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21.助け甲斐のない婚約者
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主催側専用の入場口に向かう通路をオルクティスにエスコートされながら歩いていると、段々と賑やかな人声が耳に入って来た。
恐らくこれから開催される夜会会場には、多くの招待客が集まっているのだろう。
そしてその目的は、第二王子が婚約を交わしたという異例の空飛ぶ男装令嬢を一目見る事。自分が本日の主役なので、それは逃れられない状況だ。
だがそれ以上に警戒してしまうのが、オルクティスに想いを寄せている令嬢が、どれくらいいるかという部分だ。
それによって夜会中にアズリエールが、この国の令嬢達に絡まれる頻度が変わってくる。
その対応がなかなか面倒なのではないかと思ったアズリエールは、ふと並んで歩いているオルクティスの方にチラリと目を向けた。
「アズリル、上目遣いはなるべく控えてってお願いしたよね?」
「だって……。オルクって絶対この国のご令嬢方に人気があるでしょ? だから今日は、そういったご令嬢方になかなか素敵な交流を望まれてしまいそうだなーって」
「そうならないように僕の方で彼女達に牽制をかけた方がいい?」
「そんな事、出来るの?」
「出来るけれど……アズリルはその対策方法を僕にされる事は苦手かも」
「な、何するの?」
「敢えて大勢の目に留まるように婚約者同士のスキンシップを見せつける」
「ごめん! その対策案、無理! 美形にそんな事されたら心臓が止まっちゃうよ!」
「やっぱり無理か……。そうなると、アズリル自身に頑張って彼女達を返り討ちにしてもらうしかないかなー」
「オルク、何だか楽しそうだね……」
「そんな事ないよ?」
そうニッコリ微笑んできたオルクティスに白い目を向けるアズリエール。
やはり最近のオルクティスは、腹黒アレクシス化が進んでいるようだ。
そんなやり取りをしていたら、会場入り口前の扉が見えてきた。
二人は一端ここで待機し、場内から入場を促されてから中に入る事になっている。
そして会場入りした後は、国王側に礼を取った後に二人でダンス披露をするという流れだ。
だが、そのダンス披露に関してオルクティスには一つ、引っ掛かる事があった。
「アズリル、これから披露するダンスだけれど……そのヒールの高い靴で踊っても大丈夫なのかな?」
扉の前に到着すると、オルクティスが心配そうに確認して来た。
現状のアズリエールは、ドレスの裾に隠れているとはいえ5cm以上のヒールの靴を履いていたからだ。
今からその靴を履いたまま、ダンスを披露しなければならない。
そもそもアズリエールとは、昨日打ち合わせで軽く踊った程度なので、オルクティスにはアズリエールのダンスの実力がよく分からなかった。
「大丈夫だよ? オルクは普通にエスコートしてくれればいいから」
「だけどターンとかしたら……」
「平気平気! バンバンやっちゃって!」
そう言ってにぃーっと笑顔を向けてくるアズリエールにオルクティスが苦笑する。
現在着ている大人っぽい衣裳にそぐわない子供っぽい表情を浮かべてくるアズリエールは、いつも通りの様子だ。緊張している気配もあまりない。
それでもオルクティスは、アズリエールが無理をし過ぎる事を知っている。
なので、ワザとアズリエールが苦手な距離でもある耳元に唇を寄せ囁いた。
「君の事を疑っている訳ではないけれど、困った時はちゃんと教えてね?」
急に距離を詰めらてたアズリエールが、ビクリをしながら体を引こうとする。
しかし、すでにエスコート体勢に入っていたオルクティスに腰を抱き寄せられていたので、身動きが取れない。
「もう! オルクのそういう急に意地の悪い事をしてくるところが一番困る事なんだけど!?」
「だってアズリルは、いつも頑張り過ぎて一人で抱えこんでしまうから……」
「頑張り過ぎないよ! ちゃんと適度に頑張るようにするから!」
「本当に? 絶対約束だよ?」
「もう分かったから! 約束するから!」
流石にアズリエールが限界を感じているのを察したオルクティスが、耳元で囁くのをやめる。
