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7.海の国の第二王子
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「それじゃあ、オルクのお兄様の王太子殿下は、すでに奥方がいらっしゃるんだね?」
そう言ってアズリエールがお気に入りのアップルティーを手に取り、そっと口に含む。
婚約を申し込まれてから筆まめなオルクティスは、週に二回程アズリエールに手紙を送る事で、かなり関係醸成に力を注いでくれた。
そして婚約が成立後から二週間経った辺りから、オルクティスが外交の為に毎月二回サンライズに訪れる際は、必ずアズリエールと面会する事が定着している。
そのお茶の時間で、二人は大分砕けた口調で話せる間柄となっていた。
その為、お互いに呼び合う時も今では愛称呼びとなっている。
尚、この間はユリアエールが二人の元に姿を現す事はなかった。それどころか、オルクティスの話題を姉は一切振ってこない。
その為、アズリエールは今回の婚約を姉も一時的な物だと認識してくれたのだろうと、やや安心していた。
そして実際に自分とオルクティスの関係は、面倒見の良い優しい兄と甘え上手な妹⋅⋅⋅⋅⋅⋅あるいは弟という関係を築き始めていた。
「その義姉上なのだけれど、アズリルがマリンパールに来る事をかなり心待ちにしているよ」
「そうなの?」
「義姉上は、将来自分の義妹として噂の空飛ぶ風巫女がなるかもしれないと、かなり楽しみにしているんだ」
「それは嬉しいな! でも楽しみにしてくれているのは王太子妃殿下だけかぁ……。という事は、王妃であらせられるテイシア様は、僕が訪問する事をあまり快く思っていないって事なのかな?」
小悪魔的な笑みをしながら試すようにアズリエールがそう問うと、何とも言えない複雑そうな笑みをオルクティスが浮かべた。
「うーん……。母上の方は違った意味で君の登城を楽しみにしている感じかな……」
「例えば噂の異端の『男装した風巫女』をどう躾けようか楽しみにしているとか?」
からかうような笑みを浮かべたアズリエールが更に問うと、まるでそれを肯定するかのようにオルクティスが無言で苦笑する。
その様子にアズリエールが、安心させるようにニッコリと微笑んだ。
「オルク、大丈夫だよ。そういう評価をされるリスクも考慮しつつ、僕はこんな格好しているのだから。その辺は、ちゃんと上手く対処出来るつもりだよ?」
「でも母は、かなりはっきりした性格だから……。社交界特有のきつい嫌味を笑顔を浮かべて、まるで息を吐くかのように放てる人だよ?」
「平気! 平気! そういう対応は幼少期からよくされていたから慣れているし。それに今回マリンパールに訪問する際は、流石に正装のドレスでないと大問題になるから、そこは心配しないで?」
そのアズリエールの言葉にオルクティスが大きく目を見開いた。
「えっと……。アズリルはドレスを着用する事に抵抗とかはないの?」
「うん。僕が男装しているのは、あくまでも女性として見られる事で発生するリスクを懸念しての事だし。だから女性として見られなければいけない状況では、しっかりと状況に合わせた服装をするよ? というか……流石に第二王子の婚約者として訪問するのだから、そこはしっかりした正装で行かないとマズいでしょう?」
「それはそうなのだけれど……。でもてっきりアズリルは、女性らしい服装をする事に抵抗があるのかと思っていたから……」
「ああー、それはないかな。僕は別に男性に憧れて男装している訳ではないから。だからフリルとかレースの可愛い物は大好きだよ? 今の服装だって少年風だけれどもフリルやレースが、たくさん付いているでしょう?」
