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26.王妃のサプライズ
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「どうしよう……」
暗い表情でフラフラしながら、自分が滞在している部屋に向かうアズリエールがボソリと呟く。
先程のテイシア達とのお茶の時間を平常心でいる事に神経を注ぎ、何とか最後までは乗り切ったつもりのアズリエールだが、その間に犯してしまったミスはかなり大きい。話題が姉妹の事になった途端、テイシアの目が輝き始めたからだ。
しかもピンポイントで妹達ではなく、双子の姉ユリアエールの方へと話題を絞って来た……。これはもう確実にアズリエールにとって、姉の話題が好まれないものだという事に気付かれている。
そうなれば明日からの週末のお茶の時間は、ユリアエールの事に関して質問される機会が多くなるだろう。
しかもこの後、部屋に戻ったら姉への手紙の返事を書かなくてはならない。
それだけでも心苦しい事なのだが、翌日もその姉についてテイシアから集中的に質問される等、正直かなり厳しい状況だ。
その事で頭がいっぱいになってしまった放心状態のアズリエールは、後ろから自分に声を掛けてきた人物の存在に全く気付けなかった。
「アズリル?」
「………………」
「アズリル!」
「………………」
「ア・ズ・リ・ル!!」
「ひゃあっ!!」
急に肩をグイッと掴まれたアズリエールは、変な声を上げてしまう。
そして、やっとその肩を掴んだ人物の存在を認識した。
「オル……ク?」
「アズリル、どうかしたの? 何だか顔色が良くないよ? おまけにぼぉーっとして歩いていたようだけれど……。もしかしてさっきのお茶の時間に母上から、何か困った事でも言い出された?」
心配そうに顔を覗き込んできたオルクティスを放心状態なままのアズリエールが、ジッと見つめ返す。
「アズリル? 本当に大丈夫?」
「ご、ごめん。その……さっきテイシア様から結構試されるような会話展開をされたから、その切り返しに疲れちゃって……」
「母は未だにそういう会話展開を君に? 全く……。まぁ、義姉上の時も相当しつこく値踏みしてたからなぁ」
「凄いよね。だってハルミリアお義姉様は、それを見事に合格ラインでの返答で躱されたのでしょ?」
「あー、うーん……。あれは躱したというよりも当時、義姉上は自分が試されているなんて微塵も気づいていなかったと思うな……」
「気付いていなかった?」
「ようするに義姉上の場合、必死で母の質問や会話に誠実に答えようとした結果、自然と母の合格ラインな返答になっていただけだと思う。恐らく義姉上は野生の勘のような感覚で、母に対して本音で応えなければと感じ取ったのではないかな? 母は人によって評価する箇所が違うようだから……。義姉上の場合は、素直さとか誠実さの部分に注目されて試されたんだと思う」
「それじゃあ、私の場合は?」
「アズリルの場合は……かわいそうなのだけれど、機転の利く切り返しや演技力なんかの部分を試されていると思う。僕が外交関係を担っている事もあるけれど、その婚約者でもある君にも高い社交性を求めている感じかな」
「何で私の方は、そんなに難易度が高いのぉ……」
そのオルクティスの考察を聞いたアズリエールが、あからさまに落胆する。
その反応に流石のオルクティスも冗談めいた返しでは、流せなかった。
「本当にごめん……。でもそれだけ母は、最初に感じたアズリルに対しての評価が高かったんだと思う。そこからどう底上げしてくるかを母は試すような人だから」
「そ、そんなぁ~!!」
「でもあまりにも度が過ぎる試し方をしてくるようであれば、僕もやめて欲しいと進言するよ。そもそも僕らマリンパール王家は、この国の為に君の力を貸して貰っている立場だからね。本来ならば来賓扱いするはずの君を息子の婚約者だからと言って、試すような真似をしている母の振る舞いは、かなり失礼極まりないと思うし」
「でも息子の婚約者を慎重に見極める母であるテイシア様の気持ちも少しは分かる気が……」
そのアズリエールの言葉にオルクティスが苦笑しながら、盛大にため息をつく。
「アズリルは、結局最後は相手に対して甘くなるよね……」
「そう……かな?」
「そうだよ。君は空気を読む事に長けている分、過剰に相手の立場で物事を考えてしまう。そうなると相手に共感し過ぎて甘い判断をしがちだ。アズリルの場合、特にその傾向が強いと思うよ?」
