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23.海兵騎士団
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無事に自分の歓迎会でもある夜会をやり過ごしたアズリエールは、心地よい疲労感を抱きながら、自分付きの侍女に吸水性の高い生地で髪を挟まれ、乾かして貰っていた。
「アズリエール様、本日はお疲れでしょう。よろしければハーブティー等ご用意いたしましょうか?」
そう気遣ってくれたのは登城してから、ずっとアズリエールの身の周りの世話をしてくれているエルサというベテランの侍女だ。年齢は40代前後程で成人済みの息子が二人おり、オルクティスの乳母でもあった女性だ。
「ありがとう。お願いしてもいいかな?」
「かしこまりました。すぐにご用意させて頂きます。それと……実は日中にアズリエール様宛のお手紙がご実家から届いていたので、ご確認くださいませ」
それを聞いたアズリエールが、一瞬ビクリと体と強張らせる。
その反応を敢えて気付かないふりをしたエルザは、大分乾いたアズリエールの髪に丁寧にブラシを通すと、すぐにハーブティーを入れる準備をしに部屋を出て行った。
部屋に一人残されたアズリエールは、机の上にある真っ白な封筒にふと目を向け、盛大に息を吐く。
同時にサンライズを発つ際に姉ユリアエールとの約束を思い出した。
『手紙の返事、絶対に書くから』
しかし、その約束を果たす事は、今のアズリエールにとっては少々難しい……。
もちろん、マリンパールの生活に早く慣れる事に精一杯な部分もあるのだが、一番の理由はこちらに来てから姉の存在を一切気にする必要がない事に解放感を感じてしまっていたからだ。
サインライズにいた頃は常に自分は姉の事を気遣い、また自分も姉から気遣われているという関係が、ずっと続いていた。
それは傍から見れば仲が良い姉妹のように見えただろうが、アズリエールにとっては姉の気遣いは自分に対しての過剰な執着にしか感じられなかった。
その為、7年ぶりに姉と離れた今の状況下では、今まで自分がどれだけ姉に執着されていたのかを実感してしまっているのだ……。
もちろん、姉はアズリエールを束縛しよう等という感覚は一切なかっただろう。
しかし、あの事件から姉はアズリエールの事を何でも知りたがるようになった。
そしてその知りたがった情報の中に少しでもアズリエールが自分の元から離れてしまう要素があると、それを排除しようとしてくる。
その排除対象になる一番の要因が、アズリエールの婚約話が進む事だった……。
その事を考えると、今回届いた手紙の内容もオルクティスに関しての質問責めの内容ではないかと、容易に想像がつく。
そうなると、なかなかその手紙を開封しようという気持ちにはなれず、一瞬だけ手紙を手に取るが、すぐに机の上に戻してしまうという行動を何度も繰り返してしまった。
「明日は、また港の方で海兵騎士団の人達への挨拶回りなんだよね……」
そして誰も聞いてもいないのに手紙を開封しない言い訳をアズリエールは何故か呟く。するとタイミング良く、部屋の扉がノックされた。
「アズリエール様、ハーブティーをお持ち致しました」
「ありがとう。今日はこれ飲んだら、すぐに休ませて貰うね」
「かしこまりました」
結局、アズリエールは姉からの手紙の開封を明日に先伸ばしにする事にした。
翌日――――。
ハーブティーのお陰でグッスリ眠れたアズリエールは、爽快な気分でオルクティスと一緒に城下町と直通している港に到着していた。
本来アズリエールは、この港で船の入港管理をする事がメインで、オルクティスに婚約者として望まれた。
その役割が本日より本格的に始まるのだ。
その手始めに共に入港管理を行う海兵騎士団に簡単にアズリエールを紹介したいと、オルクティスが提案したのだ。
その為、今日のアズリエールはサンライズにいた頃にしていたフリルが多めな令息風の服装をしている。
「一昨日は港の方には降り立たなかったから、どんな雰囲気か分からなかったけれど……。ウェイラル子爵家が管理している港町と比べると、流石にこっちは大規模だね!」
「まぁ一応、この大陸の玄関口でもある港だからね。その分、本当に入港管理が大変で……」
「ふっふーん! その辺は私がいるから今後は何の心配もないよ!」
