名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第四章 大切な人

魔王、女の子みたいな顔の可愛い男の子と友達になる

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「おかしい、わしの完璧な計画が……」

 荷物を背負って歩くアデルが、ぶつぶつと何か呟いている。町を出てからアデルの村へと向かう一本道の途中で、アデルは眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
 そんなアデルを見て、ソフィは溜息を吐いた。

 あれのどこが完璧な計画だったのかまったく理解ができない。何より、そこまでしてお酒が飲みたいというのがソフィには理解できなかった。
 わざわざ頭が悪くなるようなものを飲むとは、一体何を考えているのか。
 味が良いというのならまだ理解できるが、あまり美味しいものだとは思えない。アニーの部屋でワインを少し口にしたが、リンゴの果汁のほうがよっぽど美味しかったように思う。

 町を出てからの道は、少しずつ細くなり、荷車がすれ違うのがやっとという感じだった。左右に広がる風景には、緑に茶褐色が混じった草がぼうぼうに伸びている。
 同じ種類の草が生えているのだから、誰かが育てているものだと思えたが、ソフィにはそれが何なのかはわからなかった。

「えーと、村長と……、ロルフと、ロルフの親父さんと……、あと、えーと」

 指を折りながらアデルが何かを数えている。

「アデルよ、その者たちにも酒を出してもらおうと思っておるのか」
「ぎくっ! い、いやソフィ、違うぞ。挨拶せねばならんなぁと思っただけじゃ」
「ほーう……」

 ソフィは疑いの視線をアデルに向けた。
「いやー、しかしいい天気じゃのう! はっはっは、わしの家ももうすぐじゃぞ」
 話を逸らそうとしてるのは解ったが、ソフィはあまりそれ以上追求しないことにした。
 アデルの家がもう近いのだという。

 思い返せば、長いようで短い旅だったような気がする。
 石に囲まれたあの狭い場所から、一体どれだけ歩いてきたのだろう。あの場所で暮していた日々は、自分に何ももたらさなかった。
 そんな場所に、この男は訪れた。

 魔王を倒すためではなく、自分が死ぬために。

 あの時、もしも自分がもう少し賢かったら、アデルを簡単に殺せていたような気がする。少なくとも、今アデルと戦ったとしたら、アデルが何をしようと簡単に倒せると思えた。 
 まだ知らないことは多いにしても、あの頃よりは物事の先を考えられるようになったような気はする。

 自分は、少しずつ変わっている。
 ソフィは青い空を見上げて、感慨に耽った。

 アデルには色々なことを教えてもらった。あの場所から救い出してもらった。ずっと、優しくしてもらった。
 大切な人だと言ってもらった。我が侭も聞いてもらった。

 これからは、アデルに何かを与えられる女にならなければならない。
 アデルを幸せにしてやると告げたのだ。いずれ、アデルもそんな自分を愛しく思うようになり、向こうから抱きついてきたりするのだろう。
 もしかしたら、キスだって沢山するかもしれない。そういう生活が、きっと待っている。

 そんな日々のために、これから多くのことを学ばなければいけない。これからの生活がどのようなものになるのかはまだわからない。
 それでも、きっと嬉しいことや楽しいことがあるに違いない。

「この男と、一緒なのじゃからな……」
「ん? どうしたソフィ?」
「いや……、まぁ長いようで短い旅であったなぁと」






 感慨深げに呟くソフィを見て、アデルは少し嬉しくなった。

「ははは、色々とあったのう」
「うむ、妾もこの旅を通じて少し成長したような気がする。これからも頑張らねばな、ユーリを見習わなければならん」
 意外な人の名前が挙がって、アデルはソフィに目を向けた。
「あの人をか」
「そうじゃ、ユーリのように大きな心を持たねばのう」

 ソフィがうんうん、と頷き意気込んでいる。噴水の傍で何か話していたようだが、アデルは二人が何を話していたのかはわからなかった。
 それでも、良い影響を受けたようだった。

「妾も何かと怒ってばかりであったが、これからは広い大きな心を持たねばのう、ユーリのように」
「おお、いいことを言うではないか。そうじゃな、この空のように大きな広い心で爽やかに、穏やかに過ごしていこうではないか」

 アデルが空を見上げる。この村で何度も空を見上げてきたが、今日の空はそれらに負けず劣らず美しいように思えた。きっと、ソフィと一緒だからだろう。
 広く澄み渡った空を見ていると、確かに心が穏やかになっていくような気がした。
 これからの新生活がどうなるのかはわからない。きっと大変なこともあるだろう。
 しかし、ソフィが一緒にいる。これからの生活が楽しいものになるよう、自分も頑張ろう。
 アデルは胸いっぱいに秋の空気を吸い込んだ。