「それは……オルクにも言える事では?」
「僕の場合は、その辺はバッサリ切れるから。相手に共感しているような態度は見せるけれど、実際は傍観気味である程度距離を取りながら、相手に接しているよ? その後、自分の立場も考慮してから実際にその相手と交流する事にメリットがあるかを判断して決めているから」
「私もそういう振る舞いをしているつもりなのだけれど……」
そう呟くアズリエールだが、自分でもそのようには上手く行動出来ていない事を薄々感じていた為、最後が尻すぼみになってしまう。
その様子にオルクティスが困った様な笑みを向けてきた。
「アズリルは誰に対しても優し過ぎるんだよ……。君は誰かと接する時、自分とは合わない相手でもその場の空気を乱さない様に努力して関係醸成を図ろうとするよね? でもね、状況によっては拒絶する勇気を持つ事も大切だよ。でないと君自身が潰されてしまうから……」
「でもテイシア様は絶対に拒絶出来ないでしょ?」
分っていてもなかなか直せない部分を指摘されて面白くないアズリエールは、やや拗ねる様にオルクティスに訴える。その様子にオルクティスが苦笑した。
「確かに拒絶はしないで欲しいなぁ。一応、君の未来の義母になる人なのだから。でも母の理想に応える振る舞いを無理にする必要はないと思うよ」
「でも! 私、今テイシア様にオルクの婚約者として試されているんだよね!?」
「うん。でもアズリルなら、本来の君らしさでも十分母を納得させられると思う」
「そう……かな?」
「自分で言うのもあれだけれど、人との交流をかなり慎重に吟味し、適度な距離を保つ事を心がけている僕との距離をあっという間に縮められた君だよ? 同じようなタイプの母に気に入られない訳ないじゃないか」
「でも……」
「もう少し母と会話する時に肩の力を抜いてもいいと思うよ?」
「分かった……。心掛けてはみる……」
そう返事をするもアズリエールの表情は不安でいっぱいという感じだ。
その様子を見たオルクティスが、やや目を細めながらアズリエールの頭を優しく撫でる。
最近、よくオルクティスに頭を撫でられる事が増えたと思いつつも、どこか子供扱いされているような気分になったアズリエールは、やや不満げにオルクティスの顔を見上げた。
すると何故かオルクティスが、困ったような笑みを浮かべる。
「ごめん。自信喪失気味のアズリルを見たの初めてだったから。ちょっと可愛いなって」
「こういう状況で可愛いと感じるのは、どうかと思う……」
「だから、ごめんって。お詫びにもしこの後、予定がないのなら僕の執務室でお茶でもご馳走するけれど……どうする?」
「あー……実はこの後、ちょっとやらなければいけない事があるんだよね……。そもそも執務室でって、オルクもまだお仕事が残っているって事だよね?」
「まぁね。でも今日の分はそこまで多くないから。なら、お茶は明日にしようか? 母上とのお茶席で疲弊した後、僕の執務室で口直し的に、ね」
「オルク、絶対に今の私の状況を面白がっているよね?」
「いや、そんな事はないよ? それじゃ、明日はとびきりのケーキでも用意しておくね」
そう言ってアズリエールの抗議の声から逃げる様にオルクティスは、爽やかな笑みを残して立ち去ってしまった。そんなオルクティスを不満げな表情で見送った後、アズリエールも滞在している自室に戻る。
この後、アズリエールがやらなければならない事……。
それは姉ユリアエールの手紙に返事を書く事だ。
正直、明日テイシアとのお茶の席も憂鬱だが、それ以上に今は姉への手紙の返信を書く事の方が、アズリエールにとっては気が重い……。
それでも絶対に返事を書くと宣言してしまった手前、早めに返信はした方がいい。そもそも返信が遅くなれば、不振がって更に姉はこちらへの関与を強めてくる可能性がある。
手紙の返信内容もなるべく、可もなく不可もなくという内容で書かなければならない。そして何よりも姉のオルクティスへの興味を逸らさねば……。
自室に戻ったアズリエールは、出来るだけオルクティスの事よりもマリンパールでの新しく生まれた交流関係についてメインで書く事にした。
今頭を抱えている王妃テイシアの事はもちろん、港町で交流のあったウェイラル家のアリスン夫人、親切な王太子妃ハルミリアとその夫の王太子ノクティス。
風巫女の仕事の際に行動を共にするフェリクス隊の事やサンライズ滞在中から付き合いのある護衛のラウル。そしてオルクティスの側近のハミエルにエドワルド。