「確かに。あれだけ迅速に船の誘導をされてしまうと、今後はその力を当てにし過ぎてしまうなぁ」
「その為にオルクは私と婚約をしたのでしょ? ならば大いに利用してね!」
「あー、うん。そうだね……」
そんな会話をしながら、船着き場の方へと歩みを進めていた二人。
すると、武装された船が4隻程停泊している辺りに大勢の海兵騎士団の人間が、キレイに整列している様子が目に入って来た。
「今後アズリルには彼らと一緒に入港管理をして貰う事になるから、今から挨拶をして貰うよ?」
「分かったー」
「それと後で説明するけれど、基本的にアズリルはフィルクスの隊と行動を――」
そう言いかけたオルクティスが、何故か急に会話を中断する。
そして、いきなりアズリエールの腕を自分の方へグイっと引き寄せた。
「ちょっ……!! なっ……!!」
急に後ろから腕を引っ張られたアズリエールは、そのまま後ろ向きの状態でバランスを崩し、オルクティスの方に向って倒れ込む。
しかし、その倒れ込んできたアズリエールの腰を支え、膝裏に自身の左腕を差し入れたオルクティスは、そのまま小柄なアズリエールを簡単に抱え上げてしまう。
「オ、オルクっ!? 急に何っ!?」
お姫様抱っこの状態から、いつの間にかオルクティスの左腕に腰掛けるような状態にされ、そのまま抱えられたアズリエールが、この急展開に驚きアワアワし出す。
しかし、その目線の高い状態で前方に目を向けると、自分達の方へ三色の毛玉のような物が勢いよく近づいて来るのが目に入った。
その黒、白、茶の三色の毛玉達は目の前まで来ると、一斉にオルクティスに飛び掛かるようによじ登り始め、前足を引っかけてくる。
その様子を見たアズリエールが、うんざりするような表情を浮かべた。
「また犬……」
アズリエールの落胆しながらの呟きにオルクティスが苦笑する。
「急にごめん……。でもまたこの間みたいに押し倒されたら大変かと思って」
「うん、ありがとう。でも何で港に犬なんか……。しかも大型犬が三匹も……」
そんな事を話していると今度は犬たちの後方から三人の若い兵士達が、もの凄い勢いでこちらに向かって来た。
「も、申し訳ございません!!」
「お二人共、お怪我はございませんか!?」
「ひぃ!! オルクティス殿下のお、お召し物が!! 大変申し訳ございません!!」
三匹の毛玉に前足を掛けられていたオルクティスの服には、犬の足跡がうっすらと付いてしまっていた。それを若手兵士達が必死で引き離す。
「気にしなくていいよ。今回は視察用の軽装だから」
「誠に申し訳ございませんでした!! こいつら、普段は従順で行儀は良いはずなのですが……今回に限って何故か暴走気味にお二人の方へ向かってしまって……」
三人の代表の一人が青い顔をしながら、そう謝罪すると残りの二人も今にも泣き出しそうな表情を浮かべて、これでもかというくらいに頭を下げてきた。
「ごめんなさい……。それ、多分私の所為です……」
三人のあまりにも悲壮感に苛まれている様子にアズリエールが、申し訳なさそうに声を掛ける。
「い、いえ! 妖精巫女様の所為では一切ございません! 我々がこいつらをしっかり管理していなかったのが原因でありまして……。本当に申し訳ございませんでした!!」
最後の方は、キレイに三人声を揃えての謝罪の言葉を伝えてきてくれたが、それ以上にアズリエールには引っ掛かった言葉があった。
「妖精巫女?」
「え? あっ! も、申し訳ございません! その……フィルクス様の隊の者が風巫女様の事をそのように呼んでいたもので……。二日前の見事な船の誘導は、海兵騎士団の殆どの者が目撃しており、騎士団の中ではそのように風巫女様を呼ぶ者が多いもので……」
「わ、私! そんな可愛らしい呼び名を付けられるような人間じゃ……」
困った表情を浮かべながらアズリエールは、自分を左腕に乗せるように抱き上げているオルクティスに視線を落とす。すると、にっこりと笑みで返されてしまった。
どうやらその通り名でアズリエールは売り出されるらしい……。
その状況を諦めて受け入れるしかないと覚悟したアズリエールは、更にオルクティスの下に視線を落とす。
そこには若手兵士達の必死な引き離しに抗う三匹の犬達の姿が目に入った。
「オルク。降ろして」
「え? でも……大丈夫?」
「うん。多分、一回私が撫でてあげれば、落ち着くと思うから」
