妖精巫女と海の国

ハチ助

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8.不安要素

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 一瞬、強張った表情を浮かべたアズリエールだが、すぐに盛大なため息をつく。

「もしかして……アレク兄様から探りを入れるように言われたの?」

 やや観念するようにアズリエールが質問すると、アイリスは「ええ」と全く隠す素振りなく、あっさり認めた。

「アイリス姉様……その件に関しては……」
「アズリルが、その話を嫌がる事は知っているわ。でもね、いくらあなたが大切だと思っているお姉様でも私にしてみれば、可愛い妹分の婚約を邪魔している存在でしかないの」

 一カ月程前、同じ質問をアイリスからされた際、その時のアズリエールはキレイな笑みを浮かべながら、アイリスにその件に関しては、けして踏み込ませなかった。
 だが、その時はアイリスの方が立て込んでおり、尚且つアズリエールの婚約話もそこまで進展していなかった。
 しかし、今現在は相手の国への登城が決まっているところまで、その婚約の話は進んでしまっている。
 当然話が進めば、毎回アズリエールの婚約話に首を突っ込んでくる姉が、動き始める事は誰でも容易に想像が出来る。

「さっきアレク兄様が言っていた『楽しめるような会話は出来ない』って、この事だったの?」
「アレクは、そんな事を言っていたの? まぁ、間違ってはいないけれど」
「アイリス姉様ぁ~……」
「ダメよ。今回は絶対にはぐらかす事はさせないから」

 そう言って静かにティーカップに口を付け、追及の手を緩める気が一切ないアイリスの態度にアズリエールが肩を落とす。

「それで……今回の婚約に関してのユリアエール様の反応は?」

 アイリスが静かに問うと、観念したアズリエールがポツポツと話し出す。

「僕がギリギリまで婚約の話をしなかった事に不満を感じている様子だった……。その後、オルクはどんな人か聞かれたけれど、でもその時に僕はしっかりこの婚約は、いずれ解消される可能性が高い事と、万が一結婚に至っても白い結婚になるから巫女力は失わないって伝えたよ? 何よりもお互いに友人としての関係を貫く事を約束している婚約だと説明したから、今回はオルクと会っている時に突然乱入してくる事は一切なかった。それどころか、家でもオルクの事は未だに聞いてこないよ」

「だから大丈夫」と言うアズリエールとは反対にアイリスは顎に手を当て、少し考え込んでしまった。

「それはそれで不気味よね……」
「ど、どうして!?」
「だってアズリル、あなたユリアエール様が原因で何度お見合いの話がダメになったの?」
「何度って……最初に婚約者だったリックス達三人は、まぁ別として……。お見合いにいきなり同席してきたユリーに一目惚れした伯爵令息様と、三回くらいお会いした時に何故かユリーと親しくなっていた子爵令息様と、お見合い中に僕じゃなくてユリ―と意気投合していた伯爵令息様と……」

 思い出しながらアズリエールが指を一本づつ折りたたんでいくと、その指は再び折り返すようにすぐに開かれていった。
 すると、アイリスが大きく目を見開く。

「呆れた! そこまで邪魔をされているのに未だにユリアエール様の所為ではないと言い張るの!?」
「だって! ユリーは僕の事が心配でお見合いに同席しただけだよ!? それで相手がユリーの事を勝手に気に入ってしまうのだから、それは不可抗力……」
「誰もそんな都合のいい解釈などしないわ。もちろん、アズリル。あなたもユリアエール様のその奇行には、とっくに気付いているはずよね?」

 ピシャリと言い放ったアイリスの言葉にアズリエールが体をビクリとさせた後、唇を軽く噛むように俯く。
 そして自分を責めるように静かに言葉をもらした。

「どうして……ユリーは僕に婚約してほしくないのかな? やっぱりあの事件で自分が男性不信になってしまったのに僕だけが、普通に男性と接する事が出来る事が許せないのかな……」

 あまり人前では泣き言を言わないアズリエールがこぼした言葉にどう返していいか分からず、アイリスが言葉に詰まる。
 アズリエール達が心に傷を負ってしまった幼少期の忌々しい事件をアイリスは昔、アズリエール本人から聞いて知っていた。
 しかしだからと言って、姉から執拗以上に見合い話を壊される動機としては、やや弱い気がするのだ。
 アイリスからすると、ユリアエールがアズリエールの見合いを妨害する理由は、何かもっと根深い思いが潜んでいるような気がしてならない。
 そしてそれはアズリエールも無意識で感じている事なのだろう……。
 その証拠に先程から人の心を読む事に長けているこの対人スキルの高い風巫女の言葉は、かなり歯切れの悪いものとなっている。

「アズリル……。先程のユリアエール様の反応や様子をアレクにも話した?」
「話してない……。だってアレク兄様に話すと、どうしてもユリーを悪者みたいに言ってしまっているような感覚になるから嫌なんだ……」
「でも実際に過去の出来事から考えると……」
「分かってる! でも……でもユリーは悪くないよ! ちっとも悪くないんだ……」