夜会ではアズリエールにいい様に言いくるめられてしまったラーシェット家のオリヴィア達。そんなマリンパールに来てから出会った多くの人達と楽しく交流している事を手紙に綴った。
もちろん、不自然にならないようにオルクティスの話題も少しは入れておく事も忘れない。これならば他の人間との交流が目まぐるしくあるように見えるので、オルクティスとは常に行動を共にはしていない事は強調できる。
同時に多くの人と交流している事も強調出来るので、姉はそこまでアズリエールの交流関係には興味を抱かないだろう。
そう考えたアズリエールは、そうそうに書いたばかりの便箋を封筒に入れ、近くで控えていたエルザに手紙を出すように頼んだ。
そして翌日、アズリエールは少し警戒しながらテイシアのお茶の席に着く。
昨日の会話展開で、確実にアズリエールにとっての苦手な話題が姉ユリアエールだと気付いたテイシアから、恐らくその内容で会話を振られるであろうと……。
しかし予想外な事にそのテイシアからは、一切姉の話題は出て来なかった。
それどころか、今までの試す様な会話運びをほぼされなかったのだ。
この事に首を傾げるアズリエールだったが、一緒にお茶をしているハルミリアは「やっとお母様の試験期間が終わったのだわ!」と興奮気味で喜んでいた。
しかしアズリエールは、どうもそのテイシアの態度が腑に落ちなかった。
テイシアの性格なら、弱点を見抜いた時点でそれを突いてアズリエールの反応を確認したがるはずだ。
苦手な会話に対してどう切り抜けるか……。
対人スキル重視で試されていたアズリエールには、一番試されそうな内容だ。
だがこの日は一度もアズリエールに対しては、姉の話どころか今までのような試す会話展開も一切なかったのだ。その事を警戒しつつも、また次の週末にテイシア達とのお茶の時間がやってくる。
しかし……この日を切っ掛けにテイシアとの会話は、少々スパイスの効いた会話展開があるだけで、以前のような一挙一動を見極めて返答しなければならない緊張するような会話展開が一切なくなったのだ。
同時にこれ以降のテイシアとの会話は、とても楽しいものとなった。
もともと頭の回転の速いテイシアの会話運びは、聞き手の興味を引く内容が多く、その情報知識も豊富だ。
更に少々皮肉も入ったテイシアの考察も入るので、そのテンポのよい会話展開にアズリエールは、一気に引き込まれてしまう。
出会った当初のあの緊張感が必須だった状況など、まるでなかったかのようにテイシアはハルミリアと同じようにアズリエールにも接し出したのだ。
だが流石のアズリエールも急に王妃の対応が変わった事にかなり警戒をした。
ハルミリアでさえ試される期間が二週間もあったのだから、見極めが複雑な自分の方はもう少し長引くと思っていたからだ。
しかし二週間経ってもテイシアは、アズリエールを試すような会話展開を一切しなかった。
その事でやっと自分に対して査定が終わったとアズリエールは安堵する。
そんな緊張感から解放されたアズリエールは、充実した日々を過ごし出す。
その間、風巫女の仕事の合間に海兵騎士団員達との親睦も深まり、オルクティスの側近二人共も更に親しくなり、王妃と王太子妃とはお茶だけでなく、城内に招いた商人達からの買い物の場にも誘ってもらえるようになる。
更に不思議な事に何故かラーシェット家のオリヴィアとはお茶の招待を受けるまでの間柄になっていた。
そして気が付けば、アズリエールがマリンパールに訪れてから一カ月半という時間が流れた。
その頃には海兵騎士団だけでなく城下町の国民とも交流が生まれ、道行く際にアズリエールの事を『妖精巫女様』と慕い、挨拶される事が日常的になる。
そんなアズリエールの状況にテイシアは、かなり満足してくれていた。
その間、アズリエールは姉ユリアエールと頻繁に手紙のやり取りをした。
と言ってもアズリエールが筆まめだったという訳ではない。
手紙のやり取りが頻繁になってしまったのは、姉がすぐに返信してくるからだ。
その内容は、最初の返信でアズリエールが書いたオルクティス以外に交流している人達に対しての質問が多く、どうやら姉はアズリエールの目論見通り、オルクティスに対しての興味をあまり抱かなかくなったようだ。
そんな穏やかすぎる日々が続いてしまったからなのか……。
この時のアズリエールは、かなり気が緩んでいた。
しかしテイシアからある衝撃のサプライズをされる事で、その気の緩みは一気に緊張感を張り詰める。
