妖精巫女と海の国

ハチ助

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3.婚約手続き

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 オルクティスとの婚約の内容がエアリズム家やって来てから三日後、アズリエールは父親と一緒にサンライズ城を訪れていた。

 これから正式にアレクシス立ち合いのもと、婚約誓約書にサインをするのだが……。
 どうやら通常公務でアレクシスの手がすぐに空かなかったらしい。
 しばらく応接室で待たされる形となった。
 すると父がアズリエールに声を掛けてきた。

「アズ、本当にこの話を進めてしまっていいんだね?」
「うん。もしかしてお父様は、僕が将来的にマリンパールに行っちゃうのは寂しい?」
「そりゃ、寂しいさ……。だがお前は早くエアリズム家を出たほうがいい」

 そう言って、うつむいてしまった父親の心情をアズリエールは読み取ってしまう。
 そしてそれを決定づけるように父は、更に言葉を続けた。

「ユリーには、まだこの話は一切していない。だが今日家に帰ったら、恐らくこの件についてお前に確認してくるだろう。アズ、分かっていると思うが……」
「うん。ユリーには将来的に婚約解消される事が視野に入っている話だって、しっかり伝えておく」
「出来ればお前には、そのままオルクティス殿下と幸せな結婚をしてもらいたいがな……」
「お父様はそんなに可愛い娘をさっさと家から追い出したいの?」
「まさか! 出来ればずっと家にいて貰いたいよ? だが、お前の場合は早くユリーと離れた方が、お互いの為にいい……」

 そう言って再び表情を曇らせて黙ってしまった父に何故かアズリエールは、申し訳ない気持ちになってしまった。
 アズリエールとは一卵性の双子であり、次期エアリズム家の風巫女を担う存在でもある長女のユリアエール。
 見た目はアズリエールと見分けがつかない程そっくりだが、幼少期の頃は性格等が真逆だった。
 明るく社交的で活発なアズリエールと比べ、姉のユリアエールは内向的で人見知りをする性格で、おまけに体もあまり丈夫ではなかった。

 そんな二人ではあったが、昔からお互いの足りない部分を補い合うように過ごしてきた。
 好奇心が旺盛な分、危機感が足りないアズリエール。
 内向的で臆病な性格ゆえ、慎重派なユリアエール。
 真逆なタイプだからこそ、常に寄り添い、まるで一対の翼のような二人だった。

 だが、幼少期にあったある事件で、二人の関係は微妙に狂いだしてしまう……。
 その事件の所為で、姉は妹に酷く執着するようになり、妹の方も姉を過剰に気遣うような依存関係になってしまった事を二人の父は、かなり心配しているのだ。
 そしてその不安を父に決定的に植え付けてしまった出来事が、8年前にアズリエールが婚約解消をされてしまった事に繋がってくる。。
 そんな経緯がある為、二人の会話は先程のような物になってしまった。

 いつの間にか気まずい雰囲気になってしまった親子に沈黙が訪れた時、部屋の扉がノックされる。
 すると黒いファイルを手に持ったアレクシスが入室してきた。

「二人とも待たせてしまって、申し訳なかったね。ちょっとコーリングスターに行くエリアの手続きで長引いちゃって……」
「いえ。こちらこそ、娘の婚約にご尽力頂き、ありがとうございます」

 深々と礼を述べる父親にアズリエールが苦笑してしまう。
 それだけ婚約がなかなか決まらなかった次女を父は、心配してくれていたのだ。
 そんな申し訳ない気持ちもあり、つい話を逸らそうと別の話題を振る。

「エリア姉様って、来週にはもうコーリングスターに行っちゃうんだっけ?」
「うん。多分、そのまま嫁いでしまうから、気軽に会えるのは今だけだよ?」
「ええ!? で、でもエリア姉様って政略的な婚約だったんじゃ……」

 自分と同じ政略的な婚約だと思っていたエリアテールの急展開で変わってしまった状況にアズリエールが驚きの声を上げる。
 すると何故かアレクシスは、ニッコリとほほ笑む事で話を流した。

「エリアの事よりも今日はアズリルの婚約の手続きが方が重要だろ?」
「そうだね。ちなみにマリンパール側ではこの婚約はどう感じているの?」

 するとアレクシスが何とも言えない微妙な表情を浮かべる。

「賛否両論ってところかな。君の風巫女の力で円滑な入港管理が実現する事に歓喜している人間と、王家との繋がりを狙っていて落胆している人間とで、君と第二王子の婚約に関しては意見がかなり分かれているようだよ」
「うわぁー……。ちょっと面倒そう……」
「それをある程度、覚悟してこの婚約を受け入れたんだよね?」
「うん。面倒だけれど……僕、人に気に入られる事に掛けては自信あるから」

 そう言い切るアズリエールにアレクシスはニッコリし、父は苦笑した。
 だがアレクシスは、すぐに神妙な顔つきをし出す。

「ちなみにこの事をユリエルには……」
「まだ伝えておりません」


 予想外の早さで即答して父にアズリエールが一瞬、目を見張った。
 そしてその父の返答を聞いたアレクシスが、少し困った笑みを浮かべる。

「そうか……。相手が国外の人間だから今回は大丈夫だと思うけれど……。エアリズム卿、父親であるあなたには出来るだけユリエルにマリンパールへの興味を持たせないように気を付けて欲しい」
「もちろんでございます」

