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1.汚された婚約者

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―――――【★読まれる前の注意事項★】―――――
・当作品はヒューマンドラマ傾向が強め(多分)のお話になります。
・ヒーローが賛否両論気味の暴走タイプです。
 彼にスパダリ完璧ヒーローは求めないでください。(苦笑)
・世界観は作者が勝手に妄想したなんちゃって中世ヨーロッパになります。
 その為「本来の王侯貴族であれば……」のご感想頂くと「架空の世界観の話なのに何故そのコメント?」と作者が首を傾げます。(苦笑)
・魔法設定ありのご都合主義展開な話なので寛大なお気持ちでお読みください。

★尚、毎度お馴染みのお願いです。『読まれる際は自己責任で!』★
――――――――――――――――――――――――



「被害者であるシャーロッテ嬢には、大変申し訳ないとは思っている……」

 悲痛な表情を浮かべ、そう切り出したのはシャーロッテの婚約者であるアルベルトの父であるクスフォード伯爵だ。

「しかし我が伯爵家は、かつては王族の降嫁もあった由緒ある尊い血筋……。このような痛ましい出来事の被害者となってしまったシャーロッテ嬢を想うと、私は非情な人間だと思われても仕方がないのだが……。それでも、どこの馬の骨とも分からぬ子を宿したあなたを我が家に受け入れる訳にはいかないのだ……」

 心苦しそうに眉間に皺を刻みながら低く呟く伯爵は、どこか鬼気迫る雰囲気も醸し出していた。

「もちろん、婚約破棄に関しては、こちら側の有責として、それなりの賠償金を支払わせて頂く。尚且つ、このような悲劇に見舞われたあなたが、少しでも心休まる生活が出来るよう長年婚約を交わしていた縁もあるので、我が家から少しばかり見舞金も送らせて頂きたい……」

 クスフォード伯爵のその言葉を聞いたシャーロッテは、小刻みに震えながら深く俯く。
 対して、その隣に座っているシャーロッテの婚約者のアルベルトは、普段の冷静さをどこかに吹き飛ばしてしまったかのような怒りの表情をその端整な顔立ちに浮かべていた。

 そんな態度のアルベルトにシャーロッテの隣に座っている妹リリアーナは、涙目になりつつも憎悪に満ちた思いをぶつけるように射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつける。
 怒りを爆発させたいのは、こちらの方だと訴えるかのように……。

 リリアーナの姉であるリングバード子爵家の長女シャーロッテと、クスフォード伯爵家の長男アルベルトが婚約したのは、今から11年前………。
 シャーロッテが7歳、アルベルトが9歳の頃である。
 二人が婚約に至った経緯は、互いの母親同士が貴族令嬢向けの女学校時代からの親友であった事が切っ掛けだった。

 当時まだ4歳だったリリアーナは、姉シャーロッテと共にクスフォード伯爵家に招かれた母に連れられ、その時に初めてアルベルトと顔を会わせたのだが、姉とアルベルトは出会った瞬間から、早々に打ち解け合い、邸を去る頃には互いが泣きわめいて別れを惜しむ程、すぐに仲良くなっていた。
 その後、頻繁に互いの家を行き来していた両家だが……。
 あまりにもシャーロッテとアルベルトが仲睦まじい為、母親二人が二人を婚約させようと互いの夫に口添えをしたのだ。

 その結果、二人の婚約はすぐに決まり、二人はますます仲を深めていった。
 そしてその大好きな姉と、子供でありながら整った顔立ちである未来の義兄は、リリアーナの自慢だった。

 しかし、今から二カ月前に信じられない悲劇が起こる。
 姉シャーロッテは、子爵邸に侵入した何者かに襲われ、純潔を散らしてしまったのだ……。
 だが、アルベルトとの婚約解消を恐れたシャーロッテは、その事を誰にも相談出来なかった。そして、この事が更なる悲劇を招いてしまう。

 犯人が味をしめたのか……シャーロッテはこの二カ月間で、その男に一番安全とされる自室で6回も襲われたのだ……。
 姉の証言によると犯人は、くすんだ鉄色の髪に血の気のない青白い顔をし、ごげ茶の目をしていたそうだ。年齢は20代後半から30代くらいで、不健康そうな見た目に反し、騎士か傭兵のような引き締まった体つきだった為、ただのならず者という感じではないらしい。

 だがその男は『もしこの事を誰かに話せば、この醜聞を世間にばら撒く』と姉を脅してきたそうだ……。その為、助けどころか、誰にも打ち明ける事が出来ない状況に追い込まれてしまったシャーロッテは、この二カ月間、その侵入者にされるがままの状態になってしまい、最終的にはその男の子供を身籠ってしまう。