何故なら、その王妃からのサプライズは、アズリエールがもっとも恐れていた状況を招くものだったからだ。
暗い表情でフラフラしながら、自分が滞在している部屋に向かうアズリエールがボソリと呟く。
先程のテイシア達とのお茶の時間を平常心でいる事に神経を注ぎ、何とか最後までは乗り切ったつもりのアズリエールだが、その間に犯してしまったミスはかなり大きい。話題が姉妹の事になった途端、テイシアの目が輝き始めたからだ。
しかもピンポイントで妹達ではなく、双子の姉ユリアエールの方へと話題を絞って来た……。これはもう確実にアズリエールにとって、姉の話題が好まれないものだという事に気付かれている。
そうなれば明日からの週末のお茶の時間は、ユリアエールの事に関して質問される機会が多くなるだろう。
しかもこの後、部屋に戻ったら姉への手紙の返事を書かなくてはならない。
それだけでも心苦しい事なのだが、翌日もその姉についてテイシアから集中的に質問される等、正直かなり厳しい状況だ。
その事で頭がいっぱいになってしまった放心状態のアズリエールは、後ろから自分に声を掛けてきた人物の存在に全く気付けなかった。
「アズリル?」
「………………」
「アズリル!」
「………………」
「ア・ズ・リ・ル!!」
「ひゃあっ!!」
急に肩をグイッと掴まれたアズリエールは、変な声を上げてしまう。
そして、やっとその肩を掴んだ人物の存在を認識した。
「オル……ク?」
「アズリル、どうかしたの? 何だか顔色が良くないよ? おまけにぼぉーっとして歩いていたようだけれど……。もしかしてさっきのお茶の時間に母上から、何か困った事でも言い出された?」
心配そうに顔を覗き込んできたオルクティスを放心状態なままのアズリエールが、ジッと見つめ返す。
「アズリル? 本当に大丈夫?」
「ご、ごめん。その……さっきテイシア様から結構試されるような会話展開をされたから、その切り返しに疲れちゃって……」
「母は未だにそういう会話展開を君に? 全く……。まぁ、義姉上の時も相当しつこく値踏みしてたからなぁ」
「凄いよね。だってハルミリアお義姉様は、それを見事に合格ラインでの返答で躱されたのでしょ?」
「あー、うーん……。あれは躱したというよりも当時、義姉上は自分が試されているなんて微塵も気づいていなかったと思うな……」
「気付いていなかった?」
「ようするに義姉上の場合、必死で母の質問や会話に誠実に答えようとした結果、自然と母の合格ラインな返答になっていただけだと思う。恐らく義姉上は野生の勘のような感覚で、母に対して本音で応えなければと感じ取ったのではないかな? 母は人によって評価する箇所が違うようだから……。義姉上の場合は、素直さとか誠実さの部分に注目されて試されたんだと思う」
「それじゃあ、私の場合は?」
「アズリルの場合は……かわいそうなのだけれど、機転の利く切り返しや演技力なんかの部分を試されていると思う。僕が外交関係を担っている事もあるけれど、その婚約者でもある君にも高い社交性を求めている感じかな」
「何で私の方は、そんなに難易度が高いのぉ……」
そのオルクティスの考察を聞いたアズリエールが、あからさまに落胆する。
その反応に流石のオルクティスも冗談めいた返しでは、流せなかった。
「本当にごめん……。でもそれだけ母は、最初に感じたアズリルに対しての評価が高かったんだと思う。そこからどう底上げしてくるかを母は試すような人だから」
「そ、そんなぁ~!!」
「でもあまりにも度が過ぎる試し方をしてくるようであれば、僕もやめて欲しいと進言するよ。そもそも僕らマリンパール王家は、この国の為に君の力を貸して貰っている立場だからね。本来ならば来賓扱いするはずの君を息子の婚約者だからと言って、試すような真似をしている母の振る舞いは、かなり失礼極まりないと思うし」
「でも息子の婚約者を慎重に見極める母であるテイシア様の気持ちも少しは分かる気が……」
そのアズリエールの言葉にオルクティスが苦笑しながら、盛大にため息をつく。
「アズリルは、結局最後は相手に対して甘くなるよね……」
「そう……かな?」
「そうだよ。君は空気を読む事に長けている分、過剰に相手の立場で物事を考えてしまう。そうなると相手に共感し過ぎて甘い判断をしがちだ。アズリルの場合、特にその傾向が強いと思うよ?」
「それは……オルクにも言える事では?」
