故に彼女は人を読む

四十宮くるふ

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3.血酒の果て

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 ドゥのアジトは山中にあった。
 それも驚くことに、ついさっきまでルチアナ達が居た屋敷のある村から程近い場所で、けれどその場所は巧妙に隠されており、普通ならば気付かないような立地だった。
 その事実に驚嘆しながら、ルチアナは山中にぽつりと建っているその建物へと案内された。外観は森の一部であるかのようにカモフラージュされており、パッと見ただけではそこに建物があるようには見えない。しかし近付き目を凝らして見れば、なるほどそこには確かに建物が建っていた、と言った具合である。
 外から見てそういった感想を抱いたルチアナは、その中に入ってさらに別の感想を抱く事になる。
 というのもこのアジト、外観が森に似せられている為にどこか老朽している印象を受けるのだが、中に入ってみると決してそんなことはなく、むしろ綺麗過ぎる印象さえ抱いた。
 廊下や壁、天井は全て木で出来ており、内部は天井近くの壁に沿って設置された大量の蝋燭によって淡く照らされている。一歩間違えれば大火事になりそうだが、金属製の蜀台によって火が燃え移らないよう工夫されていた。

「凄いですね」
「ここまでのアジトを村の連中に見つからないよう作るのは、そりゃあ苦労したものだ」

 先を往くザンが苦笑する。

「正直盗賊という身分である貴方達には不相応なものに思えますね」
「手厳しいな」

 遠慮のない物言いにザンが再び苦笑するも、ルチアナは御構い無しに感想を告げる。

「なんだか秘密基地みたいでワクワクします」
「ふむ……意外と子供っぽい感想だな」
「子供ではないですけど、まだまだ若いですから」
「ふふっ、そうか」

 実際、ルチアナはこのアジトのことを素直に感心していた。
 このドゥという集団がどんな存在かであり、アジトの存在があることも知っていたルチアナだが、その内装がこうなっているとまでは知らなかった。否、想像できなかったと言うべきだろう。
 ともかく、『魔女の涙』以外に何の興味も持たないだろうと思っていたルチアナにしてみれば、嬉しい誤算であった。少なくとも、この場に立っているだけでルチアナは物珍しさに満たされるのだから。

「さて、この先の一室が俺の部屋になる」

 そうしてアジトの一番奥の部屋へと案内された。
 室内はそこそこな広さがあり、人が二人入ったところでなんら窮屈さを感じなかった。部屋の中央にテーブルと椅子があり、四隅にはベッドが置かれている。それ以外には何もない、生活感の感じられない部屋だった。

「殺風景ですね」

 室内を見渡すルチアナがそう感想を零した所で、テーブルの上に置かれているものに気付いた。
 それは小さな瓶だった。
 その瓶の中に入っているものの量は非常に少ないだろうが、それでもそれは紛れもなくルチアナの求めているものであった。

「これがその……!」

 そしてそんなルチアナに目敏く気付いたザンは、不敵に笑いながら肯定する。

「如何にも。それこそお望みの『魔女の涙』だ」

 そう言い椅子にドカッと腰を落とすザン。
 ルチアナはすぐさまテーブルに置かれている瓶を手に取り、ラベルを確認する。
 念入りに調べた後、ルチアナはこれが本物であると結論付けた。本当はそんなことをしなくてもそれが本物であると言う確証を持っていたが、実物を目の前にしたら、確認せざるを得なかった。

「さて、これで『魔女の涙』の確認が取れたわけだが……次は写本人生譚を見せて貰おうか」
「それは構いませんが、貴方が中身を確認し終わる前に帰ってもいいですか? ハンナちゃんとヨハンさんのことが心配なので」

 ルチアナには本の中身を見られるよりも前に、酒を手に退散したい理由があった。
 だがこの男が簡単に帰してくれるとは露とも思っていないルチアナは、駄目で元々と問うてみた。そして案の定それは否定される。

