妖精巫女と海の国

もも野はち助

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17.妖精巫女

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 一方、謁見の間のバルコニーから飛び降り、城下町と直結している港の方まで、飛行して来たアズリエール。

 とりあえず、今は自身が持つ風巫女の力の利便性をアピールしなければならないと思い、入港しようとしている適当な船がないか辺りを見回した。
 すると、王家の紋章が付いている武装した船が目に入る。
 恐らくこの大陸の海域を警備しているマリンパールの海兵騎士団の小隊が、乗船しているようだ。
 似たような船が他にあと二隻ほと目に付いた。
 その内の一隻にアズリエールは真上から近づき、甲板にいた見張り役と思われる若い兵士に話しかける。

「こんにちは~!」
「えっ……? ええーっ!? お、女の子っ!? な、何で空からっ!?」

 驚いて口をパクパクさせている若い兵士の前にストンと上空から降り立ったアズリエールは、ニコニコしながら自己紹介をした。

「明日以降より入港管理のお手伝いをさせて頂く、サンライズの風巫女アズリエール・ウインド・エアリズムと申します」
「風巫女……。も、もしやオルクティス殿下のご婚約者様であらせられますか!?」
「はい!」
「あ、あの、何故このような場所に……。確か本日の風巫女様のご予定は、登城後は陛下へのご挨拶のみで、我々がご挨拶を頂けるのは三日後と伺っておりましたが……」
「謁見を賜っている際、王妃殿下より急遽、風巫女の力をご確認されたいとご要望を受けまして。もしよろしければこちらの船を港まで誘導させるお手伝いさせて頂きたいのですが、責任者の方へお許しのご確認を頂けませんか?」

 すると一瞬だけ若い兵士が、目を見開く。

「王妃殿下からの……。かしこまりました! すぐに上官に確認致します!」

 そう言って若い兵士は、早々に上官の元へ向かってくれた。
 残されたアズリエールはする事もないので、とりあえず降り立った甲板をぐるりと見渡す。
 よく見ると、先程の若者と同じような隊員らしき兵士が数人おり、皆アズリエールに注目してチラチラと視線を投げかけてくる。
 その視線の相手一人一人と目が合う度にアズリエールは、ニッコリしながら軽く会釈した。

 すると、殆どの兵士達がビシリと姿勢を正し、敬礼を返してくる。
 どうやらアズリエールは風巫女という立場だけでなく、第二王子の婚約者として、この国では一応認識されているらしい。
 三日後にアズリエールが、この港に視察に来る事もこの国の海兵騎士団全体には周知されているようだ。
 その状況に『空飛ぶ男装令嬢』と称される自分が、この国ではそこまで拒絶されていないのでは……と、前向きな考えが少しだけ生まれる。
 しかし、先程の王妃テイシアの態度からは、まだ気を抜くのは早そうだ……。

 そんな事を考えていたら、先程の若い兵士が上官らしき人物を連れて来た。
 年はオルクティスの護衛のラウルと同じくらいの20代半ばくらいだろうか……。
 こげ茶色のサラサラの髪にグレイの瞳をした真面目そうな青年である。
 この年齢で海兵騎士団の小隊を任されているのだから、それなりに優秀な人物なのだろう。
 アズリエールのもとに着くなり、丁寧に挨拶をしてくれた。

「風巫女アズリエール様、お初にお目にかかります。私はこの小隊を任されているクレイブ家三男のフィルクスと申します。何でも王妃殿下のご要望で、風巫女のお力を披露される為に我が隊の船を誘導されたいと伺ったのですが……」

 クレイブという家名を聞き、マリンパールの東側を管理している侯爵家の傘下でもある伯爵家の一つだと、アズリエールが気付く。
 王城のある東側の管理を任されている侯爵家と三つの伯爵家ならば、王家との付き合いもそれなりにあるはずだ。
 その為、フィルクスの丁寧な接し方からすると、もしかしたら第二王子でもあるオルクティスとも交流があるのかもしれない。
 そう考えたアズリエールは、何故かこのフィルクスという人物は信頼出来る人物のような気がした。

