妖精巫女と海の国

もも野はち助

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22.マリンパールの令嬢

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 そんな二人に興味津々の人だかりも時間が経つにつれて、少しずつ引いて行く。
 しかしオルクティスの方は、若い貴族達だけでなく年配の貴族達からも声が掛かる。
 するとオルクティスは、壁際で待機している護衛のラウルに視線を投げかけた。
 その視線にすぐに気付いたラウルが、すぐにこちらに向かってくる。

「ラウル、しばらく彼女を頼む」
「かしこまりました。アズリエール様、よろしければあちらでお飲み物でも……」
「ええ。それではオルクティス殿下、後ほど」

 恐らくこの後のオルクティスには、現役の伯爵侯爵である有力貴族達からの挨拶が殺到するのだろう。
 それにアズリエールを巻き込ませないために敢えて別行動を取るらしい。
 だが会場入りする前に零していた言葉から、アズリエールを一人にする事は避けたいようだ。
 過保護な扱いを受けたアズリエールは苦笑しながら、ため息をこぼす。
 それに気付いたラウルが、ニヤニヤした笑みを浮かべた。

「ラウル~。ちょっと感じ悪いよ~?」
「失礼致しました。主の過保護ぶりに思わず顔がニヤケていまいまして……。見苦しい表情を浮かべてしまい、申し訳ございませんでした」
「でも全く申し訳なさそうな様子はないのだけれど?」
「気のせいでございます」

 しれっとしながらラウルがアズリエールを誘導した先には、昨日挨拶を交わしたオルクティスの補佐の一人エドワルドと、初日に風巫女の力を披露する際に協力してくれたフィルクスがいた。

「アズリエール様、お疲れ様でございます。大変素晴らしいダンスでしたね」
「本当に。あそこまで殿下が見事に女性をエスコートをされるのは、初めて拝見しました」
「お二人共、お褒め頂きありがとうございます」

 すると自分の同僚二人に対するアズリエールの接し方で昨日から不満を抱いていたラウルが、すかさず声をあげた。

「アズリエール様。昨日も申し上げましたが、この二人には敬語は不要です」
「ラウルは本当に根に持つよね……」
「もしこの二人に敬語でご対応されるのであれば、私も同じように扱って頂きたいです」
「ごめん。ラウルに対しては慣れ過ぎて、それはもう無理だから」

 その会話を聞いていたフィルクスとエドワルドが顔を見合わせた後、呆れ顔を浮かべた。

「アズリエール様、このバカが不貞腐れて面倒なので、どうぞ我々に対しても上のお立場から接して頂くようお願い致します……」
「同僚が面倒な人間で、誠に申し訳ございません……」
「お前ら! 俺を弄るのはやめろ!」
「いや、お前が急に弄られやすい事を自分から言い出したんだろーが!」
「ラウル、お前は本当に面倒な奴だよ……」
「アズリエール様、お飲み物はどちらになさいますか?」
「「人の話、聞けよ!!」」

 ラウルの存在の効果なのか、早くもフィルクスやエドワルドとも砕けた雰囲気で接する事が出来るようになったアズリエール。
 正直、ここまでマリンパールでの人間関係が順調に構築出来るとは思っていなかった。

 そんな状況だったので、油断もしていたのだろう……。
 三人と和気藹々と過ごしていると、かなり華やかな令嬢4人組がアズリエールの元へと歩みを進めてくる姿が目に入る。
 それはラウル達も気づいたようだが……恐らく三人よりも爵位が高い令嬢達なのだろう。
 三人ともスッとアズリエールの後ろに控えるような動きをした。

「アズリエール様、お初にお目にかかります。わたくし、ラーシェット家のオリヴィアと申します。先程のオルクティス殿下とのダンスがあまりにも素敵だったので、どうしてもその感動をお伝えしたくて……。不躾にお声がけをしてしまう事をお許しくださいませ」

