妖精巫女と海の国

もも野はち助

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20.王妃の選んだドレス

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 翌日、昼過ぎ頃からアズリエールは王太子妃ハルミリアと共に衣裳部屋に監禁されていた。

 内三時間程は、美容系のマッサージを顔と全身に施され、その後は今まで体験した事がない程の念入りな化粧をされた。
 王族の婚約者になるという事は、ここまで大変なのかと今更ながらアズリエールは実感する。

 しかしドレスを着こなす事に関しては、そこまで心労はなかった。
 そんなアズリエールは、久しぶりにギュウギュウに締め上げられるコルセットの感覚に懐かしさを感じつつも、公の場での夜会用のドレスの着用は、第二成長期以降は初だと今更ながら気付く。

 サンライズの巫女は、他国への巫女力提供をアピールする為に6歳頃には社交界デビューをさせられる。
 アズリエールもその一人で、デビュー時は姉ユリアエールとセットでその時に初めて夜会というものに参加したのだが、それからすぐに例の事件が起こり、その影響で男装するようになってしまったので、正式な夜会用のドレスで参加するのは、久方ぶりなのだ。

 その為、今回の鎖骨周りが丸出しで胸元が強調されるドレスを公の場で披露する事は、初と言ってもいい。
 しかもご丁寧に昨日、王妃テイシアは敢えてその胸元が開けているデザインのドレスを選んだ。恐らくこれもアズリエールの淑女としてのレベルを試す為のドレス選定なのだろう。

 だがアズリエールの方もそういった状況が将来的に訪れる事は視野に入れていた。
 公の場での夜会用ドレスを着用した事は今まではほぼなかったが、その代わり淑女教育の際のダンスレッスンでは、常に夜会用ドレスで正装した状態で行っていたのだ。
 周囲からの視線には確かに慣れてはいないが……そういった大胆なデザインが主流である夜会用のドレスの着用に関しては着慣れている。

 だが周りの人間達にとっては、それは意外な結果だったらしい。
 着慣れていないはずが、平然とした顔でコルセットで締め上げられているアズリエールの様子に着付けを手伝ってくれた侍女だけでなく、隣で同じように着付けをされていたハルミリアまでも驚いた表情を浮かべている。

「アズリル……あなた、こういったドレスはあまり着慣れていないのでは?」
「公の場で披露するのは、恐らく今回が初かもしれません。ですが、淑女教育の一環でダンスレッスンの際は、常に正装した状態で行っていたので」
「練習時にも正装をされていたの!?」
「はい。そうでないと、いざ夜会に参加しなければいけない状態が急遽訪れた際に対応が出来ませんので」
「あなた……物凄く努力家な方だったのね……」
「男装などといった非常識な振る舞いを周囲からは大目にみて貰っていたので、せめてこのぐらいの努力をして周囲に誠意を見せないと押し通せないと思いまして……」

 バツの悪い表情を浮かべながら、そう答えたアズリエールにハルミリアが感嘆な声をあげる。

「それでもなかなか出来る事ではないと思うわ? ふふっ! どうりでお義母様がすぐに気に入られた訳だわ!」
「気に入られて……いるのでしょうか?」

 昨日のお茶席で何度か試されるような会話運びをされたアズリエールには、どうもその評価は違うのではと感じてしまう。
 すると、ハルミリアが更に笑いを堪えるような仕草をした。

「お義母様はね、気に入れば気に入る程、つい意地の悪い対応をしてその相手の反応を確認したがるの。でもね、その反応には正解はないのよ……。わたくしも試された側の人間なのだけれど、未だにお義母様が、わたくしのどの部分を気にってくださったのか分からないの」

 そう言ってやや困った様な笑みを浮かべる。

「でもね、一度気に入られてしまえば、とても大切にしてくださる方よ? 気に入られるまでの査定は厳しいものだけれど、受け入れたいと感じてくださった瞬間から愛情溢れる接し方をしてきてくださるの。恐らくお義母様は、ご自身がお付き合いされる方を厳選する事で王族に相応しい立場を維持されているのではないかしら? 立場が上になれば上になる程、その美味しい蜜を目当てにたかってくる輩は多いから……」