その言葉を聞いたオルクティスが、アズリエールをそっと地面に降ろす。
すると三匹の犬達は、一斉にアズリエールの元に近づいたが、いきなり飛びつく事は無かった。それどころか、行儀よく三匹揃ってお座りをし出す。
「ごめんね。今日はこれから君達のご主人様達に挨拶しないといけないから、遊んであげられないんだ……」
そう言って、しゃがみ込んだアズリエールは目の前の三匹の頭を順番に撫でていく。すると三匹は「クーン」と鳴きながら、すぐに大人しくなった。
その犬達の様子に若い兵士達だけでなく、オルクティスも驚く。
「凄いね……。そのサンライズの巫女が持つ特定の生物に好かれやすいって特徴っていうのは……」
「凄いけれど、いい事ばかりではないよ? 私の場合は、フワフワモフモフの可愛い犬だからいいけれど……。中にはカエルに好かれやすいって巫女もいるから」
「「「「カエルっ!?」」」」
アズリエールの話にオルクティスよりも若い兵士達の方が過剰に反応する。
その様子にアズリエールとオルクティスが同時に吹き出す。
「まぁ、その子自身がカエル好きだから問題はないけれどね。でもその子のご婚約者様は、かなり困っているみたい」
「そういう意味だと僕も少し困るかも。なんせ君を連れて歩いている時は、常に犬が飛びついて来ないか警戒しなければならないからね……」
「気にしなくてもいいよ? 私はもう慣れてるから」
「そうもいかないよ。だって飛びつかれた後、押し倒された反動で顔面強打して、鼻血出されたら困るんだけど……」
「それは子供の頃の話!! 今はもうないから大丈夫なの!!」
明らかに揶揄いながら心配してくるオルクティスにアズリエールが、プリプリ怒りながら反論する。
その様子を見ていた三人の若い兵士達は顔を見合わせた後、二人に生温かい視線を向けてきた。そしてその内の一人が、思わずこぼす。
「お二人はご婚約されてから、まだ二カ月程と伺っておりましたが、大変仲がよろしいのですね」
「まぁ、年齢も近いから感覚とか話す話題も同じだからね。私もこんなに早く打ち解けられた友人って初めてかも」
「いえ、ご友人同士という意味ではなく、ご婚約者様同士として仲睦まじいという意味なのですが……」
更に別の兵士から発せられたその言葉にアズリエールが、首を傾げる。
自分達は、そんな恋愛感情があるような雰囲気をまとっていただろうか……。
しかしオルクティスの方は、アズリエールのその反応に苦笑していた。
「さて! そろそろ行かないと……皆が君の挨拶を待っているよ?」
「あっ! そうだった……」
「オ、オルクティス殿下!! そ、そのお召し物の方が……」
「ああ、大丈夫。払えば目立たなくなうから。君達も気にせずに持ち場に戻っていいよ?」
そう言ってオルクティスが服を軽く叩くと、犬達の足跡はほぼ目立たなくなる。
第二王子のその気さくな対応に若い兵士達は、安堵の表情を浮かべた。
「本当に申し訳ございませんでした……。それではお言葉に甘えて、失礼致します!」
そう言って全員がキレイに揃った一礼をし、犬達と共にその場を離れていった。
その様子にアズリエールが、少し気になった事をオルクティスに聞いてみる。
「オルクは海兵騎士団の人達と、ずいぶん打ち解けている感じがするね?」
「まぁ、外交で船を使って移動する事も結構あるからね。それと一応、将来的に僕が臣籍降下した場合、この港の管理を任される可能性が高いから、幼い頃から彼らとの関係醸成をするように兄からアドバイスを貰っていたんだ」
「流石、王太子殿下……」
「その兄に将来的に僕に公爵位を与えて、この港の管理をさせようと言い出したのは父だけどね」
「オルクのご家族って、全員国営関係に対して隙が無いの?」
「いや? 一人だけ隙だらけな人がいるよ。義姉上というマイペースな人が」
「それ……ハルミリア様の前では口にしない方がいいと思うよ?」
「もう遅いかな。それでよく兄と一緒に義姉上をからかっているから」
「うわー……。ハルミリア様、おかわいそう……」
移動しながら、そんな会話をしていたらオルクティスが急に目を細めた。
その様子に気付いたけアズリエールが、一瞬だけ動きを止める。
「もし君が僕達と家族になったら、僕らと同じように素直過ぎる義姉上の事をからかいたくなると思うよ?」
その言葉に更にアズリエールが、目を見開く。
「それは……どういう――――」