 低姿勢な態度での声掛けだが、眩い金の糸のようなハニーブロンドの髪をフワフワさせたその令嬢は、自信に満ち溢れた光をエメラルドのような瞳に宿している。
 その後ろに連れ立っている令嬢三人も見事過ぎる程のゴージャスな見た目の美女達だ。
 その4人に囲まれたアズリエールは、どう見ても一人だけ子供っぽさが際立った浮いた存在に見える。

 だが、自分の容姿が人目を引く特徴である事をアズリエールは、しっかりと理解している。その為、この状況で怖気づく程の可愛さは持ち合わせてはいない。
 むしろ優雅に花がほころびそうな程の愛らしい笑みを堂々と披露した。

「こちらこそ、お声がけ頂き、ありがとうございます。こちらには知人が一切おりませんので、このように交流を望んでくださるご令嬢方がいらっしゃる事は、大変心強いです」
「そうのように言って頂けて、こちらも勇気を振り絞ってお声がけして本当に良かったわ! ところで……先程の見事なダンスは、大分オルクティス殿下と練習をなさったのですか?」
「いえ。昨日、数回程合わて頂いただけですね。ですが、殿下のエスコートが素晴らし過ぎたので、皆様を満足させる事が出来たのだと思います」
「まぁ! 何て羨ましい! そうですわよね……。あのように身長差があれば、さぞかし殿下はエスコートは難しい事でしょう……。アズリエール様もずっとお顔を上に向けられてばかりで、さぞお疲れになったのではなくて?」

 最初の低姿勢は何処へやら……。
 段々と会話の方向性の雲行きが怪しくなってきた事に後ろに控えていたフィルクスが、フォローに廻ろうと一歩踏み出そうとした。
 しかし、それを隣にいたラウルが止める。
 その表情は、どこか傍観する事を楽しむような笑みを浮かべていた。
 その悪友の様子にフィルクスが眉をひそめながら、再び無言で後ろに下がる。

「いいえ。オルクティス殿下はお優しいので、殿下自ら顔を覗き込まれるように目線を合わせてくださるのです。その為、首が疲れる事はあまりございませんわ」

 そう言って、幸福そうな笑みをふんわりと浮かべたアズリエールの態度は、明らかに自分は婚約者から大切に扱われているという事をアピールしているような言葉だ。
 しかし実際にオルクティスが目線を合わせる為にアズリエールの顔を覗き込んでくる時は、アレクシス化した腹黒さを発揮している時が多い……。
 だが、嘘は言ってはいない。

「ふふ! 本当にお二人は仲がよろしいのですね! ですが、わたくしもオルクティス殿下とはお付き合い頂いておりますのよ? なので、もし殿下の事でお聞きになりたい事があれば、是非わたくしに遠慮なく、お尋ねくださいね?」

 そう言って、いかにも牽制するような態度を見せてきたオリヴィアにアズリエールは、先程の幸福そうな笑みを浮かべながら「面倒だな……」と思い始めていた。
 恐らくオリヴィアは、幼少期からオルクティスの婚約者候補の一人だったのだろう。
 ラーシェット家はここへ来る前に立ち寄った港町の管理を飛び付いてきた犬を飼っているウェイラル家に任せている伯爵家だ。

 そうなると、その港町に視察で訪れる事が多いオルクティスとも交流があったはずだ。
 現状、夜会に参加している他の令嬢達の様子をチラリと窺うと、皆心配そうにアズリエールの出方を見ているが、助け舟を出してくる気配はない。
 その様子から恐らくラーシェット家は、それなりに王家との繋がりがある家柄という見方を社交界ではされているようだ。
 その為、余程の爵位の家柄でないと、下手に口出しは出来ないのだろう。

 だが何故かオルクティスからは、そのラーシェット家の令嬢オリヴィアの話は出て来なかった。
 そしてこのオリヴィアのやんわりとアズリエールを見下す様な態度から察すると、どうやらオリヴィアはオルクティスにとっても扱いが面倒なご令嬢のようだ。
 ついでなので、今からその面倒部分に対策が出来ないだろうかと、アズリエールは考え出す。
 すると、その対策方法をオリヴィア自らが導き出す様な動きをし始めた。