 そのまま押し黙ってしまった妹分の巫女にアイリスが小さく息を吐いた。

「何にせよ、今は彼女がどう動くか様子を見るしかないわね……」
「うん……」
「でもね。私が一番心配している事は、あなたがマリンパールに行ってしまった後にユリアエール様もあなたを追いかけて、そちらの国に行くのではないかという部分なの」

 そう言われたアズリエールは、俯き気味だった顔をガバっと上げた。

「サンライズ国内だったら、あなたのお父様やアレク、そして私もいるから、もしユリアエール様がまた婚約を壊すような動きをし出しても、ある程度は監視出来るわ。でも他国でそれをやられてしまえば、私達では監視が出来ず、防ぎようがないの」
「………………」
「おまけに彼女はあなた同様、悪い意味で周りへの配慮や根回しが上手すぎる。私が一番恐れているのは、マリンパール国の王侯貴族を巻き込んで、ユリアエール様が第二王子の婚約者の席を手に入れようとするのではないかと、懸念しているの。そしてその後、あなたの元婚約者にしているようにオルクティス殿下にも思わせぶりな態度を維持したまま、なかなか婚約を受け入れないという状態を引っ張られては、サンライズの信用問題にもなるのよ?」

 そのアイリスの言葉を聞いたアズリエールが再び唇を噛む。
 その様子から、未だに自身の姉の事ばかりを心配しているアズリエールにアイリスが、呆れるようにため息をつく。

「何よりも私が一番気にしている事は、あなたとオルクティス殿下の婚約が再び壊されてしまうかもしれないこの状況よ。アレクから聞いたのだけれど、あなたとオルクティス殿下は、とても親しみある友人関係を築いていると聞いたわ。折角、そういう男性との縁が持てたのに……またユリアエール様に壊されてしまったら、あなたはいつまで経ってもお姉様から逃れられないわよ?」
「そうかも……しれないね。でもね、それは僕が受け入れなければならない罰というか……」
「それは間違っているわ。あの事件で一番悪いのは、あなた達を傷つけようとした頭の悪いコーリングスターの令息達よ?」
「でもあの時、僕が誘いに乗らなければっ!!」
「たとえ誘いに乗らなかったとしても結局は、無理矢理部屋へ連れ込まれていたと思うわ。それよりも注目すべき所は、あなたの風巫女の力があったから大事に至らずに済んだ事でしょう?」

 アイリスの言葉は、当時11歳だったアレクシスにも言われた事だ。
 それでも姉は、内向的な性格が変わってしまうくらいのトラウマを抱えてしまった……。
 そしてその発端は、やはり自分があの令息達の誘いに乗ってしまった事が原因だ。
 その不用意に誘いに乗ってしまった責任をアズリエールは、この6年間ずっと抱え続けている。

「それでもやっぱり僕の軽率だった行動には、責任があると思う……」
「アズリル……」

 アズリエールのその言葉を聞いたアイリスは、どこか同情めいた表情を浮かべた。
 しかし、それを切り替えるように短く息を吐く。

「たとえ、そうだとしてもそれはあなた達二人の連帯責任よ? アズリルだけその事を責められ続ける事はないと思うわ。だからこそ、私はユリアエール様に対していい感情は抱けない」

 凛とした表情でそう言い切ってくれたアイリスの言葉で、少しだけ救われた気持ちになったアズリエールは、やや泣き出しそうな笑みを返す。

「ありがとう。アイリス姉様……」

 そんなアズリエールにアイリスも困ったような笑みで返してきた。


 翌日、アイリスと話した事で、少しだけユリアエールと向き合う覚悟が出来始めたアズリエールは、二週間後にマリンパールへ向かう為の準備を始めた。
 一応、あちらへの滞在期間は三ヵ月程の予定だが、アズリエールが担当する船の入港管理での混雑具合によっては、滞在期間を延長される可能性もある。
 その事も考慮し、アズリエールは敢えて自分の侍女と護衛を連れて行かず、全てマリンパール王家に委ねる事にした。

「アズリエール様……本当にお一人でマリンパールに向かわれるのですか? せめて私だけでもご同行させて頂けませんでしょうか……」

 そう申し出てくれたのは、幼少期からずっとアズリエールの侍女を務めているミレーヌだ。
 彼女は昨年、同じくエアリズム家に仕えてくれている庭師の青年と結婚している。

「ミレーヌ、ありがとう。でもね、正直いつこちらに帰って来れるか分からないんだ……。先方が望めば、僕はそのまま婚礼までマリンパールに留まるかもしれないし。そうなったら新婚のミレーヌに申し訳ないからね」
「ではせめて、ジェニスかラーナを……」
「二人ともまだ見習いで若いでしょ? 正直、マリンパールの女性は、なかなか気が強い方が多いようだから、ほんわかしている二人を連れて行ったら、その迫力に驚いて、僕の身の回りの世話よりも新しい環境への順応や人間関係で苦労させちゃうよ……」
「ですが、それはアズリエール様にも言える事では……?」
「僕は大丈夫! なんせアレク兄様直伝の対人スキルがあるから! だから心配しないで? そもそもこちらに訪問する際にオルクが引き連れてくる側近や侍従とは、もうすっかり打ち解けてしまってるし。だから味方が全くいない状態ではないから」
「そうはおっしゃっても……やはり私は心配です……」
「だから大丈夫だって! それよりも僕がマリンパールに行ってしまう事で、またユリーが不安を募らせやすくなるから……。ミレーヌは僕よりもユリーの事を支えて欲しいな」
「アズリエール様……。かしこまりました。ユリアエール様の事はお任せください! 例えどんなにマリンパールへ行かれる事を望まれても、全力でこちらに足止め致しますので!」
「ミレーヌ……。それ、僕が頼んでる事とは大分違う内容なのだけれど……」