そう言ってアズリエールは席から立ち上がって自身の服装を披露するようにくるりと一回転する。
その様子に思わずオルクティスが笑みをこぼした。
「そんなカワイイ動きをする少年令息なんていないよ?」
「そこも狙ってるからね~。これなら男女両方から嫌悪感は、あまり抱かれないから。まぁ、ちょっとした道化的な存在として僕の事を見てくれるから、警戒心とか嫉妬の対象とかになりにくいんだよね」
一見、アズリエールの自惚れにも聞こえる内容だが、その言い分にオルクティスが感心するように笑みを浮かべる。
もしアズリエールが性別相応の服装をして夜会等に参加した場合、会場内の殆どの人間の目を惹く事は間違いない。
派手な美女という感じではないが、黙っていればアズリエールの容姿は正統派の美少女そのものだ。
しかも人懐っこい大きな瞳は、アズリエールの明るい人柄を証明するかのようにキラキラ輝いている。
初対面の人間でも気軽に彼女に話しかけたくなるような雰囲気をアズリエールは、常にまとっているのだ。
それは恋愛対象としてというより、人としてアズリエールは性別問わずに周りの人間を惹きつけやすいという事だ。
ただ誰からも好かれやすい見た目と人柄だと、それを羨み、面白く思わない人間も当然出てくる。
特に同年世代の女性同士からは、誰にでもいい顔をする人間だと言いがかりをつけられ、陰口を叩かれやすい。
それを男装する事で『少し変わった令嬢』と自分を印象付ける事で、アズリエールは回避しているのだろう。
その行動の意図を知ったオルクティスは、このずる賢い小悪魔的なアズリエールの考えに称賛せずにはいられない。
しかし、口ではどんなに腹黒い事を言っていてもアズリエールは、その言葉で周りの人間を傷付けるような毒はけして吐かない。
それは自分の価値を支障がないレベルで下げる事で、無意識に相手に優越感を与え、心を開きやすい状態にしてしまい、あっという間に関係醸成を図れる最速の方法なのだろう。
実際に初めの頃は『異端の男装令嬢』という目で彼女を低評価していたオルクティスの側近や護衛達は、今では毒気を抜かれたようにアズリエールと和気藹々と接している。
自身の恵まれた容姿をしっかり理解しつつ、それを悪用せずにその事で相手が嫉妬心や劣等感、関係醸成後は罪悪感等を抱かぬように配慮しながら相手の心を開らきやすくさせる。
アズリエールのその人間関係上での交流スキルは、天才的だ。
後にそれは、何か腹に一物を抱えていそうなサンライズの王太子アレクシスから伝授された処世術だと聞かされた時は、思わずオルクティスは吹き出してしまったが……。
「そういえばマリンパールへの来日を来月頭に決めてくれたんだよね? あと二週間しか準備期間がないけれど……大丈夫?」
「大丈夫! この二ヶ月間アレク兄様から、みっちりマリンパールについて叩き込まれたから! あとやらなきゃいけないのは……荷物の準備くらいかな」
そのアズリエールの返答を聞いたオルクティスが、何故か苦笑する。
「アズリルは本当にアレクシス殿下と仲が良いんだね?」
「アレク兄様は僕にとって良い意味でも悪い意味でも頼りになるお兄様的存在だからねー」
「良い意味は分かるけれど……悪い意味でも?」
そのオルクティスの問いにアズリエールがニンマリする。
「良い意味では、僕が困っている時には、どんな時でも絶対に助けてくれる所。悪い意味では⋅⋅⋅⋅⋅⋅僕にずる賢さをたくさん伝授し過ぎた部分かな?」
それを聞いたオルクティスが、思わず吹き出す。
「でもそのお陰で君は、かなりの世渡り上手になれたのだろう?」
「そうなんだよね……。だから悪い意味でも凄く頼りがいになるお兄様なんだよね」
イタズラめいた笑みを浮かべながら、アズリエールが再び目の前のアップルティーを手に取り、口に含む。
すると頭上から、この場にいないはずの男性の声が降ってきた。