「はい。もしご迷惑でなければ、是非ご協力頂きたいのですが」
「ですが、その……この船は対海賊用にかなり武装しておりまして。かなり重量のある船になりますので……」
「構いません。それでも恐らく10分以内には、港まで誘導出来ると思いますので」
「「10分っ!?」」

 そのアズリエールの返答を聞いた瞬間、フィルクスと名乗った青年だけでなく、隣にいた若い兵士までもが素っ頓狂な声をあげる。

「この船は今滞在している位置からですと、港までは通常30分以上かかるのですが……大丈夫なのでしょうか?」
「ええ。ご心配なく。それで許可の方はして頂けますか?」
「ええ、もちろん! 是非その素晴らしい風巫女のお力をご披露する為に強力させて頂きます」

 了承を得たアズリエールは、二人に向ってお礼の意味も込め、にこりと微笑む。
 そして何故か二人の後ろのメインマストの方へと向かった。
 そのアズリエールの姿を目で追っていたを乗員達だが……次の瞬間、ギョッとした表情を浮かべる。
 なんとアズリエールが、そのマストの網目状に組まれている縄梯子のようなロープを登り始めたからだ。

「あ、あの! 風巫女様……一体何を?」

 心配と疑問の入り混じった表情でフィルクスが質問して来たが、アズリエールはそのままスイスイとそのロープに足を掛け、メインマストの上の方まで昇って行ってしまった。
 そして真ん中より少し上の位置まで昇り切る。
 するとその場所から何の前触れもなく、勢いよく飛び降りた。

「「「うわぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!!」」」

 その様子を目撃した乗員全員の驚きの声が響き、皆一斉にアズリエールを受け止めようと、メインマストに駆け寄ろうとした。
 しかしその動きは、すぐに驚きと共にピタリと止まってしまう。
 メインマストから飛び降りたアズリエールは巫女力を発動させ、すぐに上空に舞い上がって行ったからだ。
 その不思議な光景に目を奪われた乗員達が、茫然とした様子で空飛ぶアズリエールを目で追う。

 するとアズリエールが船の後方に回り込み、やや距離を取った。
 そして後方から勢いよく船の帆に突っ込むように向かって来る。
 そのままぶつかってしまうのかと思った乗員達だったが、アズリエールが帆から2メートル辺りの所まで突っ込んでくると、船はグインと急加速し出した。

「うわっ!」

 その反動で甲板に出ていた乗員達が、一斉にバランスを崩す。
 辛うじてバランスを保ったフィルクスは、上空のアズリエールに目を向けた。
 船の後方から定期的に体を回転させながら空を飛んでいるアズリエールを中心に半径3メートル程の範囲で、かなり強力な気流が発生しており、それが帆全体に後方から吹き付ける事で船が急加速しているようだ。
 ザバザバと大きな波音をたてて、勢いよく目的地である港の方へ、船としてはあり得ない速度で、どんどんと突き進んでいく。
 とてもあの小柄なアズリエールが、船を動かす風を起こしているとは信じがたい光景だった。

「これは……凄いな……」

 思わずそう呟いてしまったフィルクスの隣では、先程の急加速で尻もちをついてしまった若い兵士が口をポカンとさせて、上空を見上げている。
 すると、甲板の各方々から小さな呟きが聞こえてきた。

「妖精……」
「まるで空を舞う妖精だ……」

 その呟きを聞いたフィルクスと若い兵士は、改めて上空のアズリエールに目を向ける。
 フワフワの淡いラベンダー色の髪をなびかせ、真っ青なフリル付きの令息風な服装を翻し、性別が分からないような中性的で小柄なその姿は、まさしく妖精のようだった。

「妖精巫女様……」

 未だに尻もちをついたまま、茫然とした状態でアズリエールを見つめている若い兵士の呟きが、再度フィルクスの耳に届く。

「確かにあの姿は妖精だな……。だが、あのようなじゃじゃ馬のご令嬢では、きっとオルクティス殿下はご苦労なさるだろうな……」

 その上官の呟きを聞いた若い兵士は、やっと我に返り、立ち上がりながら苦笑した。
 しかし、二人の表情からは、アズリエールに対しての嫌悪感は一切抱いている様子はなかった。
 それは甲板にいる乗員達も同じで、現状船を高速で誘導しているアズリエールの姿にすっかり魅了されている。