「僕の場合は、その辺はバッサリ切れるから。相手に共感しているような態度は見せるけれど、実際は傍観気味である程度距離を取りながら、相手に接しているよ? その後、自分の立場も考慮してから実際にその相手と交流する事にメリットがあるかを判断して決めているから」
「私もそういう振る舞いをしているつもりなのだけれど……」
そう呟くアズリエールだが、自分でもそのようには上手く行動出来ていない事を薄々感じていた為、最後が尻すぼみになってしまう。
その様子にオルクティスが困った様な笑みを向けてきた。
「アズリルは誰に対しても優し過ぎるんだよ……。君は誰かと接する時、自分とは合わない相手でもその場の空気を乱さない様に努力して関係醸成を図ろうとするよね? でもね、状況によっては拒絶する勇気を持つ事も大切だよ。でないと君自身が潰されてしまうから……」
「でもテイシア様は絶対に拒絶出来ないでしょ?」
分っていてもなかなか直せない部分を指摘されて面白くないアズリエールは、やや拗ねる様にオルクティスに訴える。その様子にオルクティスが苦笑した。
「確かに拒絶はしないで欲しいなぁ。一応、君の未来の義母になる人なのだから。でも母の理想に応える振る舞いを無理にする必要はないと思うよ」
「でも! 私、今テイシア様にオルクの婚約者として試されているんだよね!?」
「うん。でもアズリルなら、本来の君らしさでも十分母を納得させられると思う」
「そう……かな?」
「自分で言うのもあれだけれど、人との交流をかなり慎重に吟味し、適度な距離を保つ事を心がけている僕との距離をあっという間に縮められた君だよ? 同じようなタイプの母に気に入られない訳ないじゃないか」
「でも……」
「もう少し母と会話する時に肩の力を抜いてもいいと思うよ?」
「分かった……。心掛けてはみる……」
そう返事をするもアズリエールの表情は不安でいっぱいという感じだ。
その様子を見たオルクティスが、やや目を細めながらアズリエールの頭を優しく撫でる。
最近、よくオルクティスに頭を撫でられる事が増えたと思いつつも、どこか子供扱いされているような気分になったアズリエールは、やや不満げにオルクティスの顔を見上げた。
すると何故かオルクティスが、困ったような笑みを浮かべる。
「ごめん。自信喪失気味のアズリルを見たの初めてだったから。ちょっと可愛いなって」
「こういう状況で可愛いと感じるのは、どうかと思う……」
「だから、ごめんって。お詫びにもしこの後、予定がないのなら僕の執務室でお茶でもご馳走するけれど……どうする?」
「あー……実はこの後、ちょっとやらなければいけない事があるんだよね……。そもそも執務室でって、オルクもまだお仕事が残っているって事だよね?」
「まぁね。でも今日の分はそこまで多くないから。なら、お茶は明日にしようか? 母上とのお茶席で疲弊した後、僕の執務室で口直し的に、ね」
「オルク、絶対に今の私の状況を面白がっているよね?」
「いや、そんな事はないよ? それじゃ、明日はとびきりのケーキでも用意しておくね」
そう言ってアズリエールの抗議の声から逃げる様にオルクティスは、爽やかな笑みを残して立ち去ってしまった。そんなオルクティスを不満げな表情で見送った後、アズリエールも滞在している自室に戻る。
この後、アズリエールがやらなければならない事……。
それは姉ユリアエールの手紙に返事を書く事だ。
正直、明日テイシアとのお茶の席も憂鬱だが、それ以上に今は姉への手紙の返信を書く事の方が、アズリエールにとっては気が重い……。
それでも絶対に返事を書くと宣言してしまった手前、早めに返信はした方がいい。そもそも返信が遅くなれば、不振がって更に姉はこちらへの関与を強めてくる可能性がある。
手紙の返信内容もなるべく、可もなく不可もなくという内容で書かなければならない。そして何よりも姉のオルクティスへの興味を逸らさねば……。
自室に戻ったアズリエールは、出来るだけオルクティスの事よりもマリンパールでの新しく生まれた交流関係についてメインで書く事にした。
今頭を抱えている王妃テイシアの事はもちろん、港町で交流のあったウェイラル家のアリスン夫人、親切な王太子妃ハルミリアとその夫の王太子ノクティス。
風巫女の仕事の際に行動を共にするフェリクス隊の事やサンライズ滞在中から付き合いのある護衛のラウル。そしてオルクティスの側近のハミエルにエドワルド。
夜会ではアズリエールにいい様に言いくるめられてしまったラーシェット家のオリヴィア達。そんなマリンパールに来てから出会った多くの人達と楽しく交流している事を手紙に綴った。
