった。

アルトは歩き方が変だった。
脚が重い。
判断が遅い。

存在が薄い。

ヴェルナーのΔの影響が抜けていない。

シオンは唇を噛んだ。

救える未来を残したい。
でも残すほど、救えない未来が確定する。

それでも――
ここでアルトを落としたら、全部が終わる。

ユウがアルトを支えながら言う。

「無理するな」

アルトが返す。

「無理しないと、消える」

ノクスが前を見た。

「分岐だ」

通路が三本に割れている。

左は崩落。
右は狭い。
中央は広いが、光が漏れている。

“光がある”=危険。

シオンは中央を見た瞬間、背筋が凍った。

光が、ただの光じゃない。

監視光。
照射ログ。
認識の線。

管理が通らないはずの場所に、管理の目がある。

アルトが息を呑む。

「……ここに監視が届いてる」

ノクスが呟く。

「遺物核が、座標を繋げてる」

「裂け目を増幅するってそういうことだ」

ユウが短く言った。

「中央は罠だ」

アルトが首を振る。

「でも右は狭い。
レムが揺らぐ」

「左は崩落。
拾遺干渉でも無理だ」

シオンの胸が冷たくなる。

どれも地獄。

“救える未来”が少ない。

ここで選ばなければならない。
そして選ぶほど、罪が残る。

シオンは息を吸った。

来る。

Δの発生が来る。

そして彼女は、宣言した。

「……Δ:希望収束(セイヴ・ライン)」

次の瞬間。

中央の光が、ほんの一瞬だけ弱まった。

完全に消えない。
でも “通れる”だけの余白が残る。

それが救える未来として一本だけ残った。

アルトが呟く。

「……中央、通るしかない」

ノクスが笑った。

「決まりだ」

ユウがシオンを見る。

「レムは任せる」

シオンは頷いた。

「任せて」

そして全員が、中央へ走り出す。

――その瞬間。

床が震えた。

背後の闇が、薄く裂ける。

裂け目の向こうから、何かが滑り出た。

人影ではない。

黒い布のように見える。

影のように見える。

光を食う“存在”。

ノクスが顔をしかめた。

「……レンカ?」

シオンは知らない名だ。
だがユウが反応した。

「夜の潜入屋」

次の瞬間。

影は滑った。

視界から消えるのではない。
存在が “滑る”。

センサーにも引っかからない。

音もない。

ただ――背後に冷気だけを残していく。

アルトが咄嗟に叫ぶ。

「後ろ!!」

シオンが振り向いた瞬間、
そこに刃があった。

黒い短剣。

シオンの首筋へ――

だが、当たらない。

当たるはずがない。

シオンのΔが、救える未来を残す。

彼女は息を吸って宣言した。

「……Δ:希望収束(セイヴ・ライン)!」

刃は逸れた。

壁に刺さった。

だが逸れた刃が、レムの服を裂く。

少年が悲鳴を上げる。

「――っ!!」

輪郭が、一瞬で薄くなる。

シオンの心臓が止まりそうになった。

救ったのに、救えない未来が確定する。

救えた分だけ、別の場所が削れる。

帳尻合わせ。

ユウが怒鳴った。

「……誰だ!!」

影が滑り、ようやく姿を現す。

女。

黒いフード。
細い体。
眼だけが鋭い。

レンカ。

彼女はシオンを見て、低く言った。

「……その子を渡せ」

「境界の子は、夜が買う」

ノクスが笑った。

「お前、空気読めよ」

レンカの目が細くなる。

「夜は、空気を読むためにいるんじゃない」

「価値を取るためにいる」

その瞬間、シオンは理解した。

夜は味方じゃない。
いつでも味方でいるわけじゃない。

彼らは“道”をくれるが、
必ず“代価”を取る。

ノクスの顔が少しだけ真剣になる。

「レンカ。今は違う」

レンカが淡々と言う。

「違わない」

「Δが顕在するなら、価値は跳ね上がる」

「この子は“触媒”だ」

「価値が変わる前に確保する」

アルトが息を吐いた。

「……夜も動き始めた」

ユウが前に出る。

「渡さない」