 今回その事が発覚したのは、一週間程前にシャーロッテが体調不良で倒れた事で妊娠が確認され、その事を問い詰めた事が切っ掛けだった。すると、侍女達の間でもその怪しい男が邸内をうろついていたという目撃証言までも出てきたのだ……。

 だが、この状況にリリアーナは、ある懸念と疑問を抱いている。
 まず何故、警備がそこそこ強固なこの子爵邸にその男は何度も侵入できたのかと……。
 そして令嬢は妹リリアーナもいたにも関わらず、何故犯人は姉シャーロッテばかりを執拗に何度も襲ったのだろうかと……。
 この事が引っ掛かったリリアーナは、明らかにその男を屋敷内に手引きしていた内通者が、使用人達の中にいるのではと踏んでいる。

 そのもっとも疑わしき人物が、三カ月程前からクスフォード伯爵家より、このリングバード子爵家に寄越されたアルベルトの乳母でもあったベテラン侍女のエルメラである。
 30代後半くらいの彼女は元子爵家令嬢で、夫はクスフォード家とは親類関係の伯爵家の三男で現在はクスフォード家全体の警備責任者を担っている騎士でもある。
 二人は、奉公先のクスフォード家で出会い、恋に落ち、結婚後も厚い忠誠心からかクスフォード家に全力で仕えていた。

 だが三カ月前、アルベルトがシャーロッテに自身が一番信頼しているエルメラと嫁入り前にある程度交流を持って欲しいと言い出し、急遽エルメラがこのリングバード子爵家にやって来たのだ。
 その間、エルメラは献身的にシャーロッテに侍女として仕えてくれていた。
 そしてシャーロッテの方もかなりエルメラに信頼感を寄せていた。

 だが今思うと、何故アルベルトは急遽エルメラを姉のもとへ寄越したのだろうかと、リリアーナは疑問を抱いていた。
 確かに将来クスフォード家の伯爵夫人となる姉は、今後侍女頭となるエルメラとは交流を深めた方がいい事は理解出来る……。だが、ここで注目すべき点は、姉が最初に襲われた時期と、エルメラがこの邸にやって来た時期があまりにも被っている事だ。

 この状況から、犯人の男を子爵邸に手引きする為にアルベルトが自分の元乳母でもあったエルメラをこの邸に寄越した可能性も否めないと、リリアーナは邪推もしていた。
 何故リリアーナは、そんな可能性を抱いてしまったのか……。
 それは、現在の姉とアルベルトを取り巻く周囲の人間関係から、その様な可能性を考えてしまったからだ。

 実はアルベルトは、三年程前からある侯爵令嬢に気に入られてしまい、頻繁に夜会などの招待で声を掛けられるようになってしまったのだ。
 だが、当時のアルベルトはそれを疎ましく感じている様子だった。
 しかし、相手は爵位が上の侯爵令嬢だった為、下手に邪険にも出来ず……。
 二年程前からその侯爵令嬢からの過剰なアプローチに耐えかね、昨年までの一年間は逃げるように隣国へと留学していた。

 その間、姉とはマメに手紙のやり取りをしていたようなのだが……。
 アルベルトが留学してから半年後、その侯爵令嬢はまるで彼を追いかけるように同じく隣国へと留学したのだ。
 その間、何があったのかリリアーナはもちろん、シャーロッテにも分からない。
 だが、三カ月前にアルベルトが帰国すると、何故かクスフォード家がその侯爵家と頻繁に交流をするようになる……。

 隣国は魔術の国と言われる程、国民の半数以上が魔術師であり、魔法薬を保存する為のガラス瓶の需要が非常に高い。そしてクスフォード家の領内では、優秀なガラス職人を多く育てており、収入の7割は隣国へのガラス瓶の出荷で潤わせている。
 ちなみにリングバード子爵家は織物産業が盛んで、クスフォード家と同様に隣国では魔導士用のローブの生地として需要がある。

 ようするにシャーロッテ達の婚約は、表向きは親同士の縁で出会った子供達を婚約させたという微笑ましい展開に見えるが、実際はかなり政略的な意味合いで交わされた婚約だったのだ……。
 だが、三年前にアルベルトがある侯爵令嬢に気に入られた事で、伯爵家側でその状況は一変する。
 その侯爵家は、その隣国との外交をメインで担っていたのだ。