「アズリル、人の悪口を陰で言うのは感心出来ないよ?」
「アレク兄様!」
「そのずる賢さの伝授を望んだのは、君だろ?」
するとアズリエールが、やや不貞腐れた表情を浮かべる。
「もぉ~! オルク! アレク兄様が近づいて来ていたのなら、教えてよぉ~!」
「ごめん……。でもアレクシス殿下に『内緒で』と合図されてしまったから」
そう言ってオルクティスは、困ったような笑みを浮かべながら、少し前にされたアレクシスの合図を真似て、自分の口元に人差し指を1本当てる。
それが意地悪そうな笑みを浮かべる事が多いアレクシスとは違い、何故か素敵な秘密を隠す甘さを含んだ仕草に見えてしまうのは、オルクティスの誠実そうな人柄のなせる業だろう。
「アズリル。僕は以前いつ誰が聞いているか分からないのだから、大っぴらに人の悪口を言うのは気を付けるようにって言ったはずだよ?」
「でも今、この場所は婚約者同士の僕とオルクがお茶をしているプライベートな空間だよ? そこに何の前触れもなくやって来たアレク兄様の方が、マナー違反だと思う!」
「確かに。でも仕方ないだろう? 今回は君が来月マリンパールに登城する件で、どうしてもオルクティス殿下に確認しなければならない内容が出て来てしまったのだから。君が問題なく登城出来る為に骨を折っている故の行動なのだから、そこは大目に見て欲しいな」
「またそうやって屁理屈を言って……。そんな言い方ばかりしてると、またアイリス姉様に愛想尽かされちゃうよ?」
「知ってるかい? 大っ嫌いから始まった恋はスタートがマイナスからだから、あとは相手を好きになるしかないんだよ? それにアイリスは愛想を尽かしながらも僕をしっかり受け入れてくれているから大丈夫だよ」
「僕、こんな面倒な婚約者様を持ったアイリス姉様に心から同情するよ……」
そんな二人のやり取りを見て、オルクティスが笑いを堪えるように自分の口元に手を当てる。
10年前から自身の婚約者との不仲で悩んでいたアレクシスだが、この二カ月の間にやっと和解出来たらしい。
その為ここ最近のアレクシスは、かなりご機嫌だ。
アズリエールにとってもサンライズを離れる前に自分が頼りにしている兄的な王太子と、同じく目を掛けてくれている姉的な先輩巫女の仲が深まった事は喜ばしい事でもある。
「という事で、君の婚約者殿をまたお借りするよ?」
「ええ~!? ここでその話し合いをするのはダメなの?」
「うーん、資料を見ながらしないといけない話だから……ちょっと無理かな?」
「じゃあ僕、今からここに一人で置いてけぼり!?」
「大丈夫だよ。さっき公務を終えたアイリスに声を掛けておいたから。今こっちに向って来てくれていると思う」
「やった! アイリス姉様に会えるのっ!?」
「アズリル……。久しぶりにアイリスに会えるのが嬉しいのは分かるけれど、その態度はちょーっとオルクティス殿下に失礼かと思うよ?」
「大丈夫だよ! オルクはアレク兄様と違って、そんなに心が狭くないもん。ね? オルク!」
「ええっと……」
急に振られたオルクティスが返答に困っていると、今度はその様子にアレクシスが苦笑する。
「言ったな、アズリル。だけどこれから来るアイリスとは、楽しめるような会話は出来ないと思うよ? 恐らくひたすら僕の愚痴を聞かされる事になると思うから、精々頑張ってね?」
「アレク兄様……それ、自分で言ってて悲しくならないの?」
「全~然っ! だってそれだけアイリスは、四六時中僕の事を考えているって事だろ? むしろ婚約者冥利に尽きる」
「うわぁ~、本っ当、この10年で色々拗らせたね……」
半目で呆れた表情を浮かべるアズリエールにアレクシスが満面の笑みを浮かべる。
その様子についに堪えきれなくなったオルクティスが、思わず吹き出した。