レンカが短く笑う。

「なら奪う」

影が滑る。

次の瞬間、レンカがユウの背後にいた。

速すぎる。

そして刃がユウの背中へ――

だがその瞬間、ユウが“来る”と感じた。

拾える。

拾える未来がある。

ユウは叫んだ。

「……Δ:拾遺干渉(リクレイム)!!」

床に落ちていたはずのない金属棒が、
ユウの手の中に現れた。

それは“遮蔽物”だった。

レンカの刃はそれに弾かれる。

レンカの目がわずかに揺れる。

「……拾った?」

ユウが低く言う。

「拾った」

だが次の瞬間、代償が来る。

アルトが膝をついた。

「……っ」

視界が歪む。
判断が崩れる。

ユウが拾った代償が、アルトに流れた。

――帳尻。

アルトは歯を食いしばり、宣言する。

「……Δ:評価崩壊(ゼロ・ジャッジ)!!」

レンカの次の一手が“成立しない”。

踏み込む判断が崩れる。

影が滑れない。

一瞬の隙。

ノクスがその隙を突く。

「逃げろ!!」

シオンはレムを抱え、走り出す。

ユウが後ろから支える。

アルトがよろめきながらついてくる。

レンカが叫ぶ。

「待て!!」

その瞬間、遠くから別の声が響いた。

冷たく、整った声。

「例外を削除する」

ヴェルナー。

追ってきている。

レンカは舌打ちする。

「……チッ」

「管理側まで来るなら話が変わる」

レンカの影が滑り、闇へ消えた。

ノクスが吐き捨てる。

「夜の奴らは信用するな」

シオンが息を切らしながら言う。

「……じゃあノクスは?」

ノクスは一瞬だけ黙って、笑った。

「俺は夜だよ」

「でも、お前らの“価値”はまだ売らない」

「……まだな」

不吉な言葉。

だが今は、助かった。

走り抜けた先に、光が見えた。

出口。

外だ。

だがその出口の先にいる影が――
シオンの胸をさらに冷たくした。

白いスーツ。
整いすぎた姿勢。
笑みすら合理的。

そこにいたのは――

セイルだった。

ORBITの回収者。

味方か、敵か、まだ分からない。

彼は静かに言った。

「……やっと見つけた」

「BORDER REMAINS」

シオンは息を呑んだ。

ユウが目を細める。

アルトが低く言った。

「……ORBITが先に動いた」

セイルは笑わない。

ただ淡々と続ける。

「遺物核が起動した」

「このままだと、裂け目は増える」

「あなたたちが原因じゃない」

「――でも、あなたたちが“引き金”になる」

シオンが震える声で言った。

「……私たちは止めたい」

セイルは一拍置いて言った。

「止められない」

「だから」

セイルは一歩近づき、告げた。

「検証する」

「Δを、戦い方に落とす」

その言葉は、助けでもあり、宣告でもあった。

次の瞬間、背後の闇からヴェルナーの声が近づく。

「例外を削除する」

追跡が、もうそこまで来ている。

セイルが短く言った。

「選べ」

「私についてくるか」

「ここで削除されるか」

シオンはレムを抱え直した。

救える未来は、細い一本。

でも、残すしかない。

シオンは言った。

「……行く」

ユウも短く言う。

「行く」

アルトは息を吐いて頷いた。

「……行く」

セイルが、初めて少しだけ目を細めた。

「なら生き残れ」

出口の先は、空じゃなかった。

崩壊した高架の下。
鉄骨が折れたまま空へ突き出し、
灰色の雲が低く垂れている。

地上に出た瞬間、空気が重くなった。
湿気じゃない。
密度が違う。

――世界が“戻った”のに、戻りきらない。

シオンはレムを抱きかかえたまま立ち尽くした。

少年の輪郭はまだ不安定だった。
息をしているのに、息が薄い。

“ここにいる”という事実が、毎秒崩れそうになる。

セイルは何も言わず、周囲を見渡した。

そして腕の端末を叩く。

カチ、カチ。

その動きすら整いすぎていて、
人間じゃなく機械みたいだった。

