妖精巫女と海の国

もも野はち助

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24.手紙

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「ふわぁ……。流石に今日は疲れたなぁ……」

 眠そうに目をこすりながら浴室から出てきたアズリエールをベテラン侍女のエルザが待ち構えていた。

「アズリエール様、どうぞこちらにお座りくださいませ」

 そういって鏡台前の椅子を引き、アズリエールに座るように促してくる。
 言われた通りアズリエールが腰をおろすと、エルザが肌触りの良さそうな布地で髪を挟みこみ、ポンポンと優しく叩きながら乾かし始めてくれた。
 同時に頭皮マッサージまでしてしてくれるので、アズリエールにとっては至福の時間だ。

「王族の方は、入浴後いつもこんな贅沢な思いを堪能しているんだね……」

 気持ち良すぎて目を細めているアズリエールの言葉にエルザと入浴を手伝ってくれた若い侍女達が、笑いを堪える仕草をしたのが伝わってくる。
 伯爵令嬢と言えどもアズリエールの家では、侍女はここまでやらない。
 そもそもアズリエールの父親は、身の周りの事はなるべく自分達でも出来るようにという教育方針だった。
 その為、サンライズにいた頃にアズリエール付きの侍女だったミレーヌは、出来るだけ身の回り関係の事はアズリエール本人にやらせるように導いてくれていた。

「アズリエール様はご実家で過ごされていた際、ご自身で身の周りの事をなされる機会が多かったのですか?」
「うん。父の方針で、なるべく一人で出来るようにと育てられたんだ」
「それはとても教育熱心なお父様でございますね」
「私もそう思う。もし何かの弾みで平民になるような事があっても、一人で生きていけそうだし」
「ふふ! ですが、アズリエール様は平民ではなく、王族の仲間入りをされます。ですので、このような対応をされる事には少しずつ慣れて頂くようお願い致しますね」
「慣れるも何も……。待遇が良すぎて、まるで天国にでもいる気分だよー」

 あまりにも気持ちのいい頭皮マッサージにアズリエールの瞼が徐々に重たくなっていく。そしてそのマッサージ効果が最大限に発揮されている原因が、本日初めて務めたこの国での風巫女としての役割だった。

 あの後、アズリエールは見事なまでの整列をしている4つの小隊の海兵騎士団員の前で、今後入港管理を手伝う風巫女として挨拶をした。
 その時に目の前で整列していた団員数は恐らく100人前後くらいだろう。
 通常の令嬢なら筋骨逞しい100人近くの男性の前で挨拶をするなど、一瞬怖気づいてしまうのだが、アズリエールの場合は人から注目される事に慣れ過ぎていたので、すんなりとこなしてしまい、良い意味でオルクティスを呆れさせてしまった。

 その後は、この国への訪問初日に風巫女の力の披露に協力して貰ったフィルクス隊と行動を共にし、昼過ぎまで船の誘導を行っていたのだが……。
 他の3つの小隊よりフィルクス隊がアズリエールを独占し過ぎだと苦情が入り、結局は残りの小隊とも共に入港管理をする事になってしまった。
 その際、かなりの海兵騎士団員から自己紹介をされ、本日は目まぐるしい時間を過ごしたのだ。
 正直、今日のアズリエールは各小隊長の名前しか記憶に残っていない……。

「本日は大変お疲れになられましたでしょう……。この後、昨日と同じようにハーブティーをお持ちしますね」
「エルザ、ありがとう!」

 アズリエールがお礼を言うと、エルザの頭皮マッサージが終わってしまったらしい。もう少し続けて欲しいと思う反面、昨日のハーブティーが絶品だったので、そちらの方も気になり、マッサージの延長を言い出すのを控えた。

 するとエルザが、ハーブティーを入れに若い侍女達と共に退室して行った。
 何でもこの二人には、将来的に王太子夫妻に跡継ぎが生まれた際、専属侍女として見込まれているらしく、アズリエールに仕えるエルザの姿を見ながら、王族に対する仕え方を学んでいる最中らしい。
 先程の入浴時にあまりにも気さくにアズリエールが話しかけ過ぎた際、ポロリとこぼしてくれた。
 そんな状況なので、身の周りの世話をしてくれる侍女達ともアズリエールは、すっかり打ち解けてしまっている。

 しかし、三人が部屋から出ていくと、途端に今いる部屋が静まり返った。
 すると14年間生活していたサンライズにある自分の部屋とは違う雰囲気が、今更ながら浮き彫りになってくる。
 そんな感傷的な気分を少し感じながら、ゆっくりと部屋の中を見回すと、机の上でやけに存在感を放っている一通の封筒が視界に入って来た。
 嫌でも存在を認識しなければならないその封筒を見つめ、アズリエールは盛大にため息をついた。

「流石に今日は、中身を確認しないとマズいだろうな……」

 手紙を開封するべきだと自分に言い聞かせるようにアズリエールは、ゆっくりと机の方に向かう。
 そして、そっとその手紙を手に取り、机の引き出しからペーパーナイフを取り出して開封を試みる。
 すると、中から10枚はあるかと思われる便箋の束が出てきた。
 そこからは仄かに甘い花のような香りが漂ってくる。
 その香りが嫌でも姉の存在感をアズリエールに訴えてきた。

「サンライズを発って、だま一週間くらいしか経っていないのに……。どうしてユリーは、こんなに書く事あるのかなぁ……」

 いつの間にか、自分の独り言が異様に多くなっている事にアズリエールは気づかない。しかも、それは全て言い訳的な内容でだ。
 それだけ姉の存在を感じないで過ごせていたこの一週間は、アズリエールには楽しくて刺激的な日々だったのだろう。