 自分に正直でマイペースな印象のハルミリアから、思わぬ鋭い視点での考察が出てきた事にアズリエールが驚く。
 普段は無邪気な部分を垣間見せるハルミリアだが、恐らく人間観察眼はかなり高い。
 それは自らの意志で習得する事を望んだアズリエールとは違い、無意識で発動していまっている生まれ持った才能のようなものなのだろう。
 昨日オルクティスが言っていた『計算で相手をタラし込むアズリルとは逆で、義姉上の場合は天然の人タラシ』という言葉を思い出す。

 同時にその人間観察眼の純粋さが羨ましいと感じてしまう。
 恐らくハルミリアが人を見る際、相手の短所よりも長所部分の方が先に目に付くはずだ。
 だが計算でその人間観察眼を発動するアズリエールの場合、必ず相手の短所――すなわち弱点の方が先に目に付いてしまう……。
 たまにそういう人間観察の仕方ばかりしてしまう自分に嫌悪感を抱いてしまう事があるのだ。

 だがそういう考えを抱いてしまう事は、円滑な人間関係を築きやすいこの対人スキルをアレクシスから伝授して貰う際、覚悟していた事だ。
 同時にアレクシスから伝授前に忠告された言葉も思い出す。

『アズリル、この人間観察眼を磨く事は相手の短所ばかりに目が行ってしまう事が多いから、誰かを好きになる事が難しくなる可能性があるからね。そこは覚悟しておいた方がいいよ』

 同じスキルを習得しているアレクシスは、すでにその短所すら愛おしいと思える相手を見つけている。
 だがアズリエールは、まだそういう相手には出会っていない……。
 例え長所ばかりが目に付く相手に出会ったとしても、一緒に過ごす時間が長ければ長いほど見えてくるのは、相手のマイナス面ばかりだ。
 そう考えると、この先自分は『人を愛する』と言う感情を抱けるのか不安になってくる。

 それでもアズリエールは、どうしてもこのスキルを身に付けたかった。
 もう7年前のような状況を引き起こさない為に……。
 この先、同じように姉に近づいてくる不穏な輩を瞬時に見抜けるように。

 そんな事に考えを張り巡らせていた所為か、アズリエールは侍女達とハルミリアが感嘆の声を上げるまで、自身の身支度の進行状況への興味がスッポリと抜け落ちていた。

「アズリエール様! ご覧ください! こちらのドレス、本当によくお似合いですよ!」
「悔しいのだけれど……お義母様の美的センスは本当に素晴らしいわね……。わたくしでは、このような鮮やかでまっ青なドレスをあなたに着せようとは思わないもの。着せるのなら絶対にピンクやオレンジ、黄緑等の可愛らしくて明るい色味しか思い描けなかったわ……」

 悔しそうにそう呟くハルミリアの声で、アズリエールが姿見に映った自分をやっと確認する。
 そこには初めて見る大人っぽい自身の姿が映っていた。

 テイシアが選んだこのドレスは、上半身は肩口ギリギリまで開けた鎖骨が丸見えになるオフショルダーデザインのドレスだ。
 胸元もしっかり開けているので、普段の男装しているアズリエールの姿は全く連想出来ない。

 そんな大人っぽい上半身のデザインに比べ、下半身の方はウエスト辺りから、ふっくらと膨らんだ愛らしさを強調するベルラインデザインになっている。
 まだ幼さの残る清純さと、これから大人の仲間入りをする可能性を示唆させる艶っぽさが同時に混在している……そんな印象を受けるデザインのドレスだった。

 幼さに関しては自身で故意に強調いている部分があるので、そういう印象を抱かれる事は予想していたが……まさか自分の中に艶っぽい部分があった事には、今まで全く気付かなかった。
 何故ならその特徴は、姉ユリアエールが持っていたものだ。
 だが鏡の中の自分も子供と大人の間に生じる独特の危うさを静かに放っている。

 その事に少し戸惑うような表情を浮かべているアズリエールの髪は、肩までしかない中途半端な長さのにも関わらず見事に編み込みされ、サイドに遅れ毛を残した状態に綺麗にまとめられた後、大きな銀細工の蝶の髪飾りが挿されていた。
 その髪型が、一層その少女から女性に変わろうとしている不思議な状態の自分を強調させている。