ユウが睨むように言う。

「お前が誘導したのか」

セイルは否定もしないし肯定もしない。

「誘導ではない」

「軌道落下した遺物核が、裂け目を引いた」

「あなたたちはそこに“落ちた”」

アルトが顔をしかめる。

「……遺物核?」

セイルは淡々と続ける。

「ORBITは遺物を拾う」

「拾うべきものじゃないものも、拾ってしまう」

その一言に、ユウの目がわずかに動いた。
“拾う”という言葉に反応している。

セイルは歩き出す。

「ここにいる時間が長いほど、危険だ」

ノクスが肩をすくめてシオンを見る。

「行くしかない」

シオンはレムの額に手を当てた。

冷たい。

冷たいままなのに、汗だけが出ている。

「……レム、大丈夫?」

少年は小さく頷いた。

「……うん」

「でも、ここは……近い」

「……消えるほうに」

シオンの喉が詰まる。

近い。
“消えるほう”。

そして胸の奥にある確定――
救えない未来の影が、また疼いた。

怖い。

でも、抱きしめるしかない。

シオンは息を吸い、宣言する。

「……Δ:希望収束(セイヴ・ライン)」

その瞬間、少年の輪郭が少しだけ濃くなる。

救える未来を一本残す。

その代償として、
胸の奥にまた一つ、冷たい鉛が沈んだ。

救えない未来が増えていく。

増えるほど、終わりが近づく。

それでも。

それでも今は、残す。

セイルが導いた先は、瓦礫の街の端だった。

崩壊した通信塔。
その足元に、地下へ降りるハッチがある。

周囲にはORBITの装備が散らばっていた。

回収箱。
クレーンの残骸。
焼けたドローンの死骸。

そして、焼け焦げた壁面には――
円のような痕跡があった。

魔法陣でも、回路でもない。

“焦げたリング”。

アルトが顔を歪める。

「……Δの残響だ」

セイルが初めて、少しだけ視線を上げた。

「それはまだ、あなたがたの“現象”じゃない」

「核が起こした裂け目だ」

ユウが低く言った。

「核が裂け目を?」

セイルは頷く。

「遺物には、起動条件がある」

「それは通常、端末認証、電力供給、環境整合……」

アルトが口を挟む。

「管理でいう“評価値”みたいな条件か」

セイルは短く言った。

「似ている」

「でも遺物核は違う」

「“結果”に同期する」

シオンが眉を寄せる。

「結果に……?」

セイルは言葉を選ぶ。

「成功した結果」

「起動した結果」

「壊した結果」

「救った結果」

「――その“結果ログ”に遺物は寄ってくる」

アルトの顔が固まった。

「……未来演算に近い」

セイルが静かに頷く。

「ORBITは遺物を拾うことで世界を繋ぐ」

「だが今は逆だ」

「遺物が、世界の裂け目を繋いでいる」

ノクスが笑う。

「最悪だな」

セイルはハッチを開け、地下へ降りた。

「ここで検証する」

「あなたたちのΔは強くならない」

「だが“使い方”は変えられる」

アルトが呻くように言った。

「……強くならないのに、鍛える意味があるのか」

セイルは振り返る。

「ある」

「強さではなく、成立条件を掴む」

「それができないと、戦争の中で死ぬ」

その言葉は、脅しじゃない。
ただの事実だった。

地下は広かった。

崩壊前の研究施設だ。
壁に残る文字は消えている。
扉の認証盤だけが割れて残っている。

だが真ん中に――

“核”があった。

それは球体だった。
金属でも石でもない。

黒い。
そして薄く光っている。

光の色が一定じゃない。
青になり、紫になり、白になり、また黒になる。

“定義できない色”。

シオンは息を呑んだ。

見ただけで分かる。

これは、触ってはいけない。

アルトが近づこうとした瞬間――

ノクスが腕を掴んだ。

「やめとけ」

「それ、見た瞬間から“値段”が変わる」

アルトは苦く笑った。

「夜の価値改竄ってやつか」

ノクスが肩をすくめる。