すると、会場の方から二人の入場を宣言する声が掛かった。
「それじゃ、アズリル。よろしくね」
「うん! 任せて!」
目の前の扉が開かれ会場入りした二人は、まず国王夫妻の前まで歩み寄り、そこで最上級の礼を披露した。
その後、会場ホールの真ん中まで戻り、向かい合わせになってダンスの準備に入る。
アズリエールが高めのヒールの靴を履いているとはいえ、二人の身長差は20cm近くある……。その光景を見た来場者の反応は、大体二種類に分かれた。
一つはアズリエールのみに注目している好奇に満ちた視線。
もう一つは、自分達の事をまるで大人と子供のような関係だと嘲笑うかのような視線。
好奇に満ちた視線を向けてくる来場者からはマイナスの印象はあまり感じないが、もう一種類の視線からは明らかにアズリエールを見下しているような雰囲気を感じた。
特にそういう視線を投げかけてくるのは、美しく着飾っている若い令嬢達である。
やはりオルクティスは、年頃の令嬢達にとって憧れの存在なのであろう。
その最有力物件でもある第二王子の婚約者の座に他国から来た訳の分からない空飛ぶ男装令嬢が、政略的要素が強い状態で納まっていたら、さぞかし面白くないはずだ……。
先程から若い令嬢達の視線が、グサグサと突き刺さるものへと変化している。
その事に瞬時に気付いたオルクティスが、やや心配そうに向かい合ったままアズリエールの顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ? 私、すぐにこの視線を好印象なものに変えられるから」
そう言ってアズリエールがニッコリすると、演奏が始まりワルツの曲が奏でられる。
それに合わせて、オルクティスがアズリエールをエスコートしながら、ダンスを披露し始めた。
踊る二人に注がれる視線は、それぞれ種類が違う。
オルクティスにはうっとりする様子の女性の視線が多い。
しかしアズリエールの方は、好奇な眼差しと突き刺すような鋭い視線が同じくらいの頻度で向けられる。
その雰囲気を快く思わないオルクティスが、やや眉をひそめた。
しかし次の瞬間――――。
そんな視線が注がれる中で、アズリエールが、穏やかな表情で綺麗過ぎる笑みをふわりと浮かべたのだ。
それはマリンパールへ移動中の際にアズリエールが、オルクティスに一度だけ見せた令嬢特有の綺麗過ぎる程の作り物の笑顔だった。
アズリエールの普段の様子を知らない者が見たならば、その微笑みはあまりにも優雅で美しい笑みと感じるだろう。
だが、通常のアズリエールの様子を知っているオルクティスは違う。
そのアズリエールの浮かべた表情は、ある意味戦闘モードに入った合図だ。
今から自分が『この会場にいる全員を魅了する』と切り替えた瞬間でもある。
その証拠にアズリエールが微笑みを浮かべた瞬間、まるで示し合わせたかのように二人に視線を注いでいた来場者達が、一斉に息を飲む音が聞こえた。
だが目を奪われたのは来場者達だけではない。
目の前で披露されたオルクティスも目が釘付けになってしまった。
化粧をしている所為もあるだろうが、そのアズリエールの笑みは清らかさと艶っぽさ、そしてどこか繊細で儚さを感じさせる美しい笑みだったのだ。
ダンス中なので体を密着させている今現在では、その表情をじっくり観察できてしまう。
長い睫毛は微かに震え、微笑みを浮かべた口元は穏やかで綺麗な弧を描いている。
このアズリエールの急に子供っぽい雰囲気から大人びた印象に切り替わる見事過ぎる様は、思わず息を呑んでしまう。
アズリエール本人がその効果を理解しているか分からないが、それは目の前で瞬時に少女が大人の女性へと変わった瞬間を見せつけられているような感覚なのだ。
純粋さと艶っぽさが入り混じった何とも言えない危うさから、目が離せなくなる。
それは恐らく今自分達に注目している来場者達も同じなはずだ。
そのアズリエールの変化を見せびらかす様にターンをさせようと、アズリエールの腰を支えている腕を重心に彼女の体を少し逸らせるようにして外側に大きく振る。
すると、まるで幸福を振りまく様な微笑みを来場者達に向ってアズリエールが振り撒き始めた。