「はい。雑談はここまで! ほら、アズリル。皆への挨拶、頑張って来て」
そう言ってオルクティスは、整列している海兵騎士団の前に進む様、アズリエールを促した。
「アズリエール様、本日はお疲れでしょう。よろしければハーブティー等ご用意いたしましょうか?」
そう気遣ってくれたのは登城してから、ずっとアズリエールの身の周りの世話をしてくれているエルサというベテランの侍女だ。年齢は40代前後程で成人済みの息子が二人おり、オルクティスの乳母でもあった女性だ。
「ありがとう。お願いしてもいいかな?」
「かしこまりました。すぐにご用意させて頂きます。それと……実は日中にアズリエール様宛のお手紙がご実家から届いていたので、ご確認くださいませ」
それを聞いたアズリエールが、一瞬ビクリと体と強張らせる。
その反応を敢えて気付かないふりをしたエルザは、大分乾いたアズリエールの髪に丁寧にブラシを通すと、すぐにハーブティーを入れる準備をしに部屋を出て行った。
部屋に一人残されたアズリエールは、机の上にある真っ白な封筒にふと目を向け、盛大に息を吐く。
同時にサンライズを発つ際に姉ユリアエールとの約束を思い出した。
『手紙の返事、絶対に書くから』
しかし、その約束を果たす事は、今のアズリエールにとっては少々難しい……。
もちろん、マリンパールの生活に早く慣れる事に精一杯な部分もあるのだが、一番の理由はこちらに来てから姉の存在を一切気にする必要がない事に解放感を感じてしまっていたからだ。
サインライズにいた頃は常に自分は姉の事を気遣い、また自分も姉から気遣われているという関係が、ずっと続いていた。
それは傍から見れば仲が良い姉妹のように見えただろうが、アズリエールにとっては姉の気遣いは自分に対しての過剰な執着にしか感じられなかった。
その為、7年ぶりに姉と離れた今の状況下では、今まで自分がどれだけ姉に執着されていたのかを実感してしまっているのだ……。
もちろん、姉はアズリエールを束縛しよう等という感覚は一切なかっただろう。
しかし、あの事件から姉はアズリエールの事を何でも知りたがるようになった。
そしてその知りたがった情報の中に少しでもアズリエールが自分の元から離れてしまう要素があると、それを排除しようとしてくる。
その排除対象になる一番の要因が、アズリエールの婚約話が進む事だった……。
その事を考えると、今回届いた手紙の内容もオルクティスに関しての質問責めの内容ではないかと、容易に想像がつく。
そうなると、なかなかその手紙を開封しようという気持ちにはなれず、一瞬だけ手紙を手に取るが、すぐに机の上に戻してしまうという行動を何度も繰り返してしまった。
「明日は、また港の方で海兵騎士団の人達への挨拶回りなんだよね……」
そして誰も聞いてもいないのに手紙を開封しない言い訳をアズリエールは何故か呟く。するとタイミング良く、部屋の扉がノックされた。
「アズリエール様、ハーブティーをお持ち致しました」
「ありがとう。今日はこれ飲んだら、すぐに休ませて貰うね」
「かしこまりました」
結局、アズリエールは姉からの手紙の開封を明日に先伸ばしにする事にした。
翌日――――。
ハーブティーのお陰でグッスリ眠れたアズリエールは、爽快な気分でオルクティスと一緒に城下町と直通している港に到着していた。
本来アズリエールは、この港で船の入港管理をする事がメインで、オルクティスに婚約者として望まれた。
その役割が本日より本格的に始まるのだ。
その手始めに共に入港管理を行う海兵騎士団に簡単にアズリエールを紹介したいと、オルクティスが提案したのだ。
その為、今日のアズリエールはサンライズにいた頃にしていたフリルが多めな令息風の服装をしている。
「一昨日は港の方には降り立たなかったから、どんな雰囲気か分からなかったけれど……。ウェイラル子爵家が管理している港町と比べると、流石にこっちは大規模だね!」
「まぁ一応、この大陸の玄関口でもある港だからね。その分、本当に入港管理が大変で……」
「ふっふーん! その辺は私がいるから今後は何の心配もないよ!」
「確かに。あれだけ迅速に船の誘導をされてしまうと、今後はその力を当てにし過ぎてしまうなぁ」
「その為にオルクは私と婚約をしたのでしょ? ならば大いに利用してね!」
「あー、うん。そうだね……」
そんな会話をしながら、船着き場の方へと歩みを進めていた二人。