 そしてアルベルトの父であるクスフォード伯爵は、やり手でかなりの野心家である。同じように隣国への品物輸出がメインのリングバード子爵家と縁を結ぶよりも、隣国との外交をメインで担っている侯爵家と縁を結んだ方が後ろ盾も得られ、メリットが多いのだ。

 だが、幼少期に交わされたとはいえ10年以上も続けた婚約をこの土壇場で解消する事は、かなり難しい……。
 そもそも半年後に二人の挙式予定まで、すでに立てられているのだ。
 
 そんな状況で婚約解消などしたら、クスフォード家は社交界で利益の為に簡単に相手を切り捨てると思われ、信用を失ってしまう可能性がある。
 だからと言って、侯爵家の後ろ盾を諦めるのは惜しいとも感じている様子だ。

 その為、今回姉シャーロッテに起こった悲劇は、野心家のクスフォード伯爵が裏で仕組んだのではないかと、リリアーナは睨んでいる。だが、その事に息子であるアルベルトが関与しているのかは、まだ分からない……。
 それでも先程から一言も発せず、怒りの表情を浮かべているアルベルトの様子は、どう見てもシャーロッテに対して深い怒りを抱き、責め立てているようにしか見えないのだ……。

 リリアーナが、姉の部屋に男を手引きした人間がクスフォード伯爵家から寄越されたエルメラではないかと疑っているように。アルベルトの方は6回も襲われたにもかかわらず、それを隠蔽し嫁ごうとしていた姉に怒りを抱いているのではないかと懸念していた……。
 下手をしたら、その男を姉自ら手招いていたという懸念すら抱いていそうな勢いなのである。それぐらい、現状のアルベルトの端整な顔には怒りの表情が張り付いていた。

 だが、シャーロッテの方も何度も襲われる事に甘んじていた訳ではない。
 二度目の際、自宅の警備体制を見直して欲しいと父に訴え、またアルベルトの方にも警備の強化を依頼し、クスフォード伯爵家より護衛騎士を増員して貰ったりもしていたのだ。

 それでも……姉はこの二カ月間で、6回も一番安全なはずの自室で辱めを受け、どこの馬の骨とも分からぬ男の子供を孕まされてしまった……。そのおぞましい状況を改めて再認識してしまったリリアーナの瞳からは、怒りと悔しさによる涙がボロボロと溢れ出す。

 今目の前にいるクスフォード伯爵家の親子は、そのおぞましい状況に姉を追い込んだ張本人かもしれないのだ……。
 憐れみの目を向けながらも姉を傷物にする為に画策した挙句、平然と婚約破棄を言い出し、しかも賠償金だけでなく、見舞金と称した手切れ金の提案までしてきたように見えてしまう。

 この二人は、どこまで姉の人としての尊厳を踏みにじれば気が済むのだろうか……。出来る事ならば、八つ裂きにして殺してやりたい……。

 そんな衝動にかられたリリアーナは、涙をこぼしながらもギュッと目を瞑り、歯を食いしばりながら、その怒りを堪える。今一番、怒りで腸が煮えくり返り、深く傷ついているのは姉のシャーロッテである。

 その姉がジッと耐えているのだから、自分が怒り狂う訳にはいかない……。
 たとえどんなに非道な対応をされたとしても相手は、過去に王族の降嫁もあった格式高い伯爵家なのだ。
 感情に任せて暴れたところで、恐らく悪い方向にしか転がらない。
 姉はそれを重々理解しているからこそ、先程から必死でこの状況に耐え抜いているのだ……。

 そう自分に言い聞かせ、必死でこの屈辱に姉と共に耐えていたリリアーナ。
 しかし、そんな耐え凌ぐリングバード家姉妹をあざ笑うかのようにアルベルトが、信じられない言葉を吐く。

「父上、リングバード子爵家に賠償金、及び見舞金など支払う必要はございません」

 少し前まで自慢だった未来の義兄の言葉にリリアーナは、自分の耳を疑った。

 今、この男は……何と言った?

 あの優しかった兄のようなアルベルトとは思えない言葉が、彼の冷たい声と共にリリアーナの目の前で放たれたのだ。生まれて初めて感じた激しい怒りで、リリアーナの頭の中で何かがグワングワンと鳴り響き、体が自然と小刻みに震え出す。

 絶対に……絶対にこいつら、殺してやる……!!

 深い憎しみと怒りでリリアーナが、我を忘れかける。
 だが、次の瞬間……アルベルトは更に信じられない言葉を父である伯爵に放った。

「その代わり、私との親子の縁を完全に切ってください」

 その言葉と共に室内が、恐ろしい程の静寂に襲われた。
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