その光景が何故かスローモーションのように、ゆっくりとした動作でオルクティスの瞳には映る。
そのまま憑りつかれたようにオルクティスは、アズリエールを操るように躍らせた。
気が付けばダンスも終盤に差し掛かり、そしてアズリエールに向けられていた視線もある一種類のみが注がれるようになる。
このたった数分で、アズリエールは来場者達の視線を一瞬で釘付けにしてしまったのだ。
「アズリル、君は本当に自分の見せ方を熟知しているんだね……」
半ば呆れ気味で苦笑したオルクティスが、アズリエールと共にダンス終了後の礼を両親である国王夫妻と来場者に優雅に披露し、その後二人はダンスフロアの中央から捌けていく。
すると再び演奏が始まり、今度は来場者達がダンスを楽しみ出した。
「ね? 大丈夫って言ったでしょ?」
オルクティスの心配が取り越し苦労だった事にアズリエールが勝ち誇るように笑みを返す。
そんなしたり顔の婚約者を壁際にエスコートしながら、オルクティスが苦笑する。
「でも少しは僕の事を頼って欲しかったかなー」
「ごめんね? でもほら、私って誰かに守られる側は、あまり好きじゃないから」
「そうだね……。君はどちらかと言うと誰かを守りたいと思うタイプだよね」
口に出さなくてもアズリエールの性格から、その事を理解してくれているオルクティスは、一緒いてもリラックスした状態でいられる稀少な存在だ。
常に相手の気持ちを読む事が癖付いてしまっているアズリエールにとって、同じように相手の心理を読み取る事に長けているオルクティスは、アズリエールにとって殆どストレスを感じさせない心地よい時間を過ごせる貴重な相手なのだ。
だが今のオルクティスの方は、何故か少し残念そうな表情を浮かべていた。
何となくオルクティスのその心情を読み取てしまったアズリエールは、やや申し訳なさそうに尋ねてみる。
「もしかして……私があまり頼らない事が、オルクにとってストレスになってる?」
すると、オルクティスは更に苦笑した表情を深めた。
「ストレスと言うか……寂しいという気持ちかな?」
「寂しい?」
「だって僕は一応、君の婚約者だよ? 困った時は真っ先に君が相談しやすい存在のはずなのに……。君は何でも自分一人で乗り越えて行ってしまうから、何だか用済みか役立たず扱いされている気分になってしまうんだよね」
「そんな事ないよ。今だって物凄く完璧なエスコートをしてくれたでしょ? 私、アレク兄様より踊りやすい相手って初めてだったもの」
「でもそれって、アズリルがアレクシス殿下以外の男性と踊った事がないからじゃないかな?」
「まぁ、それもあれるけれど……。でもアレク兄様よりダンスが上手な男性って、そうそういないと思うよ?」
「確かに」
「そういう意味だと、この身長差でアレク兄様より踊りやすいオルクは、本当に凄いと思う!」
「お褒め頂き、光栄です。アズリエール嬢」
急にオルクティスがかしこまった話し方を始めたので、アズリエールが自分達の周囲の状況を確認する。すると、二人と交流をしたがっている令息令嬢達にあっという間に囲まれてしまった。
「オルクティス殿下! そしてアズリエール様! 大変素敵なダンスを拝見させて頂き、ありがとうございました!」
「わたくし、思わずアズリエール様から目を離せなくなる程、心奪われてしまったわ……」
「まるでオルクティス殿下が、可憐な妖精と舞われているような……そんな素敵なダンスでした!」
「それにしても風巫女様は、なかなかユニークなお噂をお持ちだったので、どのような女性か興味深々だったのですが……。まさかこのような可憐なご令嬢だったとは、噂など当てになりませんね」
「ええ本当に! オルクティス殿下、どうか我々にアズリエール様をご紹介して頂けませんでしょうか?」
矢継ぎ早に声を掛けられ、流石のアズリエールも目をパチクリさせながら戸惑い出す。
しかし、オルクティスの方はこういう状況の対応には慣れているらしい。
「もちろん。本日は我が自慢の婚約者殿を思う存分、皆様に自慢させて貰いますよ?」
ニッコリと笑みを浮かべながら上機嫌そうに返すと、興奮気味に集まってきた令息令嬢達は、更に表情を緩める。