 そんな事を考えながら、またしても手紙を読む事から逃げようとしている自分に気付き、アズリエールは苦笑する。
 しかし、いつまでも読まないでいる訳にもいかない……。
 10枚以上もある二つ折りにされた便箋の束をそっと開く。
 それと同時に部屋の扉がノックされた。

「アズリエール様、ハーブティーをお持ち致しました」
「ありがとう。そこに置いておいてくれるかな? あとはもう下がって貰って構わないから」
「かしこまりました」

 エルザが手際良くハーブティーを入れている様子を横目でチラリと見た後、アズリエールは再び手紙に目線を落とす。
 手紙の出だしは、他国で過ごす妹の安否を気遣う内容から始まっていた。
 何だかんだ言っても姉が自分の事を物凄く心配してくれている事をアズリエールは、よく知っている。
 しかし……その手紙の内容が中盤まで差し掛かると、アズリエールはビクリと体を強張らせた後に驚いたように目を見開く。

「アズリエール様? どうかされましたか?」
「えっと、ちょっと姉からので手紙で驚かされる内容が書いてあって……。でもそんなに大した事じゃないから、エルザは気にしないで?」
「かしこまりました。ですが……何かお困りな事態になられた際は、遠慮なくお声がけくださいね?」
「うん。ありがとう」

 そう言って、安心する様な香りを漂わせるハーブティーを残し、エルザは退室して行った。
 それを確認した後、アズリエールは険しい表情を浮かべながら、問題視しなければならない内容が書かれている手紙の部分に再度視線を戻す。

『実はずっと私に婚約の申し入れをしていたリックスから、取り下げの申し出があったの』

 6年前、姉への恋心を理由にアズリエールとの婚約解消を望んだリックス。
 それからずっと婚約の申し入れを続けてはいたが、その申し出を姉は『アズリエールに申し訳がない』という理由で断り続けていた。
 そもそもアズリエールがリックスと婚約解消の決断をした理由が、姉もリックスに心惹かれていたという部分が大きかったのだ。

 しかしその姉は、アズリエールが婚約を解消した途端、リックスに恋心を抱いているような素振りを一切しなくなった……。
 同時にリックスの方からもアズリエールが、未だに自分との婚約に未練があるような事を姉から聞いたらしく、その件でアズリエールは軽く問い詰められている。

 だが数多くの男性から婚約の申し入れを受けていた姉にとって、リックスは一番婚約者に選ばれる可能性が高かった存在だ。
 それをリックスの方が撤回したという事は、現状の姉は新たに婚約者選びを開始出来る状態になったという意味でもある。
  
 そしてもう一つ気になるのが、リックスと同じように二人の幼馴染であるエリックの存在だ。
 エリックは、大分昔からユリアエールに恋愛的な感情を抱いていたはずだ。
 それもリックスや、もう一人の幼馴染ノリスとは違う視点でユリアエールを見ていた人物でもある。
 三人の幼馴染の中では、一番ユリアエールの本来の性格を理解しており、リックスと婚約解消をしたアズリエールにも気遣うような言葉を掛けてくれている。

 故にアズリエールからは、三人の中では一番真剣にユリアエールの事を想い、同時にリックスの次に婚約者候補として見られていた人物だったのだが……。
 今回のユリアエールからの手紙には、そのエリックの事に関しては一切書いていなかった。

 その状況が、アズリエールに酷く不安を抱かせた。
 もしかしたら、現状の姉には最有力婚約者候補がいない状態ではないのかと。
 そうなれば、姉はまたアズリエールの今回の婚約話を反故する事に躍起になるのではないかと。

 しかし姉のいるサンライズとマリンパール間は馬車移動で三日は掛かる。
 そもそも姉がまたしてもアズリエールの婚約話を壊す為にこちらに訪れようとすれば、父と王太子のアレクシスが断固として、それを阻止してくれるはずだ。

 しかし送られて来た手紙を読み進めていくと、それもあまり当てには出来ないような気分になってくる。
 何故ならば、その手紙の後半にはオルクティスについて興味津々な様子の質問が、つらつらと書かれていたからだ……。

「ユリー……」

 思わず姉の愛称を悲壮感に満ちた声で呟いてしまった自分に嫌気がさす。
 今回、姉はそこまで邪魔はしてこないはずだ。
 なんせ今回の相手は、隣国の王族なのだから。

 それでもこの手紙の内容からは、どうしてもその不安は拭いきれそうにない。
 もしオルクティスがリックスの様に姉に恋心を抱いてしまった場合、自分はまた姉の為にその婚約者の席を譲れるのだろうか……。
 そう考えてしまったアズリエールは、何故か自分の顔から血の気が引いている事に気付く。

 今回はリックスの時とは違う……。
 何故ならばアズリエール自身が、オルクティスとの婚約を受け入れたいという気持ちが強すぎるからだ。
 それが恋愛的な感情からなのか、友愛的な感情からなのかは正直、今のアズリエールには判断が出来ない。
 それでも一つだけ断言出来る事がある。
 それは『今の状態を壊す事だけは絶対に嫌だ』と言う強い思いが自分の中にある事だ。

「大丈夫。ユリーの事はアレク兄様が何とか抑えてくれるはず……」

 またしても自分に言い聞かせるような独り言を無意識に呟いてしまったアズリエールだが……。
 その声が酷く震えたものだった事には、その時は気づけなかった。
 そして折角、エルザが淹れてくれたハーブティーもすっかり冷めてしまっていた。
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