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第二部 第二章
幼女魔王と紅の勇者2
しおりを挟む「いかん、いかんぞ……」
アデルはソフィを肩に担いでひたすら走った。鉈を左手に持ち替えて、右手でソフィの胴体をがっちりと肩に固定する。時々後ろを振り返り、あの二人が追っては来てないか確認した。森の木々に遮られて、その姿は見えない。
「ソフィ、火を放て、森を燃やし尽くすつもりで構わん」
「わ、わかったのじゃ」
肩に担がれたソフィは後ろを見ることが出来た。揺れる肩の上で、ソフィは魔法で火球をいくつも撃ち出した。その炎が枯葉に宿って煙をあげはじめる。
アデルが全速力で走るとこれほどまでに速いのかと、ソフィは驚かずにはいられなかった。景色が、木々が視界の中であっという間に吹き飛ばされていく。
「ソフィ、もっと燃やしてくれ」
「わかったのじゃ」
アデルに言われるがまま、ソフィはさらに火球を撃ち出した。遠くで煙が立ち上っているのが見えた。さっき火をつけたあたりだろう。立ち並ぶ木々に燃え移ったのかもしれない。
しばらくそんなことを繰り返し、アデルは足を止めた。後ろを確認してから、肩に担いでいたソフィを地面に降ろす。呼吸は馬のように激しくなった。
ソフィも肩で息をしていた。ずっと左手でアデルの服にしがみついていた。体が硬直しているような気さえする。
「ソフィ、火の玉を向こうに飛ばせるか? 少し遠いが」
「できるが、何故向こうに……」
「もし奴らが追ってくるなら、火の手が上がってくるところを追ってくる。向こうを燃やしておけば、あちらに気を取られるかもしれん」
「な、なるほど」
ソフィは言われたまま、火球を杖から放つ。少し遠いが、問題は無いだろう。
その様子を見届けて、アデルが言った。
「ソフィ、奴らの狙いはソフィじゃ。魔王を倒しに来ておる。そしてあれらは、わしなんぞより圧倒的に強い。戦えば殺される」
「なんと……」
「いいかソフィ、わしがこれから何か言ったり指示したりすることに、疑問を挟むな。さっきのように説明している暇は無いかもしれん」
「う、うむ……」
「ソフィ、肉屋ヶ丘で買い物をさせたな。村に来てからも色々と買い物をさせた」
アデルが何故こんな話をしだしたのか、ソフィには理解できなかった。
「よいかソフィよ、金の使い方はもう学んだであろう、物価についても凡そ把握したはずじゃ。そしておぬしほどの力があれば、その気になれば誰かから金を奪うことが出来る。どうしようもなくなったら、おぬしはその強大な力を使って金持ちなり誰かから金を奪ってもよい。金があればなんとか生きてゆける。言ってることはわかるじゃろ。そして、医者もどきになれ。その回復魔法ならば金は稼げる、そして金の使い方を知っていればどうとでもなる。もっと色々教えてやりたかったが、それも叶わぬかもしれん」
「な、何を……」
「疑問を挟むなと言ったばかりじゃぞ」
「馬鹿を言うでない、妾はそのような生き方をするつもりなどないぞ。妾はあの村で、アデルと、皆と生きてゆくのじゃ」
「それがソフィの願いであることはわかっておる。しかし、万が一ということがある」
「そんなことは起こらん。あの二人を殺してしまえばいい。そうすれば妾たちの安全は確保される」
「出来れば苦労せんのじゃが、生憎わしはあれより相当弱い。勝てる気がせん。さっきのも手加減しておった」
あの剣士は、自分の服が血で汚れるのを嫌って、返り血を浴びないように斬り殺すつもりだったに違いない。だからこそなんとか避けることが出来た。だが次はそうはいかないだろう。
ソフィの頭に血が上る。
「あんな奴ら、さっさと倒してしまえばよい。妾の魔法がいかに強力であるか、アデルも知っておるじゃろ」
「それは知っておるが、ソフィよ、強い魔法が使えれば戦いに強いというわけではない」
だからこそ、ソフィはアデルとの戦いで杖を奪われるという失態を犯した。
「聞けソフィよ、つべこべ言っておる時間はないぞ。逃げることを考えねばならん」
「何を言うかアデルよ、妾が奴らに目にものを見せてくれる」
「よせ、逃げるぞ」
カッ、と何かが光るのが見えた。アデルはソフィの体に飛びついて、その体を地面に押し倒した。
「んな?!」
地面に押し倒されたソフィがもがく。その声を掻き消すような爆音が近くであがった。何かが飛んできた、それだけは間違いない。
アデルは顔をあげて、何かが飛んできた方向を見た。だが、何者かの姿を捉えることは出来なかった。何かを放ってきた相手はまだ遠くにいるはず。
「くそ、居場所に気づかれたか、ソフィ、腰を屈めて逃げるぞ」
「し、しかし」
顔をあげたソフィが、不満気に唇を尖らせる。
アデルが立ち上がり、ソフィの腕を取った。
「逃げるぞ、あいつらはこの森の地理について知らんはずじゃ」
そう言った後、赤い何かが走り寄ってくるのが見えた。明らかにこちらへと向かってきている。その速度にアデルは舌打ちをした。
ズザザザッと音を立てて、目の前に勇者が現れる。
「まったく! 何変な工作までしてんのよ! シシィがこっちに魔法撃たなかったらあっちに進んでたじゃないの!」
勇者が文句を口にする。どうやらさきほどソフィが火球を撃った方向から来たらしい。この勇者はあの偽装に引っかかったようだが、もう一人の魔法使い、シシィと呼ばれた女はあっさりと看破したということか。早すぎる。もう少し時間が稼げればと思ったが。
「もう走るの面倒だから、二度と走れなくしてあげる」
「くそっ」
アデルが鉈を構える。もうどうしようもないかもしれない。ここで死ぬのか。
自分が死ぬだけならまだいい、しかし、相手の狙いはソフィだった。ソフィを守らなければ、そう思ってアデルが歯を食い縛る。
ソフィが杖を掲げ叫んだ。
「炎の暴風よ! すべてを焼き尽くせ!」
杖の先に炎の渦が巻き起こる。炎は轟音を立てながら勇者へ向かって一直線に伸びた。勇者の体に到達する寸前で爆発が起こった。
猛烈な爆炎を見てソフィが嬌声を上げる。
「見たか!」
「見たわよ」
すぐ隣に、勇者が立っていた。ソフィの首が勇者のほうに向けられるまでのほんの短い時間の間に、勇者はすでに剣を振り下ろし始めていた。
「ソフィ!」
アデルが跳ぶ。鉈を掲げてソフィと勇者の間に割って入った。鉈で剣戟を受ける。鋼鉄同士の衝突。勇者の剣が、鉈の刃を斬り裂いていた。その刃は止まることなく鉈の柄にまで達した。鍔の無い鉈の柄の上をすべり、アデルの右手首に勇者の剣が食い込んだ。
「ぐああっ」
右手の甲から手首に渡って斬られた。焼けるような痛みにアデルが顔を歪める。勇者はというと、追撃をせずに後ろへ飛びのいていた。
自分の剣を見ている。
「ちょっと! 鉈で受けるとかやめてよ、あたしの剣に傷ついたらどうすんのよ」
鉈の刃という鋼鉄を切断しても、勇者の剣には刃こぼれひとつ無かった。ほっとした様子で勇者が剣をおろす。
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