その後、入れ代わり立ち代わりで二人との交流を希望する若い貴族達がやってきてしまい、二人の周りには人だかりが出来てしまう状況がしばらく続き、常に賑やかな雰囲気を作り出していた。
恐らくこれから開催される夜会会場には、多くの招待客が集まっているのだろう。
そしてその目的は、第二王子が婚約を交わしたという異例の空飛ぶ男装令嬢を一目見る事。自分が本日の主役なので、それは逃れられない状況だ。
だがそれ以上に警戒してしまうのが、オルクティスに想いを寄せている令嬢が、どれくらいいるかという部分だ。
それによって夜会中にアズリエールが、この国の令嬢達に絡まれる頻度が変わってくる。
その対応がなかなか面倒なのではないかと思ったアズリエールは、ふと並んで歩いているオルクティスの方にチラリと目を向けた。
「アズリル、上目遣いはなるべく控えてってお願いしたよね?」
「だって……。オルクって絶対この国のご令嬢方に人気があるでしょ? だから今日は、そういったご令嬢方になかなか素敵な交流を望まれてしまいそうだなーって」
「そうならないように僕の方で彼女達に牽制をかけた方がいい?」
「そんな事、出来るの?」
「出来るけれど……アズリルはその対策方法を僕にされる事は苦手かも」
「な、何するの?」
「敢えて大勢の目に留まるように婚約者同士のスキンシップを見せつける」
「ごめん! その対策案、無理! 美形にそんな事されたら心臓が止まっちゃうよ!」
「やっぱり無理か……。そうなると、アズリル自身に頑張って彼女達を返り討ちにしてもらうしかないかなー」
「オルク、何だか楽しそうだね……」
「そんな事ないよ?」
そうニッコリ微笑んできたオルクティスに白い目を向けるアズリエール。
やはり最近のオルクティスは、腹黒アレクシス化が進んでいるようだ。
そんなやり取りをしていたら、会場入り口前の扉が見えてきた。
二人は一端ここで待機し、場内から入場を促されてから中に入る事になっている。
そして会場入りした後は、国王側に礼を取った後に二人でダンス披露をするという流れだ。
だが、そのダンス披露に関してオルクティスには一つ、引っ掛かる事があった。
「アズリル、これから披露するダンスだけれど……そのヒールの高い靴で踊っても大丈夫なのかな?」
扉の前に到着すると、オルクティスが心配そうに確認して来た。
現状のアズリエールは、ドレスの裾に隠れているとはいえ5cm以上のヒールの靴を履いていたからだ。
今からその靴を履いたまま、ダンスを披露しなければならない。
そもそもアズリエールとは、昨日打ち合わせで軽く踊った程度なので、オルクティスにはアズリエールのダンスの実力がよく分からなかった。
「大丈夫だよ? オルクは普通にエスコートしてくれればいいから」
「だけどターンとかしたら……」
「平気平気! バンバンやっちゃって!」
そう言ってにぃーっと笑顔を向けてくるアズリエールにオルクティスが苦笑する。
現在着ている大人っぽい衣裳にそぐわない子供っぽい表情を浮かべてくるアズリエールは、いつも通りの様子だ。緊張している気配もあまりない。
それでもオルクティスは、アズリエールが無理をし過ぎる事を知っている。
なので、ワザとアズリエールが苦手な距離でもある耳元に唇を寄せ囁いた。
「君の事を疑っている訳ではないけれど、困った時はちゃんと教えてね?」
急に距離を詰めらてたアズリエールが、ビクリをしながら体を引こうとする。
しかし、すでにエスコート体勢に入っていたオルクティスに腰を抱き寄せられていたので、身動きが取れない。
「もう! オルクのそういう急に意地の悪い事をしてくるところが一番困る事なんだけど!?」
「だってアズリルは、いつも頑張り過ぎて一人で抱えこんでしまうから……」
「頑張り過ぎないよ! ちゃんと適度に頑張るようにするから!」
「本当に? 絶対約束だよ?」
「もう分かったから! 約束するから!」
流石にアズリエールが限界を感じているのを察したオルクティスが、耳元で囁くのをやめる。
すると、会場の方から二人の入場を宣言する声が掛かった。
「それじゃ、アズリル。よろしくね」
「うん! 任せて!」
目の前の扉が開かれ会場入りした二人は、まず国王夫妻の前まで歩み寄り、そこで最上級の礼を披露した。