「それは承諾できん。もしこの写本人生譚とやらが真っ赤な偽物であった場合、この取引は成立しない。だから今すぐに帰してやることはできん」
「……では、どのタイミングでなら帰して貰えますか?」
「全てが円滑に進み、円満に事が終わったら、だな」

 その物言いにルチアナは内心で頭を抱えた。
 それではまるで、ザンの采配一つでルチアナはこの場から帰ることができなくなる、とでも言いたげだったのだから。
 故にルチアナはイニシアチブを握り切られてしまう前に、この良くない流れを断ち切る行動に打って出る。

「分かりました。この本は約束通りお渡しします。ですがその前に。一つ確認をしても宜しいですか?」
「なんだ?」
「盗賊である貴方が私を無事に帰すという保証はあるのですか?」

 予想外なその問いに、ザンは両手をパンと一回叩いて笑った。

「ははっ! 自分からついて来ておいて今更保身か!」

 ザンは嘲笑した。

「誰だって我が身は可愛いものですよ」

 しかしルチアナは嘲笑されるのも構わず、それを素直に肯定する。
 その妙にアッサリとした態度にザンは眉を顰めた。

「ふむ……では一つ問う。仮に俺がこの場からお前を逃がさないと言ったら、どうする?」

 ザンの試すような問い掛けに、ルチアナは間髪いれず即答する。

「――貴方を殺します」
「っ……!」

 その声は空虚だった。
 殺気があるわけでもなく、ただ端的にそう紡がれただけの、意味のない言葉。
 けれど、故に、ザンはそれに戸惑い生唾を飲み込む。
 このどう見ても劣勢である状況下で、どうしてここまで感情を垣間見せず、尚且つ受け取る側が鳥肌を立ててしまうようなゾッとする言葉を吐き出せるのか。ザンはこのルチアナという存在を初めて怖いと思った。
 しかしそんな糸を張ったような空気は、ルチアナの手により切断される。

「と、言うのは冗談にして、今度は私が質問させて下さい」

 表面上は優しげな微笑で、されどその腹の内で何を考えているのかまるで見えない表情で、質問し返してきたのだ。
 本当なら答える必要なんてなかったその質問に、ザンは思わず反応してしまった。

「質問……?」

 しまった、と思った時には既に時遅し。握れていたと思った主導権は、いつの間にかルチアナへ移っていた。

「ええ、私を帰さない場合、貴方は私をどうするんですか?」
「大したことはしないな。ただ単に殺すだけだ」

 意趣返しにザンが答えるも、ルチアナは芝居がかったしらじらしい態度でおどけて見せる。

「これは困りましたね。どうやら私が殺されるのは確定してしまったみたいです」
「それはどういう……」
「実は私、貴方に一つ大きな嘘を吐いているんです」
「……嘘?」

 ルチアナは手にしている一冊の本――『写本人生譚‐ザン・ドゥ‐』をその場でパラパラと捲ると、本の中身をザンに見せつけるように突き出した。

「白……紙……?」

 まっさらなページを前に、ザンは戸惑う。
 本の中身が適当なことを書かれているのではないかと疑うことはあっても、中身が白紙であるなど誰が予想出来るだろうか。

「あの屋敷にあったを頂いたのだけれど、どうにも表紙をそれらしく見せるのが精一杯で、とてもじゃないですが中まで書く時間はありませんでした」

 嘲笑混じりに放たれるその台詞は、ザンの心をこれ以上ないぐらいに逆撫でる。

「お前……写本人生譚などと自信満々に言っておきながら、実際は中身のない白紙の本を俺に渡すつもりだったのかっ!」

 そしてザンはルチアナのこの所業に荒々しい怒りを露にする。

「決めたぞ! もうお前は此処から帰すことは無い! 『魔女の涙』を手にすることはおろか、謳歌していた自由さえ剥奪してやろう! そして一生、我らの慰み者としてその身体を捧げよ!」