もちろん、不自然にならないようにオルクティスの話題も少しは入れておく事も忘れない。これならば他の人間との交流が目まぐるしくあるように見えるので、オルクティスとは常に行動を共にはしていない事は強調できる。
同時に多くの人と交流している事も強調出来るので、姉はそこまでアズリエールの交流関係には興味を抱かないだろう。
そう考えたアズリエールは、そうそうに書いたばかりの便箋を封筒に入れ、近くで控えていたエルザに手紙を出すように頼んだ。
そして翌日、アズリエールは少し警戒しながらテイシアのお茶の席に着く。
昨日の会話展開で、確実にアズリエールにとっての苦手な話題が姉ユリアエールだと気付いたテイシアから、恐らくその内容で会話を振られるであろうと……。
しかし予想外な事にそのテイシアからは、一切姉の話題は出て来なかった。
それどころか、今までの試す様な会話運びをほぼされなかったのだ。
この事に首を傾げるアズリエールだったが、一緒にお茶をしているハルミリアは「やっとお母様の試験期間が終わったのだわ!」と興奮気味で喜んでいた。
しかしアズリエールは、どうもそのテイシアの態度が腑に落ちなかった。
テイシアの性格なら、弱点を見抜いた時点でそれを突いてアズリエールの反応を確認したがるはずだ。
苦手な会話に対してどう切り抜けるか……。
対人スキル重視で試されていたアズリエールには、一番試されそうな内容だ。
だがこの日は一度もアズリエールに対しては、姉の話どころか今までのような試す会話展開も一切なかったのだ。その事を警戒しつつも、また次の週末にテイシア達とのお茶の時間がやってくる。
しかし……この日を切っ掛けにテイシアとの会話は、少々スパイスの効いた会話展開があるだけで、以前のような一挙一動を見極めて返答しなければならない緊張するような会話展開が一切なくなったのだ。
同時にこれ以降のテイシアとの会話は、とても楽しいものとなった。
もともと頭の回転の速いテイシアの会話運びは、聞き手の興味を引く内容が多く、その情報知識も豊富だ。
更に少々皮肉も入ったテイシアの考察も入るので、そのテンポのよい会話展開にアズリエールは、一気に引き込まれてしまう。
出会った当初のあの緊張感が必須だった状況など、まるでなかったかのようにテイシアはハルミリアと同じようにアズリエールにも接し出したのだ。
だが流石のアズリエールも急に王妃の対応が変わった事にかなり警戒をした。
ハルミリアでさえ試される期間が二週間もあったのだから、見極めが複雑な自分の方はもう少し長引くと思っていたからだ。
しかし二週間経ってもテイシアは、アズリエールを試すような会話展開を一切しなかった。
その事でやっと自分に対して査定が終わったとアズリエールは安堵する。
そんな緊張感から解放されたアズリエールは、充実した日々を過ごし出す。
その間、風巫女の仕事の合間に海兵騎士団員達との親睦も深まり、オルクティスの側近二人共も更に親しくなり、王妃と王太子妃とはお茶だけでなく、城内に招いた商人達からの買い物の場にも誘ってもらえるようになる。
更に不思議な事に何故かラーシェット家のオリヴィアとはお茶の招待を受けるまでの間柄になっていた。
そして気が付けば、アズリエールがマリンパールに訪れてから一カ月半という時間が流れた。
その頃には海兵騎士団だけでなく城下町の国民とも交流が生まれ、道行く際にアズリエールの事を『妖精巫女様』と慕い、挨拶される事が日常的になる。
そんなアズリエールの状況にテイシアは、かなり満足してくれていた。
その間、アズリエールは姉ユリアエールと頻繁に手紙のやり取りをした。
と言ってもアズリエールが筆まめだったという訳ではない。
手紙のやり取りが頻繁になってしまったのは、姉がすぐに返信してくるからだ。
その内容は、最初の返信でアズリエールが書いたオルクティス以外に交流している人達に対しての質問が多く、どうやら姉はアズリエールの目論見通り、オルクティスに対しての興味をあまり抱かなかくなったようだ。
そんな穏やかすぎる日々が続いてしまったからなのか……。
この時のアズリエールは、かなり気が緩んでいた。
しかしテイシアからある衝撃のサプライズをされる事で、その気の緩みは一気に緊張感を張り詰める。
何故なら、その王妃からのサプライズは、アズリエールがもっとも恐れていた状況を招くものだったからだ。
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