その後、会場ホールの真ん中まで戻り、向かい合わせになってダンスの準備に入る。
アズリエールが高めのヒールの靴を履いているとはいえ、二人の身長差は20cm近くある……。その光景を見た来場者の反応は、大体二種類に分かれた。
一つはアズリエールのみに注目している好奇に満ちた視線。
もう一つは、自分達の事をまるで大人と子供のような関係だと嘲笑うかのような視線。
好奇に満ちた視線を向けてくる来場者からはマイナスの印象はあまり感じないが、もう一種類の視線からは明らかにアズリエールを見下しているような雰囲気を感じた。
特にそういう視線を投げかけてくるのは、美しく着飾っている若い令嬢達である。
やはりオルクティスは、年頃の令嬢達にとって憧れの存在なのであろう。
その最有力物件でもある第二王子の婚約者の座に他国から来た訳の分からない空飛ぶ男装令嬢が、政略的要素が強い状態で納まっていたら、さぞかし面白くないはずだ……。
先程から若い令嬢達の視線が、グサグサと突き刺さるものへと変化している。
その事に瞬時に気付いたオルクティスが、やや心配そうに向かい合ったままアズリエールの顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ? 私、すぐにこの視線を好印象なものに変えられるから」
そう言ってアズリエールがニッコリすると、演奏が始まりワルツの曲が奏でられる。
それに合わせて、オルクティスがアズリエールをエスコートしながら、ダンスを披露し始めた。
踊る二人に注がれる視線は、それぞれ種類が違う。
オルクティスにはうっとりする様子の女性の視線が多い。
しかしアズリエールの方は、好奇な眼差しと突き刺すような鋭い視線が同じくらいの頻度で向けられる。
その雰囲気を快く思わないオルクティスが、やや眉をひそめた。
しかし次の瞬間――――。
そんな視線が注がれる中で、アズリエールが、穏やかな表情で綺麗過ぎる笑みをふわりと浮かべたのだ。
それはマリンパールへ移動中の際にアズリエールが、オルクティスに一度だけ見せた令嬢特有の綺麗過ぎる程の作り物の笑顔だった。
アズリエールの普段の様子を知らない者が見たならば、その微笑みはあまりにも優雅で美しい笑みと感じるだろう。
だが、通常のアズリエールの様子を知っているオルクティスは違う。
そのアズリエールの浮かべた表情は、ある意味戦闘モードに入った合図だ。
今から自分が『この会場にいる全員を魅了する』と切り替えた瞬間でもある。
その証拠にアズリエールが微笑みを浮かべた瞬間、まるで示し合わせたかのように二人に視線を注いでいた来場者達が、一斉に息を飲む音が聞こえた。
だが目を奪われたのは来場者達だけではない。
目の前で披露されたオルクティスも目が釘付けになってしまった。
化粧をしている所為もあるだろうが、そのアズリエールの笑みは清らかさと艶っぽさ、そしてどこか繊細で儚さを感じさせる美しい笑みだったのだ。
ダンス中なので体を密着させている今現在では、その表情をじっくり観察できてしまう。
長い睫毛は微かに震え、微笑みを浮かべた口元は穏やかで綺麗な弧を描いている。
このアズリエールの急に子供っぽい雰囲気から大人びた印象に切り替わる見事過ぎる様は、思わず息を呑んでしまう。
アズリエール本人がその効果を理解しているか分からないが、それは目の前で瞬時に少女が大人の女性へと変わった瞬間を見せつけられているような感覚なのだ。
純粋さと艶っぽさが入り混じった何とも言えない危うさから、目が離せなくなる。
それは恐らく今自分達に注目している来場者達も同じなはずだ。
そのアズリエールの変化を見せびらかす様にターンをさせようと、アズリエールの腰を支えている腕を重心に彼女の体を少し逸らせるようにして外側に大きく振る。
すると、まるで幸福を振りまく様な微笑みを来場者達に向ってアズリエールが振り撒き始めた。
その光景が何故かスローモーションのように、ゆっくりとした動作でオルクティスの瞳には映る。
そのまま憑りつかれたようにオルクティスは、アズリエールを操るように躍らせた。
気が付けばダンスも終盤に差し掛かり、そしてアズリエールに向けられていた視線もある一種類のみが注がれるようになる。