すると、武装された船が4隻程停泊している辺りに大勢の海兵騎士団の人間が、キレイに整列している様子が目に入って来た。
「今後アズリルには彼らと一緒に入港管理をして貰う事になるから、今から挨拶をして貰うよ?」
「分かったー」
「それと後で説明するけれど、基本的にアズリルはフィルクスの隊と行動を――」
そう言いかけたオルクティスが、何故か急に会話を中断する。
そして、いきなりアズリエールの腕を自分の方へグイっと引き寄せた。
「ちょっ……!! なっ……!!」
急に後ろから腕を引っ張られたアズリエールは、そのまま後ろ向きの状態でバランスを崩し、オルクティスの方に向って倒れ込む。
しかし、その倒れ込んできたアズリエールの腰を支え、膝裏に自身の左腕を差し入れたオルクティスは、そのまま小柄なアズリエールを簡単に抱え上げてしまう。
「オ、オルクっ!? 急に何っ!?」
お姫様抱っこの状態から、いつの間にかオルクティスの左腕に腰掛けるような状態にされ、そのまま抱えられたアズリエールが、この急展開に驚きアワアワし出す。
しかし、その目線の高い状態で前方に目を向けると、自分達の方へ三色の毛玉のような物が勢いよく近づいて来るのが目に入った。
その黒、白、茶の三色の毛玉達は目の前まで来ると、一斉にオルクティスに飛び掛かるようによじ登り始め、前足を引っかけてくる。
その様子を見たアズリエールが、うんざりするような表情を浮かべた。
「また犬……」
アズリエールの落胆しながらの呟きにオルクティスが苦笑する。
「急にごめん……。でもまたこの間みたいに押し倒されたら大変かと思って」
「うん、ありがとう。でも何で港に犬なんか……。しかも大型犬が三匹も……」
そんな事を話していると今度は犬たちの後方から三人の若い兵士達が、もの凄い勢いでこちらに向かって来た。
「も、申し訳ございません!!」
「お二人共、お怪我はございませんか!?」
「ひぃ!! オルクティス殿下のお、お召し物が!! 大変申し訳ございません!!」
三匹の毛玉に前足を掛けられていたオルクティスの服には、犬の足跡がうっすらと付いてしまっていた。それを若手兵士達が必死で引き離す。
「気にしなくていいよ。今回は視察用の軽装だから」
「誠に申し訳ございませんでした!! こいつら、普段は従順で行儀は良いはずなのですが……今回に限って何故か暴走気味にお二人の方へ向かってしまって……」
三人の代表の一人が青い顔をしながら、そう謝罪すると残りの二人も今にも泣き出しそうな表情を浮かべて、これでもかというくらいに頭を下げてきた。
「ごめんなさい……。それ、多分私の所為です……」
三人のあまりにも悲壮感に苛まれている様子にアズリエールが、申し訳なさそうに声を掛ける。
「い、いえ! 妖精巫女様の所為では一切ございません! 我々がこいつらをしっかり管理していなかったのが原因でありまして……。本当に申し訳ございませんでした!!」
最後の方は、キレイに三人声を揃えての謝罪の言葉を伝えてきてくれたが、それ以上にアズリエールには引っ掛かった言葉があった。
「妖精巫女?」
「え? あっ! も、申し訳ございません! その……フィルクス様の隊の者が風巫女様の事をそのように呼んでいたもので……。二日前の見事な船の誘導は、海兵騎士団の殆どの者が目撃しており、騎士団の中ではそのように風巫女様を呼ぶ者が多いもので……」
「わ、私! そんな可愛らしい呼び名を付けられるような人間じゃ……」
困った表情を浮かべながらアズリエールは、自分を左腕に乗せるように抱き上げているオルクティスに視線を落とす。すると、にっこりと笑みで返されてしまった。
どうやらその通り名でアズリエールは売り出されるらしい……。
その状況を諦めて受け入れるしかないと覚悟したアズリエールは、更にオルクティスの下に視線を落とす。
そこには若手兵士達の必死な引き離しに抗う三匹の犬達の姿が目に入った。
「オルク。降ろして」
「え? でも……大丈夫?」
「うん。多分、一回私が撫でてあげれば、落ち着くと思うから」
その言葉を聞いたオルクティスが、アズリエールをそっと地面に降ろす。
すると三匹の犬達は、一斉にアズリエールの元に近づいたが、いきなり飛びつく事は無かった。それどころか、行儀よく三匹揃ってお座りをし出す。
「ごめんね。今日はこれから君達のご主人様達に挨拶しないといけないから、遊んであげられないんだ……」