そんなオルクティスにアレクシスが満面の笑みのまま移動する事を促す。
「それではオルクティス殿下。先程の打ち合わせの続きに付き合って頂けますか?」
「ええ……。分かりました」
そう言って笑いを堪えながら、オルクティスが優雅に席を立った。
「それじゃ、アズリル。また来週に会おうね」
「うん。オルク、またね!」
そう言って手を振りながら、立ち去る二人の背中をアズリエールは何となく見つめる。
15歳のオルクティスは、年下でもあるのに18歳のアレクシスよりも若干身長が高い。
そして細身ではあるがオルクティスは、そこそこ体を鍛えているアレクシスよりも更に筋肉質だ。
二人共、世間的には多くの令嬢達の目を惹く恵まれた容姿ではあるが、見た目だけは正統派王子のアレクシスとは違い、オルクティスの場合は王子というよりも身分の高い若い騎士という印象を受ける外見なのだ。
それが二人並ぶと、より一層その違いが強調される。
そしてその二人が並んで歩く姿は、女性達にとってはかなりの目の保養になるだろう。
「もしかして、ついさっきまでの僕って、物凄く贅沢な空間にいたのかも……」
今更ながら見目麗しい王子二人に囲まれていた自分の贅沢な時間に気が付いたアズリエールが、ポソリと呟く。
すると……
「何が贅沢なのかしら?」
その声と共に現れたのは、この国一の絶世の美女と言われているアレクシスの婚約者、雨巫女アイリスだった。
陶器のような色白の肌に夜の雪景色のような淡い水色のフワフワな髪をなびかせ、金のような琥珀色の大きな瞳にはバサバサの睫毛をたっぷり携えているゴージャスな美女だ。
その後ろには、10代半ばほどの可愛らしい二人の侍女を連れ立っている。
「アイリス姉様! お久しぶり~!」
「本当ね。先月の巫女会合以来だから、一カ月ぶりくらいかしら? あの時は本当に助かったわ。ありがとう」
「どういたしまして! それで……どう? その後はアレク兄様とは上手くやれているの?」
「上手くやるも何も……。もう鬱陶しくて最悪よ……」
不機嫌そうな表情を浮かべながら、先程までオルクティスが座っていた席に着くアイリス。
それと同時に可愛らしい侍女二人が、早々にオルクティスが使っていたカップを下げ、すぐにアイリスとアズリエールに新しいお茶を運んできた。
「二週間後に僕はマリンパールへ発つから、アレク兄様の愚痴を零せるのは今だけだよ?」
「折角、久しぶりにアズリルに会えたのにアレクの愚痴なんて話したくないわよ! それにそれはリデルとクラリスが担当してくれているわ」
そう言って、アイリスが大きなため息をつく。
現状はアレクシスを嫌がっている素振りのアイリスだが、つい最近和解してからは、その鬱陶しいはずのアレクシスの絡み方を全面的に受け入れているので、世間的には仲睦まじい婚約者同士としか見られていない。
まぁ、実際には絡むと言う名の溺愛をアレクシスから注がれているだけなので、アイリスの方もその過剰な愛情をしっかり受けとめると腹をくくったのだろう。
だが、それでも過剰に絡んでくるアレクシスは鬱陶しいらしく……その話を振ると、いつもアイリスは迷惑そうな表情を浮かべる事が殆どだ。
しかし今回、何故かアイリスは真剣な表情を浮かべた。
「それよりも……アズリルとは、もっと大事な話をしたいのだけれど」
「大事な話?」
ただでさえ目力の強いアイリスにジッと見つめられ、一瞬だけアズリエールが怯む。
「アズリル、マリンパールに行く前に確認したいのだけれど……今回、姉のユリアエール様の存在は本当に大丈夫なの?」
そのアイリスの質問に一瞬だけ、アズリエールの表情が強張った。
――――――――◇◆◇――――――――
今回作中に出てきたアイリスとアレクシスががメインの『雨巫女と精霊の国』も投稿してますので、ご興味ある方は作者の作品一覧より、どうぞ!