このたった数分で、アズリエールは来場者達の視線を一瞬で釘付けにしてしまったのだ。
「アズリル、君は本当に自分の見せ方を熟知しているんだね……」
半ば呆れ気味で苦笑したオルクティスが、アズリエールと共にダンス終了後の礼を両親である国王夫妻と来場者に優雅に披露し、その後二人はダンスフロアの中央から捌けていく。
すると再び演奏が始まり、今度は来場者達がダンスを楽しみ出した。
「ね? 大丈夫って言ったでしょ?」
オルクティスの心配が取り越し苦労だった事にアズリエールが勝ち誇るように笑みを返す。
そんなしたり顔の婚約者を壁際にエスコートしながら、オルクティスが苦笑する。
「でも少しは僕の事を頼って欲しかったかなー」
「ごめんね? でもほら、私って誰かに守られる側は、あまり好きじゃないから」
「そうだね……。君はどちらかと言うと誰かを守りたいと思うタイプだよね」
口に出さなくてもアズリエールの性格から、その事を理解してくれているオルクティスは、一緒いてもリラックスした状態でいられる稀少な存在だ。
常に相手の気持ちを読む事が癖付いてしまっているアズリエールにとって、同じように相手の心理を読み取る事に長けているオルクティスは、アズリエールにとって殆どストレスを感じさせない心地よい時間を過ごせる貴重な相手なのだ。
だが今のオルクティスの方は、何故か少し残念そうな表情を浮かべていた。
何となくオルクティスのその心情を読み取てしまったアズリエールは、やや申し訳なさそうに尋ねてみる。
「もしかして……私があまり頼らない事が、オルクにとってストレスになってる?」
すると、オルクティスは更に苦笑した表情を深めた。
「ストレスと言うか……寂しいという気持ちかな?」
「寂しい?」
「だって僕は一応、君の婚約者だよ? 困った時は真っ先に君が相談しやすい存在のはずなのに……。君は何でも自分一人で乗り越えて行ってしまうから、何だか用済みか役立たず扱いされている気分になってしまうんだよね」
「そんな事ないよ。今だって物凄く完璧なエスコートをしてくれたでしょ? 私、アレク兄様より踊りやすい相手って初めてだったもの」
「でもそれって、アズリルがアレクシス殿下以外の男性と踊った事がないからじゃないかな?」
「まぁ、それもあれるけれど……。でもアレク兄様よりダンスが上手な男性って、そうそういないと思うよ?」
「確かに」
「そういう意味だと、この身長差でアレク兄様より踊りやすいオルクは、本当に凄いと思う!」
「お褒め頂き、光栄です。アズリエール嬢」
急にオルクティスがかしこまった話し方を始めたので、アズリエールが自分達の周囲の状況を確認する。すると、二人と交流をしたがっている令息令嬢達にあっという間に囲まれてしまった。
「オルクティス殿下! そしてアズリエール様! 大変素敵なダンスを拝見させて頂き、ありがとうございました!」
「わたくし、思わずアズリエール様から目を離せなくなる程、心奪われてしまったわ……」
「まるでオルクティス殿下が、可憐な妖精と舞われているような……そんな素敵なダンスでした!」
「それにしても風巫女様は、なかなかユニークなお噂をお持ちだったので、どのような女性か興味深々だったのですが……。まさかこのような可憐なご令嬢だったとは、噂など当てになりませんね」
「ええ本当に! オルクティス殿下、どうか我々にアズリエール様をご紹介して頂けませんでしょうか?」
矢継ぎ早に声を掛けられ、流石のアズリエールも目をパチクリさせながら戸惑い出す。
しかし、オルクティスの方はこういう状況の対応には慣れているらしい。
「もちろん。本日は我が自慢の婚約者殿を思う存分、皆様に自慢させて貰いますよ?」
ニッコリと笑みを浮かべながら上機嫌そうに返すと、興奮気味に集まってきた令息令嬢達は、更に表情を緩める。
その後、入れ代わり立ち代わりで二人との交流を希望する若い貴族達がやってきてしまい、二人の周りには人だかりが出来てしまう状況がしばらく続き、常に賑やかな雰囲気を作り出していた。
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