 その二人の会話にアズリエールが、そっと目を伏せる。
 この二人は姉ユリアエールの今後取るであろう行動をある程度予測し、警戒している。
 そして同時にその姉の行動を何とかしてやめさせたいとも思っている。
 姉を傷付けず救うために。
 そしてアズリエールの幸せの為に。

 その二人の無言の思いを何となく感じ取ってしまったアズリエールは、いたたまれない気持ちになり、焦点の合わない状態でテーブルの上の書類をぼうっと見つめてしまった。

「アズリル? アズリル!」

 すると急にアレクシスに名前を強めに呼ばれ、ふと我に返る。
 顔を上げると、インクペンを差し出しながらも心配そうな表情を浮かべたアレクシスが目に入る。

「大丈夫かい? もし婚約に踏み切る事にまだ迷っているのであれば、先方にはもう少し待ってもらう事も出来るのだけれど……」
「大丈夫。もうこの婚約は受けるって自分の中では、しっかり決めてあるから。ええと……承諾のサインだよね? ここにすればいい?」
「うん。でも本当にいいのかい? まぁ、途中で解消したくなったら、すぐに僕に言ってくれればいいだけの話なのだけれど……」
「解消なんて、とんでもない! こんな僕にとっての理想的な婚約条件の話、この先絶対にないもの! 大手を振ってサインしちゃいたいくらいだよ」

 そう言ってニコニコしながら、手早く婚約承諾書にサインをするアズリエールを二人が、心配そうな表情を浮かべながら見つめていた。

「これでいいかな?」
「あとは……こっちにもお願いできるかな?」
「こっちの書類は?」
「これは婚約承諾後、マリンパールへの行儀見習いで滞在する事への承諾書だね。まぁ、アズリルの場合は、行儀見習いというよりも風巫女として滞在するという意味合いの方が強いけれど」
「なるほど。じゃあ、こっちにもサインするね!」

 アレクシスの説明後、そちらの承諾書にもサインをする。

「はい、これで終り! あとは僕がこの書類をマリンパールの方に送れば、君とオルクティス殿下の婚約は成立だ。ちなみにマリンパール行きに関しては……先方は三ヶ月以内であれば、アズリルの都合でいいと言っているのだけれど、いつぐらいにする?」
「そんなにこちらの融通をきいてくれるの?」
「うん。まぁ、ギリギリの三ヶ月後にしても毎月二回は、外交でオルクティス殿下がこちらに足を運んでくれているから、その時には必ずアズリルには面会して貰う事にはなるけれど……」

 現状マリンパールは、この大陸全体の安全や治安維持を担っている国でもある為、国内に何ヵ所かマリンパールの警備騎士団の拠点を設けている。
 その視察とサンライズ国との外交官的な役目を第二王子のオルクティスが担当しているのだ。

「そういえば婚約の申し入れがあってから、オルクティス殿下から二回お手紙が来たよ? 殿下は凄く筆まめな人なんだね」
「まぁ、初対面でいきなり婚約を申し込んでしまった手前、君をマリンパールに招く前に交流を深めた方がいいという心遣いじゃないかな? オルクティス殿下は外交関係を任されているだけあって、若いのに君に負けないくらい相手の立場を考えて行動出来る人だから。少しでも安心して君にマリンパールへ来て貰えるようにという気遣いからだと思うよ?」
「へぇー。ガツガツな国民性だと思っていたのに第二王子は、気遣いのプロフェッショナルなんだねー」
「アズリスだって婚約を申し込まれた際、『この人、絶対に良い人そう!』って思っただろ?」
「うん。久しぶりにそう感じられる人に出会った気がする!」
「それはそれで、ちょっと悲しくなる感想だね……」

 サインをした書類をまとめながら、アレクシスが苦笑する。

「という事で、来月からオルクティス殿下がここにいらした際は、アズリルにもこちらに登城してもらうから、よろしくね!」
「その時には、アレク兄様もちゃんとアイリス姉様を王太子妃見習いとして登城させられてる? 僕、久しぶりにアイリス姉様に会いたいなぁー」
「そういう人の傷口に塩を塗り込むような事は確認しなくていいの!」

 悪戯を企むような笑みを浮かべながら冗談を言うアズリエールにアレクシスが、渋い表情で返してくる。
 現在アレクシスは、自身の婚約者であるアイリスとの不仲説を覆す為に城に登城させる事に躍起になっている。
 そのアイリスは、アズリエールも姉のように慕っているこの国自慢の雨巫女だ。
 だが、かれこれ10年以上も拗れに拗れてしまっているこの二人の関係をアズリエールは、若干呆れつつも心の底から和解できる事を願っている。

 そんな本当の兄妹のような冗談を言い合う娘と自国の王太子のやりとりを見て笑う父にアズリエールは、先程の父とのやり取りで気まずい雰囲気になってしまった不安が、少しだけ和らいだ。
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