「違う」

「これは本物だ」

「触った瞬間、世界が値段を変える」

ユウが低く言った。

「……俺が拾った代償が増える」

セイルが静かに言う。

「核はΔを発生させない」

「核は裂け目を増幅する」

「つまり――」

セイルの視線がレムへ向く。

「この子が危険だ」

シオンの背筋が凍った。

「……レム?」

セイルは淡々と告げる。

「存在揺らぎは常時発動」

「核は裂け目を広げる」

「裂け目が広がれば、この子は“消えるほう”へ寄る」

シオンは少年を抱きしめた。

抱きしめたところで、救えるわけじゃない。

救える未来を残せても、
救えない未来が確定するだけかもしれない。

それでも――

それでも守る。

アルトが息を吸い、震える声で言った。

「……俺たちのΔが“原因”じゃないのに」

「どうして俺たちが追われる」

セイルは答えた。

「原因ではない」

「しかし」

「あなたたちは“起動条件”になった」

空気が冷えた。

その一言で、全部が繋がる。

ユウの拾遺干渉。
アルトの評価崩壊。
シオンの希望収束。

三つが揃った時、
“結果”が成立する。

成立した結果に遺物核が同期し、
裂け目が増幅され、
世界がΔを認識する。

つまり――

BORDER REMAINSが揃った瞬間、
世界は発火する。

シオンの胸に、救えない未来の影がまた疼いた。

そしてその影が――

突然、“形”を取った。

視界の端に、未来が見えたわけじゃない。

体が理解した。

救えない未来が、確定した。

それは――

アルト。

アルトが消える。

今ではない。
だけど近い。

シオンは震える息で、思わず言った。

「……アルト、離れないで」

アルトが驚いた顔をする。

「え?」

シオンは言葉に詰まる。

言えない。
“救えない未来が確定した”なんて。

言った瞬間、その未来を固定してしまう気がした。

シオンは首を振った。

「……なんでもない」

アルトは小さく笑った。

「嘘が下手だな」

その瞬間。

核が、脈打った。

――ドクン。

心臓のように。

壁の機器が一斉に点灯し、
割れたモニターにノイズが走る。

そして、どこからか声が響いた。

冷たく、機械的で、確信に満ちた声。

「Δ適合反応を確認」

シオンは凍った。

ここは管理が通らないはずなのに。

セイルが眉を動かす。

「……繋がった」

アルトが息を呑む。

「GENESISの回線が――」

次の瞬間、モニターに文字が浮かんだ。

“回収優先度:SSS”

アルトの名前が出る。

アルトが薄く笑った。

「……俺かよ」

ユウが低く唸る。

「最悪だ」

ノクスが笑えない声で呟く。

「ここ、もう安全じゃない」

シオンは息を吸った。

胸の中の確定が、冷たく重い。

救えない未来が、ここで始まった。

セイルが言った。

「検証ミッションを開始する」

「今この瞬間から」

「あなたたちは逃げるだけでは生き残れない」

ユウが短く言う。

「戦う」

アルトが息を吐く。

「……いや」

「“成立させる”」

シオンが静かに言った。

「……残す」

三つの言葉が揃った瞬間、
核がまた脈打つ。

ドクン。

そして施設の天井が、軋んだ。

遠くから聞こえる足音。

規則正しい足音。

ヴェルナーじゃない。

もっと重い。

もっと確定した足音。

“正しい結果”を持ち込む者の足音。

ラザル。

シオンの背筋が凍りついた。

セイルが短く言う。

「来る」

「ここが本当の落下点だ」
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追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

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