 視線を道の先に戻すと、一人の子どもが道の向こうから駆けて来るのが見えた。

「んん? あれはもしや」

 アデルが目を細めて、誰なのかを確かめる。向こうから来る子どももアデルの姿に気づいたのか、驚いた様子で速度を上げた。

「おおっ! まさか、カールか?!」

 アデルは荷物を下ろして、駆け寄ってくる子どもに向かって早足で近づいた。子どもがアデルの姿を見て、大きな声を出す。

「アデル兄ちゃん?! もしかして、アデル兄ちゃんなの?! やっぱり生きてたんだ!」
「カール! やはりカールか! なんと、大きくなったのう!」

 アデルはその子の元へ駆け寄って、ソフィと同じくらいの身長の子の体をがっしりと抱きしめた。

「カール! なんと、大きくなってからに! いやぁ久しぶりじゃのう!」
「ちょっと、痛いよアデル兄ちゃん」
「久しぶりじゃのうカール! 元気にしておったか?」

 アデルはカールの体を抱きしめて、頬ずりをした。嬉しそうに笑いながら、アデルはカールの体を撫で回す。

「はっはっは、カール、久しぶりじゃのう。いやぁ、本当によかった」
「もう、痛いよアデル兄ちゃん」
「はっはっはっはっは」
 カールの言葉を無視して、アデルはカールの背中をバンバン叩いた。

 その様子を見ていたソフィが、わなわなと震えて、それからアデルの背中を踵で蹴った。
「こりゃアデル! 何をしておるんじゃッ!!」

 背中を蹴られたアデルが痛みに声をあげる。カールを抱いていた手を緩めて振り返った。 

「な、なんじゃソフィ? 何をそんなに怒っておるんじゃ?! 空のように広い心はどうした?!」
「こ、この阿呆めが。限度というものがあるわい!! 一体何をやっておるんじゃ?! アデルよ、妾というものがありながら、っていうか妾と同じくらいの女の子をそのように抱くとは! おのれアデル!」
「ちょ、ちょっと待て、何か深刻な誤解がじゃな」
「問答無用じゃ! 妾だってそんな風に抱かれたことがないのに! 妾の目の前で他の女を抱くとは、しかも妾と変わらん年頃ではないか!」
「待てソフィ、カールは男だぞ」
「はぁ?」

 ソフィはアデルに抱きしめられていたカールに視線を移す。自分と殆ど身長は変わらない。首元まで伸びる金髪と、澄んだ青空のような青い瞳。
 睫は長く、瞬きするたびに大きく揺れている。唇は桃色で、少しだけ朱の差した頬が白い肌によく映えていた。
 ソフィはじろじろとカールの姿を眺め回し、結論付けた。

「やはり女ではないか! こんな可愛い男がいるわけなかろう! ええいアデルめ、そんなバレバレの嘘で妾が騙されるとでも思ったか!」

 両手を上げて、ソフィが文句を言う。

「いやいやいや、本当に、カールは男じゃぞ」
「まだ言うか!」
「ええい、埒が明かん。カール、証拠を見せてやれ!」
 いきなり声をかけられたカールが、戸惑う。
「え? 証拠って」
「ほれ、股間にぶら下がっておるもんを見せてやれ!」
「嫌だよ! なんで僕がそんなことを!」
「わしを助けると思って」
「嫌だよ!」

 カールは顔を真っ赤にしながら断った。
 アデルは無理矢理カールのズボンを脱がせようかとも思ったが、さすがにそれは可哀想なのでやめておく。

「うーむ、ソフィよ、よく聞け、確かにカールはこんな可愛い顔をしておるが、男じゃぞ。そうじゃなカール?」
「う、うん。僕、男だよ」

 紅潮した顔で、カールがそう言った。
 そして、カールはまだ疑念を抱くソフィの顔を見た。驚いた。

 かわいい。

 それがカールがソフィを見て抱いた第一印象だった。少し怒っているのか、ソフィは淡い桜色の唇を尖らせている。
 艶やかな長い黒髪がわずかに風を受けて靡き、白い肌の上に影を落とす。ルビーのように紅い瞳は大きく、陽光の中で煌いていた。
 ソフィは細い眉を少し吊りあがらせてカールの姿をじっと見回している。その大きな瞳で見られていると、カールは心臓が握り締められているかのような心地になった。