そう言ってアズリエールがお気に入りのアップルティーを手に取り、そっと口に含む。
婚約を申し込まれてから筆まめなオルクティスは、週に二回程アズリエールに手紙を送る事で、かなり関係醸成に力を注いでくれた。
そして婚約が成立後から二週間経った辺りから、オルクティスが外交の為に毎月二回サンライズに訪れる際は、必ずアズリエールと面会する事が定着している。
そのお茶の時間で、二人は大分砕けた口調で話せる間柄となっていた。
その為、お互いに呼び合う時も今では愛称呼びとなっている。
尚、この間はユリアエールが二人の元に姿を現す事はなかった。それどころか、オルクティスの話題を姉は一切振ってこない。
その為、アズリエールは今回の婚約を姉も一時的な物だと認識してくれたのだろうと、やや安心していた。
そして実際に自分とオルクティスの関係は、面倒見の良い優しい兄と甘え上手な妹⋅⋅⋅⋅⋅⋅あるいは弟という関係を築き始めていた。
「その義姉上なのだけれど、アズリルがマリンパールに来る事をかなり心待ちにしているよ」
「そうなの?」
「義姉上は、将来自分の義妹として噂の空飛ぶ風巫女がなるかもしれないと、かなり楽しみにしているんだ」
「それは嬉しいな! でも楽しみにしてくれているのは王太子妃殿下だけかぁ……。という事は、王妃であらせられるテイシア様は、僕が訪問する事をあまり快く思っていないって事なのかな?」
小悪魔的な笑みをしながら試すようにアズリエールがそう問うと、何とも言えない複雑そうな笑みをオルクティスが浮かべた。
「うーん……。母上の方は違った意味で君の登城を楽しみにしている感じかな……」
「例えば噂の異端の『男装した風巫女』をどう躾けようか楽しみにしているとか?」
からかうような笑みを浮かべたアズリエールが更に問うと、まるでそれを肯定するかのようにオルクティスが無言で苦笑する。
その様子にアズリエールが、安心させるようにニッコリと微笑んだ。
「オルク、大丈夫だよ。そういう評価をされるリスクも考慮しつつ、僕はこんな格好しているのだから。その辺は、ちゃんと上手く対処出来るつもりだよ?」
「でも母は、かなりはっきりした性格だから……。社交界特有のきつい嫌味を笑顔を浮かべて、まるで息を吐くかのように放てる人だよ?」
「平気! 平気! そういう対応は幼少期からよくされていたから慣れているし。それに今回マリンパールに訪問する際は、流石に正装のドレスでないと大問題になるから、そこは心配しないで?」
そのアズリエールの言葉にオルクティスが大きく目を見開いた。
「えっと……。アズリルはドレスを着用する事に抵抗とかはないの?」
「うん。僕が男装しているのは、あくまでも女性として見られる事で発生するリスクを懸念しての事だし。だから女性として見られなければいけない状況では、しっかりと状況に合わせた服装をするよ? というか……流石に第二王子の婚約者として訪問するのだから、そこはしっかりした正装で行かないとマズいでしょう?」
「それはそうなのだけれど……。でもてっきりアズリルは、女性らしい服装をする事に抵抗があるのかと思っていたから……」
「ああー、それはないかな。僕は別に男性に憧れて男装している訳ではないから。だからフリルとかレースの可愛い物は大好きだよ? 今の服装だって少年風だけれどもフリルやレースが、たくさん付いているでしょう?」
そう言ってアズリエールは席から立ち上がって自身の服装を披露するようにくるりと一回転する。
その様子に思わずオルクティスが笑みをこぼした。
「そんなカワイイ動きをする少年令息なんていないよ?」
「そこも狙ってるからね~。これなら男女両方から嫌悪感は、あまり抱かれないから。まぁ、ちょっとした道化的な存在として僕の事を見てくれるから、警戒心とか嫉妬の対象とかになりにくいんだよね」