 可憐で中性的な容姿をし、あどけない雰囲気をまとった空飛ぶ伯爵令嬢。
 平民も混ざっているこの小隊の兵士達に対し、平等な接し方をし、令嬢らしからぬ活発さを見せながらも、どこか美しい立ち居振る舞いをする不思議な少女。
 その少女は初対面にして、一瞬でこの船の乗員の殆どの心を掴んでしまった。
 これはある意味、違う方向でオルクティスは苦労するだろう。

 そんな考えていたフィルクスに上空のアズリエールが声を掛けてくる。

「そろそろ港に到着いたしますが、速度を落した方がいいですかぁ~?」
「ええ! あの灯台と平行に並んだ辺りから速度を落してください!」
「分りましたー!」

 すると、徐々に船の速度が落ちていく。
 その二分後、アズリエールが甲板に降りてきた。
 ふわりと可憐に舞い降りてきた妖精のようなその仕草に乗員の目は、ずっと釘付けだ。

「とりあず、こちらの船の誘導は終わりました! もしよろしければもう一隻ほど誘導を……」
「いえ。そちらは結構です。それよりも王城の方で合図の旗が上がっております。恐らくアズリエール様のお戻りを希望されているかと思われますが……」

 そう言って、フィルクスが城の方に目をやる。
 それに誘導され、アズリエールも城の方に目を向けると、先程飛び降りた謁見の間のバルコニーで、大きな旗を振っている人物が目に入った。

「本当だ! い、急いで戻らないと!!」

 急に口調が砕けたアズリエールの様子にフィルクスと若い兵士が、同時に苦笑する。本来はこの砕けた口調が普段使っているものなのだろうと。

「フィルクス様、突然無理なお願いをしてしまったにも関わらず、丁寧なご対応ありがとうございました!」
「いえいえ。こちらこそ、港に戻るまでの時間を短縮して頂き、ありがとうございます。どうぞ、お気をつけてお戻りください」
「はい!」

 そう言ってアズリエールは、今度は船の後方へと走り出す。
 そのままその先端から、海にダイブするように飛び降りたが、しばらくしたら浮上しながら王城の方へ上空を舞うように向って行った。
 すると、フィルクスの隣にいた若い兵士が、やや心配そうな表情を浮かべる。

「可愛らしいご令嬢でしたけれど……大丈夫ですかね? あれでは王妃テイシア様の当りがきついのでは……」
「それは大丈夫だろう。そもそもこの行動は王妃殿下のご要望だったのだろ? ならばアズリエール嬢は、見事にそのご要望にお応えした事になる」

 そう答えたえながら、思わずフィルクスは笑みを浮かべてしまった。

「隊長、明日は登城して今回の事を上にご報告なさるのですよね?」
「そうなるな」
「ならばラウル様にもお会いになりますよね? 妖精巫女様がどのようなご令嬢なのか、詳しく聞いてきてくださいよ!」
「その『妖精巫女』という呼び方は、もう定着するのか?」
「恐らくは。だって、ほら! 他の連中も皆、『妖精、妖精』って言ってますし」

 その若い兵士の言い分を聞いたフィルクスは、盛大にため息を付いた。
 フィルクスとラウルは、士官学校時代からの親友だ。
 なのでこの隊の兵士たちの殆どは、ラウルと共にこの隊の宿舎にお忍びで顔を出していた第二王子オルクティスとも、それなりに面識がある。
 その為、その婚約者でもあるアズリエールに興味津々なのだ。
 そんな気が弛んだ隊員達を一喝するようにフィルクスが大声で怒鳴る。

「そろそろ港に船が着く! ボケっとしていないで、さっさと下船準備をしろっ!!」

 その声で、隊員や乗組員達が慌てて、下船準備に取り掛かり始める。
 その様子に再度ため息をついたフィルクスだが、ふと城に戻る小さくなったアズリエールの姿に目を向け、口許の端を僅かに上げる。
 これは明日、ラウルから面白い話が聞けそうだと。

 その後、マリンパールの城下町では、第二王子の婚約者である風巫女の通り名が『妖精巫女』として浸透してしまっている事をアズリエール本人は、登城して二日後に王太子妃ハルミリアから誘われたお茶の席で知る事となった。
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