 付き合いの長い最も信頼している侍女のその言葉にアズリエールが、思わず肩を落とす。
 姉ユリアエールが妹アズリエールの婚約話を故意なのか、そうでないのかは別として、すぐに破綻させてしまう事は、この屋敷の人間なら誰でもが知っている。
 特にミレーヌは、アズリエールの縁談相手が一瞬でユリアエールに落ちてしまうその瞬間に何度も居合わせている。
 そうなると、どうてしても今回も同じ展開になるのでは……と、懸念してしまうのだろう……。

 両親やアレクシス、そして親しくしているサンライズの巫女達からだけでなく、屋敷に勤めている使用人にまで、今回の婚約の事を心配されてしまっているアズリエール。
 しかし今回のユリアエールは、珍しくアズリエールの婚約者でもあるオルクティスに対して、交流するような動きは見受けられない。
 初めから友人関係でしかない婚約関係と告げたからなのか、今回のユリアエールは、そこまで妹の婚約に興味を抱かなかったのだろう。

 そんな状況だったからか、アズリエールはマリンパールへ行くための準備が、スイスイと捗った。
 そして後は行くだけという万全な準備が整ったのが、訪問する日の三日前にあたる本日だ。
 その為、アズリエールは完全に姉の事を警戒していなかった。
 しかし、そんなアズリエールの元に姉が大量のレターセットを持って現れる。

「アズ! もうマリンパールに旅立つ準備は、終わってしまった?」
「うん。もう後は出発するだけの状態だけど……ユリー、どうしたの?」

 すると姉がそっと手にしていた大量のレターセットをアズリエールに差し出して来た。

「アズが向こうに行ってしまったら寂しいから……。だから私、毎日アズに手紙を送ってしまうと思うの……。もちろん、向こうに行ったアズが風巫女の仕事以外だけでなく、マリンパール王家に相応しい淑女教育等で忙しい状況になる事は分かっているわ。でも出来れば、お返事が欲しいなと思って……」

 そう言って寂しそうな表情を浮かべる姉の様子に苦笑しながら、アズリエールが差し出されたレターセットを受け取る。

「分かった。出来るだけユリーへの返事はするから。だから、そんなに寂しそうな顔をしないで? だって会おうと思えば、いつでも会えるのだから!」
「分かってはいるのだけれど……。アズと長く離れるのは7年ぶりだから……」

 その姉の言葉に7年前の後悔に満ちた記憶が、アズリエールの中で再び蘇る。

「大丈夫だよ。あの頃と違って、僕もユリーも今は、か弱い子供ではないもの。それに将来的に次女の僕は必ず誰かの元へ嫁がなければならないのだから、遅かれ早かれそれぞれの道を歩む為に離れ離れになってしまう事は、仕方ない事だもん……。ユリーだって、その事には大分前から気づいていたでしょ?」

 まるで言い聞かせるようにアズリエールが言うが……それでもユリアエールは納得いかないらしい。

「でもアズが巫女力を失わず、そのまま風巫女としての人生を全うする為に家に残るという選択肢もあっていいと思うの」
「そうだね……。それが一番簡単な選択肢だろうね。でも僕は、将来的にはこのエアリズム家から巣立たなくちゃいけないと思ってるよ。それは僕自身の自立だけでなく、ユリーの自立にもなると思うし」

 やや困った笑みを浮かべて告げると、何故かユリアエールが不安に満ちた瞳でジッとアズリエールを見つめてきた。

「アズは……私と一生一緒に暮らす未来は……嫌?」

 不安を宿しつつも射貫く様な目で姉に見据えられたアズリエールが、大きく目を見開く。

「そ、そういうつもりで言った訳じゃないのだけど……。でも成人したら、兄弟姉妹って巣立ちという形で、離れ離れになってしまうものでしょ? そのまま家に残るって事は、僕は巣立ちが出来ない情けない状態になるのかなーって」
「そんな事ないと思うわ。だって私達は家族なのだもの。家族は一緒にいるのが一番幸せでしょ?」

 そう言いながら、ふんわりとした優しい笑みを浮かべるユリアエール。
 しかし、その様子から改めて姉が自分に対して酷く執着している事を実感させられてしまう。
 そう感じてしまったアズリエールは、その考えを振り払うかのように何とかして、無理矢理笑顔を作り出す。

「手紙の返事、絶対に書くから」

 そのアズリエールの言葉に姉は、心底満足げに柔らかい笑みを浮かべた。
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