一見、アズリエールの自惚れにも聞こえる内容だが、その言い分にオルクティスが感心するように笑みを浮かべる。
もしアズリエールが性別相応の服装をして夜会等に参加した場合、会場内の殆どの人間の目を惹く事は間違いない。
派手な美女という感じではないが、黙っていればアズリエールの容姿は正統派の美少女そのものだ。
しかも人懐っこい大きな瞳は、アズリエールの明るい人柄を証明するかのようにキラキラ輝いている。
初対面の人間でも気軽に彼女に話しかけたくなるような雰囲気をアズリエールは、常にまとっているのだ。
それは恋愛対象としてというより、人としてアズリエールは性別問わずに周りの人間を惹きつけやすいという事だ。
ただ誰からも好かれやすい見た目と人柄だと、それを羨み、面白く思わない人間も当然出てくる。
特に同年世代の女性同士からは、誰にでもいい顔をする人間だと言いがかりをつけられ、陰口を叩かれやすい。
それを男装する事で『少し変わった令嬢』と自分を印象付ける事で、アズリエールは回避しているのだろう。
その行動の意図を知ったオルクティスは、このずる賢い小悪魔的なアズリエールの考えに称賛せずにはいられない。
しかし、口ではどんなに腹黒い事を言っていてもアズリエールは、その言葉で周りの人間を傷付けるような毒はけして吐かない。
それは自分の価値を支障がないレベルで下げる事で、無意識に相手に優越感を与え、心を開きやすい状態にしてしまい、あっという間に関係醸成を図れる最速の方法なのだろう。
実際に初めの頃は『異端の男装令嬢』という目で彼女を低評価していたオルクティスの側近や護衛達は、今では毒気を抜かれたようにアズリエールと和気藹々と接している。
自身の恵まれた容姿をしっかり理解しつつ、それを悪用せずにその事で相手が嫉妬心や劣等感、関係醸成後は罪悪感等を抱かぬように配慮しながら相手の心を開らきやすくさせる。
アズリエールのその人間関係上での交流スキルは、天才的だ。
後にそれは、何か腹に一物を抱えていそうなサンライズの王太子アレクシスから伝授された処世術だと聞かされた時は、思わずオルクティスは吹き出してしまったが……。
「そういえばマリンパールへの来日を来月頭に決めてくれたんだよね? あと二週間しか準備期間がないけれど……大丈夫?」
「大丈夫! この二ヶ月間アレク兄様から、みっちりマリンパールについて叩き込まれたから! あとやらなきゃいけないのは……荷物の準備くらいかな」
そのアズリエールの返答を聞いたオルクティスが、何故か苦笑する。
「アズリルは本当にアレクシス殿下と仲が良いんだね?」
「アレク兄様は僕にとって良い意味でも悪い意味でも頼りになるお兄様的存在だからねー」
「良い意味は分かるけれど……悪い意味でも?」
そのオルクティスの問いにアズリエールがニンマリする。
「良い意味では、僕が困っている時には、どんな時でも絶対に助けてくれる所。悪い意味では⋅⋅⋅⋅⋅⋅僕にずる賢さをたくさん伝授し過ぎた部分かな?」
それを聞いたオルクティスが、思わず吹き出す。
「でもそのお陰で君は、かなりの世渡り上手になれたのだろう?」
「そうなんだよね……。だから悪い意味でも凄く頼りがいになるお兄様なんだよね」
イタズラめいた笑みを浮かべながら、アズリエールが再び目の前のアップルティーを手に取り、口に含む。
すると頭上から、この場にいないはずの男性の声が降ってきた。
「アズリル、人の悪口を陰で言うのは感心出来ないよ?」
「アレク兄様!」
「そのずる賢さの伝授を望んだのは、君だろ?」
するとアズリエールが、やや不貞腐れた表情を浮かべる。