 そんな初めて気付いた自分の容姿の特徴に茫然としていると、突然衣裳部屋の扉がノックされる。
 その音でアズリエールが過剰なくらいビクリと驚く反応を見せた。
 それに気付かない侍女が扉を開けると、室内にオルクティスが入ってくる。

「アズリル、準備は出来……」

 そう言いかけたオルクティスだったがアズリエールの姿を見て、またしても固まってしまった。
 同時にアズリエールもオルクティスにつられるように無言で固まる。

 正装したオルクティスは、普段は無造作におろしている前髪を整髪料で後ろになでつけ、大人っぽさが3割増しになっていたからだ。
 長身で細身でもあるが筋肉質な体型のオルクティスがそういう髪型をすると、大人っぽさだけでなく色気がハンパない。
 普段の婚約者から自分とほぼ同じ年齢という感覚でいたアズリエールも流石にこの色気を出されたら、思わずドギマギしてしまう。
 それはオルクティスの方でも同じらしく、先程から口を真一文字にしたまま、目を見開いて固まっている。

 そんな感じで、しばらく茫然としたまま見つめ合っていた二人だが……。
 先に我に返ったオルクティスが、何故か盛大にため息をついた。

「やっぱり母上は、そのドレスを選んだかぁ……」
「えっ……?」
「アズリル、昨日試着した時に黄緑色のドレスがあったのを覚えているかな?」
「そういえば……。確か一番私っぽいデザインだなって感じたドレスかな?」
「それ、僕が今日着て貰おうと予め用意していたドレスだったんだよね……」
「そ、そうなの!?」

 オルクティスのその告白を聞き、確かにその黄緑色のドレスは、自分のイメージを一番考慮されたデザインだった事をアズリエールは思い出す。
 ちなみにそのドレスはハルミリア一押しのドレスだった。
 だが王妃テイシアは、あっさりとそのドレスを候補から外した。

「これではあなたの隠された魅力が、ますます隠れてしまうわ!」

 そう言って選ばれたのが今着ている真っ青な幼さと大人っぽさが混在しているこのドレスだ。
 そもそもテイシアの言う自分の『隠された魅力』というのが、アズリエールにはよく分からない。
 だがオルクティスの方は、何か思う事があるらしい。

「アズリル、今日は絶対に僕の傍から離れないでね?」
「う、うん」
「あと出来れば上目遣いは控えて欲しい……」
「無理だよ! だってオルクの方が身長が高いのだから、話す時どうしてもそうなってしまうでしょ!?」
「そうなのだけれど……。そこを何とか頑張って欲しいかな。正直、その上目遣い、物凄い破壊力なんだよね……」
「破壊力って……」
「ついでにこの身長差で君を見下ろすと、目のやり場に非常に困る……」

 フイっと視線を外すようにそっぽを向くオルクティスにアズリエールが、どの部分の事を言っているのか気付き、自分の胸元に視線を落とす。
 身長150cm前後のアズリエールに比べ、オルクティスの身長は180cm越えだ。
 いくらアズリエールが高めのヒールの靴を履いているとはいえ、オルクティスの身長が高すぎては、その差の感覚は左程変わらない。
 そして恐らくそのオルクティスの視点の高さからだと、アズリエールの胸元は上から丸見えなのだろう……。

「そこは何とかして視線を向けないようにして!!」
「努力はするけれど、不可抗力な部分は許して欲しいかも……」
「出来るだけ努力して!!」
「うん。頑張ってはみる……」

 そんな二人の会話を聞いていたハルミリアと着付けを手伝った侍女達が、必死で笑いを堪える。
 その生温かい空気を醸し出している衣裳部屋を早く脱出しようと、アズリエールがオルクティスに無言でエスコートを促した。
 その要望に応える様にオルクティスが苦笑しながら、アズリエールの手を取る。

「それではアズリエール嬢、会場の方へ参りましょうか?」
「ええ!」

 敢えて気取った言い回しをして来たオルクティスにアズリエールも苦笑しながら、気取るように返答する。
 こうして二人は、婚約者としてのお披露目も兼ねたアズリエールの歓迎会の会場へと向った。
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