「ところで、サンライズには二大歌姫の巫女様がいらっしゃいますよね?」
「ええ。お二人共我が国自慢のサンライズの歌巫女でございます」
「わたくし、以前コーリングスターへ訪問した際に風巫女エリアテール様の歌声を拝聴した事があるのですが……もうあまりにも素敵過ぎて! サンライズの巫女様は皆様あのような美しい特技をお持ちなのでしょう?」
「そう……ですね。わたくし達は何かしらの決まった行動を行う事で巫女力を発動させるので」

 一体何が言いたいのだろうか――と思っていたアズリエール。
 だがその意図が分からないので、もう少し様子を見る事にした。

「ではアズリエール様は、サンライズ国ではどのように風巫女のお力を発動されていたのですか?」
「わたくしの場合は、高い場所から落下する事で風をまとい、巫女力を発動させます」
「まぁ……。では、今の様なドレス姿では難しいのでは?」

 その質問でオリヴィアが、どのように自分を落とそうとしているのか見えてきた。ようするに今までアズリエールが男装に徹して社交場に参加していた事を強調したいのだろう。

「ええ。ですから7歳の頃から、ずっと令息の様な格好をしておりました」
「まぁ……。よくご両親はお許しになってくださりましたわね……」
「両親は、この能力をドレス姿で扱う方がはしたないという判断をしたようです」
「ですが……その切っ掛けは、サンライズのお茶会でのある恐ろしい出来事が切っ掛けだと、風の噂で伺ったのですが……」

 オリヴィアのその言葉にアズリエールが、一瞬だけ驚くように瞳を見開く。
 だがそれは、すぐに苦笑した表情に変化した。

「そうなのです……。あまりにもおぞましい出来事だったので、詳細を語る事は控えさせて頂きたいのですが……。どうやらオリヴィア様は詳細をご存知のようですね? ええ。その出来事を切っ掛けに男装に徹するようになりました。ですが、世間というのは本当に面白いもので……。わたくしのその振る舞いを姉想いの勇敢な妹と称して下さる方々が多く、皆様お優しい方ばかりのようです」

 オリヴィアが言っている『ある恐ろしい出来事』は、例のまだ幼かったアズリエールとユリアエールがコーリングスターの貴族令息達に狙われた事件の事だ。
 まさかそこまでアズリエールの過去を調べていたとは思わなかったが、その辺の泣き所対策に関してはアズリエールは万全だ。

 逆にオリヴィアの方は、その事で確実にアズリエールが怯むと思っていたのだろう。子猫のような大きく釣り上がった瞳をこれでもかと見開いている。
 そんなオリヴィアを更に畳み掛けるようにアズリエールが、ある『餌』をぶら下げてみた。

「ところでオリヴィア様は、我が国の二大歌巫女をかなりご支持くださっているようですね?」
「え、ええ! サンライズの二大歌巫女様方は、我が国では大人気でして。特に雨巫女アイリス様は、その歌声を滅多に披露されないという事で、先月のサンライズの建国記念日で10年ぶりに歌声を披露されるという情報がマリンパールに入った際は、もうそのチケットにかなり値が付き、大変な騒ぎになった程で!」

 急に興奮気味でアイリスの事を熱弁してきたオリヴィアの反応にアズリエールはある事を確信する。

「まぁ! の歌声は他国では、それほどまで支持されているのですね!」

 なので敢えてアイリスの事を普段使っている呼び方でしてみた。
 するとオリヴィアが、またしても驚いたように瞳を大きく見開く。

「アイリス……姉様?」
「ああ! 申し訳ございません! ついいつもの癖で呼び慣れている言い方してしまいました……」
「呼び慣れている……?」
「アイリス姉――アイリス様は、わたくしにとって姉のような存在で。ご婚約者でもあらせられるアレクシス殿下と共にわたくしの事をとても可愛がってくださるのです。ちなみに風巫女エリアテール様も同様で……。に関しては、目の前でその素晴らしい歌声を何度も披露して頂く事もございました」