「もぉ~! オルク! アレク兄様が近づいて来ていたのなら、教えてよぉ~!」
「ごめん……。でもアレクシス殿下に『内緒で』と合図されてしまったから」
そう言ってオルクティスは、困ったような笑みを浮かべながら、少し前にされたアレクシスの合図を真似て、自分の口元に人差し指を1本当てる。
それが意地悪そうな笑みを浮かべる事が多いアレクシスとは違い、何故か素敵な秘密を隠す甘さを含んだ仕草に見えてしまうのは、オルクティスの誠実そうな人柄のなせる業だろう。
「アズリル。僕は以前いつ誰が聞いているか分からないのだから、大っぴらに人の悪口を言うのは気を付けるようにって言ったはずだよ?」
「でも今、この場所は婚約者同士の僕とオルクがお茶をしているプライベートな空間だよ? そこに何の前触れもなくやって来たアレク兄様の方が、マナー違反だと思う!」
「確かに。でも仕方ないだろう? 今回は君が来月マリンパールに登城する件で、どうしてもオルクティス殿下に確認しなければならない内容が出て来てしまったのだから。君が問題なく登城出来る為に骨を折っている故の行動なのだから、そこは大目に見て欲しいな」
「またそうやって屁理屈を言って……。そんな言い方ばかりしてると、またアイリス姉様に愛想尽かされちゃうよ?」
「知ってるかい? 大っ嫌いから始まった恋はスタートがマイナスからだから、あとは相手を好きになるしかないんだよ? それにアイリスは愛想を尽かしながらも僕をしっかり受け入れてくれているから大丈夫だよ」
「僕、こんな面倒な婚約者様を持ったアイリス姉様に心から同情するよ……」
そんな二人のやり取りを見て、オルクティスが笑いを堪えるように自分の口元に手を当てる。
10年前から自身の婚約者との不仲で悩んでいたアレクシスだが、この二カ月の間にやっと和解出来たらしい。
その為ここ最近のアレクシスは、かなりご機嫌だ。
アズリエールにとってもサンライズを離れる前に自分が頼りにしている兄的な王太子と、同じく目を掛けてくれている姉的な先輩巫女の仲が深まった事は喜ばしい事でもある。
「という事で、君の婚約者殿をまたお借りするよ?」
「ええ~!? ここでその話し合いをするのはダメなの?」
「うーん、資料を見ながらしないといけない話だから……ちょっと無理かな?」
「じゃあ僕、今からここに一人で置いてけぼり!?」
「大丈夫だよ。さっき公務を終えたアイリスに声を掛けておいたから。今こっちに向って来てくれていると思う」
「やった! アイリス姉様に会えるのっ!?」
「アズリル……。久しぶりにアイリスに会えるのが嬉しいのは分かるけれど、その態度はちょーっとオルクティス殿下に失礼かと思うよ?」
「大丈夫だよ! オルクはアレク兄様と違って、そんなに心が狭くないもん。ね? オルク!」
「ええっと……」
急に振られたオルクティスが返答に困っていると、今度はその様子にアレクシスが苦笑する。
「言ったな、アズリル。だけどこれから来るアイリスとは、楽しめるような会話は出来ないと思うよ? 恐らくひたすら僕の愚痴を聞かされる事になると思うから、精々頑張ってね?」
「アレク兄様……それ、自分で言ってて悲しくならないの?」
「全~然っ! だってそれだけアイリスは、四六時中僕の事を考えているって事だろ? むしろ婚約者冥利に尽きる」
「うわぁ~、本っ当、この10年で色々拗らせたね……」
半目で呆れた表情を浮かべるアズリエールにアレクシスが満面の笑みを浮かべる。
その様子についに堪えきれなくなったオルクティスが、思わず吹き出した。
そんなオルクティスにアレクシスが満面の笑みのまま移動する事を促す。
「それではオルクティス殿下。先程の打ち合わせの続きに付き合って頂けますか?」
「ええ……。分かりました」