そう言って、しゃがみ込んだアズリエールは目の前の三匹の頭を順番に撫でていく。すると三匹は「クーン」と鳴きながら、すぐに大人しくなった。
その犬達の様子に若い兵士達だけでなく、オルクティスも驚く。
「凄いね……。そのサンライズの巫女が持つ特定の生物に好かれやすいって特徴っていうのは……」
「凄いけれど、いい事ばかりではないよ? 私の場合は、フワフワモフモフの可愛い犬だからいいけれど……。中にはカエルに好かれやすいって巫女もいるから」
「「「「カエルっ!?」」」」
アズリエールの話にオルクティスよりも若い兵士達の方が過剰に反応する。
その様子にアズリエールとオルクティスが同時に吹き出す。
「まぁ、その子自身がカエル好きだから問題はないけれどね。でもその子のご婚約者様は、かなり困っているみたい」
「そういう意味だと僕も少し困るかも。なんせ君を連れて歩いている時は、常に犬が飛びついて来ないか警戒しなければならないからね……」
「気にしなくてもいいよ? 私はもう慣れてるから」
「そうもいかないよ。だって飛びつかれた後、押し倒された反動で顔面強打して、鼻血出されたら困るんだけど……」
「それは子供の頃の話!! 今はもうないから大丈夫なの!!」
明らかに揶揄いながら心配してくるオルクティスにアズリエールが、プリプリ怒りながら反論する。
その様子を見ていた三人の若い兵士達は顔を見合わせた後、二人に生温かい視線を向けてきた。そしてその内の一人が、思わずこぼす。
「お二人はご婚約されてから、まだ二カ月程と伺っておりましたが、大変仲がよろしいのですね」
「まぁ、年齢も近いから感覚とか話す話題も同じだからね。私もこんなに早く打ち解けられた友人って初めてかも」
「いえ、ご友人同士という意味ではなく、ご婚約者様同士として仲睦まじいという意味なのですが……」
更に別の兵士から発せられたその言葉にアズリエールが、首を傾げる。
自分達は、そんな恋愛感情があるような雰囲気をまとっていただろうか……。
しかしオルクティスの方は、アズリエールのその反応に苦笑していた。
「さて! そろそろ行かないと……皆が君の挨拶を待っているよ?」
「あっ! そうだった……」
「オ、オルクティス殿下!! そ、そのお召し物の方が……」
「ああ、大丈夫。払えば目立たなくなうから。君達も気にせずに持ち場に戻っていいよ?」
そう言ってオルクティスが服を軽く叩くと、犬達の足跡はほぼ目立たなくなる。
第二王子のその気さくな対応に若い兵士達は、安堵の表情を浮かべた。
「本当に申し訳ございませんでした……。それではお言葉に甘えて、失礼致します!」
そう言って全員がキレイに揃った一礼をし、犬達と共にその場を離れていった。
その様子にアズリエールが、少し気になった事をオルクティスに聞いてみる。
「オルクは海兵騎士団の人達と、ずいぶん打ち解けている感じがするね?」
「まぁ、外交で船を使って移動する事も結構あるからね。それと一応、将来的に僕が臣籍降下した場合、この港の管理を任される可能性が高いから、幼い頃から彼らとの関係醸成をするように兄からアドバイスを貰っていたんだ」
「流石、王太子殿下……」
「その兄に将来的に僕に公爵位を与えて、この港の管理をさせようと言い出したのは父だけどね」
「オルクのご家族って、全員国営関係に対して隙が無いの?」
「いや? 一人だけ隙だらけな人がいるよ。義姉上というマイペースな人が」
「それ……ハルミリア様の前では口にしない方がいいと思うよ?」
「もう遅いかな。それでよく兄と一緒に義姉上をからかっているから」
「うわー……。ハルミリア様、おかわいそう……」
移動しながら、そんな会話をしていたらオルクティスが急に目を細めた。
その様子に気付いたけアズリエールが、一瞬だけ動きを止める。
「もし君が僕達と家族になったら、僕らと同じように素直過ぎる義姉上の事をからかいたくなると思うよ?」
その言葉に更にアズリエールが、目を見開く。
「それは……どういう――――」
「はい。雑談はここまで! ほら、アズリル。皆への挨拶、頑張って来て」
そう言ってオルクティスは、整列している海兵騎士団の前に進む様、アズリエールを促した。
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