 そのアズリエールの話にオリヴィアが、驚きのあまり素っ頓狂な声をあげる。

「風巫女エリアテール様の歌声を目の前で何度も!?」
「はい」
「ま、まさか雨巫女アイリス様の歌声も……」
「もちろん! アイリス姉様はこの10年間、サンライズ国内での雨降らしを担っておられましたが、それは極秘で不定期に行われておりました。ですが、わたくしはという特権で同行させて頂いた事があるので、あの奇跡の歌声を何度か拝聴しておりますね」
「ア、アイリス様の歌声をお聴きになった事があるのですか!?]
「あの伝説の歌巫女の!?」
「ああ! なんて羨ましい!!」

 アズリエールの話にオリヴィアだけでなく、後ろにくっ付いていた令嬢達までもかなりの勢いで食いついてきた。
 どうやらサンライズの二大歌巫女は、マリンパールでは絶大な人気らしい。
 アズリエールは、アイリスとエリアテールに心の中で盛大に感謝する。

「エリア姉様は、近々コーリングスターという大国の王太子妃になられるので、余程の事がなければその歌を間近で拝聴する事は出来なくなりましたが……。アイリス姉様の方は、先の建国記念日を切っ掛けに未来の王太子妃としての公務を開始されたので、今後は国が管理している劇場などで、その歌声を披露される機会が増えるかと思いますね」
「まぁ! そ、そうなのですか!? では今後はアイリス様の歌声を拝聴出来る機会が!?」
「ですが……通常の方法では、そのお席のチケットを入手する事は、かなり難しいかと思います」
「そ、そうですわよね……。なんせあの伝説の歌巫女様ですものね……」

 アズリエールの言葉で、オリヴィアだけでなく後ろの令嬢達も落胆気味な反応を見せる。
 それを確認したアズリエールは、これ見よがしにニッコリと笑みを浮かべた。

「よろしければ……もし次回アイリス姉様が雨乞いを披露される際のお席のチケットを特別にお取りしましょうか?」

 アズリエールのその申し出にオリヴィアと令嬢3人は、ピシリと固まった。
 一見、裏表などない親切心でそれを提案しているように見えるが……。
 オリヴィア達には、それは明らかに「アイリスの歌声を目の前で聴きたければ、自分には友好的な態度を取った方がいい」と、アズリエールがやんわり強調している提案にしか聞こえない。
 その意図しているのかが判断しづらい甘い提案にオリヴィアは、返答する事を躊躇し黙り込んでしまう。

「ラーシェット家はマリンパール国内でも高位貴族として申し分のないお家柄ですし、恐らくわたくしからアレクシス殿下にお願い申し上げれば、簡単にそのお席をご用意する事が出来ると思いますが……。いかが致しますか?」

 追い打ちを掛けるようにアズリエールが純粋そうな笑みを浮かべながら、甘い罠で再度誘惑する。
 どうやらこの国では、アイリスの歌声を聴く事は、高位貴族のステイタスの一つらしい。

 実際、先月行われた建国記念日は、他国からは身分の高い貴族のみしか観覧する事が出来なかったので、アイリスの奇跡の歌声を聴けた国外の人間は、ほんの一握りだけだ。
 そしてそれをアレクシスは、完全にサンライズの売りにしようとしている。

 だがまさかマリンパールで、ここまでアイリスと親しい事が絶大な効果を引き出すとは思わなかったアズリエールとっては、まさに幸運としか言いようがない状況なのだ。

「オリヴィア様?」

 先程から固まってしまったオリヴィアを追いつめる様にアズリエールは、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべながら呼びかける。

「…………もしご迷惑でなければ、是非お願い致します……」

 蚊の鳴く様な声で、そう返して来たオリヴィアの返答にアズリエールは勝利を確信し、にっこりと微笑む。
 その様子を静かに見守っていたフィルクスとエドワルドは、口を半開きにして驚いていた。
 対してアズリエールの内面を予め知っていたラウルは、何故か勝ち誇った表情を浮かべている。

 この出来事が切っ掛けで、いつの間にかアズリエールがラーシェット家の令嬢と親しいと言う噂が広がり、社交界内でのアズリエールとオルクティスの婚約への不満の声は激減する事になった。
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