そう言って笑いを堪えながら、オルクティスが優雅に席を立った。
「それじゃ、アズリル。また来週に会おうね」
「うん。オルク、またね!」
そう言って手を振りながら、立ち去る二人の背中をアズリエールは何となく見つめる。
15歳のオルクティスは、年下でもあるのに18歳のアレクシスよりも若干身長が高い。
そして細身ではあるがオルクティスは、そこそこ体を鍛えているアレクシスよりも更に筋肉質だ。
二人共、世間的には多くの令嬢達の目を惹く恵まれた容姿ではあるが、見た目だけは正統派王子のアレクシスとは違い、オルクティスの場合は王子というよりも身分の高い若い騎士という印象を受ける外見なのだ。
それが二人並ぶと、より一層その違いが強調される。
そしてその二人が並んで歩く姿は、女性達にとってはかなりの目の保養になるだろう。
「もしかして、ついさっきまでの僕って、物凄く贅沢な空間にいたのかも……」
今更ながら見目麗しい王子二人に囲まれていた自分の贅沢な時間に気が付いたアズリエールが、ポソリと呟く。
すると……
「何が贅沢なのかしら?」
その声と共に現れたのは、この国一の絶世の美女と言われているアレクシスの婚約者、雨巫女アイリスだった。
陶器のような色白の肌に夜の雪景色のような淡い水色のフワフワな髪をなびかせ、金のような琥珀色の大きな瞳にはバサバサの睫毛をたっぷり携えているゴージャスな美女だ。
その後ろには、10代半ばほどの可愛らしい二人の侍女を連れ立っている。
「アイリス姉様! お久しぶり~!」
「本当ね。先月の巫女会合以来だから、一カ月ぶりくらいかしら? あの時は本当に助かったわ。ありがとう」
「どういたしまして! それで……どう? その後はアレク兄様とは上手くやれているの?」
「上手くやるも何も……。もう鬱陶しくて最悪よ……」
不機嫌そうな表情を浮かべながら、先程までオルクティスが座っていた席に着くアイリス。
それと同時に可愛らしい侍女二人が、早々にオルクティスが使っていたカップを下げ、すぐにアイリスとアズリエールに新しいお茶を運んできた。
「二週間後に僕はマリンパールへ発つから、アレク兄様の愚痴を零せるのは今だけだよ?」
「折角、久しぶりにアズリルに会えたのにアレクの愚痴なんて話したくないわよ! それにそれはリデルとクラリスが担当してくれているわ」
そう言って、アイリスが大きなため息をつく。
現状はアレクシスを嫌がっている素振りのアイリスだが、つい最近和解してからは、その鬱陶しいはずのアレクシスの絡み方を全面的に受け入れているので、世間的には仲睦まじい婚約者同士としか見られていない。
まぁ、実際には絡むと言う名の溺愛をアレクシスから注がれているだけなので、アイリスの方もその過剰な愛情をしっかり受けとめると腹をくくったのだろう。
だが、それでも過剰に絡んでくるアレクシスは鬱陶しいらしく……その話を振ると、いつもアイリスは迷惑そうな表情を浮かべる事が殆どだ。
しかし今回、何故かアイリスは真剣な表情を浮かべた。
「それよりも……アズリルとは、もっと大事な話をしたいのだけれど」
「大事な話?」
ただでさえ目力の強いアイリスにジッと見つめられ、一瞬だけアズリエールが怯む。
「アズリル、マリンパールに行く前に確認したいのだけれど……今回、姉のユリアエール様の存在は本当に大丈夫なの?」
そのアイリスの質問に一瞬だけ、アズリエールの表情が強張った。
――――――――◇◆◇――――――――
今回作中に出てきたアイリスとアレクシスががメインの『雨巫女と精霊の国』も投稿してますので、ご興味ある方は作者の作品一覧より、どうぞ!
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