 その大声に呼応するように、今まで誰一人として乱入することの無かったザンの個室の扉が開かれ、多くの男達がなだれ込んで来た。
 その数、八。

「さぁ、どうするルチアナ・ホーキンス。お前の帰路は断たれたぞ!」

 元よりザンは『魔女の涙』を手放す気など毛頭なかった。
 ザン・ドゥという存在を誰より理解する本人だからこそ、取引で交換するなど有り得ない。故に此度の件はあくまで取引と言う建前であり、餌であった。そしてまんまと食い付いて来たルチアナを食い物にする。それこそがザンの魂胆であった。室外に部下を待機させていたのも、万が一交渉が決裂し帰ろうとするルチアナを力尽くで屈服させる為である。

「……はぁ」

 それを冷めた目で見据えるルチアナは、怖気づくこともなく、どこまでも平静に――否、むしろこの状況をあざ笑うかのような不敵な笑みさえ浮かべていた。
 侮蔑交じりのその視線をザンとその部下達に浴びせながら、ルチアナの桜色の唇がゆっくりと滑り、力強い言葉が紡がれる。

「盗賊相手だと分かっていて、どうしてまともな取引をしようと思えますか。それは貴方達も同じでしょう? 室外に人が居たのも、私を帰す気がないということでしょうし。それと……ザン・ドゥ、貴方は一つ勘違いをしています」
「ほう! 勘違いとな!」

 余裕ぶってそう言うザンだが、内心は困惑していた。
 このザンにとって絶対的とも言える状況下で、どうしてこの女は怯えないのかと。
 まるでこの状況がなんてことない状況であるかのように思わせる、この女の態度はいったい何なのかと、ザンは今まで出会ったことのない未知に怯えていた。
 だからこそ、この次に発せられたルチアナの一言に、ザンは半生で一番の衝撃を受けることになる。

「――下に下はを。愚には愚を。盗には盗を。あの本の真偽について貴方がどう感じようとも、私は初めからこうするつもりで、取引なんてする気は毛頭ありませんでした。貴方と邂逅し、貴方を読み、貴方を知り、貴方がこの美酒を所持していると知った時点で、『魔女の涙』は貴方の手から奪うと決めていたんです」
「なん――っ!?」

 ザンが漏らす驚愕の声は、打ち止めにされる。
 何故ならルチアナが、いつの間にか――舞っていたから。
 先の口上を述べるや否や、何処からか取り出したナイフを両手に握り、周囲を取り囲むように立っていたザンの部下達に襲い掛かったのだ。それも、斬られた側であるザンの部下が喉を掻き切られたのだと理解するよりも先に、その場に居たザン以外の人間の首全てをナイフでなぞったのだ。
 それは思わず溜息が洩れてしまう程に鮮やかな軌跡だった。
 理解できずとも追い付かぬ視線を泳がし、それを認識しようと必死になってしまうような、心の底から見惚れてしまうような華麗で熾烈な演舞。
まるで予定調和だとでも言いたげに振るわれた腕は、その手に握るナイフを宙に踊らせ、銀の線を刻み込む。
 目にも留まらぬ早さだと言うのに、物音立てずに移動するルチアナを、いったい誰が捉えることができようか。
 瞬きする間に終わったその行動の後にやって来たのは、悲鳴ではなく紅い雨だった。
 声帯ごと喉と喉にある血管を完膚なきまでに破壊された男達は、ひゅーひゅーという虚しい音を肺から吐き出し、切断された血管から吹き出す血潮が間欠泉の如く周囲に撒き散らされる。

「……なんだ、これは」

 その光景を見て、ザンは今までに感じたことのない恐怖を覚える。

「さあ、これで役者は一対一です。奪う者と奪う者。話し合いが通じない以上交渉なんて以っての他。さすれば、答えは一つです。戦争。戦争ですよ、ザン・ドゥ。奪う者同士がぶつかり、どちらかが奪われるものとなる。私か、貴方のどちらかが……!」

 ルチアナの口から放たれるそれが、ザンにとっては死神の口から告げられる死の宣告に思えてならなかった。
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