「あ、アデル兄ちゃん、あの……」

 カールが視線を逸らして、アデルに向ける。カールが何を言いたいのかを察したアデルが、ソフィを紹介することにした。

「ああ、この子はソフィ。今日から村に住むでな、カールよ、仲良くしてやってほしい。うちの村にはソフィと同じ年頃の者がおらんでのう、カール、ソフィによくしてやってくれ」
「う、うん」
 カールがこくんこくんと頷いた。
「で、ソフィよ。この子はカールという。このように可愛い顔立ちをしてはおるが、男の子じゃ」
「むぅ、本当じゃろうな……」
「本当じゃとも、ほれ、ズボンを履いておるし、髪もそんなに長くないであろう?」

 アデルはそう言ってからソフィの隣に立って、ソフィの背中を押した。カールとソフィの距離が縮まり、カールはおろおろと指先をせわしなく動かす。

「さてソフィ、この村の住人になるのじゃし、カールはソフィと年も殆ど変わらん。仲良くするのじゃぞ」
「う、うむ……」

 ソフィが口ごもりながらも頷いた。アデルはその様子を微笑みながら眺め、もう一度カールに視線を向ける。
「カール、色々と事情があって、この子はまだ知らぬことが多いでな。少し戸惑うかもしれんが、大きな空のような心で大目に見てやってほしい」
「う、うん。わかった」
 カールがこくこくと頷いた。顔を赤くしているカールを見て、アデルはにんまりと笑う。

「ははは、カールもお年頃じゃのう。さて、と、では握手じゃ」

 アデルはソフィの背中をさらに少し押して、カールとの距離を縮める。ソフィには少し抵抗があるのか、アデルが背中を押すとわずかに抵抗した。
 手を伸ばせてば触れられる距離にソフィが近づいてきて、カールは頭の中身が真っ白になった。顔面に血が上っているのか、顔が熱くて仕方ない。

「ほれソフィ、握手じゃ」

 アデルに促されて、ソフィは渋々といった様子で右手をゆっくりとカールに向かって差し出す。カールはすぐに反応できず、しばらくの間ソフィの右手を見つめていた。
 その右手が何を意味しているのか悟って、カールは慌てて自分の右手でソフィの手を握ろうとする。そこでカールは自分の右手がじっとりと汗に濡れていることに気づき、ズボンで汗をゴシゴシと拭った。
 それからソフィの右手をおっかなびっくりといった様子で握る。
 ソフィの白い手は柔らかく、まるで幼児の肌のように熱かった。触れた右手からソフィの体温が上ってくるような気がして、カールは頭が痺れてしまった。

 可愛い女の子が目の前にいて、その子の手に触れている。
 目が乾き、喉も渇いた。

「あ、あの!」

 裏返る寸前の声でカールが言う。

「ぼ、僕はカール。よろしく!」
「……妾はソフィじゃ」
 小さな声で言った。
「うん、よ、よろしくね!」
「それは聞いた」
「う、うん……、ええと」
「いつまで手を握っておるのじゃ」
「ええっ?! あ、ごめん!」

 カールがぱっと手を離し、半歩後ろへと下がった。何を言えばいいのかわからず、カールは自分の右手を見つめる。
 そこに残ったソフィの感触は、カールの肌をぴりぴりと焦がした。

 もじもじしているカールを見て、アデルが大きく頷く。
「うむ、仲良くやれそうじゃな、はっはっは」

 ソフィから手を離してからも、カールはしばらくはぼーっとした心地でいたが、急にはっと大きく目を見開いた。

「あっ、しまった。ジェクと待ち合わせがあるんだった!」
「ジェク? 誰じゃ?」

 聞いた覚えの無い名前に、アデルが疑問を抱く。

「隣の村の子で、僕の友達なんだ。今日、一緒に遊ぶ約束してて、でもちょっと遅れちゃって」
「ふーん、それで走っておったのか。すまんのう、時間を取らせてしまったようで」
「そんな! 僕、アデル兄ちゃんとまた会えて本当に嬉しかったし!」
 カールはぐっと両手を握ってそう言った。
「おお、カール! なんと可愛いことを言ってくれる、まったく、可愛い奴じゃのう」
 アデルがカールの頭をぐりぐりと撫でる。
「ちょっと、い、痛いよ」
「はははすまん、嬉しくてつい」
 朗らかに笑いながら、アデルは手をカールの頭から離す。


「それじゃアデル兄ちゃんと……、ソフィちゃん。またね」
「おう! 気をつけてな」
 アデルが大きく手を振って、走り去っていくカールを見送る。
 ソフィはただ黙ってカールの背中を見つめていた。

「なんじゃソフィ、手くらい振ってやったらどうじゃ?」
「むぅ……、妾は男に負けるわけにはいかんのじゃ」
「なんの話じゃ」
「よい、どうせおぬしにはわからん」

 ソフィは町に背を向けた。



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